上 下
114 / 123

114 過去について、未来について

しおりを挟む
 父は乗り気では無くて。母は開き直っていて。
 居心地が悪そうに隅に居た父に、

『暗い顔してんねキミ。来ちゃったんだから楽しもうよ』

 母がそう、声をかけて。それでも座りが悪そうな父を見て、母は父を連れ出した。そして連れて行ったのだ、カメリアへ。

『ここね、私の家。奢ったげるからなんか買ってって。損はさせないよ』

 母の勢いに押される形で、父はパウンドケーキを手に取った。そのまま流れるように会計を済まされてしまって、

『いや、やっぱり払うよ……』
『気にしないでよ。気にすんなら、また、買いに来て。てか、パウンドケーキ、好きなの?』
『好きっていうか……合うかなって……紅茶に……』
『紅茶?』

 父の祖母が紅茶が好きで、幼少期を祖母のもとで過ごした父は、その影響を受けたのだと、質問攻めに遭いながら説明して。

『だから、その、家に紅茶が、沢山あるから……』
『キミ、紅茶淹れるの上手い?』
『……まあまあ……本格的なの、教わったし……』
『家どこ?』
『え?』
『その本格的な紅茶、飲みたい。連れてってよ』

 連れて行く、というより、引っ張られながら家に案内することになり、そのまま紅茶を淹れる羽目になり。

『へー。ポットとか温めたお湯、捨てるんだ?』
『そうだけど……君、ケーキ屋の人間なのに、なんで紅茶に疎いの』
『いつもお姉ちゃんに淹れてもらってるから』
『お姉さん居るんだ……?』
『居るよ?』
『当たり前みたいに言わないでよ……お互いに名前も知らないんだからね?』
『自己紹介タイム聞いてなかった?』
『……聞いてなかった』

 母はそこで改めて名乗って、父も、名乗らざるをえなくて。

『は? 美味い』

 父の淹れた紅茶を気に入った母は、また飲みたいからと連絡先を交換して。
 そして、突撃するように、カメリアのスイーツを持って訪問してくる母を、父は呆れながら家に上げて。
 そんな関係が半年続いた頃、母は、ダージリンのパウンドケーキを持って父の家にやって来た。

『隆さ、ダージリン好きでしょ? だから作った。来月の新商品。味は保証する』
『……嬉しいけど……なんで、そんな……』
『え? 好きだから』
『……日向子が好きなの、オレンジペコじゃなかった?』
『紅茶の話じゃなくて。好きなのは隆』
『え?』
『だから、好きなのは紅茶じゃなくて、隆。キミ。分かった?』
『……友達として?』
『怒るよ?』
『ごめん』

 結局、半年の間に父も絆されていて、付き合うことになって。
 気持ちを自覚した父は、自由に動き回り、交友関係も広い母の、その、人を惹き付ける魅力に、不安を覚え始めた。
 恋人になって初めて気付く、母へ向けられている好意の多さ。自分もその中の一人だったと痛感しながら、それでも今は自分が恋人なのだからと、不安を押し殺していたけれど。
 押し殺しきれなくなった。

『日向子。ちょっと』
『どした?』
『そのさ。……こう、女子はまあ、良いとして、男子にさ、俺にするみたいに接するの、なんで?』
『? 隆に? するみたいに? してる?』
『してる、ように見える。……しないで欲しい』

 嫉妬だと分かっていても、言わないと気が済まなかった。

『んー? 分かんないけど分かった』
『いや、分かって。俺に取って代わろうとする奴、沢山いるんだよ?』
『ほほう? そんな輩が?』
『全く分かってないよね。日向子は俺じゃなくても良いの?』
『嫌だけど?』
『本音に聞こえないな……』

 いつもの調子で言われるそれに、父は疲れたように肩を落とす。それを見て、母は。

『うん、じゃあもう、結婚でもするか』
『……は?』
『お互いさ、結婚出来る年だし。既婚者なら、手は出されにくいでしょ?』
『……日向子、俺たちまだ、高校生なんだけど……?』
『なんだい? したくないの?』
『いや、……したい、けど……こういうの、勢いで決めることじゃないし……お互いの両親とかさ』
『したいの? したくないの? はっきりしなさい』
『……したいです……』

 いつも母に負ける父は、その時も結局、母に負けた。
 そして母は勢いのままに、互いの家族に話を通して。けれども互いの両親に宥められ、父も、肩身の狭い思いをしながら、今すぐは流石にと言うから。

