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108 フルシーズンSUMMER

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「……なーもー……既に可愛い」

 ご褒美、もとい、プールデートの日。午前の8時半。
 迎えに来てくれた涼が、私を見て、項垂れるようにしながらそう言った。

「えと、嬉しいですけど、そんなですか?」

 私の格好は、ぶ厚めなグレーのタイツと、これ一枚でOKなオーバーサイズでクリーム色のニット。その上にワインレッドのノーカラーコートと、涼からプレゼントしてもらったマフラーだ。
 靴はショートブーツで、薄くメイクもしてるけど。
 暦上とは違ってまだまだ寒いこの時期、見た目の変化はコートとメイクとブーツと、プールのためのバッグくらいだぞ? ん? 結構変化あるか?

「そんなだよ。ぱっと見も可愛いし、お前、ワクワクしてるだろ。それが既に可愛い」
「そりゃ、しますよ? 涼とプールですもん」
「……。俺、今日、乗り切れっかな……」

 そんなことを言い出した涼の格好は、生地が分厚い焦げ茶のトレンチコートと、お揃いのマフラーにいつものリュック。ボトムはジーンズで、靴は、いつもと違うスニーカーだ。

「涼も似合ってますよ?」

 プール用品はリュックの中かな。そんなことを思いながら言う。

「……どーも……行くか」
「はい。あ、うん」
「……今このタイミングで言い直すな……」

 ◇

 屋内レジャープール『フルシーズンSUMMER』は、メインターゲットを若年層にしてあって、スライダーの種類の豊富さはもとより、様々なプールが楽しめる。あと、涼に向けての私のイチオシは、レストランや屋台が複数あって、どれも評価が高いこと。

「それで、ピアスも条件付きOKですし、楽しめるかなって」

 休日だから、電車、座れないかな、と思ってたけど、座ることが出来た。なので、復習がてらにと、そんな説明をしたら、

「もうな、それだけ考えてくれてるそのことで腹いっぱいになりそう」

 握ってる手に、きゅっと力が込められる。

「……この説明、前にもしましたよね? 確認のつもりだったんですけど……」

 言ったら、顔を寄せられて、

「(あの時もだいぶ、いっぱいいっぱいだったんだからな? お前はいちいち可愛いんだよ。自覚しろっつったよな?)」

 鼻が触れそうなほど近くで、真剣な顔をして言われて、

「(……わ、分かりました……)」

 これ、私も、行きまで保つかな……。

「(顔赤くすんな可愛いから)」
「(り、理不尽……)」

 なんだろうこれ。涼の雰囲気がいつもと違う……。
 そんなこんなで辿り着いた『フルシーズンSUMMER』は、休日だからか、開園時間前だからか、受付には結構な人数の列が出来ていた。並んでる人たちも、同年代が多い。客層をバッチリ掴んでいる。

「人多いから、離れんなよ。あと、埋もれたりしないように気ぃ付けろ。なんかあったら助けるけど」
「うぇ、うぇっす」
「んだよそれ可愛いな」
「だ、だって、涼がそんなこと言うから……」

 いつもと雰囲気違うから……。

「……可愛い」
「やめてくださいよぅ……」

 真剣な顔やめろ……。
 なんかもう、涼の雰囲気に呑まれたまま、ワタワタと列に並んで。
 チケットはネットで取っているから、その画面を見せるだけで大丈夫な筈で。開園時間になって、列が動き出して。
 お、おお……。人の波……。

「離れるって」
「ひえっ」

 波に押されそうになって、涼に後ろから捕まえられた。

「受付通るまでの辛抱な。通ったら男女で別れんだろ?」
「そ、そうです……」

 辛抱ではなくてですね、雰囲気に呑まれてですね、その。
 受付が近くなって、お互いにスマホを出して、画面を確認して。
 受付の人にピッとされて、「どうぞー」と。

「な、流れるように……」
「なんで驚いてんだ」
「いえ、手慣れてるなぁと……」

 そのあとは、男女に別れてのロッカールームと更衣室への移動だ。

「なんかあったら係の人とか呼べよ? 声出せよ?」
「分かりましたって」
「あと、プールのほうに出たら──」
「出入り口のすぐそばで動かない、涼を待つ、ですよね。もう3回聞きました。大丈夫です」
「……じゃあ、行くからな」
「はい。またあとで」

