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106 膝枕

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 温かくて、ふわふわしてて、心地良い。
 少し浮上した意識が、枕、こんなんだっけ、と、疑問を投げかけてくる。

『……涼? 起きました?』

 寝ぼけながら名前を呼んで、心地良いそれに腕を回して、顔を寄せる。
 やっぱり、温かくて、柔らかくて、心地良い。

『りょ、涼……その……えと……』

 なんか、可愛い反応すんなぁと、思いながら。
 その心地良さに微睡んでいたくて、顔を埋めて、名前を呼びながら、意識を沈めようとして。

『涼、あの、その、お腹は、くすぐったいです……』

 ……お腹……?

「……みつみ……?」

 瞼を上げて、上にあるその顔を、見上げて。

「お、起きました……?」

 頬を染めて、困ったような顔をしている彼女が、とても、愛くるしくて。

「なに……めっちゃ可愛いじゃん……なに……? これこそご褒美……」

 ……ご褒美?
 思考が回りだし、同時に──逆に、体はピキンと、固まった。

「ご、ご褒美は、プールです……っうわ?!」

 更に眉尻を下げて言う、その顔と声に、これ以上は危ないと、本能のようなものが警鐘を鳴らして、跳ね起きることに成功する。

「っ、悪い。寝てた、てか、その、……、……悪い……」

 完全に目が覚めた涼は、光海から距離を取り、温もりと心地良さを振り払うように、物理的に頭を振って、顔に──目元に──手を当てる。
 膝枕て。いつ、した? なんか、顔を強打した記憶は、ある。

「あー……悪い。マジすまん。セクハラだよな、殴ってくれ」

 動揺と、罪悪感と。消し去れないあの心地良さで、光海の顔を見れない。

「な、なぐ……いえ、その、別に、嫌では、なかったので……時間も、一時間くらいしか、経ってませんし……」

 嫌じゃないとか言うんじゃねぇよ。てか、一時間も、ああしてた訳か?

「……その、起こしたほうが、良かったですか……? とても気持ち良さそうだったので……そのままにしてたんですけど……」

 申し訳無さそうなその声に。気持ち良さそうだったという言葉に。

「……マジ、悪い……」

 涼は心理的な逃げ場を無くしてしまって、謝ることしか、思いつかない。

「……涼」

 光海が、こっちに寄ってくるのが、音やら声やらで分かる。距離を、と思うのに、また、体が、言うことを聞かない。

「涼、謝らないで。顔、見せて」

 今、敬語を抜くんじゃねぇ。拗ねた感じで言うんじゃねぇ。

「……そのままなら、抱きしめますよ?」

 それは脅しじゃねぇんだよ。

「……言いましたからね。します」
「っ……」

 腕を回され、抱きしめられ、涼は余計、身動きが取れなくなる。……取りたくなくなる。

「テスト、絶対良い点取れてます。順位も大幅アップですよ。だから、安心して下さい」
「お前な……」

 今、安心とか、そういう次元じゃねぇんだわ。
 それを言えれば、真意を伝えられれば、どれだけ、気が楽か。

「……まだ、不安ですか?」
「ちげぇよ……」
「じゃあ、何? どうして顔、見せてくれないの?」

 顔を寄せられたのが、声の位置から、分かった。

「それ以上近づくんじゃねぇ。……キスすんぞ」

 光海が固まった、のを理解して、少し、安堵する。あとは、このまま、体を離してもらえば──

「……キス、したいですか?」

 あーーーーーもうお前、それ、その言い方、お前、

「したくないと、思うか?」

 目元から手を離して、予想より近い顔に、内心ギクリとしながら、目を細めて、声を低くして。

「光海」

 可愛く睨んでくる、赤い顔に、

「本当に、するぞ」
「別に、どうぞ」
「……じゃあ、する」

 涼は光海に抱きつくように腕を回し、頭を固定して、その唇に、かぶりついた。

 ◇

 あの、えと、また、舌……こ、こっち方面のキスだと思ってなかった……。
 うあ、あの、その、ま、待って……なんか、この前より、あの、長いし、舌、その、えと。
 うぁ、あぇ、もう、無理。頭、爆発する……!

「……どーだこのヤロウ。分かったか」

 口が、離れて。なんか、しかめる、のとは違うような顔をされながら、言われるけど。

「ふぇ……?」

 分かったって、なんですか……? あの、頭が、回ってないので、判断力、落ちてます……。

「あーくそ」

 ぎゅって、抱きしめられて。

「可愛い可愛い可愛い可愛い。おっまえホント可愛いんだからお前、光海。分かってんのか? なんだその反応。『ふぇ』ってなんだ『ふぇ』って。お前は俺を滅したいのか」

 いや、滅すて。

「そんな力、ないです……」
「あるんだよ。分かれ」
「えぇ……?」
「えぇ、じゃねぇ。分かれ」
「……その、」
「分かれ」
「わ、分かり、ました……?」

 もう、どういうこと? 全く分からん。
 けど、言ったら、涼は長く、なんかすっごく長く、息を吐いて、

「……おっまえさぁ……ホント、マジ……あーー好き。好き過ぎる。マジで離したくない」
「あの、帰るまでなら、このままでも……」
「そうだけどそうじゃねぇ」
「ど、どう……?」
「分からなくていい」
「えぇ……?」

 そしてそのまま、時間になって。
 涼は、「時間が憎い……けど、その時間が救い……」って言いながら、私から腕を離した。

 ◇

 光海が帰って、なんとか無事に──まあまあ無事に帰せたと、涼は自分の精神力を半分くらい讃えた。けれどもう半分は、光海が帰ってしまったことへの寂しさと、あの温もりと心地良さをまた味わいたいという思いがあって、涼は部屋に戻りながら、脳内からそれを追い出そうと、何度か頭を叩く。
 痛いだけで、消えてくれない。

「……あーくそ」

 ベッドに突っ伏し、情けない声を出す。

「(好きです愛してますお前が居ないと生きていけない宝物すぎるどうしろってんだよもう今すぐ結婚したい籍を入れたい明確な繋がりが欲しい俺の馬鹿この馬鹿野郎嫌われたくない大好きです)」

 突っ伏したままぐもぐもと、本人には言えないことをベッドへ聞かせる。
 言いながら、このベッド、自分が死んだら想いが怨念になって光海に取り憑きそうだ、などと、現実逃避気味に考える。
 粗方言い終え、少しスッキリしたところで、スマホが何かを受け取っていると気付く。
 涼はそれを開いて、

「……」

 開いたことを、軽く後悔した。

『あの、思わずですね、寝顔、貴重だなって、撮ってしまいまして……やっぱりちゃんと報告したほうがいいかなって』

 光海のメッセージが可愛くて憎い。そして、自分だというのに、画像と動画だというのに、それが羨ましくて悔しい。
 メッセージと共に送られてきたのは、光海が上から撮ったのだろう、光海の膝枕で寝ている涼の、画像が数枚と動画が一つ。

『涼ー? ……起きない……りょーうー? ……涼の髪、ふわふわ……いいなぁ……』

 何が「いいなぁ」だコラ。呼びかけ方が可愛いんだよくっそが。
 涼は『報告どうも』と送ってから、また、ベッドに突っ伏した。


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