28 / 117
第一章 そこは竜の都
二十八話
しおりを挟む
「らしいわね……あ?! アイリス!」
突然声を上げたブランゼンが、アイリスの肩を掴む。
「朝食、なんともなかった?!」
「え? 朝食ですか?」
きょとん、としてから、アイリスは思い出すように少し目線を上げる。
「いえ、ただただ美味しくて。あんなに食べたのは初めてでしたけれど」
「そう……?」
アイリスは揺れる蒼の瞳を見つめながら、少しずつ冷静さを取り戻す。
「……食べ慣れないものだと、何かしらに、恐らく魔力関係で反応してしまうようです……すみません……」
「いや、こっちが迂闊だった」
うなだれるアイリスの旋毛を見ながら、ヘイルは顎に手を当てた。
「しかしそうなると」
アイリスの手元からフォークが消え、林檎の皿が再び花弁を閉じる。
「この家はあまりアイリス向きではないな」
「え?!」
アイリスの顔が勢い良くヘイルへ向く。
「っ……いえ、とても素敵な、特にこのお庭が……もっと良く知りたくて……」
ヘイルと目があった、瞬間にまた下を向き、そう言葉を紡いだ。
「……」
「そうなのね……でもその庭が厄介な部分になっちゃったわね……」
アイリスの瞳に眉を下げたブランゼンと、後ろの家が映る。少しずらすとヘイルと林檎の木。その奥は、まだ見ぬ何かがあるだろう、深くなる緑。
ここは竜の家、竜の庭。
(人にとって未知の場所。ああでも、だからこそ、その未知を知りたい、理解したい……!)
アイリスはぎゅっと目に力を込め、ヘイルを見上げた。
「お家もお庭も、とても素敵です。私には勿体ないくらい……でも、ここで暮らせるならば、それはもっと素敵な事だろうと思いました」
微かに目を見張った後、ヘイルはその表情を硬くした。
「しかし不安要素が大きい。俺の見通しの甘さもあったが、今のような事が再び起こりうる可能性は高い」
「……お庭へは徒に近寄りません、どんなに些細な事でも報告します。皆さんの事も、土地も文化も人との違いも沢山勉強して、危険を減らす努力もします」
力み過ぎたのか睨むような目つきで、ヘイルに一歩近付く。
「ご迷惑をかけないよう尽力します! だから、どうか! ここにいる許しを、頂けませんか!」
胸の前で手を組み、アイリスはほぼ真上を見る形で懇願する。
袖が触れそうなほどの距離でヘイルは、微かに顔を顰めたと思うと、屈み込んだ。
「……」
その視線はまっすぐにアイリスに注がれる。
「……っ」
それに負けじとアイリスは、吸い込まれそうな瞳を見返す。
「……そのあたりも、協力を仰ぐか……」
ヘイルは顔を引いて、力が抜けたようにそう零した。
「!」
「もとからその予定ではあったが、定期で様子は見に来るぞ」
離した顔をアイリスに向け、釘を刺すように言う。
「……あ、じゃあ私、なるべくアイリスに付いてていいかしら」
ここまでのやり取りを見ていたブランゼンが、思い立ったように声を上げた。
「私の所だったらそもそも一緒だったし、私がヘイルに付いてる必要は今の所ないし」
「……まあ、そうだな。そうなるか……」
「あ、あの、それでは……」
もう一度手を握り直し、アイリスは二人を見る。
「ああ、決定だな。今からここがアイリスの家だ」
頷くヘイルを見上げるその顔は、一気に喜色に溢れた。
「ありがとうございます!」
竜の都に来てから一番と言えるほどの、満面の笑み。
ヘイルは束の間、その表情に呆気にとられ、アイリスを見つめた。その間にアイリスは、くるりとブランゼンに向き合う。
「ブランゼンさんも、ありがとうございます! 改めて宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
笑みを零しながら応えるブランゼン。そして二人で両手を握り合い、手遊びのように軽く振る。そのあたりでヘイルは、差し込むように口を開いた。
「いや、アイリス。先ほどの気を付けるべき事柄は、しっかりと遵守するんだぞ」
どことなくステップでも踏みそうになっていたアイリスは、その言葉に姿勢を正す。
「はい。危険には自ら近寄りません、その可能性のあるものも同じく」
ブランゼンから手を離し、再び身体ごとヘイルへ向く。
「ご迷惑をお掛けしないよう、出来る限り知識を蓄え、責任が持てるように致します」
「……責任を持つのは大切だ、大切だが……」
溜め息を吐くように言って、ヘイルは膝をついた。
「迷惑などでは無くて、自身の、身を守るためだからな?」
