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43 姫抱きと、期末試験について

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 インターホンが鳴って、

「はい。光海です。ちょっと待ってて……ええと、愛流が玄関に行きました。私も向かいます」

 そして、玄関へ行けば。

「いらっしゃい! 橋本さん!」

 ドアを大きく広げた愛流が、大きな声で言っていた。
 昨日の帰り、愛流には話そう、と、二人で決めて。というか、隠しきれない気がして、私から提案したんだけども。

「どうも……」
「さあ! どうぞ!」

 それを聞いた愛流は、案の定、興奮して。その興奮のまま、引き気味の涼を家に上げた。

「ごめん、涼。妹が……」
「いや、驚いただけ。で、これ」

 渡されたのは、カメリアの箱。つまり、涼が作ったバナナカップケーキである。数は10個だ。

「ありがとうございます! では、2個、先に確保しておきますね!」
「……やっぱり似てるよ。光海と妹さん」
「うっ」

 そんな愛流は、もう3階へと上がっていて。

「お姉ちゃーん。橋本さーん」

 と、呼んでいる。
 先に行っててくださいと言って、カメリアの箱を持ってリビングへ行こうとして。

「……やっぱさ、俺も軽くは挨拶したいわ」

 と、涼もついて来た。
 家には他に、祖父母が居て。他の家族はドッグランに行っている。
 私は涼を改めて紹介し、涼と祖父母は軽く挨拶して、

「じゃあ、先に──」
「や、一緒に用意する」

 と、最終的に今いる5人分のカップケーキと、二人分の紅茶──祖父母の分──を、一緒に用意して。
 祖父母には、そこに置いておいてと言われたので、そのままに。で、三人分のカップケーキをトレーに乗せて、私の部屋へ。
 愛流は待ちくたびれたのか、ドアに凭れて床に座っていて、板タブに何か描いていた。

「愛流、おまたせ」
「待ってました」

 声を掛けると、愛流は即座に立ち上がり、「早く!」と急かしてくる。
 はいはい、と言いながらドアを開け、三人で中へ。ローテーブルにトレーを置き、愛流に向き直る。

「はい。決めたことを言ってみて」
「時間は最大30分。無理なポーズはさせない。途中で疲れたら休憩、もしくは終わり。です」
「はい。よく言えました」
「……きょうだいって、みんなこんなもんなんか?」

 リュックを壁際に置いた涼が、感心しているような、呆れたような声で言う。

「お姉ちゃんは怒ると怖いので」

 愛流が涼へ顔を向け、言う。

「そうなんだ?」

 涼は私に向かって聞く。

「……私は、怒っているのではなく、叱っているつもりですけどね」
「それが怖いんだよぉ! 理論的に坦々と詰めて来るのが恐ろしい」
「で、やるの? やらないの?」
「やる」

 そこから、勉強前の、イラスト用の素材写真を、愛流の指示のもと、撮り始めた。

  ◇

 抱き合う、後ろから抱かれる、私が後ろから抱きつく、を、立ちと座りで2パターンずつ。数枚パシャパシャと。

「そんで、あと、姫抱き、いけます?」

 愛流の言葉に、

「姫抱き?」

 涼が首をかしげる。

「あ、お姫様抱っこのことです」
「ああ。まあ、いけると思う」
「涼、大丈夫?」
「大丈夫。落とさない」

 そういう意味ではないんだが。

「じゃ、行くぞ」
「おっと」

 危なげなく抱き上げられたけど、高さにびびって首に腕を回してしまった。

「姿勢、大丈夫か」

 言われて、

「大丈夫です」

 顔を向け、涼がこっちを見ているのだと気付く。……わぁ。

「あ、そのままで。動かないで。撮るので」

 え、このまま?
 固まってしまって、その隙に愛流は、色々な角度から撮りまくる。
 撮りまくっていたら、アラームが鳴った。

「あ、くそ。終わりか」

 愛流はそう言ったあと、「ありがとうございました! ではまた次回!」と、部屋から出て行った。ちゃんとカップケーキを持って。

「……涼」
「ん」
「下ろしてください」
「ん」

 下ろしてくれたけど。なぜ言わねば下ろさない。
 アラームを止め、

「では、勉強を始めましょう」

  ◇

「はい。終わりです」
「おうよ……」

 涼は、突っ伏してはいないけど、後ろに手をついて上を見ている。

「もう理数、特に理科系統は、二学期の分を、全てさらえましたね。あとは繰り返して、固めていくだけです。そして、他の科目も順調に、二学期の範囲に入れています。課題についても、正答が多くなってきましたし。涼、これなら、期末、全てとは言いませんが、赤点を回避できるのでは、と」
「期末……そっか。そうだな……1個でも赤点回避したいわ……」

