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99 まだ、昨日のことみたいなのに

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 マリアちゃんもユキさんも、アズサさんも。そして3人から話が回ったのか、アイリスさんやマキさんまで、カメリアのことを、宣伝してくれて。
 少しの間だけど、カメリアがトレンド入りを果たした。要するに、バズった。
 いや、頼んだのは私だけども。影響力のある人たちの声って、すごいな。
 そんなことを思いながら、バイトをしていたら。
 カラン、と明宏さんたちがご来店。

「いらっしゃいませ。いつものお席、空いてますけど、どうします?」
「ああ、そこで。いい?」

 明宏さんのそれに、楓さんは「うん。いいよ」と頷いてくれて、ルーティン。
 周りで色々起こってるけど、日常も普通にあるんだなぁ。そんなふうに思う。
 そこにまた、カラン。知らない顔の、3人組だった。
 その、ご新規さんらしきお客さんたちは、エイプリルさんが対応。私は、明宏さんたちへ料理を持って行き、引っ込む。
 ご新規さんたちは日本語で、全員女性に見える。そしてメニューを見たり、ホールを見回しながら、何か小声で話し合ったりして、メモを取っている。
 そこに、ベッティーナさんとアレッシオさんがご来店。このお二人も、『いつもの席』ということで、ルーティンをこなし、そのままオーダーを取り、厨房へ。
 夕食の時間帯だからか、客入りが少し多いな。
 そう思いながら、仕事を続け、常連さんたちと雑談したりしていたら、ご新規さんたちに声をかけられた。

「はい。なんでしょう?」

 私に声をかけてきた、ファッショングラスっぽいメガネをかけている女性は、メニューの説明を求めてきた。
 説明をして、「ありがとうございます。考えます」と言われて「かしこまりました。また何かありましたら、お声がけ下さい」と引っ込む。
 そこに、ヴァルターさんがご来店。エイプリルさんが対応して、水を持ってくる間に、ヴァルターさんに声をかけられた。

「(なんでしょう、ヴァルターさん)」
「(いや、本人が居ない場で言うのもなんだけど……最近、ウェルナー、変わったように思うかい?)」

 ウェルナーさん?

「(変わった……見た目にはお変わり無いように思いますけど……ああ、最近はお二人でのご来店は私のシフトの時はありませんでしたよね。それと、ウェルナーさん、カウンターじゃなくて、テーブルを使うようになったなぁと)」

 ヴァルターさんは、苦笑しながら、

「(いやぁね、なんだか、思い悩んでるみたいなんだ。けど、言ってくれなくてね。光海に何か話してないかと思ったんだよ)」
「(思い悩む……ですか……)」

 確実に、マリアちゃんのことだこれ。

「(ええと、その、ヴァルターさんなら、話しても大丈夫だと思うので、話しますが……マリアちゃんとの関係に、悩んでいるご様子は、見受けられます)」

 後半を、なるべく小声で言った。
 そこに、エイプリルさんが到着。ヴァルターさんは、私にそのままいて欲しいと言って、エイプリルさんにオーダーを頼んで。

「(すまないね、光海。あいつ、私に似て、臆病なところがあるんだ。マリアさんはウェルナーに対して、何か言ってたりするかい?)」

 マリアちゃん、は……。

「(私には、特に。他の人には言ってるかも知れませんが……ですけど、ウェルナーさんとの会話や雰囲気からして、連絡は取り合ってるんですよね?)」
「(たぶんね。だけど、去年の終わりあたりから、全く話をしてくれなくなってね。前は、ポストカードを貰ったとか、ボールペンを貰ったとか、嬉しそうに言っていたんだけど……)」

 ヴァルターさんが、困ったように笑う。
 ポストカード。ボールペン。
 どっちも、思い当たるものが、あるな。
 文化祭のお礼がポストカードなら、辻褄が合うし。最近のウェルナーさん、ボールペンをクルクル回してるし。

「(いや、私は、弟の恋路を応援したいんだけど……彼女がどう思ってるかは、分からないからね。何かヒントを得られないかと思ったんだ。すまないね、光海、色々と聞いて)」
「(いえ、あまりお力になれなくてすみません。ですけど、お話を聞くくらいなら、出来ますので。その程度ですが、ご協力します)」

 ヴァルターさんは、ありがとう、と言って、仕事に戻ってくれて構わないと言われたので、引っ込んだ。
 マリアちゃん、マリアちゃんなぁ……。自分からそういう話、しないしなぁ。それに今は、高峰さんとの噂が、まだ鎮火してないし。マリアちゃんそれに、結構苛ついてるみたいだし。
 そんなことを思いながら、バイトを終えた。
 新規の3人の方たちのオーダーは、エイプリルさんが取った。

 ◇

「はい。終了です」
「おう、ありがとう」

 私の家での勉強会を終え、涼は伸びをしながら、

「光海のおかげで、試験対策、早く始められてよかったよ。心の余裕が持ててる」
「それなら良かったです。対策期間に入るまであと一週間くらいですから、それまでは、この調子で行きましょうか」
「うん、頼むわ。……あとさ、光海」

 涼がこっちを向く。

「なんですか?」
「試験がさ、無事に終わって……ていう、仮定をしたとして。春休み、どうするか、光海はもう、決めてあるか?」
「ざっくりとは、決めてます。3年の予習と、修学旅行先の下調べと、あとは、進路の確定ですね。今のところは、そのくらいです」
「そっか。……カメリア、3月中に1日、定休日じゃない休みを取るの、知ってるか?」
「あ、はい。ホームページで見ました」

 時期的に、あの日は、たぶん。

「なんか、分かってる顔だな」

 涼は、寂しそうに笑って。

「それな、母さんの三回忌。ウチの制服さ、喪服としての礼服に使うには、ちょっと派手だろ。この前、喪服、買ったよ。あとはさ、髪を黒にして、ピアス外して、寺行って」

 涼は、上を向いて。

「……もう、2年経ったんだなぁ、て、思ってさ。まだ、昨日のことみたいなのに」
「涼」
「ん?」
「あの、私、どうすることも出来ないですけど、その、今、抱きしめても、良いですか」

 泣きそう。泣くな。……泣くな。
 涼は、私の頭を撫でて。

「慰めてくれんの?」

 その顔が、笑ってるのに、とっても、寂しそうで。それを見た自分の視界が滲むのが、分かって。

「おっ、おお……」

 涼の首に抱きついた私を、涼は、受け止めてくれた。

「こんなことしか出来なくて、ごめんなさい……」

 何に謝っているのか、自分でも、良く、分からない。けど、何もしないことが、出来ない。

「……ありがとな。母さんに、光海のこと、伝えて良いか?」
「勿論です。あとちゃんと、自分のこともいっぱい伝えて下さい。ずっと、頑張ってきたって。バレンタインの新作の話も、ちゃんとして下さい」
「うん。伝えるよ。ありがとうな、光海」

 しっかり抱きしめてくれて、頭を撫でてくれて。
 私は目を瞑って、なんとか、泣くのを、我慢した。
 日向子さん。涼は、良い人です。私の大好きな人で、大切な人です。
 日向子さん。どうか、涼を。涼とご家族を、見守ってて下さい。
 
 
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