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第一章 そこは竜の都

二十六話

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「落ち着いたか?」
「!」

 声に慌てて振り向く。アイリスへ向いていた顔を庭の奥に向け、ヘイルは話し出した。

「この庭は……ああ、人は変わらないんだったな」
「?」
「竜は良く庭で寛ぐ。自然の中での休息を好むんだ。それに庭があれば、そこから直に飛び立てる」

 アイリスの眼裏まなうらに、景色が浮かぶ。竜達が羽を広げ、風を掴み、緑の中から空へ舞い上がる、物語のような光景が。

「あんまり行儀は良くないけれどね」
「え」

 くすりと笑うブランゼンに、ヘイルは少し苦みのある顔になった。

「……だから家には基本、庭がある。で、この庭はそれに加えて、俺の魔力と馴染むものが多くいる」
(馴染む……?)
「だからアイリスにも、心地良くあれるだろう。何かと手を貸してくれるかも知れん」
(手を、貸す……)

 アイリスはヘイルを少し見上げ逡巡した後、ブランゼンへ振り返った。

「奥へ行ってみても良いでしょうか?」
「ええ」

 ブランゼンが頷いたのを確認して、アイリスは椅子からゆっくりと降りる。

「……すこぉし、遠慮があるかしらね」

 風に押されるように木々の向こうへ行くアイリスを見ながら、ブランゼンは言った。

「それなりに受け答えはしてくれるけど。あなたとは、目を合わせなくなっちゃった」

 ある程度距離を開けながら、二人はアイリスの後を追う。

「前のように振る舞おうという気は伺える。……慣れてくれれば、元に戻る、だろう」

 木漏れ日の中、くるりと回るアイリス。

「……それなりに落ち込んでる?」
「別に」

 踊るようなアイリスの動きが、ピタリと止まった。そのまま一直線に、一本の木へ歩み寄る。

「ヘァ……ブランゼンさん! あの、この木って!」
「その木?」

 傍へ寄るブランゼンに、アイリスは少し震える声を出す。

「これ、もしかして……瑠璃柘榴るりざくろの木ですか……?」

 アイリスが見上げた先の、楕円の蕾は深い碧。

「ああ、そうね。ヘイルが好きなのよこれ」
「な、なん……え、あの、庭木として当たり前の品種なんですか? それとも、ここだから……?」
「当たり前……そうね、珍しくはないわね。そんなに人気はないけれど」

 ブランゼンの言葉に、アイリスは口をあんぐりと開けた。

「……もしかして、そっちだと珍しい?」
「妙薬、なんです……それも、とても希少な」

 零れるように言葉を発しながら、アイリスはまた蕾の碧を見る。

「存在は知っていたんですけど、見るのは初めてで」
「妙薬、と言えるほどの効能とはどういったものだ?」

 少し遅れて後ろについたヘイルに、アイリスはそのまま言葉を紡ぐ。

「一番に挙げられるのは、若返り、です」

 アイリスは話しながら、耳で覚えたもの、目で覚えたもの、沢山の話を思い出す。

「行き遅れてしまった令嬢が十も若返って見事嫁に行った。命の灯が消えそうな老人がそれを服し、寿命が延びた。他にも色々……」

 アイリスは、ほぅ、と息を吐く。

「どこまでが本当か分かりませんが、どっちにしてもまず出回らないので、まさかここで……」
「……私が知ってるのは、ちょっと肌艶が良くなる、くらい?」

 少し小さめな声を聞いて、アイリスは振り返った。

「人にしか出ない効能かも知れんな」
「体質の問題?」

 少し首を傾げ、碧の蕾を眺めながら話すヘイルとブランゼン。それを見たアイリスの目の奥で、いつかの光景が広がる。

『その話、面白いと思っているの?』
『ジェーンモンドの人間としての自覚を持ちなさい。貴女の立ち居振る舞いが、お父様の品格を落としてるのよ』

(ああ、また!)

 自分の話をするばかりで相手を立てず、しかもその中身が植物の効能だなんて!

「実が生るのが楽しみになるな。それにそういう意味なら、この庭はまあまあ面白いぞ」
「……ぁ、え?」

 どう詫びれば良いかと二人に向き直ったアイリスは、その言葉に動きを止める。

「懐かしい種や希少種もそれなりにある。俺達にとっての区分になるから、人のそれとはズレるかも知れんが」
「私の所も結構自慢出来るわよ。園芸種が多いけれど、それだけ派生種と見映えするものがあるし」
「は……、い」

 伸ばした背筋と、握り込んだ手の力が、僅かに緩んだ。


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