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121 ガシャクロ効果

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 4月も半ば。ここまで、色々とあった。
 私の身長は、やっぱりというかそのままだったけど、涼は185cmになってて、ちょっとズルいなと思ったりとか。
 愛流が出版社から声をかけられて、描き下ろしイラストを雑誌に掲載するという、イラストのお仕事を初めて貰ったりとか。
 大学進学のための準備を、本格的に始めたりだとか。
 アズサさんがマキさんに押されて、仮のお付き合いをすることになったとか。
 伊緒奈が3-Bに、頻繁に顔を出して私に話しかけてきて、涼と高峰さんと桜ちゃんと、顔を出してくれるマリアちゃんが防波堤みたいになってくれたりとか。
 その関係なのかなんなのか、涼のロシア語の上達スピードがもの凄く速いとか。
 まあ、なんだかんだあったけど、今、私の頭を悩ませているのは、バイト先がめっちゃ繁盛しているということだ。

「ありがとうございました」

 ご馳走様でした、と笑顔で言ってくれた女性4人組の会計を終え、エイプリルさんがテーブルを素早く片付けてくれていたのを確認して、外に出る。

「おまたせしました。お席、空きましたので、ご案内します」

 長蛇、に、なりそうな列──並んでいるのはほぼ女性に見える──の先頭の方々に声をかける。
 学校帰りらしい、制服姿の女子3人組は、ありがとうございます、とこっちも満面の笑みで答えてくれて、ほぼ満席のホールの中の、空いたばかりのテーブルへご案内、からのルーティン。

「あの、フランス語でもう一回言ってもらうの、大丈夫ですか?」

 お決まりになったリクエストにお答えして、フランス語で繰り返す。

「すごい……ありがとうございました……」
「いえ、では、お水をお持ちしますね」

 お店、原作とおんなじだ。とか。
 当たり前じゃん、こっちがモデルだよ? とか。
 あの席に座りたかったなぁ。とか。
 そんな言葉を聞きながら、動いていく。
 なんでこんなに繁盛しているか、といえば。
 今週のガシャクロに、この店が出てきたからだ。出てきたというか、主人公たちはお店をがっつり利用しました。今後のキーポイントになりそうなお話でもあったし。
 その前から、送ってもらった見本誌をラファエルさんに見せてもらったから、内容は知っていたけど。
 内心、ガシャクロ効果すごい、と思っている。
 取材協力先として、店の名前が載るのは、分かっていたけど。発売日からガシャクロファンの皆様が続々とご来店して、店は満員御礼、かつ、外に行列、という光景が出来上がった。

「おまたせしました」

 お水を持っていって、メニューの説明を頼まれて、そのままご注文。
 はい、またラタトゥイユとキッシュ、ピッカータとじゃがいもガレットのご注文です。作中で主人公たちが食べていたものですね。はい。
 今は改善されてるけど、初日は閉店前に在庫が切れました。ガシャクロ、すごい。
 それに、行列が出来てしまうほどの混み方なので、いつものゆったりした雰囲気は吹っ飛んで、常連さんも入りにくくなっている、という状況。
 通常の5倍くらいのスピードでホールを回しながら、良い面もアレな面もあるなぁ、と思う。
 幸いなのは、ガシャクロファンの方々は、皆さん大体、丁寧に接してくれること。ファン魂が荒ぶってトラブル、とかは、今のところ起きていない。
 桜ちゃん曰く、

『めっちゃ忙しいのも一ヶ月しないで落ち着くと思うよ』

 とのことだったので、それを目安に動いている。
 しかしまあ、めっちゃ忙しいのはその通りなので、お店が繁盛するのは良いけど、一ヶ月これかぁ、とも、思ってしまっている、そんな今日この頃な感じだ。

 ◇

「まだ波、引いてないのか」
「そうなんです……流石ガシャクロ……」

 涼の部屋で、涼に抱きついて、涼に抱きしめてもらいながら、呟く。
 今日は土曜日。午後の途中までバイトをして、今は、勉強会が終わって、ちょっと甘えているところだ。

「涼も大変なのにすみません……」
「気にすんな。嬉しいから。バイト、大変だったろうけど、俺を頼ってくれて嬉しいよ、光海」

 涼が、頭を撫でながら言ってくれる。
 ガシャクロ効果の波が引かない状態で、リクエストに答えながらずっと接客していて、少し、疲れてしまった。

「涼は、カメリアのお手伝い、どうですか……?」
「勉強になってるよ。菓子作りはともかく、経営や接客は、そんな関わってなかったからな」
「お疲れ様です……」

 涼を、ぎゅっと抱きしめる。

「……俺のほうが癒されてるな」

 ぽそっと言われて、ぎゅう、と抱きしめられる。

「それはそれで良かったです……」
「伊緒奈に見せたくねぇな。こういう光海」
「見せる予定はないです……」

 伊緒奈は、この前学校で、

『(俺も涼先輩って呼ぶからさ、名前で呼んでくれていいよ? 光海先輩みたいに)』

 挑発するみたいな笑顔を涼に向けて、ロシア語でそう言って、

『(じゃあ呼ぶわ、名前で)』

 涼も、だいぶ滑らかになってきたロシア語で、伊緒奈を軽く睨みながら、それに応じた。

「そういえば涼、体育祭の種目、どうしますか?」
「去年と同じのと、ハードル走に出ようかなって。……あー、なんで伊緒奈もBなんだろな……」

 声を低くした涼に、「それは学校側の都合ですし……」と言ってみる。

「アイツ、当日、絶対光海に絡んでくるぞ。防ぐけど」
「ありがとうございます。私も躱しますよ、なんとか」

 ていうか、最近の伊緒奈、涼との絡みも楽しんでる気がする。おちょくる要素もあるんだろうけど。
 涼がロシア語を話せるようになってきたからか、色々な言語で私と会話をしたりして、

『今の、分かります?』

 とか言ってきたりするし。
 そして涼はどんどん、他の言語を習得しようと頑張るのだ。
 こっちも、良いやらなんやら。

「光海は体育祭、なんの種目に出る?」
「あんまり動かない系を考えてます。去年みたいに玉入れか、借り物競争か、障害物競走か、とか」
「……借り物競争で、なんか理由つけて、俺を借りて欲しい」
「じゃあ、借り物競争にします、するね」
「(あー……可愛い可愛い可愛い。光海がどこまでも可愛い)」

 突如のフランス語。

「(俺だけの光海って言いてぇ。俺の未来の奥さんって言いてぇ)」

 うぇあ……。

「(その、私は涼の彼女なので、涼だけの彼女ですし、その、えと、奥さんのことも、ちゃんと考えてますよ?)」
「(ありがとうどこまでも大好きだよ愛してるもう今すぐ結婚したいお前と。無理なのは分かってるけど)」
「(そ、その日までに頑張ります……)」

 か、顔が熱い気がする……。

「俺も頑張る。……なぁ、光海」
「は、はい」
「キスして、いいか?」
「だ、大丈夫、です」

 答えて、顔を見るために、少し体を離せば、涼も腕の力を緩めてくれる。

「もうお前、マジ可愛い。光海」

 涼がなんか、得意げに微笑みながら、私の頬に手を当てる。
 そのまま、顔が近づいてきて。

「お前にこうして良いのも、俺だけだからな」

 そう言って、私がそれに答える前に、唇を塞いだ。


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