『なら、卒業したら。それならいいでしょ?』

 母はそれ以上譲る気がなく、母の姉である歩もそれに味方をして。互いの両親は、折れるような形で、それを承諾した。

『よし、今から私たちは婚約者だよ』
『……そうだね……』
『なんだその反応』
『いや、嬉しいよ? 嬉しいけど、気持ちが追いつかない……』
『走れ、隆』
『物理的な問題じゃない……』
『んでさ、式、どうする?』
『だから、気が早い……』
『でも決めとかなきゃでしょ』

 そのまま母は、式の準備を進めようとして。互いの両親にまた止められて、不満そうにする母を見て、父は、覚悟を決めた。
 互いの両親に──特に、母の両親と姉に頭を下げ、父は、全面的に母のことを考えて動いた。
 そして、お互いの高校を卒業して。そのすぐあとの大安吉日に入籍して式を挙げて。

『へいダーリン』
『名前で呼んでって……』

 母は製菓の専門学校へ進み、父は大学へ進み。

 ◇

「そんで2年して生まれたのが俺だよ分かったか」

 待って? 待って? 日向子さんの行動力が凄すぎる。
 てか、2年って。まさか。

「その、お二人が在学中に、涼は生まれたり……?」
「そーだよ。母さんは3年制のとこ通ってたし。父さんも4年制の大学だったし」

 わぁ……。

「あの、そうなると、お二人の年齢って……?」
「父さん今37。今年で38。母さんは父さんと同い年」
「わっか……」

 うちの両親、40代なんですけど……。

「で、どうだ。具体例出したんだけど」
「こんな身近な具体例だとは思ってませんでした……」
「そうじゃねぇ。俺との未来を想像できたかって聞いてんの」
「み、未来……」

 えーとえーと。
 本気で考えて、正直に言わないと。

「えーと、その、涼はカメリアは継ぐから、えーと、私は、その、パートナー……奥さん……? えーと……私もカメリアに関わる……て、こと……? なら、その、えーと……カメリアを世界に広めたい……?」

 今まで考えてた将来のことと混ぜて言ってみたんだけど。

「あの……涼……?」

 涼が呻いて、私の肩に頭を乗せた。

「だ、駄目でした……?」
「ちげぇわ……なんでマジでちゃんと考えてくれんだよ……」
「えぇ……?」
「引くだろ……普通……急に結婚とか……なんで受け入れてくれんだよ……」

 ……。

「なんです、それ。パニックになりかけてはいましたけど、一生懸命考えたんですけど? 涼は結局、嫌なんですか?」

 ちょっと、ムッとした声になってしまった。
 そしたら、涼はその姿勢のまま、私を緩く抱きしめてきて。

「嫌な訳ねぇだろ……めちゃくちゃ嬉しいわこのヤロウ……なに? 本気にしていいの?」
「本気で考えろって言ったの、涼なんですけど」
「……なぁんだよもうお前可愛すぎんだよ光海ぃ……」

 ◇

「おはようございます、涼。……どうかしましたか?」

 なんかムスッとしてるし、顔が赤い。

「……おはようって言いたいけど。なんでお前はいつも通りな感じなん?」

 いつも通り。

「昨日のこと、言ってます? あれなら一回、決着? がついたじゃないですか」
「決着……」

 涼が、ムスッとした顔のまま、小さい声で言う。
 プロポーズみたいな話をされて、自分なりに答えて。涼がまた少し泣き始めちゃったのを宥めようとしたら、涼のお父さんの隆さんが顔を出して。

『涼、悪いけど、途中から聞いてたよ。止めるかどうするか迷ってしまってね。俺の話も引き合いに出されたし。まずは二人とも、落ち着こうか』

 隆さんはそう言って、涼を宥めて私から離して。

『お前の気持ちは分かる。……て言いたいけど、大切な人の気持ちも、その人の考えも尊重しなさい。俺と日向子だって、お前が言った通りに、周りに、冷静になれって、何回か止められたんだから』

 隆さんは、涼にそう言ったあと、私へ困ったような苦笑を向けて、

『すみません、成川さん。息子は僕にも、日向子にもよく似てるみたいです。二人の想いは応援してるけど、最低もう二、三回は、じっくり考えてみて下さい。あなたのためにも、涼のためにも』

 それで、解散、となったのだ。

「あのあと何か言われたんですか? 涼のお父さん、隆さんに」
「……少し」

 差し出された手に、自分のを重ねる。
 指を絡められて、いつもより、少し強く、握られる。

「その気持ちは大事にしていいけど、……だから、余計、お前のことをちゃんと考えろって、言われた。……進路も、違うし」

 涼がちょっと、俯いた。

「それなら私も、昨日のことを折り込んで考えてみましたよ」
「……どんなん」

 更に、俯いた。

「あのですね」

 その顔を覗き込めば、逸らされる。

「……涼。仮にですけど、組み立て直してみたんですよ? そもそもですね、どう、異文化交流をするか、将来の道には迷ってたんです」

 そういう活動をしている法人に入るか、外交のような仕事をするか、他の仕事をしながら一人で始めていくか、とか。

「それで、私は涼もカメリアも大好きですし、自分であの時言った、カメリアを世界の人に知ってもらうって、結構良いんじゃないかって、思ったんですよ。ラファエルさんとアデルさんだって、似たような思いであのお店を始めた訳ですし。それで、んむ!」

