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117 下野伊緒奈
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4月から3年生なんだよなぁとか、不謹慎だけどやっぱり涼のスーツ姿カッコ良かったなぁとか、そういう思いを、一旦脇に置いて。
通知表を見て、確かめて、安堵の息を吐いて。
「……うん」
自分は良し。特待生を続けられるし、優遇措置も文句なし。
「涼、どうでしたか?」
先生に集まれと言われる前に、涼の所へと向かう。
「……いや、うん。どうなんだろ、これ」
奇妙な顔で渡されたそれを、「失礼しますね」と受け取って。
「とっても良く見えますよ? なんでそんな反応なんですか?」
返しながら、聞いてみる。
「いや……それがさ、良く見えんのがさ、……なんか、嘘だろ、みたいな」
涼は奇妙な顔のまま、通知表を仕舞う。
「嘘じゃないです。現実です。受け止めて下さい」
「いや、受け止めるけども……」
そこで、終業式のために第一体育館へと、担任の先生の声がかかった。
◇
終業式を妙な気分で終えて、光海、自分、高峰、百合根、三木の5人で、2年生最後の記念にと、カラオケ店で歌いながら。
今までのこれは全部、夢だったんじゃないか。自分はまだ中学生で、母も死んでなくて、夢を追いかけていて。
家に帰ったら、この夢から、覚めるんじゃないかと、覚めてしまうんじゃないかと、涼は思いながら、歌い終えた。
「……なあ、高峰」
光海たちがアイドルグループの歌を歌うのを聴きながら、
「お前、今、何歳だっけ」
そんな質問をしてしまう。
「え? 17だよ?」
高峰の、不思議そうなそれに、「だよな」と返す。
自分も17だし、光海に誕生日を祝ってもらった記憶もちゃんとある。
これが夢だとしたら、目が覚めた時に、自分は深い悲しみに襲われるだろう。
「これ、現実だよな」
「……橋本、疲れてる?」
「分かんね。……まあ、3年になれれば、色々と大丈夫だと思う」
光海たちが歌い終わったら、高峰が涼へ、
「じゃあ、僕らも歌おうか。現実だし」
と言って、後夜祭で歌ったハードロックを選択し、涼にマイクを持たせ、引っ張り上げるようにして立たせ、歌い出す。
涼も、中学の時に何度も聴いて、後夜祭でも聴いたそれを、ハモらせて歌う。
「橋本ちゃん! 今度さ! ジョン・ドゥとコラボしなよ!」
百合根が楽しそうに言う。
「良いんじゃないか? 定期的に目新しいことをするのは、固定層も新規も喜ぶ」
三木が、インフルエンサーの目線で意見を述べる。
「涼! 良いですよそれ! 高峰さんも良ければ、コラボ、実現させて下さい! 私も観たいです!」
光海も楽しそうに、嬉しそうに言っていて。
「じゃあする? コラボ」
高峰のそれに、
「あー……まあ、やってみるか?」
夢見心地のまま、涼はそう答えた。
◇
はい。春休みに入りました。
そして今日は、特待生枠を獲得した新1年生への事前説明会、という名の、オープンスクール的な活動の日です。
「おはようございます、高峰さん」
「おはよう、成川さん」
集まっていた他の特待生の人たちにも挨拶して、先生方にも挨拶して。
説明会に使う講義室で、周りと一緒に準備をする。
新1年生の集合時間は10時だけど、9時半あたりから、ぽつぽつと集まり始めた。
それぞれの氏名を確認していって、出欠確認をする。
今年は、8名が特待生として合格した。内訳は、勉学枠が3名、スポーツ枠が4名、芸術枠が1名、だ。
まず、校内を改めて案内する。それから先生方が、新1年生となる子たちに、おめでとう、からの、特待生になるからには、と、今後の学校生活への注意点を挙げていく。
「──という、人によってはとても厳しい環境になるかも知れません。なので」
説明していた先生が、私たちへと目を向ける。
「先輩方に、実際のところどうなのか、教えてもらいながら、体験していきましょう」
さて、私たちの出番だ。
話をしながら、簡単なレクリエーションをしてもらう。
勉学枠は、主要5教科のテストを解いてもらうのだ。
「分からないところは、スマホで調べるんじゃなくて、私たちに聞いたり、図書室で調べたりしてくださいね。図書室の場所へは、また案内しますよ」
私がそう言って、
「時間はたっぷりあるから、焦らずにね。あと、テストだけじゃなくて、これからの学校生活への質問も受け付けるよ」
高峰さんが言う。
勉学枠は、女子2、男子1。まあ、スポーツ枠とかの男女での体格差なんかとかと違って、性別はあまり関係ないので、二人で三人を、それぞれ様子を見ながら、と、思ってたんだけど。
女子二人が、完全に高峰さんに食いつきました、はい。
テストを解きながら高峰さんへ個人的な質問を飛ばしてくる女子二人を、高峰さんと一緒に宥めながら、もう一人へと気を回す。
「どうですか?」
殆ど喋らないで、黙々とテストを解いてるけど。
「簡単ですね。まあ、当たり前か。これ解けなかったらやってられないってことですもんね」
おお、言うな、君。こっちをちらりとも見ないし。
「んー……どうでしょうね。これ、簡単に思いますか?」
「先輩には難しく思えるんですか?」
「いえ、解けますよ。そうでなくてですね。下野さんの心構えの仕方が、気になりますね」
「甘く見てると痛い目を見るって? そういう話ですか?」
あ、こっち見た。
まあなんとも、ニヒルな笑みだ。
「まあ、言っちゃうとそうです。油断してると足元を掬われちゃうって、そういう話ですね」
「へぇ、じゃあ……成川? 先輩でしたっけ。Вы понимаете, о чем я говорю?」
ロシア語か。
肌が小麦色なのは日焼けしてるからかと思ってたけど、銀髪と灰色の瞳は自前かな?
