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118 いつも自分が負ける
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「……なっつかし……」
キョロキョロ見回しながら言う涼に、「ほぼ1年前ですもんね」と返す。
本日の勉強会の場所は、図書館の本館の学習室だ。
涼が、久しぶりにそこで、と言ったので、そのリクエストに応えた形。
「はい。では、始めていきましょうか」
「おう」
やっていくのは、2年の復習と3年の予習、それと、修学旅行先で話せるようになりたいという涼のリクエストで進行中の、中国語と韓国語とベトナム語の勉強。
2年の復習はもう、当たり前みたいにスラスラ出来てるし、3年の予習も、あんまりつっかえないし。
言語の勉強はまた、フランス語と同じようにリスニングとスピーキングを先にやってたけど、習熟スピード、前より上がってるし。簡単な会話なら成立するし。読み書きも、どんどん単語を覚えていくし、文法も、この短期間で、と思うほどに身に付いてるし。
涼はやっぱり、頭が良いんだなぁと思いながら、自分のも進めつつ、そんな感想を抱く。
そしてそれを述べつつ、勉強を進めていって。
「はい。時間ですね。お疲れ様でした」
「どうも、お疲れ様でした」
涼は言ったあと、
「ありがとうな、光海。色々言ってくれるけど、お前のおかげでここまでやれてんだからな」
伸びをして、そんなことを言って、
「……あのさ、言いたいことと、聞きたいこと、一個ずつあんだけど、いいか」
さっきまでと違う雰囲気になって、頬杖をついて、そんなふうに聞いてきた。
「いいですけど……時間、あと少しですよ? 長くなるなら一回出たほうが良いかと」
「じゃ、言うだけ言うから、外で光海の反応聞かせてくれ。……あのな、俺、これから卒業まで、カメリアで雑用みたいなことする」
「え?」
「言いたいことはそれ。聞きたいことはさ、新1年の男子と仲良くなったって高峰から聞いたけど、マジ? て、話」
「仲良く……?」
私が首を傾げてる間に、
「まあ、詳しくは外で」
と、涼は言った。
◇
本館の外の、ベンチに並んで座って、
「まずな、カメリアの雑用の話だけど。少し前から考えてたんだよ。本当に継ぐなら、カメリアへの理解を深めるべきじゃないかって」
涼は、前を向きながら話す。
「カメリアで実際働いて、まあ、週に2日くらいの雑用だけど。そしたら少しは、継ぐってことが、『夢』じゃなくて『目標』になるかなって。そしたら、行きたいとこ、まあ進路だな。も、しっかり定まんじゃねぇかって。そういう話」
「……進路、大幅変更とか、するんですか?」
「大幅変更、かは、分かんねぇけど。どこに行くのが最適か、自分はカメリアをどうしていきたいのかってのが、少しは明確になるかなって」
「しっかり考えてますね……」
「光海は?」
涼がこっちを向いた。少し、不安そうな顔で。
「行きたい大学、決まったか?」
「決めましたよ。第一志望はフランスの大学にしました。河南が、入学支援の資金援助をしてくれる所です。ちょっと待って下さい……ここですね」
私は言って、スマホを取り出し、その大学のホームページを涼に見せる。
「……ここ、ね……。マジで国境越えんだな……」
「越えても連絡は取れますし、帰省もしますよ?」
「そうしてくれると有り難いわ。……んでさ、聞きたいこと。新1年の男子の話」
涼が顔を上げて、また、私を見る。今度は、見定めるような顔で。
「下の名前で呼ぶって? 聞いたんだけど?」
ああ、それ。てか、
「涼、もしかして、ヤキモチ焼いてます?」
「妬いてる。俺、お前の名前を呼べるようになるまで、めっちゃ苦労したのに」
……なんか、顔、近くない?
「距離感の取り方の違いじゃないですか? 名前で呼んでも、あの子はただの後輩ですよ?」
「高峰に警戒しとけって言われたんだけど」
マジで?
「警戒……高峰さんは、懐いたって、言ってましたけど……」
「高峰の勘、甘く見るなよ。蓄積された経験から来る、スパコンが導き出した答えみたいな勘だからな」
……高峰さん、苦労してそうだな……。
「ソイツが光海をどう思っても」
涼の手が、片方伸びてきて、
「お前の彼氏は」
私の頬に触れる。
「俺だからな。それ、忘れんなよ」
「わ、忘れたりしませんよ……」
てか、顔が、近いって……。
「……俺と光海の将来についても、忘れんなよ」
なぜ、ここでマシュマロになる……。
「忘れてないです。考えてます。大学だって、それも考えて選んだんですよ?」
「……マジ?」
涼の顔が、驚いたものになる。
「そうですよ。留学生も沢山居る大学ですから、人脈を広げるには最高の場所です。涼がフランスに、フランスだと仮定して、ですけど。パティシエの修行か留学する時にも、その人脈とか、私の経験、役立つと思うんです。フランスじゃなくても、人脈って大切ですし。あと、カメリアを、涼?」
涼がまた、前みたく、肩に頭を乗せてきた。
「……もうマジ……なんだよ……俺のこと考えまくってくれてんじゃん……」
頬に触れていた手が離れて、緩く抱きしめるみたいに、背中に回される。
「そうですけど? なんです? 駄目ですか?」
「(駄目じゃない……今すぐ結婚したい……けど無理……でもいつかは絶対結婚したい……)」
「(私だってそう思ってますよ。だから、色々考えてるんです)」
「……父さんの気持ちが分かる……いつも自分が負ける……こういうことか……」
「勝ち負けとか、そういう問題じゃないと思うんですけど?」