 ……顔を胸に押し付けられた……。

「分かったよもう朝っぱらからやめてくれまた冷静さを欠くから」

 涼は一息で言って、私の頭から手を離す。

「……続き、あるんですけど」

 少し睨むように言えば。

「今はやめてくれって。マジで。泣くぞ。爆発させるぞ」

 涼は赤い、真剣な顔を私に近づけてきて、そう言って、

「これ以上は今は無し。お前には俺を殺す威力があんだよ。今ここで死にたくねぇわ」

 そう言って顔を引っ込めて、「行くぞ」って、歩き出した。
 ……あのですね、涼にも、結構な威力、あるんですよ?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

初恋

ももん
恋愛
全ての変化を嫌う女の子高橋玲香(たかはしれいか)と、いつもみんなに囲まれる人気者の水野春樹(みずのはるき)の物語です。 水野春樹により様々な変化をもたらされていく高橋玲香の様子や、水野春樹の抱える問題を細かく掘り下げて、キャラクターがどんな思考、どんな性格をしているかを細かく表現しています。 少し長いですが、「変化」を楽しんで読んでいただけると嬉しいです。 まだ完結していないので、楽しみに待っていただけると幸いです。

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

お隣さんは陰陽師

タニマリ
恋愛
小さな時から幽霊が見える私。周りには変な子だと思われ、いつしか見えることを隠すようになっていった。 高校生となったある日、母の生まれ故郷に引っ越すこととなり海辺の街へとやってきた。 今日から住む母の実家の隣には、立派な庭のある大きなお屋敷が建っていて…… 様々な幽霊たちと繰り広げられる、恋愛色強めの現代版陰陽師のお話です。

悪役令嬢は断罪回避のためにお兄様と契約結婚をすることにしました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
☆おしらせ☆ 8/25の週から更新頻度を変更し、週に2回程度の更新ペースになります。どうぞよろしくお願いいたします。 ☆あらすじ☆  わたし、マリア・アラトルソワは、乙女ゲーム「ブルーメ」の中の悪役令嬢である。  十七歳の春。  前世の記憶を思い出し、その事実に気が付いたわたしは焦った。  乙女ゲームの悪役令嬢マリアは、すべての攻略対象のルートにおいて、ヒロインの恋路を邪魔する役割として登場する。  わたしの活躍(?)によって、ヒロインと攻略対象は愛を深め合うのだ。  そんな陰の立役者(?)であるわたしは、どの攻略対象ルートでも悲しいほどあっけなく断罪されて、国外追放されたり修道院送りにされたりする。一番ひどいのはこの国の第一王子ルートで、刺客を使ってヒロインを殺そうとしたわたしを、第一王子が正当防衛とばかりに斬り殺すというものだ。  ピンチだわ。人生どころか前世の人生も含めた中での最大のピンチ‼  このままではまずいと、わたしはあまり賢くない頭をフル回転させて考えた。  まだゲームははじまっていない。ゲームのはじまりは来年の春だ。つまり一年あるが…はっきり言おう、去年の一年間で、もうすでにいろいろやらかしていた。このままでは悪役令嬢まっしぐらだ。  うぐぐぐぐ……。  この状況を打破するためには、どうすればいいのか。  一生懸命考えたわたしは、そこでピコンと名案ならぬ迷案を思いついた。  悪役令嬢は、当て馬である。  ヒロインの恋のライバルだ。  では、物理的にヒロインのライバルになり得ない立場になっておけば、わたしは晴れて当て馬的な役割からは解放され、悪役令嬢にはならないのではあるまいか!  そしておバカなわたしは、ここで一つ、大きな間違いを犯す。  「おほほほほほほ~」と高笑いをしながらわたしが向かった先は、お兄様の部屋。  お兄様は、実はわたしの従兄で、本当の兄ではない。  そこに目を付けたわたしは、何も考えずにこう宣った。  「お兄様、わたしと(契約)結婚してくださいませ‼」  このときわたしは、失念していたのだ。  そう、お兄様が、この上なく厄介で意地悪で、それでいて粘着質な男だったと言うことを‼  そして、わたしを嫌っていたはずの攻略対象たちの様子も、なにやら変わってきてーー

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...