「Я знаю, что вы сказали」
答えたら、少しびっくりした顔をされて、ちょっと睨むみたいに。
「Pouvez-vous comprendre cette langue ?」
フランス語だな。
「Je comprends le sens de la langue que tu parles」
そこからイタリア語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語、スウェーデン語、フィンランド語、ポルトガル語、インドネシア語、タイ語、タガログ語、まで、だんだん長くなっていく問答を続けて。
「残り20分ですよ、下野さん。あと3教科、手を付けてませんが、20分で終わります? サポートしましょうか?」
下野さんはハッとしたように時計を見て、
「(終わらせたらちょっと話があるから、待ってて)」
と、英語で言って、本当に3教科を15分で終わらせて、また、こっちを見て。
「先輩、名前、ファーストネームで呼んでくださいよ」
挑発するみたいに言うなぁ。
「伊緒奈さん、で、いいですか?」
「さん、は付けないで欲しいですね。俺も名前で呼んで良いです?」
「良いですよ。では、伊緒奈、で」
言ったら、伊緒奈は得意げな笑顔になって。
「じゃあ、これからよろしくお願いします。光海先輩」
◇
新1年生たちが帰って、後片付けをしてると。
「成川さん、大丈夫だった?」
高峰さんに、困ったように聞かれた。
「大丈夫でしたよ。こっちこそ、あの二人を任せちゃってすみません。大丈夫でした?」
「いや、僕は大丈夫だけど……。これ、推測だけどさ、下野くん、成川さんに、……懐いたと思うよ?」
懐かれたのか、あれは。
「だとしても、後輩になるんですから、大丈夫じゃないですか? 何かあった時に知ってる先輩に頼れる環境って、安心できると思いますし」
「それはそうだけど……また、盾役になるのかな……僕……」
「え? どうしてですか?」
通知表を見て、確かめて、安堵の息を吐いて。
「……うん」
自分は良し。特待生を続けられるし、優遇措置も文句なし。
「涼、どうでしたか?」
先生に集まれと言われる前に、涼の所へと向かう。
「……いや、うん。どうなんだろ、これ」
奇妙な顔で渡されたそれを、「失礼しますね」と受け取って。
「とっても良く見えますよ? なんでそんな反応なんですか?」
返しながら、聞いてみる。
「いや……それがさ、良く見えんのがさ、……なんか、嘘だろ、みたいな」
涼は奇妙な顔のまま、通知表を仕舞う。
「嘘じゃないです。現実です。受け止めて下さい」
「いや、受け止めるけども……」
そこで、終業式のために第一体育館へと、担任の先生の声がかかった。
◇
終業式を妙な気分で終えて、光海、自分、高峰、百合根、三木の5人で、2年生最後の記念にと、カラオケ店で歌いながら。
今までのこれは全部、夢だったんじゃないか。自分はまだ中学生で、母も死んでなくて、夢を追いかけていて。
家に帰ったら、この夢から、覚めるんじゃないかと、覚めてしまうんじゃないかと、涼は思いながら、歌い終えた。
「……なあ、高峰」
光海たちがアイドルグループの歌を歌うのを聴きながら、
「お前、今、何歳だっけ」
そんな質問をしてしまう。
「え? 17だよ?」
高峰の、不思議そうなそれに、「だよな」と返す。
自分も17だし、光海に誕生日を祝ってもらった記憶もちゃんとある。
これが夢だとしたら、目が覚めた時に、自分は深い悲しみに襲われるだろう。
「これ、現実だよな」
「……橋本、疲れてる?」
「分かんね。……まあ、3年になれれば、色々と大丈夫だと思う」
光海たちが歌い終わったら、高峰が涼へ、
「じゃあ、僕らも歌おうか。現実だし」
と言って、後夜祭で歌ったハードロックを選択し、涼にマイクを持たせ、引っ張り上げるようにして立たせ、歌い出す。
涼も、中学の時に何度も聴いて、後夜祭でも聴いたそれを、ハモらせて歌う。
「橋本ちゃん! 今度さ! ジョン・ドゥとコラボしなよ!」
百合根が楽しそうに言う。
「良いんじゃないか? 定期的に目新しいことをするのは、固定層も新規も喜ぶ」
三木が、インフルエンサーの目線で意見を述べる。
「涼! 良いですよそれ! 高峰さんも良ければ、コラボ、実現させて下さい! 私も観たいです!」
光海も楽しそうに、嬉しそうに言っていて。
「じゃあする? コラボ」
高峰のそれに、
「あー……まあ、やってみるか?」
夢見心地のまま、涼はそう答えた。
◇
はい。春休みに入りました。
そして今日は、特待生枠を獲得した新1年生への事前説明会、という名の、オープンスクール的な活動の日です。
「おはようございます、高峰さん」
