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37 ブロック、報告義務、手

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「え?」

 涼は、険しい顔で。

「嬉しく思えない『可愛い』を、誰に聞かされた」
「あ、あー……それは、あの、中学の時の話、で」
「絡まれて、か?」
「まあ、はい。私はこういう性格なので、余計にからかわれたんですかね」

『成川って可愛いよな。バカ可愛い。バカ真面目に生きてて、人生損しても、気付かなそう。お前』

「で、頭をぐしゃぐしゃと。……思い出してきたら、また怒りが湧いてきました」
「……同じ中学なんだよな、そいつ」
「え、はい」

 なんで聞く?

「近くに住んでる訳か?」
「それは、さあ……住所なんて、知りませんし。卒業してからは、一度も遭遇してませんし。進学先も知りませんし。知りたくもありませんし」
「ラインは?」
「個別のものなんて、気にしてませんよ」
「グループは、あった訳か」
「クラスの、ですね。この前も同窓会があったらしいですけど、当然、不参加です」

 涼は少し、考えているような、顔になって。

「絡んできた奴ら、連絡寄越してくる?」
「いえ。卒業してからは、一度も」
「在学中にはあった訳、ね。はあ……」

 涼はまた、ため息を吐いて。

「クラスのをどうするかは、任せる。けど、絡んできた奴らは、ブロック出来るならブロックしとけ」
「ブロック」
「そ。俺も、つるんでた奴らのはブロックした。縁を切った。今んのとこなんの音沙汰もない」
「……じゃあ、します。少し待ってて下さい」

 スマホを出す。ラインを開く。該当者をブロックしていく。

「……多くね?」
「そうですか? あ、これ、他学年のも、入ってますから。……終わりました」

 スマホを閉じる。

「光海、中学、どこ」
「二中……第二中学校です」
「なかなかに、近いな」
「もう近寄ったりしてませんよ」
「なんか会ったらすぐ言えよ? 見かけただけでもすぐ言えよ? 俺が居ない時に遭遇して、手ぇ出されそうになったら、コンビニとか、どこでも良いから駆け込め。人の多い所に行け。分かったか?」

 その言葉が、真剣な顔をして言ってくれることが、嬉しくて。

「はい。ありがとうございます。涼にしっかり頼ります」

 声が少し、弾んでしまった。顔もたぶん、にやけている。

「……ホントに分かってんのか……?」
「はい。──あ、それと。キャンセルという話でしたが、用意はしていたので、これを」

 カバンから、ノートのコピーを取り出し、ローテーブルへ置く。

「それと、涼。確認なんですが」
「なん」
「また一緒に、勉強してくれませんか?」
「……俺は、したいけど。あ、この前の礼も、まだだったな。見に行くか?」
「いえ、もう、お礼はいりません。私が涼と一緒に、勉強をしたいので。私の我が儘なので」

 ゆるく首を振ったら、

「……バナナカップケーキは?」

 神妙な顔をして、聞かれた。

「それも当然、自費で買います」
「俺のは売ってねぇけど?」
「あ」

 涼は今度は、少し、凪いだような、顔で。

「今から言うこと、黙って聞いてろ。体育祭での感想のやつ、半分当たりだよ。カメリアのレシピじゃない。で、俺が考案したヤツでもない。それを改良したヤツだ。お前が好きだって言ってくれたから、今の俺なりに頑張って、もっといいものにしようとした。光海に喜んで貰いたくて。ホントはアレ、体育祭の終わりにでも、渡すつもりだった。あんな感想くれるほど、喜んで貰えると思わなかった。……で、それ、どうする?」

 ど、どう……てか、その、アレは、私のために……?

「お前、やっと、照れたか」
「うぇ、と、あの、その、それは、だって」

 か、顔が熱い、気がする。

「だって、の、次は?」

 涼は、頬杖をついて、そう言った。なんだか、嬉しそうに。

「……だって、その……」
「その?」

 うぐ、目を、逸らしてしまう……。

「好きな、人に。その人が作ってくれる、好きなものが、わ、私に、喜んで、欲しい、とか。そんなの、照れるに、決まってるじゃないですか……!」
「……光海」
「なんですか!」
「手、握って良いか」

 手、を……?

「…………ど、どうぞ……?」
「どっち、握っていい?」
「ど、どちらでも」
「ん、なら、こうする」
「!」

 膝の上の手に、涼の手が、被せられた。左右の手に、どちらも。

「嫌か?」
「お、驚いただけです……」

 ゆっくり、視線を戻す。涼は下のほうを、私たちの手を、見ているみたいで。

「光海の手、小さいな」
「そりゃ、そうです。手足の大きさは大体、体の大きさに比例しますから。だから、私の手は小さめだし、涼の手は大きいんです」
「ふーん」

 ふーんて。てか、その、手を、包みこまないで?! 持ち上げて揺らさないで?!

「光海の手、何センチ?」
「は、測ったこと、ありません。けど、ピアノのオクターブに、ギリギリ届くかどうかくらいです」
「その微妙な基準、何?」
「ギリギリ、こう、手を広げて指を伸ばすと、ド、から、オクターブ上のドと、シの間くらいに、小指の先が届きます。結構、痛いです」
「へえ」

 あ、あの、これは、この状態は、いつまで……?

「りょ、涼……」
「ん? ああ、悪い。話の途中だったな」

 そういやそれもそうだけど!

「じゃあさ、持ってくよ。バナナカップケーキ」
「お、お幾ら払えば……」
「いらねぇよ。練習と試作用に、主要な材料は分けてもらえてるし」
「そ、そうなんですか……」
「そ。だから、気にしなくていい」
「わ、分かりました……」
「──あ」
「?!」

 急に顔を上げないで?! 驚くから!

「そういや今何時?」
「え、さあ……時計、どこです?」

 壁掛け時計は、見当たらない。

「ああ、棚の上に……ちょっと手ぇ離す」

 そっと、下ろされた。涼は立ち上がって、幾つかある棚の上の、四角い箱を持ち上げた。針、見えないし、電波時計かな。

「5時半か。1時間くらい経ってんな」

 涼は、四角い箱を戻し、私へ顔を向けた。

「どうする?」
「ど、どうする、とは……」
「俺さ、三木と百合根から、報告義務を受けてんの」

 リュックのほうへ行った涼は、そんなことを言った。

「報告義務……え、これの?!」
「ああ」

 リュックからスマホを取り出した涼は、そのまま座って、

「だから、告ったこととOK貰えたこと、伝えたいんだけど」

 普通に聞かないでほしいな?!

「い、いや、私、私から、言いますから……」
「それはそれで良いと思う。でも、俺も、義務だし。伝えるわ」

 あ、ちょ、スマホ、操作、ちょ、ま……

「送った。で、どうする?」

 送られてしまった……。

「今度は、何を……?」
「や、帰るのか、まだ居るのか、そんな感じ」
「そぉーれは……」

 あ。

「バナナカップケーキを作る時間は、どの程度でしょうか」
「……冷ます時間を除けば、40分くらい。材料も揃ってる。作るか?」
「それも、ですけど。見ててもいいですか?」
「……たぶん、大丈夫」

 
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