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96 バレンタインに向けて

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「(光海、ちょっと良いかな)」

 バイト先で仕事をしていたら、ウェルナーさんに呼ばれた。丁度待機していたので、そこに向かう。

「(なんでしょう、ウェルナーさん)」

 珍しくカウンターではなく、テーブル席に座っているウェルナーさんは、ノートパソコンを開て、ボールペンをクルクル回しながら、

「(オーダーとさ、日本の文化の確認をさ、したいんだけど、良いかな)」

 ウェルナーさん、また、心ここにあらず、みたいな感じだな。ていうか、遠くを見てるような。

「(はい。どんなことですか?)」
「(オーダーはさ、タルトタタンとコーヒー。でさ、……日本、バレンタインって毎年盛り上がってるよな)」

 私はメモを取りつつ、

「(そうですね。お祭りみたいなものですね。日本では。ドイツでは、静かな感じでしたっけ)」
「(うん、そう。その、日本のお祭りさ、俺、参加しても大丈夫かな)」

 ……マリアちゃんにかな。

「(ここは日本ですし、ウェルナーさんはその文化を知ってますし、参加するのに、特に問題はないと思いますよ)」
「(……怖がられないかな)」
「(確認のためにお尋ねしますが、それは、マリアちゃんにということで、合ってますか?)」
「(うん。日本ではさ、友人同士で気軽に贈り合ったりするって、聞くけどさ。実際、贈り合ってるの見たことあるしさ。けど、俺、日本人じゃないし。……マリアに、嫌われたくないし)」

 ウェルナーさんは、ため息を吐いて。

「(やっぱ、やめとこうかな。悪い、光海、時間取らせて。オーダー頼むよ)」
「(……かしこまりました。少々お待ち下さい)」

 私は厨房に向かい、ルーティンをこなす。
 これは、なぁ……。マリアちゃんとウェルナーさんの問題だしなぁ。下手に口を出すと、双方を傷つける気がするし。
 ウェルナーさんにコーヒーを持っていったら、ウェルナーさんはクルクル回してたボールペンを仕舞ったのか、パソコンに向き合っていた。

 ◇

 涼の家での、勉強会の終わり。涼に、

「カメリアのホームページ、見たか?」
「見ましたよ。バレンタインフェアと新作の告知が載ってましたよね。新作、2種類ってありましたけど、どっちかが涼のですか?」
「さあ、どうだろうな」

 どうだろうな。どうだろうな? なんか、笑ってるし。
 …………これは。

「……どっちもですか? もしかして」
「さてな」

 ……。

「なんで勿体ぶるんですか? 3日後には、新作の詳細、載りますよね? なんですか? 言えないんですか? 言いたくないんですかそうですか」

 体を寄せて、不満顔を見せたら、

「そもそもさ、2種類って、大枠なんだよな」

 涼は頬杖をついて、楽しそうに私を見る。

「……3日後のお楽しみですか? だったらなんで今、話を振ってくれたんですか? ちょっと酷くないですか」

 服を軽く引っ張って、抗議の意思を見せる。

「ホント可愛いお前。光海。そんな気になる?」

 ……むぅぅ……!

「なる。気になる。涼のが採用された新作だもん。ずるい、ずるいずるいずるい!」
「(……可愛すぎる。抱きしめて良い?)」
「(教えてくれるなら良いです)」

 ぎゅう、と抱きしめられて、

「ホント、お前さ」
「なんですか」
「カメリアの話で釣ったら、なんでも許しそうだなって」
「そこまで馬鹿じゃないです。今回は涼のだから、余計気になってるだけですぅ」
「あー……可愛い。ですぅってなんだよ可愛いな」

 教えてくれない……。

「詳細は? 結局教えてくれないんですか?」
「いや、今、見せられるのだけなら、大丈夫。見に行くか?」
「それ、また、仕事場にお邪魔するって話ですか? だとしたら駄目ですよ、涼。私は部外者で、お仕事の邪魔になります」
「家のほうの、冷蔵庫にな、置いてある。一部。だから、大丈夫」

 ……んん?

