96 / 134
96 バレンタインに向けて
しおりを挟む
「(光海、ちょっと良いかな)」
バイト先で仕事をしていたら、ウェルナーさんに呼ばれた。丁度待機していたので、そこに向かう。
「(なんでしょう、ウェルナーさん)」
珍しくカウンターではなく、テーブル席に座っているウェルナーさんは、ノートパソコンを開て、ボールペンをクルクル回しながら、
「(オーダーとさ、日本の文化の確認をさ、したいんだけど、良いかな)」
ウェルナーさん、また、心ここにあらず、みたいな感じだな。ていうか、遠くを見てるような。
「(はい。どんなことですか?)」
「(オーダーはさ、タルトタタンとコーヒー。でさ、……日本、バレンタインって毎年盛り上がってるよな)」
私はメモを取りつつ、
「(そうですね。お祭りみたいなものですね。日本では。ドイツでは、静かな感じでしたっけ)」
「(うん、そう。その、日本のお祭りさ、俺、参加しても大丈夫かな)」
……マリアちゃんにかな。
「(ここは日本ですし、ウェルナーさんはその文化を知ってますし、参加するのに、特に問題はないと思いますよ)」
「(……怖がられないかな)」
「(確認のためにお尋ねしますが、それは、マリアちゃんにということで、合ってますか?)」
「(うん。日本ではさ、友人同士で気軽に贈り合ったりするって、聞くけどさ。実際、贈り合ってるの見たことあるしさ。けど、俺、日本人じゃないし。……マリアに、嫌われたくないし)」
ウェルナーさんは、ため息を吐いて。
「(やっぱ、やめとこうかな。悪い、光海、時間取らせて。オーダー頼むよ)」
「(……かしこまりました。少々お待ち下さい)」
私は厨房に向かい、ルーティンをこなす。
これは、なぁ……。マリアちゃんとウェルナーさんの問題だしなぁ。下手に口を出すと、双方を傷つける気がするし。
ウェルナーさんにコーヒーを持っていったら、ウェルナーさんはクルクル回してたボールペンを仕舞ったのか、パソコンに向き合っていた。
◇
涼の家での、勉強会の終わり。涼に、
「カメリアのホームページ、見たか?」
「見ましたよ。バレンタインフェアと新作の告知が載ってましたよね。新作、2種類ってありましたけど、どっちかが涼のですか?」
「さあ、どうだろうな」
どうだろうな。どうだろうな? なんか、笑ってるし。
…………これは。
「……どっちもですか? もしかして」
「さてな」
……。
「なんで勿体ぶるんですか? 3日後には、新作の詳細、載りますよね? なんですか? 言えないんですか? 言いたくないんですかそうですか」
体を寄せて、不満顔を見せたら、
「そもそもさ、2種類って、大枠なんだよな」
涼は頬杖をついて、楽しそうに私を見る。
「……3日後のお楽しみですか? だったらなんで今、話を振ってくれたんですか? ちょっと酷くないですか」
服を軽く引っ張って、抗議の意思を見せる。
「ホント可愛いお前。光海。そんな気になる?」
……むぅぅ……!
「なる。気になる。涼のが採用された新作だもん。ずるい、ずるいずるいずるい!」
「(……可愛すぎる。抱きしめて良い?)」
「(教えてくれるなら良いです)」
ぎゅう、と抱きしめられて、
「ホント、お前さ」
「なんですか」
「カメリアの話で釣ったら、なんでも許しそうだなって」
「そこまで馬鹿じゃないです。今回は涼のだから、余計気になってるだけですぅ」
「あー……可愛い。ですぅってなんだよ可愛いな」
教えてくれない……。
「詳細は? 結局教えてくれないんですか?」
「いや、今、見せられるのだけなら、大丈夫。見に行くか?」
「それ、また、仕事場にお邪魔するって話ですか? だとしたら駄目ですよ、涼。私は部外者で、お仕事の邪魔になります」
「家のほうの、冷蔵庫にな、置いてある。一部。だから、大丈夫」
……んん?