突然声を上げたブランゼンが、アイリスの肩を掴む。
「朝食、なんともなかった?!」
「え? 朝食ですか?」
きょとん、としてから、アイリスは思い出すように少し目線を上げる。
「いえ、ただただ美味しくて。あんなに食べたのは初めてでしたけれど」
「そう……?」
アイリスは揺れる蒼の瞳を見つめながら、少しずつ冷静さを取り戻す。
「……食べ慣れないものだと、何かしらに、恐らく魔力関係で反応してしまうようです……すみません……」
「いや、こっちが迂闊だった」
うなだれるアイリスの旋毛を見ながら、ヘイルは顎に手を当てた。
「しかしそうなると」
アイリスの手元からフォークが消え、林檎の皿が再び花弁を閉じる。
「この家はあまりアイリス向きではないな」
「え?!」
アイリスの顔が勢い良くヘイルへ向く。
「っ……いえ、とても素敵な、特にこのお庭が……もっと良く知りたくて……」
ヘイルと目があった、瞬間にまた下を向き、そう言葉を紡いだ。
「……」
「そうなのね……でもその庭が厄介な部分になっちゃったわね……」
アイリスの瞳に眉を下げたブランゼンと、後ろの家が映る。少しずらすとヘイルと林檎の木。その奥は、まだ見ぬ何かがあるだろう、深くなる緑。
ここは竜の家、竜の庭。
(人にとって未知の場所。ああでも、だからこそ、その未知を知りたい、理解したい……!)
アイリスはぎゅっと目に力を込め、ヘイルを見上げた。
「お家もお庭も、とても素敵です。私には勿体ないくらい……でも、ここで暮らせるならば、それはもっと素敵な事だろうと思いました」
微かに目を見張った後、ヘイルはその表情を硬くした。
「しかし不安要素が大きい。俺の見通しの甘さもあったが、今のような事が再び起こりうる可能性は高い」
「……お庭へは徒に近寄りません、どんなに些細な事でも報告します。皆さんの事も、土地も文化も人との違いも沢山勉強して、危険を減らす努力もします」
力み過ぎたのか睨むような目つきで、ヘイルに一歩近付く。
「ご迷惑をかけないよう尽力します! だから、どうか! ここにいる許しを、頂けませんか!」
胸の前で手を組み、アイリスはほぼ真上を見る形で懇願する。
袖が触れそうなほどの距離でヘイルは、微かに顔を顰めたと思うと、屈み込んだ。
「……」
その視線はまっすぐにアイリスに注がれる。
「……っ」
それに負けじとアイリスは、吸い込まれそうな瞳を見返す。
「……そのあたりも、協力を仰ぐか……」
ヘイルは顔を引いて、力が抜けたようにそう零した。
「!」
「もとからその予定ではあったが、定期で様子は見に来るぞ」
離した顔をアイリスに向け、釘を刺すように言う。
「……あ、じゃあ私、なるべくアイリスに付いてていいかしら」
ここまでのやり取りを見ていたブランゼンが、思い立ったように声を上げた。
「私の所だったらそもそも一緒だったし、私がヘイルに付いてる必要は今の所ないし」
「……まあ、そうだな。そうなるか……」
「あ、あの、それでは……」
もう一度手を握り直し、アイリスは二人を見る。
「ああ、決定だな。今からここがアイリスの家だ」
頷くヘイルを見上げるその顔は、一気に喜色に溢れた。
「ありがとうございます!」
竜の都に来てから一番と言えるほどの、満面の笑み。
ヘイルは束の間、その表情に呆気にとられ、アイリスを見つめた。その間にアイリスは、くるりとブランゼンに向き合う。
「ブランゼンさんも、ありがとうございます! 改めて宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
笑みを零しながら応えるブランゼン。そして二人で両手を握り合い、手遊びのように軽く振る。そのあたりでヘイルは、差し込むように口を開いた。
「いや、アイリス。先ほどの気を付けるべき事柄は、しっかりと遵守するんだぞ」
どことなくステップでも踏みそうになっていたアイリスは、その言葉に姿勢を正す。
「はい。危険には自ら近寄りません、その可能性のあるものも同じく」
ブランゼンから手を離し、再び身体ごとヘイルへ向く。
「ご迷惑をお掛けしないよう、出来る限り知識を蓄え、責任が持てるように致します」
「……責任を持つのは大切だ、大切だが……」
溜め息を吐くように言って、ヘイルは膝をついた。
「迷惑などでは無くて、自身の、身を守るためだからな?」
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる