37 / 134
37 ブロック、報告義務、手
しおりを挟む
「え?」
涼は、険しい顔で。
「嬉しく思えない『可愛い』を、誰に聞かされた」
「あ、あー……それは、あの、中学の時の話、で」
「絡まれて、か?」
「まあ、はい。私はこういう性格なので、余計にからかわれたんですかね」
『成川って可愛いよな。バカ可愛い。バカ真面目に生きてて、人生損しても、気付かなそう。お前』
「で、頭をぐしゃぐしゃと。……思い出してきたら、また怒りが湧いてきました」
「……同じ中学なんだよな、そいつ」
「え、はい」
なんで聞く?
「近くに住んでる訳か?」
「それは、さあ……住所なんて、知りませんし。卒業してからは、一度も遭遇してませんし。進学先も知りませんし。知りたくもありませんし」
「ラインは?」
「個別のものなんて、気にしてませんよ」
「グループは、あった訳か」
「クラスの、ですね。この前も同窓会があったらしいですけど、当然、不参加です」
涼は少し、考えているような、顔になって。
「絡んできた奴ら、連絡寄越してくる?」
「いえ。卒業してからは、一度も」
「在学中にはあった訳、ね。はあ……」
涼はまた、ため息を吐いて。
「クラスのをどうするかは、任せる。けど、絡んできた奴らは、ブロック出来るならブロックしとけ」
「ブロック」
「そ。俺も、つるんでた奴らのはブロックした。縁を切った。今んのとこなんの音沙汰もない」
「……じゃあ、します。少し待ってて下さい」
スマホを出す。ラインを開く。該当者をブロックしていく。
「……多くね?」
「そうですか? あ、これ、他学年のも、入ってますから。……終わりました」
スマホを閉じる。
「光海、中学、どこ」
「二中……第二中学校です」
「なかなかに、近いな」
「もう近寄ったりしてませんよ」
「なんか会ったらすぐ言えよ? 見かけただけでもすぐ言えよ? 俺が居ない時に遭遇して、手ぇ出されそうになったら、コンビニとか、どこでも良いから駆け込め。人の多い所に行け。分かったか?」
その言葉が、真剣な顔をして言ってくれることが、嬉しくて。
「はい。ありがとうございます。涼にしっかり頼ります」
声が少し、弾んでしまった。顔もたぶん、にやけている。
「……ホントに分かってんのか……?」
「はい。──あ、それと。キャンセルという話でしたが、用意はしていたので、これを」
カバンから、ノートのコピーを取り出し、ローテーブルへ置く。
「それと、涼。確認なんですが」
「なん」
「また一緒に、勉強してくれませんか?」
「……俺は、したいけど。あ、この前の礼も、まだだったな。見に行くか?」
「いえ、もう、お礼はいりません。私が涼と一緒に、勉強をしたいので。私の我が儘なので」
ゆるく首を振ったら、
「……バナナカップケーキは?」
神妙な顔をして、聞かれた。
「それも当然、自費で買います」
「俺のは売ってねぇけど?」
「あ」
涼は今度は、少し、凪いだような、顔で。
「今から言うこと、黙って聞いてろ。体育祭での感想のやつ、半分当たりだよ。カメリアのレシピじゃない。で、俺が考案したヤツでもない。それを改良したヤツだ。お前が好きだって言ってくれたから、今の俺なりに頑張って、もっといいものにしようとした。光海に喜んで貰いたくて。ホントはアレ、体育祭の終わりにでも、渡すつもりだった。あんな感想くれるほど、喜んで貰えると思わなかった。……で、それ、どうする?」
ど、どう……てか、その、アレは、私のために……?
「お前、やっと、照れたか」
「うぇ、と、あの、その、それは、だって」
か、顔が熱い、気がする。
「だって、の、次は?」
涼は、頬杖をついて、そう言った。なんだか、嬉しそうに。
「……だって、その……」
「その?」
うぐ、目を、逸らしてしまう……。
「好きな、人に。その人が作ってくれる、好きなものが、わ、私に、喜んで、欲しい、とか。そんなの、照れるに、決まってるじゃないですか……!」
「……光海」
「なんですか!」
「手、握って良いか」
手、を……?
「…………ど、どうぞ……?」
「どっち、握っていい?」
「ど、どちらでも」
「ん、なら、こうする」
「!」
膝の上の手に、涼の手が、被せられた。左右の手に、どちらも。
「嫌か?」
「お、驚いただけです……」
ゆっくり、視線を戻す。涼は下のほうを、私たちの手を、見ているみたいで。
「光海の手、小さいな」
「そりゃ、そうです。手足の大きさは大体、体の大きさに比例しますから。だから、私の手は小さめだし、涼の手は大きいんです」
「ふーん」
ふーんて。てか、その、手を、包みこまないで?! 持ち上げて揺らさないで?!
「光海の手、何センチ?」
「は、測ったこと、ありません。けど、ピアノのオクターブに、ギリギリ届くかどうかくらいです」
「その微妙な基準、何?」
「ギリギリ、こう、手を広げて指を伸ばすと、ド、から、オクターブ上のドと、シの間くらいに、小指の先が届きます。結構、痛いです」
「へえ」
あ、あの、これは、この状態は、いつまで……?
「りょ、涼……」
「ん? ああ、悪い。話の途中だったな」
そういやそれもそうだけど!
「じゃあさ、持ってくよ。バナナカップケーキ」
「お、お幾ら払えば……」
「いらねぇよ。練習と試作用に、主要な材料は分けてもらえてるし」
「そ、そうなんですか……」
「そ。だから、気にしなくていい」
「わ、分かりました……」
「──あ」
「?!」
急に顔を上げないで?! 驚くから!
「そういや今何時?」
「え、さあ……時計、どこです?」
壁掛け時計は、見当たらない。
「ああ、棚の上に……ちょっと手ぇ離す」
そっと、下ろされた。涼は立ち上がって、幾つかある棚の上の、四角い箱を持ち上げた。針、見えないし、電波時計かな。
「5時半か。1時間くらい経ってんな」
涼は、四角い箱を戻し、私へ顔を向けた。
「どうする?」
「ど、どうする、とは……」
「俺さ、三木と百合根から、報告義務を受けてんの」
リュックのほうへ行った涼は、そんなことを言った。
「報告義務……え、これの?!」
「ああ」
リュックからスマホを取り出した涼は、そのまま座って、
「だから、告ったこととOK貰えたこと、伝えたいんだけど」
普通に聞かないでほしいな?!
「い、いや、私、私から、言いますから……」
「それはそれで良いと思う。でも、俺も、義務だし。伝えるわ」
あ、ちょ、スマホ、操作、ちょ、ま……
「送った。で、どうする?」
送られてしまった……。
「今度は、何を……?」
「や、帰るのか、まだ居るのか、そんな感じ」
「そぉーれは……」
あ。
「バナナカップケーキを作る時間は、どの程度でしょうか」
「……冷ます時間を除けば、40分くらい。材料も揃ってる。作るか?」
「それも、ですけど。見ててもいいですか?」
「……たぶん、大丈夫」
涼は、険しい顔で。
「嬉しく思えない『可愛い』を、誰に聞かされた」
「あ、あー……それは、あの、中学の時の話、で」
「絡まれて、か?」
「まあ、はい。私はこういう性格なので、余計にからかわれたんですかね」
『成川って可愛いよな。バカ可愛い。バカ真面目に生きてて、人生損しても、気付かなそう。お前』
「で、頭をぐしゃぐしゃと。……思い出してきたら、また怒りが湧いてきました」
「……同じ中学なんだよな、そいつ」
「え、はい」
なんで聞く?
「近くに住んでる訳か?」
「それは、さあ……住所なんて、知りませんし。卒業してからは、一度も遭遇してませんし。進学先も知りませんし。知りたくもありませんし」
「ラインは?」
「個別のものなんて、気にしてませんよ」
「グループは、あった訳か」
「クラスの、ですね。この前も同窓会があったらしいですけど、当然、不参加です」
涼は少し、考えているような、顔になって。
「絡んできた奴ら、連絡寄越してくる?」
「いえ。卒業してからは、一度も」
「在学中にはあった訳、ね。はあ……」
涼はまた、ため息を吐いて。
「クラスのをどうするかは、任せる。けど、絡んできた奴らは、ブロック出来るならブロックしとけ」
「ブロック」
「そ。俺も、つるんでた奴らのはブロックした。縁を切った。今んのとこなんの音沙汰もない」
「……じゃあ、します。少し待ってて下さい」
スマホを出す。ラインを開く。該当者をブロックしていく。
「……多くね?」
「そうですか? あ、これ、他学年のも、入ってますから。……終わりました」
スマホを閉じる。
「光海、中学、どこ」
「二中……第二中学校です」
「なかなかに、近いな」
「もう近寄ったりしてませんよ」
「なんか会ったらすぐ言えよ? 見かけただけでもすぐ言えよ? 俺が居ない時に遭遇して、手ぇ出されそうになったら、コンビニとか、どこでも良いから駆け込め。人の多い所に行け。分かったか?」
その言葉が、真剣な顔をして言ってくれることが、嬉しくて。
「はい。ありがとうございます。涼にしっかり頼ります」
声が少し、弾んでしまった。顔もたぶん、にやけている。
「……ホントに分かってんのか……?」
「はい。──あ、それと。キャンセルという話でしたが、用意はしていたので、これを」
カバンから、ノートのコピーを取り出し、ローテーブルへ置く。
「それと、涼。確認なんですが」
「なん」
「また一緒に、勉強してくれませんか?」
「……俺は、したいけど。あ、この前の礼も、まだだったな。見に行くか?」
「いえ、もう、お礼はいりません。私が涼と一緒に、勉強をしたいので。私の我が儘なので」
ゆるく首を振ったら、
「……バナナカップケーキは?」
神妙な顔をして、聞かれた。
「それも当然、自費で買います」
「俺のは売ってねぇけど?」
「あ」
涼は今度は、少し、凪いだような、顔で。
「今から言うこと、黙って聞いてろ。体育祭での感想のやつ、半分当たりだよ。カメリアのレシピじゃない。で、俺が考案したヤツでもない。それを改良したヤツだ。お前が好きだって言ってくれたから、今の俺なりに頑張って、もっといいものにしようとした。光海に喜んで貰いたくて。ホントはアレ、体育祭の終わりにでも、渡すつもりだった。あんな感想くれるほど、喜んで貰えると思わなかった。……で、それ、どうする?」
ど、どう……てか、その、アレは、私のために……?
「お前、やっと、照れたか」
「うぇ、と、あの、その、それは、だって」
か、顔が熱い、気がする。
「だって、の、次は?」
涼は、頬杖をついて、そう言った。なんだか、嬉しそうに。
「……だって、その……」
「その?」
うぐ、目を、逸らしてしまう……。
「好きな、人に。その人が作ってくれる、好きなものが、わ、私に、喜んで、欲しい、とか。そんなの、照れるに、決まってるじゃないですか……!」
「……光海」
「なんですか!」
「手、握って良いか」
手、を……?
「…………ど、どうぞ……?」
「どっち、握っていい?」
「ど、どちらでも」
「ん、なら、こうする」
「!」
膝の上の手に、涼の手が、被せられた。左右の手に、どちらも。
「嫌か?」
「お、驚いただけです……」
ゆっくり、視線を戻す。涼は下のほうを、私たちの手を、見ているみたいで。
「光海の手、小さいな」
「そりゃ、そうです。手足の大きさは大体、体の大きさに比例しますから。だから、私の手は小さめだし、涼の手は大きいんです」
「ふーん」
ふーんて。てか、その、手を、包みこまないで?! 持ち上げて揺らさないで?!
「光海の手、何センチ?」
「は、測ったこと、ありません。けど、ピアノのオクターブに、ギリギリ届くかどうかくらいです」
「その微妙な基準、何?」
「ギリギリ、こう、手を広げて指を伸ばすと、ド、から、オクターブ上のドと、シの間くらいに、小指の先が届きます。結構、痛いです」
「へえ」
あ、あの、これは、この状態は、いつまで……?
「りょ、涼……」
「ん? ああ、悪い。話の途中だったな」
そういやそれもそうだけど!
「じゃあさ、持ってくよ。バナナカップケーキ」
「お、お幾ら払えば……」
「いらねぇよ。練習と試作用に、主要な材料は分けてもらえてるし」
「そ、そうなんですか……」
「そ。だから、気にしなくていい」
「わ、分かりました……」
「──あ」
「?!」
急に顔を上げないで?! 驚くから!
「そういや今何時?」
「え、さあ……時計、どこです?」
壁掛け時計は、見当たらない。
「ああ、棚の上に……ちょっと手ぇ離す」
そっと、下ろされた。涼は立ち上がって、幾つかある棚の上の、四角い箱を持ち上げた。針、見えないし、電波時計かな。
「5時半か。1時間くらい経ってんな」
涼は、四角い箱を戻し、私へ顔を向けた。
「どうする?」
「ど、どうする、とは……」
「俺さ、三木と百合根から、報告義務を受けてんの」
リュックのほうへ行った涼は、そんなことを言った。
「報告義務……え、これの?!」
「ああ」
リュックからスマホを取り出した涼は、そのまま座って、
「だから、告ったこととOK貰えたこと、伝えたいんだけど」
普通に聞かないでほしいな?!
「い、いや、私、私から、言いますから……」
「それはそれで良いと思う。でも、俺も、義務だし。伝えるわ」
あ、ちょ、スマホ、操作、ちょ、ま……
「送った。で、どうする?」
送られてしまった……。
「今度は、何を……?」
「や、帰るのか、まだ居るのか、そんな感じ」
「そぉーれは……」
あ。
「バナナカップケーキを作る時間は、どの程度でしょうか」
「……冷ます時間を除けば、40分くらい。材料も揃ってる。作るか?」
「それも、ですけど。見ててもいいですか?」
「……たぶん、大丈夫」
2
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる