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88 『君が喋って黒くなる』2ndシーズン初回2時間スペシャル

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 三学期が始まって最初の金曜。バイトを終えた私とエイプリルさんは、桜ちゃんの家に向かっている。

「(緊張します。リアルタイムで観るの、初めてで)」

 少しだけ顔が強ばっているエイプリルさんに、

「(私も緊張してますね)」

 同意を示す。

「(1話しか観てないのは流石にどうかと思って、一期をストリーミング配信で全話観ましたけど、観ちゃって、逆に今日、どう始まるかとか、気になっちゃいました)」

 今日の夜、9時から、ガシャクロ二期が始まる。初回ということで、通常は1時間らしいけど、今日は2時間スペシャルで、11時まで。
 私とエイプリルさんとマリアちゃんは、桜ちゃんと約束していた通りに、桜ちゃんの家でガシャクロをリアタイする予定。そして、11時までという時間から、今日は桜ちゃんの家にお泊りすることになっている。
 マリアちゃんは映画撮影の都合で、ドラマ開始ギリギリ──つまり9時頃に到着するらしい。
 マンションの三階にある、桜ちゃんの家に着き、インターホンを鳴らす。

『いら、いらっしゃい……待ってて……』

 桜ちゃん、涙声なんだけど?

「おまたせ……いらっしゃい……どうぞ……」
「う、うん。上がらせてもらうけど、桜ちゃん、どうしたの?」

 涙を拭いたばかり、みたいな顔になってるけど……?

「短編集、読んでて……袋小路先生の……」

 それに私は「あー、なるほど……」と言い、「分かります。あれはもう、国宝級の作品です」とエイプリルさんが熱を込めて言った。
 今日発売された、袋小路巴先生の初期作品を纏めた、『袋小路巴短編集』は上下巻の2冊。公式発表されてからトレンド入りして、2回も発売前重版となり、電子版も、午前0時から1時間しないで、主な書店サイトで軒並み1位となった。
 桜ちゃんはその短編集を、紙で保存用・読む用・布教用の計6冊予約買いして、発売後、即、読みたいからと、電子版も買ったらしい。
 朝起きたら、その長文感想が三人グループに送られてきていて、私はそれを読み、少し興味が湧いて、買ってはいないけど、試し読みをした。
 上下巻ともに、最初の一作品が丸々試し読み出来て、結構好みだな、という印象を持ち、その感想をグループに送ったら、

『ありがとうみつみん。マジありがとう。今日そのまま借りて読んで……』

 桜ちゃんからそんな提案をいただき、

『ありがとう。読ませてもらうね』

 と、返信した。
 家に上がらせてもらって、仕事をしている花梨さんに挨拶すれば、

「おー、いらっしゃい。ゆっくりしてってね」

 言って、パソコンに向き直る。
 花梨さんは、漫画家だ。現在、自分一人での連載作品を月刊誌で1作と、原作担当での連載を隔週と月刊で2作、持っている。読ませてもらったこともある。面白いと思った。
 リビングに通して貰うと、ローテーブルに、ガシャクロ全巻と短編集上下巻が二組置いてあった。……結構な量だな、改めて見ると。

「袋小路先生……島崎紗千しまざきさち先生……ガシャクロも好きだけど、短編集も好き……めっちゃ好き……本当に原点……」

 島崎紗千、とは、袋小路先生の以前のペンネームだそうだ。短編集の宣伝にも、そう説明があった。

「飲み物とか出してくるから待ってて……」
「手伝うよ」
「私も何かします」

 私とエイプリルさんは荷物を置いて、キッチンに向かう桜ちゃんを追いかけた。
 学校ではなんとか平静を保っていた桜ちゃんだけど、感情が振り切れてるこの状態で、一人で作業してもらうのはなんか怖いし、今日は泊まらせて貰うし。

「もうね、もう……全部ガシャクロ関連にしたの……」

 桜ちゃんが冷蔵庫や棚から出したのは、ガシャクロに登場する飲み物や料理たち。
 お寺での描写しかり、ドラマ撮影の現場しかり。ガシャクロは、現実にあるモノをよく登場させる。そして、登場した途端、食べ物系だったらスーパーやコンビニからそれが消え、場所だったらそこに人が溢れるんだそうな。二期が決まってからは、それがより、顕著だそうで。

「漫画、300万越えたらしいよね」

 先月出された最新刊の帯に、そんな宣伝があった。

「ホント……それ……ドラマで絶対もっと売れる……袋小路先生の幸せに繋がると良いと思います……」

 三人で、ローテーブルの上の本をどかし、飲み物や料理を並べていく。

「あと15分くらいですね」

 時計を見たエイプリルさんが言う。
 今日のバイトは閉店時間の8時までやって、そこから桜ちゃんの家まで電車で25分ほど。
 そこからアレコレして、エイプリルさんの言う通り、開始の9時まで、あと15分だった。

