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93 初恋

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「クズで、出来が悪くて、クソな世界でしか生きられない、死んだら地獄行きの人間なんだよ。……そういう奴なんだよ分かったか!」

 五十嵐は涼に飛びかかり、涼は伸ばされた腕を掴んでそれを止め、

「クズだとか、今は関係ねぇだろ。気持ちを押し殺すなって言ってんだ」
「押し殺す? バッカじゃねぇよの?! 惚れてんなら分かんだろ! アイツがどんだけバカ真面目か! 善人か! 3年間ずっと! 今も! バカで真面目で真っ直ぐで! 行き倒れの人間が俺だって気付いても! 最終的に助けやがる! 俺のこと嫌いなくせに! 顔も見たくないくせに!」

 五十嵐は蹴りを入れようとして、

「良く分かってんじゃねぇか」

 涼にその足を弾かれ、バランスを崩しかける。

「クッソ強えなお前! 噂が流れるだけあるわ!」
「あんま、そこを評価されたくねぇんだけどな。それとお前、今の話からして、5年近く燻ってた訳か?」

 一瞬、苦い顔をした五十嵐は、すぐにそれを、怒りの表情に変え、

「お前に! 関係ねぇだろ! そのまま二人で幸せに生きてろよ! なんでそこまで俺に構うかな?!」
「言っただろ。ダチになる腹くくれって。光海がどれだけお前を嫌ってても、もう、会っちまってるんだ。光海は嫌だって思いながら、お前の心配をするんだ。今もしてる。さっき通知が来たんだよ。光海から。俺と、お前の様子を知るための」

 それを聞いた五十嵐は、動きを止め、

「……だから、なんだ。それとこれと、なんの関係があんだよ」

 目を眇め、低い声で言う。

「俺は光海に弱いからな。光海の心配事は、なるべく取り除きたい。お前をこのまま放っておくと、お前は拗らせたまま、俗に言う裏社会にどっぷり浸かって、最悪死ぬ。光海がいつかそれを知って、その時、光海がどう思うか、分かんだろ」
「……嫌いな人間がこの世から去って、ホッとする」
「本音を言え、本音を」
「本音だよ。それ以外何があるんだよ。──悲しむとでも思ってんのか! このクズに! 心を傷めるとでも思ってんのか! あ?!」
「だろうな。悔しいけど」
「っ……」

 五十嵐は顔を歪め、

「……もうヤダ。今すぐ死にたい。この世からオサラバしたい」

 体の力を抜き、ベッドにドサリと座る。

「言ったばっかなんだけどな。お前が死ぬと、光海が悲しむ」

 涼は言って、五十嵐の腕を離した。

「喜べよ……バッカじゃねえの……俺を気遣っても、あいつになんも良いことないのに……」

 俯いて、か細く言う五十嵐を見て、涼は、

「……お前、光海が初恋だったりする?」
「は?」

 顔を上げ、目を丸くする五十嵐へ、

「だからそんなに怖がってんのか? 気持ちを認めるの」

 涼が言えば、

「はぁ、初恋? はあ? ……いや、いやいやいや。ねぇわ。ねぇよ。それはない」

 五十嵐は目を丸くしたまま、首を振る。

「じゃあ、初恋、いつの誰」
「いや、だからさ。俺はクズなの。俺が童貞じゃなくなったの、11よ? 小5だぜ? 高2の先輩の彼女とヤッて、それから他の女とヤりまくって、今は偶然にもフリーだけどさ、セフレだって今、8人くらいキープしてんの。分かる?」

 顔をしかめながらそれを聞いていた涼は、

「……その中で、惚れた人は居ねぇの?」
「あ? 話が通じねぇな。お前もそういう世界に居たんなら、分かるだろ? 求めてんのは体で、心なんか求めねぇだろ。まあ、時たま、ガチ恋する連中もいるけどさ。そういうのは大体修羅場になるか、更生して真人間よ。分かる?」
「……お前、馬鹿じゃねぇの?」

