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60 記念コイン

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「……光海」
「はい」

 朝の、電車内で。

「来れるかって、聞いた。文化祭。……父さんは、来るって。3日のうちのどこかで絶対って。で、じいちゃんと、伯母さんは、行けたら行くって、言ってくれた」
「そうですか。教えてくれて、ありがとうございます。楽しみです」

 笑顔で答えながら、握られた手に、空いている手を重ねた。

「涼のスイーツは絶対に売れますよ。撮影OKですし、SNSの投稿も、OKですし。……あ、涼、文化祭のコイン、知ってますか?」

 このこと、完全に頭から抜けていた。

「なん?」
「あのですね、正門の所で、QRコードの付いたアンケートが配られるんです。どこが良かったか、どう良かったか。手書きと専用サイトで、回答してもらいます。それと、A、B、Cで、シール投票もあるんです。最終的に、収支も合わせて、それらの上位になったクラスや部活には、後日、記念のコインが渡されるんです。こう、五百円玉くらいの大きさの。という話です」
「ほー……持ってんの?」
「持ってます。部屋の引き出しに入ってます。……見ます?」
「見ときたい」
「分かりました。では、今日丁度、勉強会の日ですから、その時に」

 で、下校して、部屋へ。

「勉強とコイン、どっちを先にします?」
「そんな壮大な2択?」
「壮大かは……人によるのでは」
「……なら、勉強から」

 という訳で、勉強を終えてから。

「コイン、出しますね」

 この引き出しの……あった。

「これです。この箱の中にあります」

 涼に、黒くて平たい箱を渡す。その表面には金で『私立河南学園 第◯回文化祭 記念コイン』と、プリントされている。

「表と裏で違うので、その確認も、どうぞ」
「へー……へえ?」

 箱を開け、中の枠に嵌められているコインの表を見ていた涼が、それを抓み、裏を見て、片方の眉を引き上げた。
 コインの表は、校章。そして裏には、

『私立河南学園 第◯回文化祭 1年Aクラス 作品『悪魔の棲む恐怖の館』 この度、「悪魔の棲む恐怖の館」が、アンケート、シール投票及び厳正な評価を経て、今年度文化祭の第8位になったことを祝し、ここに評する』

 と、刻印されている。

「こんなコインが、渡されます」
「なんか、すげぇな、うん、ありがと」

 私は、「いえ」と言って、箱に仕舞われたコインを受け取った。

「で、愛流なんですが」
「ああ。遅くなるから、今日は無し、なんだろ?」

 愛流は今日、コンテストに出すための絵を美術室で描いていて、時間いっぱいまで学校に居るから、というのを、ラインで送ってきていた。

「はい。なので、どうしますか? 帰ります?」
「……も、ちょい、居てもいいか? 居るだけにするから」
「分かりました。じゃあ、自由時間ということで」

 私は箱を戻し、本も読んだしな、と、SNSを見ようかと、スマホを手に取り。

「……なあ、聞いてもいいか」
「なんです?」
「その、さっきの、……悪魔の棲む恐怖の館って、どんなんだったんだ?」
「洋風お化け屋敷です。前に、私は裏方でパネルとかを作っていたと、前に少し言ったあれですね。……あれは、ストーリーのあるお化け屋敷で」

 私は、『悪魔の棲む恐怖の館』の説明をした。
 全ての人に忘れ去られた、古い洋館。そこには悪魔が棲んでいる。人を愛していた悪魔は、人に忘れ去られたために、人々を憎み、喰らう、化け物になっていた。その悪魔や眷族たちからの攻撃を避け、洋館に人の痕跡を残し、出口まで来れたら、終了。

「その、人の痕跡というのが、このシールです」

 スマホから画像を出す。『I haven't forgotten you.』。つまり、私はあなたを忘れていない、という意味のシール。

「これが10枚渡されて、指定の場所にそれを貼って、6枚以上貼れるとカードが貰えて、あと、欲しい人には、小冊子を買ってもらいました」

 また画像を出す。『Thank you for remembering me.』、私を覚えていてくれてありがとう、の意味のカードと、ストーリーの背景を小説にした、小冊子。

「はあ……これまた凝ってんな。流石8位」
「桜ちゃんは、受付でした。衣装はこれです」

 また画像を出す。黒いピエロのお面と、角とコウモリタイプの羽を着け、色褪せた、継ぎ接ぎのドレスを着ている桜ちゃんだ。
 そして、私とマリアちゃんで受付姿の桜ちゃんを挟んだ画像を出す。全員でダブルピースをしている画像だ。

「マリアちゃんは小道具担当でした。こんなもんですが、どうでしょう」
「……いや、みんな、すげぇな。…………なあ、居るだけっつったけど、ちょっと、抱きしめていいか?」
「どうぞ」

 スマホを置き、腕を広げる。涼は私を抱きしめ、私も涼を抱きしめる。

「……光海」
「はい」
「去年は、なんにもしなかったけど。今年は、出来てるし。……来年も、それなりに、出来っかな、文化祭」
「出来ますよ。……出来るよ、大丈夫」

 背中をぽんぽん叩く。

「だと良いなぁ……」

 たぶん、マシュマロになっている涼のその背中を、時間が来るまでぽんぽんしていた。

  ◇

 家に帰り、部屋のベッドに寝転がった涼は、

「……赤ちゃんか」

 光海の家での自分を思い出し、呆れたように呟いた。
 馬鹿をしていなければ、あの、去年の文化祭にも、参加出来ていたかもしれない。そう思ったら、自分が惨めに思えて。光海に、縋ってしまった。光海はそれを受け止めて、受け入れてくれた。
 優しく背中を叩くリズムと、体温で、安心感と甘えたい気持ちが芽生え、増幅し。格好つけるも何もなく、そのまま甘えてしまった。
 どこまでも、心地が良かった。

「……」

 チャラ、と、ドッグタグを手に取り、見つめる。

『出来るよ、大丈夫』

 だとしても、出来るとしても。

「同じクラスが良いな、お前と」

 涼はまた、ごく小さな声で、呟いた。


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