「みつみん、短編集、読む……? あとにする……?」
「あとにしとく。今読むと、そのまま止まらなくなりそう。ドラマ、しっかり観たいし」
「分かった……ありがとう……」

 そしてローテーブルに、私、桜ちゃん、エイプリルさんの並びで座り、飲み物に口をつけたり公式の動画を観たりしていたら、

「あ、マリアちゃん、マンション着いたらしいね」

 受け取ったそれを読み、9時まであと10分を切っていたので、

「私、様子見てくるね。桜ちゃんとエイプリルさんはどうぞ、そのままで」

 二人にありがとうと言われながら、玄関を出て、エレベーターへ目を向ける。

「ああ、光海。なんとか間に合ったよ」

 丁度、マリアちゃんがエレベーターから降りてきたところだった。

「お疲れ様。用意できてるよ。あとはドラマを観るだけ」
「そうか」

 マリアちゃんに玄関に入ってもらって、ドアを閉め、施錠も忘れずに。

「桜ちゃんとエイプリルさんはリビングだよ」

 先導しながらそう言って、

「本当に、準備万端だな」

 リビングの様子を見たマリアちゃんは、感心したように言った。

「マリアちゃん……お疲れ様……」
「お疲れ様です」

 振り返った二人に、

「桜もエイプリルさんもお疲れ様です。桜、その調子で大丈夫なのか?」
「うん……録画予約もしてあるし……バッチリ観るつもりでもあるし……」
「なら、良いが」

 そして、私、マリアちゃん、桜ちゃん、エイプリルさんで並び、テレビを点ける。もう既に、ドラマのチャンネルだった。

「楽しみと……怖さと……」

 桜ちゃんが呟く。

「分かります。私も緊張がどんどん高まってます」

 そして、9時。画面がぱっと暗くなる。
 映ったのは、夜景。そして、あの、銀髪の人。

『……待ってろ。絶対に連れ戻す』

 そんな始まりで、ガシャクロ二期、放送開始。

 ◇

 スペシャルということで、エンディングじゃなくオープニングが流れ、次回予告が流れ。
 別の番宣が始まり、1話目が完全に終わったことを理解する。

「……やべぇ……」

 放送中、ほぼ無言だった桜ちゃんが、感慨深く言った。

「クオリティ、高い。最高の1話。エイプリルさん、どう思います?」
「凄いです。興奮してます。Blu-ray絶対買います」
「ああ! そうだBlu-ray! 予約もう出来るって、CMでやってましたよね?! しなきゃ!」

 桜ちゃんとエイプリルさんが、スマホを操作し始める。

「3種類の特典付きと通常版、どれを買うんだ?」

 マリアちゃんの問いかけに、

「え? 全部」
「私も全部揃えたいですね。特に、特典付きのほうは、今買わないと、手に入らなくなってしまう可能性がありますし」

 二人は淀みなく答え、ガシャクロへの愛を示してくれる。

「やー、それにしても、桜ちゃんの言う通り、クオリティ高かったね」

 残っている料理や飲み物をキッチンに移動させながら、言えば。

「ホントそれ。原作を壊すことなく、けど新規の人にも観てもらいやすくなってたし、演出とか、セリフとか、アングルとか、原作へのリスペクトもしっかり感じる」
「完全に同意します。特に、次回への引き込み方が素晴らしいですね。新規の方で、このまま継続して視聴する人は絶対います」

 最後のシーンは、ダブル主人公の一人、女性のほうが、男性が伏せていた過去の一部を間接的に知ってしまい、『……うそ、だ……』と一人呆然と呟くシーンだ。
 やー、プロですね。一期を観ていたとはいえ、見入ってしまった。

「そういや桜ちゃん、短編集のファンレター、完成したの?」

 学校で、昼休みに話していたそれを思い出す。

「書いたけどね、感情溢れるままに書いたから、今ちょっと寝かせて、明日清書しようと思ってる。あと、ドラマのホームページのほうにも感想送る。これは送らないと失礼。個人的意見だけど」
「そうでした。ホームページに、感想フォームがありましたね。私も送りたいです。送ります」

 愛と熱意が迸ってるなぁ。
 そのままスマホを操作し続ける二人をそっとしておいて、マリアちゃんと一緒に、片付けをする。

「おーい。11時過ぎたけど、どんな感じだい?」

 そこに、花梨さんが顔を出してくれた。

「叔母さん。ヤバイよ。二期のクオリティもハンパないよ」
「良かった良かった。風呂の支度しとく? まだっぽかったけど」
「あ、それなら私が」

 やります、と言う前に。

「お客さんにやらせちゃうのはね。こっちも一段落したし、やっとくよ」
「ありがとうございます、花梨さん」
「ありがとうございます」
「お手数をおかけします。ありがとうございます」
「ありがとう叔母さん」

 私、マリアちゃん、エイプリルさん、桜ちゃんの順で、答えた。


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