 呆れた顔の涼は、そう言って。

「あ?」

 それに顔をしかめる五十嵐に、

「お前、今、自分で、光海以外に惚れたことないって意味の話を、懇切丁寧にしたワケだけど?」
「はあ? なんでそうなるん、……。…………うわぁ……」

 不思議そうな顔をした五十嵐は、次に顔をしかめ、その顔に左手を当て、俯き、

「知りたくなかった……」
「俺だって嫌だわ。光海のためじゃなきゃ、こんなことしてねぇし」
「ちょっと今名前聞かせないで……」

 呻くように言う五十嵐を見て、涼は少し考え、

「成川光海、7月10日生まれ。身長156cm、「やめろって。マジで。ガチで。これ以上混乱させないでくれる?」……」

 涼は、ため息を吐いて。

「なぁんで俺はこう、敵に塩を送るようなことをしなきゃなんねぇのかなぁ……」
「……お前はあいつのカレシだろ……俺は敵ですらねぇ……」
「けど、惚れてんだろ」
「やーめーろーよーまーじーでー……それ以上言ったらもう、なんだ? こう、窓から飛び降りる。うん」
「だから死のうとするなって。悲しむだろ、……あー、あいつが」
「うわぁ……」

 五十嵐は背を丸め、蹲る。

「点滴抜けるぞ、流石に」
「……別に……これ……ほぼポーズだし……本命は手前の注射だし……」
「まあ、そんな気はしてたけど」
「分かってんなら聞くんじゃねぇよ……」
「ガチ恋したら、修羅場になるか、更生するんだったよな」
「今その話やめろ……」
「じゃあ何話せば良いんだよ」
「何も話すな……無言……」

 涼は再びため息を吐き、スマホを取り出し、音楽を再生する。

「無言っつっただろコラァ……」
「無音とは言われてねぇからな。あとこれ、あいつがよく聴くヤツ」
「聴覚への攻撃やめろテメェ」

 涼は一時停止をタップして、

「腹くくれたか?」
「くくりたくねぇヤダお前とダチになったら半強制的にあいつが思い出される」

 それに、涼は呆れ顔を向け、

「……恋愛初心者」
「だあもうヤメロっつっただろ。マジで飛び降りるぞ」
「全力で止める」
「止めるな。俺の勝手だろが」
「止めるのも勝手だろ」

 涼は言ってから、

「……つーかさ、もう、普通にダチにならねぇ? あいつがどうこうじゃなく」
「なんでだよ。頭ぶっ壊れた?」
「かもな。お前とダチになれたら楽しそうな気がする」
「俺はクズなんですけど?」
「ずっとそれ言ってるよなお前。お前よりクズな人間なんて大勢いるし、初恋を自覚して脳内処理出来ずに丸まってる今のお前はクズに見えないし」
「やめろやめろやめろ。冷静に分析すんな」

 そんなやり取りをしていたら、涼のスマホに通知が届いた。それを開いて、

「……あー……良いか悪いか分かんねぇけど、お知らせだ」
「何怖い何その前置き」
「昼になったら、ここに来るって」
「……聞きたくないけど、誰が来んの?」
「光海を含め「早く帰れお前。即刻。立ち去れ」……含めた、4人」

 言い切ってから、

「……帰っても良いけどさ。たぶんこれ、俺が帰っても、俺含めた5人に増えて昼にまたここに来ることになると思う」
「なんで? なに? その意図不明な行動」
「身から出た錆だよ。お前の」

 涼は、今日何度目だろうと思いながら、ため息を吐いて、

「光海がお前と遭遇したあとにな、光海の家族と俺たちで、その情報共有して、警戒してたんだよ。またお前と遭遇した場合に備えて。で、特に光海を心配して、お前に怒りを向けてる二人が居てな。その二人がな、お前に一言言って、あわよくばぶん殴りたいって。だからまた、来ることになると思う」
「わー……マジで身から出た錆じゃん……もうヤダ……面会謝絶したい……」
「別の意味で腹くくれよ。昼までにその状態から回復出来るかは、分かんねぇけど。面会謝絶したら今度こそ、その二人、全力をもってして突破してくるぞ」
「怖い何その二人。あいつに惚れてんの?」
「純粋な友人だよ。あと、二癖くらいある女子だからな。俺も前に、光海のことでその二人に説教食らったけど。まあ、スゲェ迫力だった」

 涼は、その時の桜とマリアの様子を思い出しながら、しみじみと言う。

「……橋本。その時だけでいいから助けてくれ」
「サポートはするけど。援護や擁護は期待すんな。お前も一回、ちゃんとこのことで痛い目を見たほうが良いと思う。で、俺、このまま居ようか? 帰ろうか?」
「ちょっといて欲しい。昼までのカウントダウンが既に恐ろしい」
「じゃあ、待ってるって伝えるわ。あと、メンタルはともかく、姿勢は直しといたほうが良いと思うぞ。光海が心配する」
「わー……ヤダー……この状況で心配されたくねー……」
「頑張れ」


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