「もうその時点で俺は負けてんだよ……」
どういうこと。
キョロキョロ見回しながら言う涼に、「ほぼ1年前ですもんね」と返す。
本日の勉強会の場所は、図書館の本館の学習室だ。
涼が、久しぶりにそこで、と言ったので、そのリクエストに応えた形。
「はい。では、始めていきましょうか」
「おう」
やっていくのは、2年の復習と3年の予習、それと、修学旅行先で話せるようになりたいという涼のリクエストで進行中の、中国語と韓国語とベトナム語の勉強。
2年の復習はもう、当たり前みたいにスラスラ出来てるし、3年の予習も、あんまりつっかえないし。
言語の勉強はまた、フランス語と同じようにリスニングとスピーキングを先にやってたけど、習熟スピード、前より上がってるし。簡単な会話なら成立するし。読み書きも、どんどん単語を覚えていくし、文法も、この短期間で、と思うほどに身に付いてるし。
涼はやっぱり、頭が良いんだなぁと思いながら、自分のも進めつつ、そんな感想を抱く。
そしてそれを述べつつ、勉強を進めていって。
「はい。時間ですね。お疲れ様でした」
「どうも、お疲れ様でした」
涼は言ったあと、
「ありがとうな、光海。色々言ってくれるけど、お前のおかげでここまでやれてんだからな」
伸びをして、そんなことを言って、
「……あのさ、言いたいことと、聞きたいこと、一個ずつあんだけど、いいか」
さっきまでと違う雰囲気になって、頬杖をついて、そんなふうに聞いてきた。
「いいですけど……時間、あと少しですよ? 長くなるなら一回出たほうが良いかと」
「じゃ、言うだけ言うから、外で光海の反応聞かせてくれ。……あのな、俺、これから卒業まで、カメリアで雑用みたいなことする」
「え?」
「言いたいことはそれ。聞きたいことはさ、新1年の男子と仲良くなったって高峰から聞いたけど、マジ? て、話」
「仲良く……?」
私が首を傾げてる間に、
「まあ、詳しくは外で」
と、涼は言った。
◇
本館の外の、ベンチに並んで座って、
「まずな、カメリアの雑用の話だけど。少し前から考えてたんだよ。本当に継ぐなら、カメリアへの理解を深めるべきじゃないかって」
涼は、前を向きながら話す。
「カメリアで実際働いて、まあ、週に2日くらいの雑用だけど。そしたら少しは、継ぐってことが、『夢』じゃなくて『目標』になるかなって。そしたら、行きたいとこ、まあ進路だな。も、しっかり定まんじゃねぇかって。そういう話」
「……進路、大幅変更とか、するんですか?」
「大幅変更、かは、分かんねぇけど。どこに行くのが最適か、自分はカメリアをどうしていきたいのかってのが、少しは明確になるかなって」
「しっかり考えてますね……」
「光海は?」
涼がこっちを向いた。少し、不安そうな顔で。
「行きたい大学、決まったか?」
「決めましたよ。第一志望はフランスの大学にしました。河南が、入学支援の資金援助をしてくれる所です。ちょっと待って下さい……ここですね」
私は言って、スマホを取り出し、その大学のホームページを涼に見せる。
「……ここ、ね……。マジで国境越えんだな……」
「越えても連絡は取れますし、帰省もしますよ?」
「そうしてくれると有り難いわ。……んでさ、聞きたいこと。新1年の男子の話」
涼が顔を上げて、また、私を見る。今度は、見定めるような顔で。
「下の名前で呼ぶって? 聞いたんだけど?」
ああ、それ。てか、
「涼、もしかして、ヤキモチ焼いてます?」
「妬いてる。俺、お前の名前を呼べるようになるまで、めっちゃ苦労したのに」
……なんか、顔、近くない?
「距離感の取り方の違いじゃないですか? 名前で呼んでも、あの子はただの後輩ですよ?」
「高峰に警戒しとけって言われたんだけど」
マジで?
「警戒……高峰さんは、懐いたって、言ってましたけど……」
「高峰の勘、甘く見るなよ。蓄積された経験から来る、スパコンが導き出した答えみたいな勘だからな」
……高峰さん、苦労してそうだな……。
「ソイツが光海をどう思っても」
涼の手が、片方伸びてきて、
「お前の彼氏は」
私の頬に触れる。
「俺だからな。それ、忘れんなよ」
「わ、忘れたりしませんよ……」
てか、顔が、近いって……。
「……俺と光海の将来についても、忘れんなよ」
なぜ、ここでマシュマロになる……。
「忘れてないです。考えてます。大学だって、それも考えて選んだんですよ?」
「……マジ?」
涼の顔が、驚いたものになる。
「そうですよ。留学生も沢山居る大学ですから、人脈を広げるには最高の場所です。涼がフランスに、フランスだと仮定して、ですけど。パティシエの修行か留学する時にも、その人脈とか、私の経験、役立つと思うんです。フランスじゃなくても、人脈って大切ですし。あと、カメリアを、涼?」
涼がまた、前みたく、肩に頭を乗せてきた。
「……もうマジ……なんだよ……俺のこと考えまくってくれてんじゃん……」
頬に触れていた手が離れて、緩く抱きしめるみたいに、背中に回される。
「そうですけど? なんです? 駄目ですか?」
「(駄目じゃない……今すぐ結婚したい……けど無理……でもいつかは絶対結婚したい……)」
「(私だってそう思ってますよ。だから、色々考えてるんです)」
「……父さんの気持ちが分かる……いつも自分が負ける……こういうことか……」
「勝ち負けとか、そういう問題じゃないと思うんですけど?」
「もうその時点で俺は負けてんだよ……」
どういうこと。
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