「……それ、どうしてそこに?」
「光海に見せたかったから」
「……。最初から見せてくれるつもりだったんじゃないですか! なんですか! もう!」
言ったら、抱きしめてくる腕に、力が込められた。
「うん、ごめん。……気に入ってくれるか、気になってさ」
声、マシュマロになったな。
「……あの、本当に見せられないなら、無理はしなくて大丈夫ですよ?」
「……もー可愛い可愛い可愛い、光海お前マジ可愛い。大丈夫だよ。気に入ってくれんなら、買うのと一緒に、食べてもらおうと思ってたからさ」
「あの、涼。大丈夫ですか? 疲れてます?」
「なんで?」
「なんか、いつもと様子が違う気がして。無理して、体壊さないで下さいよ?」
「あー……それは、大丈夫」
涼はそう言うと、私から体を離して、
「で、見に行く? どうする?」
「そりゃ、見に行きたいですけど」
「なら、行くか」
そして、流れるようにキッチンに行って、見せてもらったのが。
「……綺麗……」
角が丸くて、サイコロみたいな四角形の、一口大のチョコレート。その表面に、波のような模様が、それぞれ入ってる。銀と、青と、赤の、3種類だ。
「大枠の2種類のうちの一つが、それな。模様の色で味、違うから」
「そうなんですね……」
模様がどう付けられてるのか、プリントされてるのかどうなのか、専門的な知識がないから分からないけど、どれも、とっても綺麗だ。
「……食べねぇの?」
「えっ、あ、そうでした……見惚れてました……」
「……あーもー……」
涼が、しゃがみ込んだ。
「りょ、涼……?」
「なんだよもうホントお前……これ作ったの俺だぞ。その俺を前にして、堂々と……この……」
「……照れてます?」
「そーだよこのヤロウ。この模様、なんに見える?」
しゃがんで、俯いたまま聞かれる。
「え? えっと、波みたいだなぁ……と……」
何か、専門的な模様なんだろうか。
「その通りだよ。海の波だよ。光海の、光る、海の、波だよ。分かったか」
「はぇ」
「まったお前、可愛い声出しやがって……」
「え、え? 待って下さい。え? それ、これ、このチョコ、の、イメージ……て……」
「お前だよ。さっき言っただろうが」
おぅわぁ……。
「もうさ、ウチ、代々愛が重いんだよ。店名だって、パウンドケーキだって、これだって。分かったか」
ムスッとした顔を上げられたけど、あの、こっちはそれどころじゃないんですが?
「……照れてんの?」
「うぇっ!」
反射的に反対を向いてしまって、向いてしまってから、ここからどうすれば良いのか、分からなくなった。
だって、そんな、そんな変化球的なものが来るとは……。あれ?
「あ、あの、パウンドケーキ、は、どういう……?」
そろり、と、振り返って聞く。
「ああ、母さんだよ。母さんから父さんに」
涼は、立ち上がりながら。
「ダージリンのパウンドケーキ、母さんが父さんのために作ったの。ウチ、ダージリンの紅茶、いっつも置いてあるだろ。父さん、ダージリンティーが好きなんだよ」
「そ、それはまた、素敵なお話で……」
なんとか体の向きを戻して、涼に、向き合う。
「ホント、それな」
涼は、呆れたように。
「共通の友人を通して知り合ったっつー話だけど。まだ付き合ってないのに、ダージリンパウンドケーキ作って、商品化まで持ってったそれを父さんにプレゼントしたんだと。父さんの許可無しに。行動力がスゲェんだわ。ウチの母」
「……涼の行動力、日向子さん譲りですか?」
言ったら、涼が固まった。
「なんか、納得です。お写真の日向子さんも、元気で明るそうですもんね」
言いながら、銀の波の模様のチョコを「いただきます」と、食べて。
中に、チョコクリームみたいなものが入ってて、濃厚で、重厚感があって。
「……美味しい……」
青の模様のチョコにもクリームみたいなものが入ってたけど、こっちは、キャラメルクリームみたいな味で、ほんのりと、ナッツの香ばしい香りがした。
最後の赤のチョコは、甘酸っぱいイチゴのクリームだ。しかも、いちごだけじゃなくて、その奥にバニラの香りがある。
「どれもとっても美味しいです! 涼!」
振り向けば、
「あれ? 涼?」
涼はまたしゃがみ込んでいて、
「……どうも……」
なんか、疲れたような声で、そう言われた。
バイト先で仕事をしていたら、ウェルナーさんに呼ばれた。丁度待機していたので、そこに向かう。
「(なんでしょう、ウェルナーさん)」
珍しくカウンターではなく、テーブル席に座っているウェルナーさんは、ノートパソコンを開て、ボールペンをクルクル回しながら、
「(オーダーとさ、日本の文化の確認をさ、したいんだけど、良いかな)」
ウェルナーさん、また、心ここにあらず、みたいな感じだな。ていうか、遠くを見てるような。
「(はい。どんなことですか?)」
「(オーダーはさ、タルトタタンとコーヒー。でさ、……日本、バレンタインって毎年盛り上がってるよな)」
私はメモを取りつつ、
「(そうですね。お祭りみたいなものですね。日本では。ドイツでは、静かな感じでしたっけ)」
「(うん、そう。その、日本のお祭りさ、俺、参加しても大丈夫かな)」
……マリアちゃんにかな。
「(ここは日本ですし、ウェルナーさんはその文化を知ってますし、参加するのに、特に問題はないと思いますよ)」
「(……怖がられないかな)」
「(確認のためにお尋ねしますが、それは、マリアちゃんにということで、合ってますか?)」
「(うん。日本ではさ、友人同士で気軽に贈り合ったりするって、聞くけどさ。実際、贈り合ってるの見たことあるしさ。けど、俺、日本人じゃないし。……マリアに、嫌われたくないし)」
ウェルナーさんは、ため息を吐いて。
「(やっぱ、やめとこうかな。悪い、光海、時間取らせて。オーダー頼むよ)」
「(……かしこまりました。少々お待ち下さい)」
私は厨房に向かい、ルーティンをこなす。
これは、なぁ……。マリアちゃんとウェルナーさんの問題だしなぁ。下手に口を出すと、双方を傷つける気がするし。
ウェルナーさんにコーヒーを持っていったら、ウェルナーさんはクルクル回してたボールペンを仕舞ったのか、パソコンに向き合っていた。
◇
涼の家での、勉強会の終わり。涼に、
「カメリアのホームページ、見たか?」
「見ましたよ。バレンタインフェアと新作の告知が載ってましたよね。新作、2種類ってありましたけど、どっちかが涼のですか?」
「さあ、どうだろうな」
どうだろうな。どうだろうな? なんか、笑ってるし。
…………これは。
「……どっちもですか? もしかして」
「さてな」
……。
「なんで勿体ぶるんですか? 3日後には、新作の詳細、載りますよね? なんですか? 言えないんですか? 言いたくないんですかそうですか」
体を寄せて、不満顔を見せたら、
「そもそもさ、2種類って、大枠なんだよな」
涼は頬杖をついて、楽しそうに私を見る。
「……3日後のお楽しみですか? だったらなんで今、話を振ってくれたんですか? ちょっと酷くないですか」
服を軽く引っ張って、抗議の意思を見せる。
「ホント可愛いお前。光海。そんな気になる?」
……むぅぅ……!
「なる。気になる。涼のが採用された新作だもん。ずるい、ずるいずるいずるい!」
「(……可愛すぎる。抱きしめて良い?)」
「(教えてくれるなら良いです)」
ぎゅう、と抱きしめられて、
「ホント、お前さ」
「なんですか」
「カメリアの話で釣ったら、なんでも許しそうだなって」
「そこまで馬鹿じゃないです。今回は涼のだから、余計気になってるだけですぅ」
「あー……可愛い。ですぅってなんだよ可愛いな」
教えてくれない……。
「詳細は? 結局教えてくれないんですか?」
「いや、今、見せられるのだけなら、大丈夫。見に行くか?」
「それ、また、仕事場にお邪魔するって話ですか? だとしたら駄目ですよ、涼。私は部外者で、お仕事の邪魔になります」
「家のほうの、冷蔵庫にな、置いてある。一部。だから、大丈夫」
……んん?
「……それ、どうしてそこに?」
「光海に見せたかったから」
「……。最初から見せてくれるつもりだったんじゃないですか! なんですか! もう!」
言ったら、抱きしめてくる腕に、力が込められた。
「うん、ごめん。……気に入ってくれるか、気になってさ」
声、マシュマロになったな。
「……あの、本当に見せられないなら、無理はしなくて大丈夫ですよ?」
「……もー可愛い可愛い可愛い、光海お前マジ可愛い。大丈夫だよ。気に入ってくれんなら、買うのと一緒に、食べてもらおうと思ってたからさ」
「あの、涼。大丈夫ですか? 疲れてます?」
「なんで?」
「なんか、いつもと様子が違う気がして。無理して、体壊さないで下さいよ?」
「あー……それは、大丈夫」
涼はそう言うと、私から体を離して、
「で、見に行く? どうする?」
「そりゃ、見に行きたいですけど」
「なら、行くか」
そして、流れるようにキッチンに行って、見せてもらったのが。
「……綺麗……」
角が丸くて、サイコロみたいな四角形の、一口大のチョコレート。その表面に、波のような模様が、それぞれ入ってる。銀と、青と、赤の、3種類だ。
「大枠の2種類のうちの一つが、それな。模様の色で味、違うから」
「そうなんですね……」
模様がどう付けられてるのか、プリントされてるのかどうなのか、専門的な知識がないから分からないけど、どれも、とっても綺麗だ。
「……食べねぇの?」
「えっ、あ、そうでした……見惚れてました……」
「……あーもー……」
涼が、しゃがみ込んだ。
「りょ、涼……?」
「なんだよもうホントお前……これ作ったの俺だぞ。その俺を前にして、堂々と……この……」
「……照れてます?」
「そーだよこのヤロウ。この模様、なんに見える?」
しゃがんで、俯いたまま聞かれる。
「え? えっと、波みたいだなぁ……と……」
何か、専門的な模様なんだろうか。
「その通りだよ。海の波だよ。光海の、光る、海の、波だよ。分かったか」
「はぇ」
「まったお前、可愛い声出しやがって……」
「え、え? 待って下さい。え? それ、これ、このチョコ、の、イメージ……て……」
「お前だよ。さっき言っただろうが」
おぅわぁ……。
「もうさ、ウチ、代々愛が重いんだよ。店名だって、パウンドケーキだって、これだって。分かったか」
ムスッとした顔を上げられたけど、あの、こっちはそれどころじゃないんですが?
「……照れてんの?」
「うぇっ!」
反射的に反対を向いてしまって、向いてしまってから、ここからどうすれば良いのか、分からなくなった。
だって、そんな、そんな変化球的なものが来るとは……。あれ?
「あ、あの、パウンドケーキ、は、どういう……?」
そろり、と、振り返って聞く。
「ああ、母さんだよ。母さんから父さんに」
涼は、立ち上がりながら。
「ダージリンのパウンドケーキ、母さんが父さんのために作ったの。ウチ、ダージリンの紅茶、いっつも置いてあるだろ。父さん、ダージリンティーが好きなんだよ」
「そ、それはまた、素敵なお話で……」
なんとか体の向きを戻して、涼に、向き合う。
「ホント、それな」
涼は、呆れたように。
「共通の友人を通して知り合ったっつー話だけど。まだ付き合ってないのに、ダージリンパウンドケーキ作って、商品化まで持ってったそれを父さんにプレゼントしたんだと。父さんの許可無しに。行動力がスゲェんだわ。ウチの母」
「……涼の行動力、日向子さん譲りですか?」
言ったら、涼が固まった。
「なんか、納得です。お写真の日向子さんも、元気で明るそうですもんね」
言いながら、銀の波の模様のチョコを「いただきます」と、食べて。
中に、チョコクリームみたいなものが入ってて、濃厚で、重厚感があって。
「……美味しい……」
青の模様のチョコにもクリームみたいなものが入ってたけど、こっちは、キャラメルクリームみたいな味で、ほんのりと、ナッツの香ばしい香りがした。
最後の赤のチョコは、甘酸っぱいイチゴのクリームだ。しかも、いちごだけじゃなくて、その奥にバニラの香りがある。
「どれもとっても美味しいです! 涼!」
振り向けば、
「あれ? 涼?」
涼はまたしゃがみ込んでいて、
「……どうも……」
なんか、疲れたような声で、そう言われた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる