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63 文化祭前日

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 今日は、文化祭の前日だ。一日かけて準備するので、授業はない。
 色んなところから色んな業者が来て、ウチのクラスにも来て、椅子と机を運び出し、カフェ用のテーブルと椅子が運び込まれる。今頃、家庭科室にも、材料や食器などが運び込まれている筈だ。
 そして、私も含め、クラスTシャツを着たみんなは、今、大きく三つのグループに分かれている。
 一つは、教室担当。一つは家庭科室担当、もう一つはそれぞれの連絡係。
 私は連絡係だ。今何が運び込まれたか。ものに間違いはないか、それを確認して、クラスラインに送る。あっちから送られてきたものも、随時報告。

「テーブルOK!」

 テーブルも椅子も、間違いは無し。傷も無し。だ。

「了解! ラインする!」
「テーブルクロスも大丈夫!」
「分かった、送る!」

 それと、ものをお客さんへ運ぶ銀のトレー、メニューを記入するメモと伝票もOKで、ここからは、生徒たちの出番。
 持ってきていた半透明のパーテーションで、教室の一角を区切る。クラスメイトの荷物と、スイーツや飲み物を置く場所の確保だ。

「写真と連絡頼む!」
「了解!」

 他のクラスメイトたちも、それぞれに動いていく。
 窓に、剥がせるタイプのステンドグラス風シールを貼る人。テーブルを所定の位置に移動させる人。テーブルクロスをかける人。椅子を置く人。教室の、他の装飾をしていく人。メニュー表やポップをテーブルへ置く人。教室の外に看板を立てる人。音楽プレーヤーでBGMの確認をする人。
 私は、クラスラインに載せられた、モノの配置図の画像をプリントアウトした紙で、位置などを確認しつつ、声をかけつつ、報告をしていく。あちらからの報告も受け取る。

「家庭科室、カップとソーサーの数にも問題なし! です!」

 周りから了解の声が上がる。
 そうして、全体が整い、みんなで最終確認をし、大丈夫、と、なって。
 私が代表で、それをクラスラインに送る。

「送った! あっちはまだ途中らしいです! どうする?」

 なら、見に行こう。そういう話になり、それを送り、借りている、第二家庭科室へ。

「そっちの様子はどうですかー!」

 家庭科室のドアを開けたクラスメイトが、声を張って言う。
 みんな、テンションが上がっているからか、声が大きい。

「あとは食材の、最終確認だけ!」

 そこに居たクラスメイトが反応してくれた。
 家庭科室には、食材、食器、それを運ぶキッチンカート、クッキーをラッピングするモノたち、ポールにかかった12名分の衣装。
 衣装はそれぞれ、明日の朝に、着る人が各自で更衣室に持っていき、縫製・着付けの人と一緒に着ることになっている。私は今日、靴を持ってきているので、それをポールの下に置くつもり。他にも数名、同じ考えのクラスメイトが居た。私一人じゃなくて、なんか安心。
 カートは、エレベーターに乗せても大丈夫な大きさの物を選んである。そのため、少し小ぶりなそれは、念のためにと2台用意してある。

「材料全部揃ってる! 大丈夫だ!」

 涼が声を張り上げた。連絡係がそれを打ち込む。
 で、最終確認を終え、みんなで教室へ。

「おー! こうなったか!」
「すごいじゃん! 雰囲気あるよ!」
「音楽流してみよ!」

 プレーヤーの持ち主のクラスメイトが、会計のためのテーブルの下にセットした音楽プレーヤーから、曲を流す。
 おおおお、と、声が上がった。

「いいねー。より雰囲気出た」
「やる気出た」
「みんなで写真撮ろうぜ!」

 その一声で、みんなで集まって──その時、涼に捕まえられたけど──代表者がスマホを設置して、タイマーをかける。

「15秒にした!」

 で、パシャリ。

「はい。で、準備終了だから、解散! 明日の8時までに集合!」

 文化祭実行委員が言う。みんなが「おー!」と言ったから、私もそれに倣った。涼も「おお……」と、少し倣ったっぽい。

「で、涼。これからどうする?」

 私は上に顔を向ける。なぜなら、私は今、涼に後ろから腕を回されている状態だから。

「モノは一応、明日一番に来て作り始めることになってるし……光海は?」

 その状態のまま、覗き込まれるように聞かれる。

「なら、家庭科室に靴を置いてから、マリアちゃんのクラスと桜ちゃんのクラスの様子を見たいですね」

 文化祭が始まるのは朝の9時。終わりは午後の6時半。私は明日の朝からのシフトだから、今のうちにゆっくり見ておきたい。

「ん、分かった」

 涼が離れていって、手を出してくる。
 ……んまあ、いっか。
 手を繋いで、家庭科室へ。涼が鍵を開けてくれて中へ入り、持っている靴を袋ごと置く。そのまま、ショルダーポーチからスマホを取り出し、三人グループへ『終わったよ』と送る。

「終わりました。行きますか」
「ん」

 また手を繋いで、家庭科室を出た。
 Cクラスは、教室は関係者以外立ち入り禁止。中に人がいるみたいだったから、ノックしてみた。

「あ、成川さん」

 Cの人が、少しだけ開けてくれた。

「どうも。桜ちゃん居ます?」
「あー、百合根さんは第三体育館に、居る筈」
「ありがとう。お邪魔しました」
「どうもー」

 ドアが閉められる。

「……行くか? 第三」
「いえ、マリアちゃんのほうへ行きたいです」
「分かった」

 Bクラスは、開放されていて、まだ少し人が居た。

「どうも。マリアちゃん居ます?」

 Bの人に声をかける。

「あ、居るよ。入れるよ。呼ぶ?」
「あ、居るなら、こっちから行く。ありがとう」

 で、入って。マリアちゃんは3列×7個の計21個、並んだパイプイスの1つに座って、業者のなのか個人のなのか、大きなスクリーンを眺めていた。

「マリアちゃん……?」

 小声で声をかけてみる。

「ん、ああ、光海。橋本。終わったのか、そっち」

 マリアちゃんは、なんでもないように振り返った。

「終わったよ。で、さっきCのほうも行ったけど、桜ちゃんは第三体育館だって」
「そうか……」
「マリアちゃんは何してたの?」

 立ち上がるマリアちゃんに、聞いてみる。

「ああ、どう見えるかと、思ってな。明日のイメージをしていた」
「なるほど……。あ、あと、マリアちゃん、受付もやるんだよね。明日の午後に。何時から?」
「一応、2時からの予定だ」
「なら、その時間に見に来ようかな」

 マリアちゃんからパンフレット、買いたいし。

「ああ、良いんじゃないか?」
「じゃ、そうする。……涼、良い?」
「問題ない」
「私も、明日の9時から行くよ。そのほうが空いてるだろうしな」
「だよね。混むのはお昼とか午後からだもんね。了解」
「じゃあ、私はそろそろ行く。このあと仕事があってな」

 行ってらっしゃい、と見送って。私たちも教室から出た。

  ◇

 私のほうから誘って、涼と一緒に家の屋上へ。
 折り畳みのイスを出して、二人で並んで座る。手を握る。
 あー、眺め良いな。

「涼」
「ん」
「緊張してる?」
「してる。けど、楽しみもある」
「なら、良かった。……あ、敬語抜けてる」

 気付かなかった。

「光海も緊張してるのか?」

 涼がこっちを向いた気がして、顔を向けたら、その通りにこっちを見ていた。

「んー、どうだろ。してない訳ではない、けど、お客さんへの対応より、チーフとしてメンバーに気を配れるかなって。そっちが気になってるかも」
「文化祭で、要するに祭りだろ。そこまで気ぃ遣うことないだろ。他のメンバーもしっかりやるんだろうし」

 涼が、手を解いて頭を撫でてくれた。

「……うん」

 私はその手に、頭を擦りつける。

「……おっまえそういう可愛いのホントに、お前は」

 しかめ面で言われたけど、手が離れないから「うん」と答えた。
 そのまま、しかめた顔のままで、撫で続けてくれて。私はそれに、すり寄って。

「………………、光海」

 頭を撫でていた手が、後ろのほうへ回る。もう片方の手が、私の頬に触れる。

「その気に、なっちまったんだけどさ」

 涼の、真剣な眼差しが、心地良い。

「……うん」
「いいか」
「うん」

 合図を送るように、キラリ、と、ドッグタグが光って。
 涼は、私にキスをくれた。


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