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94 意味分からん

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 桜ちゃんが先導で、マリアちゃんが私の横にいてくれて、高峰さんが後ろにいて。
 そんな『防御形態』で、五十嵐と涼が居るという病室に到着した。

「ここだよね、開けるよ。……大丈夫? みつみん。このまま入って」

 振り返って、心配してくれてる顔を向けられて、

「うん、大丈夫。涼の様子、気になるし、……一応、あのあとのアイツも、気になるし……」

 安心させたくて、笑顔を作ろうとしたんだけど、結局、苦笑いになってしまいながら、それに応える。

「……じゃあ、開けるね。なんかあったら即、出られるようにしててね」
「ありがとう。そうする」

 桜ちゃんは、頷いた私を見て、マリアちゃんと高峰さんへ目を向けてから、ドアを勢いよく開けて、

「失礼します4名様ご到着だぜこのヤロウ大人しくお縄を頂戴しやがれ五十嵐とやら」

 威勢よくずんずん入っていく桜ちゃんを追いかけるように、部屋に入って。

「……おっそろし……」

 病院のお昼を食べていたらしい五十嵐が、手を止めてそう呟くのと、

「だから言ったろ。迫力あるって」

 そのベッド脇でコンビニか何かのお弁当を食べながら、涼がいつもの調子で五十嵐に声をかけたのを、見て。

「なんだ? 橋本ちゃん。敵に回るなら容赦しないよ?」
「絆されたか? 橋本。その良く分からない仲間意識みたいなモノはなんだ?」

 桜ちゃんとマリアちゃんが言ってくれて、不快感と不安と緊張が、少し、弱まった。

「あー、いや、そういうんじゃなくてだな。ほら、五十嵐。最初が肝心っつったろ」
「……」

 箸を置いた五十嵐は、俯き加減だった顔をゆっくり上げて、私へ目を向けると、

「……その、成川……」

 なんだか良く分からないカオをしながら、

「今まで、全部、すいませんでした……もう二度と致しません……」

 頭を下げて、謝った。……謝った? は?

「謝って済むと思うなやゴラァ」
「病人だろうが容赦はしない。今までの罪を思い知れ」
「ちょ、ちょっと待って二人とも。待って。色々と聞きたいから、待って」

 私は、そう言って二人を止めて、

「一体、どうしたんですか?」

 表情も、声も、態度も、全部。
 今までの五十嵐と、全く違う。本気で、謝ってきた。

「どういうことです? らしくない……えっと、余命宣告でも受けました?」

 駄目だ。五十嵐の様子が今までとあまりにも違って、変なことを言っている。

「聞かれたぞ。答えろ、五十嵐」

 涼が言って、

「ムリです……」

 頭を下げたままの五十嵐が、それにか細く答える。

「ムリ。限界。……ちょっと飛び降りる」
「やめろコラ」

 ベッドから降りようとした五十嵐の腕を、涼が掴んで引き止める。

「いやもうマジ無理。ムリです。ヤダもう俺……死にたい……」

 顔を伏せ、点滴が刺さってる、利き手じゃないほうの手で、顔を覆って言った、それに。

「だからお前さ「なんなんです? さっきから。飛び降りるとか、死にたいとか。本当に危ない状態なんですか? お昼を食べてる場合なんですか?」ほら、言われたぞ」

 混乱したまま涼の言葉を遮ってしまって、けど涼は、それを予想していたみたいに言う。

「……」

 そのまま動かなくなった五十嵐に、不安を覚えてしまって。

「……どうしたんです? 本当に。持病でも持ってたんですか? ナースコールします?」

 ベッドを回り込み、俯いてる五十嵐の顔を見ようとして、しゃがんで。

「持病とかないです……」

 五十嵐は言いながら、反対側へ顔を向けて、涼の腕を掴んで。

「助けて橋本。俺、もうマジで限界」
「助けないっつったろ。乗り越えろ。自力で」
「ムリムリムリムリ。無理。ヤダもう……マジ……直視出来ない……」

 い、意味分からん。声、ずっと弱々しいし、直視出来ないって、なに? 前みたいな嘲りの言葉には聞こえないし。

「本当に、どうしちゃったんですか?」

 訝しげに言いながら、立ち上がったら。

「みつみん、ちょっとさ。外、出てよっか」
「そうだな。そのほうがスムーズに進みそうだ」
「え?」

 笑顔の桜ちゃんと、呆れた顔のマリアちゃんに挟まれて、そのままドアまで連れて行かれて。

「高峰っち。みつみんのこと、頼んだ」
「あー、うん。任されました。成川さん、良く分かんないだろうけど、外のソファとかに座って待ってようか。そんなに長くかからなそうだし」

 高峰さんまでそう言って、私は訳が分からないまま、病室を出ることになってしまった。

 ◇

「あの、何がどういう……?」

 病室のすぐ脇のソファに座って、隣にいる、なんかを把握してるらしい高峰さんに、聞いてみる。

「やー、混乱するよね」

 高峰さんは、困ったような笑顔を見せながら、

「けど、僕のも、憶測の範囲を超えてないし。言えるのは、あの人が反省してるのは、確からしいってことくらいかな」
「反省……」

 あの、五十嵐が。本当に。

「それで、どうして私は、外に?」
「聞かせたくない、聞かれたくない、成川さんを驚かせたくない……もしくは不快にさせたくない、みたいな配慮だと思う」

 ど、どういう配慮だ。

「まあ、ことは丸く収まると思うよ。成川さんはさ、橋本が出られなかった授業の補助とか、そういうことを考えてたら良いと思う」
「それは、考えてますけど……」

 午前を丸々欠席した涼のために、色々準備はしてるけども。年度末試験のことだってあるし。

「うん。成川さんは、いつも通りにしてて良いと思う。あと、全部が終わったら、橋本を労ってやってくれないかな」
「それは、はい」

 私が頷けば、高峰さんは苦笑混じりに、「ありがとう」と言った。

 ◇

 あのあと、本当に数分でみんなは出てきて。
 五十嵐は、涼の説明のもと、桜ちゃんとマリアちゃんにこってり絞られて反省してダウンした、と、聞かされて。

『いや、あの、一応、病人……』
『いいのいいの。命に別状はないから』
『そのうち復活するだろう。もうここに用はない』
『……まー、そうだ、な。そっとしておくのが一番だと思う』

 なんか大丈夫らしいことは分かったけど、五十嵐とずっと一緒に居た涼や、五十嵐と真っ向勝負……? なのか? した、桜ちゃんとマリアちゃんの今後は大丈夫なのかと、聞いて。

『報復とかって話しなら、大丈夫なんじゃねぇかな。一応、連絡先、控えたし』
『そだね。私もそう思うよ。んでさ、みつみん』
『う、うん』
『みつみんの彼氏さんは、だーれだ?』
『へ? 涼、ですけど……?』

 急なその質問に、戸惑いがちに答えたら、

『(光海。橋本に、お疲れ様ありがとう大好きって、言ってやってくれないか。日本語でもフランス語でも良いから、すまないが、今、ここで)」

 マリアちゃんにも、良く分からない、そういうことを、しかもイタリア語で言われたけど。
 今日、涼が朝からずっと頑張ってくれていたのは、事実だし。

『(……涼、抱きしめて、良いですか?)』
『は? (え、嬉しいけど、なに?)』

 驚いた顔の涼をそのままに、抱きついて、

『(ずっと、ありがとうございます。お疲れ様です、大好きです。午後の授業、頑張りましょう、一緒に)』

 ぎゅう、と、力を込めながら、そう言って。

『(……ありがとう、光海。すげぇ嬉しいわ)』

 涼は、抱きしめ返してくれて、頭を撫でてくれた。
 そして、現在。
 午後の授業をしっかり受けて、バイトを終えて、迎えに来てくれた涼と、駅までの道で。

「涼、先生がたに、今日の部分、聞けました?」
「ああ。光海が言ってくれてたおかげで、スムーズにことが進んで、教えてくれたのと、小テストもその場で受けられた。ありがとな」
「なら、良かったです。テストの結果はどうでした?」
「俺にしては、良い点取れたよ。抜き打ちじゃねぇし、教わってから、直で受けたし」
「良かったです。明日の勉強会の時に、その辺りも、しっかり復習していきましょう。あ、いこうね」

 言ったら、握っていた手に、力が込められて。

「(……あー……可愛い可愛い可愛い。今の俺にはダメージが大きい光海このヤロ可愛い世界一可愛い宇宙一可愛い)」
「(えっと、嬉しいですけど、どうしました? ダメージが大きいって、大丈夫ですか?)」
「(大丈夫じゃないけど大丈夫。光海が可愛いから大丈夫)」

 どういうこっちゃ。

「(良く分かりませんが……大丈夫なら良かったです)」
「うん。……光海はさ、そのままが一番最高だよ、やっぱ。存在そのものが最高。俺は幸せ者だな」
「……涼、疲れてます?」
「疲れ具合はいつも通りだよ。浮かれてるだけだから、心配すんな」
「へあ、はあ……そうですか……」

 気には、なるけど。
 嬉しそうだから、まあ、大丈夫、なのかな。

 
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