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111 思い出こもりまくり

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 朝の登校時、電車の中で、

「……涼、昨日配信されたジョン・ドゥさんの動画、観ました?」

 ちょっと、いや、かなり気になることがあって、聞いてしまった。

「……あー……分かったか」

 涼の、その反応に。

「やっぱりですか……」

 複雑な思いで、昨日観た動画を思い出す。
 それは、高峰さん一人だけのものでは無かった。もう一人、これまた顔出ししてない人が──だけど、見覚えのあるギターと聞き覚えがありまくる声の人が、出ていた。
 ハッシュタグの一つには、コラボ、とあって。

「アレ、更生中とは聞きましたけど、大丈夫ですか? 巻き込まれてたりしません? 危ない橋渡ってたりしません?」

 動画内で『トラッシュ』と紹介された彼は、どう見ても、五十嵐だ。

「ちゃんと更生してるし、脱却中だってよ。あれもその一環だってさ。気になんなら、俺、伝えとこうか?」

 涼がスマホを取り出して、そう、言ってくれる。
 涼が五十嵐の連絡先を持ってるのも、時々、様子見と言って連絡してるというのも、教えてくれてるから、知ってる。

「……いえ、ちゃんと更生してるなら、良いです。ありがとうございます」

 涼も把握してるってことは、高峰さんに無理を言った、とかは、無いと思うし。たぶん。

「そっか。……どの部分で分かった?」
「声とギターと、ギターの持ち方、ですね。アイツ、左利きですし。あのギターも、何度か見せられたことありますし、何人でしてたのか知りませんけど、授業ほっぽって爆音でやってたの、聴こえてましたので」
「はあ……そんなことしてたんだ、アイツ」
「ええもう、常習犯ですからね。ギターぶっ壊す場面も見ましたし。あれ、記憶の通りなら、5本目ですよ。よくそのまま持ってたと思いましたよ」

 呆れたように言ったら。

「……そのギターについて、なんか、言ったりしたか?」
「え? ああ、言いましたよ。あのギターもですね、わざわざ私を呼び出して、幾らしただのなんだの話して」

『でもさぁ、飽きたんだよ、これ。だからこれから、粉々にぶっ壊そうと思ってさ。最後まで見てたら何もしねぇ。途中で消えたりしたら弁償しろな』

「とか言いやがってですね、理不尽さにムカついたので、ギター掴んで、止めたんです」

『これ、5本目ですよね? 壊したいんですか? 弾きたいんですか? なんなんですか? 物は大事にして下さい。払いたくないから言ってるんじゃありませんからね。分かりました?』

「そしたら、一瞬、ぽかんとしましてね。そのあと、」

『……萎えたわ。あー、おバカな真面目ちゃんな、お前、ホント。今すぐ視界から消えろ。10秒以内。はい、じゅーう、きゅーう』

「そんなカウントダウンが始まりまして。なので、さっさとその場をあとにしました」

 結局ムカついたけど、あの、呆気に取られた顔は、まあまあ見物だった。

「……なるほどね」

 涼は呆れたように言って、スマホを操作し始め、

「中学の頃の光海にも、会いたかったわ」
「私も、中学生の涼、会ってみたかったです。なんでカメリアでばったりとか、しなかったんですかね?」
「その頃はなぁ……表にはあんま顔出してなかったんだわ。厨房で機械の構造とか使い方を頭に入れたり、レシピ覚えたり、家で試作品作ったりさ。あと、墨ノ目、課題の量が馬鹿みてぇに多くてな。学校で高峰たちと居残ったりして必死こいてそれ片付けてて、みたいな生活だった」

 真面目だな……。そんな人が、よくまあ、机を蹴倒すほどに……。

「色々と、お疲れ様です」

 日向子さんのこと、本当にショックだったんだろうな。

「……なぁ、光海」
「なんですか?」

 スマホの操作を終えたらしい涼は、こっちを向いて、

「(電車降りたらさ、一回抱きしめていいか? 一瞬でいいから)」

 なんか、マシュマロのような、けどちょっと違うようなシュンとした顔で、そんなことを言ってきた。なので。

「(どうぞ。一瞬じゃなくても良いですよ?)」

 大丈夫、の意味を込めて、微笑みながら、そう返した。
 ら。

「(……一瞬じゃないと永遠になるぞ)」

 永遠は困る。

「(では一瞬で)」
「うん」

 そして、電車を降りてから、エレベーター横でぎゅってされた。

 ◇

 それを見た五十嵐は悲鳴を上げ、スマホをベッドへ叩きつけた。

『光海から聞いたわ。思い出こもりまくりのギターなんだな、アレ』

 ◇

 さて、3月に入りました。そして今日は、袋小路先生方が来て、お店を取材する日です。
 私は下校して、ラインで連絡を入れて、『le goût de la maison』へ直行。裏から入って、声をかければ、

「(お疲れ様、です、光海さん。今、その、先生方が、ラファエルさんたちとお話を……)」

 ド緊張しているエイプリルさんが居た。

「(お疲れ様です。じゃあ、やっぱり、先方の通りに、店内での取材をしてるんですね)」
「(はい、そうです……なんか、大丈夫でしょうか……日本語、間違えそうです……)」
「なら、今から日本語で話してますか?」
「そうしたいです」

 私はエプロンを着け、髪を纏めて、いつもの格好になる。これも、先方からの要望だった。
 なるべく通常時の様子でお願いしたい、というのが、先生たちからの要望なのだ。

「私、念のため7枚くらい持ってきたんですけど、エイプリルさんはどうしました?」

 通学カバンとは別のカバンから、7枚の色紙しきしを出しながら、聞く。あと、このカバンの中には、3枚のメモ、細い、普通、太め、の3種類のサインペンが入っている。

「私も一応、3枚……持ってきました……。書いていただくのは、1枚ですが……」
「そうなんですね。やっぱり予備があると安心しますよね」

 私とエイプリルがラファエルさんを通じてお願いし、先生が快諾してくれたのは、色紙へのサインだ。
 私は3枚、エイプリルさんは1枚。

「声、かけてきたほうが良いですかね? ラファエルさんとアデルさんが戻ってくるまで待ってたほうが良いですかね?」

 アデルさんも取材を受けるにあたって、シャルルくんは今、臨時対応のベビーシッターのサイトで依頼したという、シッターさんが見てくれている。

「呼ぶまで待ってて欲しい、と言われました」
「了解です」

 袋小路先生たちは、昼過ぎからいらっしゃってる筈で、店内の様子、厨房の見学、そして対面での取材、の流れだと、聞いている。
 そして今はラファエルさんたちと話をしているということだから、取材は順調に進んでいるということだろう。

「(エイプリル、あ、光海も来てたのね)」

 アデルさんが顔を出した。

「(お疲れ様です。さっき着きました)」

 フランス語か英語か迷ったけど、アデルさんが英語だったので、英語で伝える。

「(そうなのね、お疲れ様。……どうしようかしら。私は終わったからってエイプリルを呼びに来たんだけど、光海も居るし、二人で来る?)」
「(私はどちらでも。エイプリルさんは、どうしますか?)」
「(一緒でお願いします……)」


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