「……それ、どうしてそこに?」
「光海に見せたかったから」
「……。最初から見せてくれるつもりだったんじゃないですか! なんですか! もう!」

 言ったら、抱きしめてくる腕に、力が込められた。

「うん、ごめん。……気に入ってくれるか、気になってさ」

 声、マシュマロになったな。

「……あの、本当に見せられないなら、無理はしなくて大丈夫ですよ?」
「……もー可愛い可愛い可愛い、光海お前マジ可愛い。大丈夫だよ。気に入ってくれんなら、買うのと一緒に、食べてもらおうと思ってたからさ」
「あの、涼。大丈夫ですか? 疲れてます?」
「なんで?」
「なんか、いつもと様子が違う気がして。無理して、体壊さないで下さいよ?」
「あー……それは、大丈夫」

 涼はそう言うと、私から体を離して、

「で、見に行く? どうする?」
「そりゃ、見に行きたいですけど」
「なら、行くか」

 そして、流れるようにキッチンに行って、見せてもらったのが。

「……綺麗……」

 角が丸くて、サイコロみたいな四角形の、一口大のチョコレート。その表面に、波のような模様が、それぞれ入ってる。銀と、青と、赤の、3種類だ。

「大枠の2種類のうちの一つが、それな。模様の色で味、違うから」
「そうなんですね……」

 模様がどう付けられてるのか、プリントされてるのかどうなのか、専門的な知識がないから分からないけど、どれも、とっても綺麗だ。

「……食べねぇの?」
「えっ、あ、そうでした……見惚れてました……」
「……あーもー……」

 涼が、しゃがみ込んだ。

「りょ、涼……?」
「なんだよもうホントお前……これ作ったの俺だぞ。その俺を前にして、堂々と……この……」
「……照れてます?」
「そーだよこのヤロウ。この模様、なんに見える?」

 しゃがんで、俯いたまま聞かれる。

「え? えっと、波みたいだなぁ……と……」

 何か、専門的な模様なんだろうか。

「その通りだよ。海の波だよ。光海の、光る、海の、波だよ。分かったか」
「はぇ」
「まったお前、可愛い声出しやがって……」
「え、え? 待って下さい。え? それ、これ、このチョコ、の、イメージ……て……」
「お前だよ。さっき言っただろうが」

 おぅわぁ……。

「もうさ、ウチ、代々愛が重いんだよ。店名だって、パウンドケーキだって、これだって。分かったか」

 ムスッとした顔を上げられたけど、あの、こっちはそれどころじゃないんですが?

「……照れてんの?」
「うぇっ!」

 反射的に反対を向いてしまって、向いてしまってから、ここからどうすれば良いのか、分からなくなった。
 だって、そんな、そんな変化球的なものが来るとは……。あれ?

「あ、あの、パウンドケーキ、は、どういう……?」

 そろり、と、振り返って聞く。

「ああ、母さんだよ。母さんから父さんに」

 涼は、立ち上がりながら。

「ダージリンのパウンドケーキ、母さんが父さんのために作ったの。ウチ、ダージリンの紅茶、いっつも置いてあるだろ。父さん、ダージリンティーが好きなんだよ」
「そ、それはまた、素敵なお話で……」

 なんとか体の向きを戻して、涼に、向き合う。

「ホント、それな」

 涼は、呆れたように。

「共通の友人を通して知り合ったっつー話だけど。まだ付き合ってないのに、ダージリンパウンドケーキ作って、商品化まで持ってったそれを父さんにプレゼントしたんだと。父さんの許可無しに。行動力がスゲェんだわ。ウチの母」
「……涼の行動力、日向子さん譲りですか?」

 言ったら、涼が固まった。

「なんか、納得です。お写真の日向子さんも、元気で明るそうですもんね」

 言いながら、銀の波の模様のチョコを「いただきます」と、食べて。
 中に、チョコクリームみたいなものが入ってて、濃厚で、重厚感があって。

「……美味しい……」

 青の模様のチョコにもクリームみたいなものが入ってたけど、こっちは、キャラメルクリームみたいな味で、ほんのりと、ナッツの香ばしい香りがした。
 最後の赤のチョコは、甘酸っぱいイチゴのクリームだ。しかも、いちごだけじゃなくて、その奥にバニラの香りがある。

「どれもとっても美味しいです! 涼!」

 振り向けば、

「あれ? 涼?」

 涼はまたしゃがみ込んでいて、

「……どうも……」

 なんか、疲れたような声で、そう言われた。


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