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第一章 そこは竜の都

四十四話

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「可愛い! これなあに? 新作?」

 ブランゼンは何も疑問に思わないようで、小さく歓声を上げた。

「そ。お詫びっつったけど、味の感想とか貰えると有り難いね。まだ納得いってないみたいでさ、親父が」

 テイヒは肩を竦める。それに微笑んで、ブランゼンは異もなく了承する。

(お詫び、おわび……平民の店でも出したりはしなくはない、けれど……)

 生花のような、それとも何かしら加工されているのか、瑞々しく鮮やかな小花達。それらが乗ったケーキは歪みの無い円筒形で、純白。
 その可愛らしく手間の掛かっていそうな見た目に、アイリスはまた臆する。

(……見た目の割に、本来のお値段は安いのかしら? …………そう、思っておこう……)
「あり、がとう、ございます」
「いやいや、お詫びだって。そんで」

 テイヒは苦笑した後、ヘイルを見やり、

「ヘイルさん、ご注文はお決まりで?」
「いつもの感じで頼む」
「はいよ」

 もう何度も繰り返した、そんな雰囲気を感じさせるやりとり。本当にここに良く来るのだと、アイリスはそれを見て実感した。

「それとテイヒ、詫びというのは?」

 そのまま、ヘイルの流れるような問いかけに、テイヒは苦い顔になる。

「ゾンプとモアがね、お二人にちょっかいかけちゃったんだよ。その『お詫び』さ」
「……さっき言っていたやつか」

 顎に手を当て、ヘイルはブランゼンを見た。

「ええ、タウネが危惧していた事そのまま。でもそれだけよ。すぐテイヒに連れてかれちゃったし」

 ブランゼンに「ね?」と目を向けられ、テイヒは苦い顔のまま頷いた。

「ほんと、タウネんとこまで迷惑かけて……今反省も兼ねて外掃除させてんだよ」
「そうか」
「そうそう。じゃ、お待ち下さいな」

 そうしてくるりと向きを変え、テイヒはまた厨房へ向かっていく。

「……あ、そうだわヘイル」

 それを眺めていたブランゼンが、思い出したように声を上げた。

「今度は何だ」
「アイリスにこっちの文字を教えなきゃ。文化以前の問題よ」
「……そういや、文字は違うんだったな。最近触れてなくて忘れてた」

 目を瞬き、記憶を辿るようにか少し目を細めるヘイル。その横顔を眺めながら、アイリスはヘイルの言葉に疑問を抱いた。

「……ヘイルさんは、私達……人の文字をご存知なんですか?」

 おさだから、そういうものも学ぶんだろうか。そのアイリスの考えは、ヘイル自身の言葉で否定される。

「まあ、少し興味があってな。昔、隙を見ては人間の所へ行って、色々と勝手に学んでいたんだ」
「隙、を、見て……?」
「ほら、ここに来る前に少し話した、人の街に行ったっていう話。覚えてるかしら」
「あ」

 今はアイリスの家となった、あの庭での会話をアイリスは思い出す。

『人間を見に行くって言って、本当に人の街まで行ったりして。最終的にみんなで怒られて』

「確かその時に、つたないが字引も作ったはずだ。あれも持って行くか」

 ヘイルは思い出すように空を見つめ、そう零す。

「あれは少し古いんじゃない? もう百何十年か前のでしょう」
「へ」
「人には古いものになるだろうが、まあそれなりに使えるだろう。無いよりはまし程度に考えればいい」
「ひゃ……? いや、え、あの」

 斜めに交わされる会話に、アイリスはなんとか口を挟もうとする。

「それはそうだけど……」
「逆に、新たに字引を作るような姿勢で行くのも手じゃないか?」
「あの、ええと……」
「アイリスの負担も考えて。ヘイル、あなたやっぱり何か、変な再燃でもしてるでしょう」
「……そうか?」
「そうよ」
「あ、あの!」

 なんとか大きく出した声は響いて、ヘイル達だけでなく他の客もアイリスを見た。

「あ……すみません……その」

 それに反射的に縮こまり、けれどハッとして背筋を伸ばす。

「先ほど、ブランゼンさんがあの文字を読み上げてくれたんですけど」

 言いながら、アイリスは壁の竜の文字メニューに目を向ける。

「……文法も殆ど同じで、文字の形も似通ってて。ブランゼンさんが丁寧に説明してくれたのもあって、思ったより……理解、出来たんです」

 遠慮がちにそう言ったアイリス。それを聞いたヘイルとブランゼンは、一瞬眉を寄せたかと思うと、その目を見開いた。

「あ、でも全然まだまだですし。簡単なものならそれなりに手間取らずに読めるようになるかなって、くらいで」

 斜め下を向きながら、それでもアイリスははっきりと口にする。

「あと、その字引も使わせて頂きたいですし……百年前……? の言葉自体も興味がありますし……」


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