「おはよう、成川さん」
集まっていた他の特待生の人たちにも挨拶して、先生方にも挨拶して。
説明会に使う講義室で、周りと一緒に準備をする。
新1年生の集合時間は10時だけど、9時半あたりから、ぽつぽつと集まり始めた。
それぞれの氏名を確認していって、出欠確認をする。
今年は、8名が特待生として合格した。内訳は、勉学枠が3名、スポーツ枠が4名、芸術枠が1名、だ。
まず、校内を改めて案内する。それから先生方が、新1年生となる子たちに、おめでとう、からの、特待生になるからには、と、今後の学校生活への注意点を挙げていく。
「──という、人によってはとても厳しい環境になるかも知れません。なので」
説明していた先生が、私たちへと目を向ける。
「先輩方に、実際のところどうなのか、教えてもらいながら、体験していきましょう」
さて、私たちの出番だ。
話をしながら、簡単なレクリエーションをしてもらう。
勉学枠は、主要5教科のテストを解いてもらうのだ。
「分からないところは、スマホで調べるんじゃなくて、私たちに聞いたり、図書室で調べたりしてくださいね。図書室の場所へは、また案内しますよ」
私がそう言って、
「時間はたっぷりあるから、焦らずにね。あと、テストだけじゃなくて、これからの学校生活への質問も受け付けるよ」
高峰さんが言う。
勉学枠は、女子2、男子1。まあ、スポーツ枠とかの男女での体格差なんかとかと違って、性別はあまり関係ないので、二人で三人を、それぞれ様子を見ながら、と、思ってたんだけど。
女子二人が、完全に高峰さんに食いつきました、はい。
テストを解きながら高峰さんへ個人的な質問を飛ばしてくる女子二人を、高峰さんと一緒に宥めながら、もう一人へと気を回す。
「どうですか?」
殆ど喋らないで、黙々とテストを解いてるけど。
「簡単ですね。まあ、当たり前か。これ解けなかったらやってられないってことですもんね」
おお、言うな、君。こっちをちらりとも見ないし。
「んー……どうでしょうね。これ、簡単に思いますか?」
「先輩には難しく思えるんですか?」
「いえ、解けますよ。そうでなくてですね。下野さんの心構えの仕方が、気になりますね」
「甘く見てると痛い目を見るって? そういう話ですか?」
あ、こっち見た。
まあなんとも、ニヒルな笑みだ。
「まあ、言っちゃうとそうです。油断してると足元を掬われちゃうって、そういう話ですね」
「へぇ、じゃあ……成川? 先輩でしたっけ。Вы понимаете, о чем я говорю?」
ロシア語か。
肌が小麦色なのは日焼けしてるからかと思ってたけど、銀髪と灰色の瞳は自前かな?
「Я знаю, что вы сказали」
答えたら、少しびっくりした顔をされて、ちょっと睨むみたいに。
「Pouvez-vous comprendre cette langue ?」
フランス語だな。
「Je comprends le sens de la langue que tu parles」
そこからイタリア語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語、スウェーデン語、フィンランド語、ポルトガル語、インドネシア語、タイ語、タガログ語、まで、だんだん長くなっていく問答を続けて。
「残り20分ですよ、下野さん。あと3教科、手を付けてませんが、20分で終わります? サポートしましょうか?」
下野さんはハッとしたように時計を見て、
「(終わらせたらちょっと話があるから、待ってて)」
と、英語で言って、本当に3教科を15分で終わらせて、また、こっちを見て。
「先輩、名前、ファーストネームで呼んでくださいよ」
挑発するみたいに言うなぁ。
「伊緒奈さん、で、いいですか?」
「さん、は付けないで欲しいですね。俺も名前で呼んで良いです?」
「良いですよ。では、伊緒奈、で」
言ったら、伊緒奈は得意げな笑顔になって。
「じゃあ、これからよろしくお願いします。光海先輩」
◇
新1年生たちが帰って、後片付けをしてると。
「成川さん、大丈夫だった?」
高峰さんに、困ったように聞かれた。
「大丈夫でしたよ。こっちこそ、あの二人を任せちゃってすみません。大丈夫でした?」
「いや、僕は大丈夫だけど……。これ、推測だけどさ、下野くん、成川さんに、……懐いたと思うよ?」
懐かれたのか、あれは。
「だとしても、後輩になるんですから、大丈夫じゃないですか? 何かあった時に知ってる先輩に頼れる環境って、安心できると思いますし」
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