 涼と別れて、一仕事終えた気分でロッカールームへ。

「ふう……」

 さて、ぱぱっとメイクをし直さなきゃ。
 パウダールームに入って、この日のために買って練習していたウォータープルーフのメイクに変えて、パウダールームを出て。
 料金返却式のロッカーに、プールには持っていかない荷物を入れて、更衣室へ。
 最初は水着に着替えてから行こうと思ってたけど、試しに家でそれを実践してみたらなんかモゾモゾしたから、ここで着替えることにしたのだ。
 その、水着に着替えて。

「どう思うかな」

 似合うって言ってくれるといいけど。
 そう思いながら、他の人に紛れるような形でプールに繋がる通路を通って、出入り口から出て。

「みつ……光海」
「あ、涼」

 声のしたほうへ顔を向ければ、壁にもたれてた涼と目が合った。ので、そっちへ向かう。

「おまたせしました。……涼?」

 あれ? 固まってる。

「……もしかして、変です?」

 ひらひらしているその裾を、つまむ。
 私が着ているのは、白と水色の、ワンピースに見えるセパレートタイプの水着だ。ビキニは流石に気が引けました。

「……似合ってるよ。似合いすぎて放心してた」

 なんか、疲れた声で言われた。てか、放心、するほど?

「えと、ありがとうございます。今日のために買ったので、……涼?」

 涼が唸りながらしゃがみ込んだ。

「……何? プール、そんな楽しみだった……?」
「プールというか、涼とのプールが楽しみでしたので。これ、行きに言いませんでした?」

 立ち上がる気配がないので、私もしゃがみ込む。

「聞いたよ……この、くっそ可愛い……」
「……涼も似合ってますよ?」

 涼のは、紺色の水着と上着……大きめのラッシュガードかな?
 ため息なのかなんなのか、涼は下を向いて息を吐いて、立ち上がって。

「どーも。行くぞ、ほら」
「あ、はい」

 ◇

 指を絡めて手を繋ぐ。いつもしていることなのに、場所のせいでか、状況でか、ムダに緊張する。
 涼はそう思いつつ、光海を横目で、盗み見るようにしながら歩く。
 顔を向けたら、また、思考が停止しそうな気がするのだ。情けない、と思う。けれど、光海が可愛いせいだし、という、言い訳めいた言葉も浮かぶ。

「涼、腹筋とか、凄いですね。流石、勧誘されるだけありますね」

 褒めてんのかなんなんのか、ともかく笑顔を向けられる材料になった自分の体に感謝する。

「……光海のが凄い」

 花びらみたく翻る、ワンピースのようなそれの裾を、目で追ってしまう。
 清楚という言葉が似合いそうな格好なのに、当たり前に開いている胸元や背中や、上半身にピッタリと沿ったそれが、『自分はエロ可愛い水着です』と主張しているようだ。
 清純派アイドル、という感想が、涼の脳裏をかすめる。

「え? 腹筋ですか?」
「ちげぇわ。可愛いっつってんの。あと、なんか、メイク、変えたか? 色味とかが違う感じすんだけど」
「あ、はい。プールで水場なので、ウォータープルーフのに変えたんです」
「……マスカラも?」

 行きは、してなかった。けど、今は絶対してる。
 光海は、目を瞬かせて。

「……そうですけど……よく分かりましたね……あ、付けすぎました?」
「違う。似合ってる。可愛い」

 水場だから、ウォータープルーフ。分かるけど、自分に都合よく考えてしまう。
 自分とプールに行くから、揃えたのだろうかと。……水着と同じように。

「なら、良かったです。いつもと違うものなので、練習とかしたので。実になってるなら良かったです」

 照れたような笑顔が眩しい。なんかもう、プールとかどうでもいい。ずっと愛でたい。

「……どっから行く?」

 変態な思考はあっちへ行ってろ、と、涼は完全に前を向いて、そう聞いた。

「そうですね……まずはこう、スタンダードなのから行きたいです」
「じゃ、普通の遊泳プール?」
「そうなりますかね。あ、なるかな? ……な……? ん?」

 そこで可愛さを見せるな。

「じゃ、あっちだな」

 涼は心身のあーだこーだを宥めながら、そのプールへ顔を向けた。


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