 涼が、上を向いたまま言う。

「それで、涼。少し、提案があるんですが」
「なに?」

 涼がこっちを向いた。

「期末の試験準備期間は7月に入ってからです。なので、そこからは、試験対策に力を入れませんか?」
「…………できっかな」

 久しぶりに、マシュマロ形態を見た。

「出来るかな、と、不安に思っている時点で、やりたいと、出来るようになりたいということです。やりましょう」
「……ありがとう、光海」

 涼は、マシュマロ形態のまま、笑顔を見せた。
 そして、一緒に紅茶を用意して、バナナカップケーキを食べ、紅茶を飲み──

「なあ、光海はこのあと、自由時間なんだよな?」

 涼が、そんなことを聞いていた。

「そうですよ。何かありましたか?」
「外、行く?」
「いえ、家に居る予定です。あ、間違えた。予定だよ」
「ならさ、邪魔んならないようにすっからさ、ここで課題、してもいいか?」
「ん、いいよ。分からないとこあったら聞いてね」
「ん」

 涼が頷いたのを、確認して。

「じゃあ、私は片付けて来るね。待っててね」

  ◇

 光海の部屋で課題をしつつ、ちらりと光海の様子を見る。光海は、勉強机に座り、本を読んでいるようだった。
 落ち着かないような、安心するような。そんな心地を、涼は味わう。
 ずっとこうして過ごしていたい。少しだけ、そう思い。
 いや、今は課題に集中だ、と、気を引き締めた。

  ◇

 後ろで涼が、少し唸っている。見れば、課題で引っかかっている部分があるらしい。

「涼」
「……ん」
「どこか、分からないところが、あり、あった?」

 本を閉じ、椅子から下り、ローテーブルへ。

「あー……この、さ。レポート。どうすっかって」

 それは、古典のレポート。竹取物語を題材に、最低、指定用紙8枚分──1枚400文字──に、一人選んだ登場人物の心情や行動理由についての見解を述べよ。というもの。

「人は決めてありますか?」
「かぐや姫、が、一番書きやすいんじゃって」
「思ったけど、詰まっている、と」
「……そう……」

 うーん。そうだな。

「竹取物語、誰に一番感情移入しました?」
「あー……誰だろ。……翁?」
「では、それでもう一度、考えてみては? それとまずは、自分の考えを整理するために、思ったことを箇条書きにすると良いと思います」
「分かった。やってみる」

 涼の手が動き出し、それを少し眺め、私は椅子に戻った。

  ◇

「ありがとな、光海」

 二人で屋上に出て、柵に凭れて空を眺めていた涼は、その言葉をするりと口にした。

「? なんのお礼ですか?」

 隣に居る光海が、不思議そうな声で聞く。何も、特別なことなどしていないと、言うように。

「……いや、なんか、言いたくなった。それだけ」

 湿気を含んだ風が、吹いた。

「そうですか」

 6月の後半からは、梅雨だろう。制服も、夏服に変え始めた生徒を見るようになった。
 涼は、そう思う。

「そういえば、涼」
「ん?」
「リュック、他のものは持っていますか?」
「……なんで?」

 隣の光海へと顔を向ければ、少し、考えているような顔つきをしていて。

「肩の、部分が、少しほつれているな、と。今日、気付きまして。他のがあるなら良いんですけど、代わりがないなら、買うか、応急的にでも繕うか、と、考えていました。どうします?」

 純粋な眼差しで、見つめ、聞いてくる。

「あー……なら、一緒に選んでくんねぇ?」

 他にもカバンはあるけれど。涼は、期待と不安を少し込め、なんでもないように頼んだ。

「わかりま……分かった。うん。ネット? お店?」

 その言葉遣いがさ、ホントに可愛いんだよお前。

「店で、一緒に」
「分かった。いつにする? あとで決める?」

 明日の光海は、バイトがある。明後日か、その次か。

「明後日以降の、光海が良い時で」
「うん、分かった。日程確認して、今日中に連絡するね」

 するねって、なんだお前。クソ可愛いこのヤロウが。

「じゃ、それで頼むわ」

 涼は、言って、また空を見上げた。
 光海は何も言わずに、そのまま隣にいた。

  ◇

『これ、良かったら使ってくれ』

 帰り支度を終えた涼に、渡されたもの。

『お前が使ってる日焼け止め。これからもっと使うだろ。あと、買えたら、少しずつだけど、他のも渡したいんだが、いいか?』

 苦笑しながら、でも少し不安そうに言われて。

『はい。ありがとうございます。つかわ……えと、使うし、貰いたい。ありがとう』

 言ったら、涼があの顔になって。

『……光海、少し、いいか』

 両手を差し出された。

『うん』

 そこに、自分のを、乗せて。握り込まれて。自分も手を広げて、力を込めて、握り返して。

『………ん、どうも』

 少しして、離される。

『じゃ、帰るわ』

 玄関で、そう言われて。

『うん。また明日、朝にね』

 会いたいから。そう言った。
 涼は、一瞬固まって。

『おお。ちゃんと起きるし、来るから。行くから』

 そして今度こそ、じゃあ、と帰っていった。


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