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35 3つの話──2つ目の楽しくない話、3つ目の驚く話──
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和室に入り、仏壇の前の座布団の片方に、涼が座る。
「ん」
隣を示され、座る。カバンを置く。
仏壇には、幾つかの写真があった。その中の1つ。一番新しいと思われるもの。その、目元が涼によく似ているひとの写真を、涼は、手に取った。
「……この人、母さん」
言って、差し出してくれる。
「失礼します」と受け取り、「はじめまして、成川光海と言います」と、その写真に、挨拶した。
「……光海、お前、前に、臨時休業って自分で言ったの、覚えてるか」
「はい」
写真を見つめたまま、答える。
「去年の3月の、カメリアの臨時休業、覚えてるか」
「はい。諸事情により、3日、お休みをいただきます、と。……それで、最終的に8日間、休業したのを」
「記憶力良いな。それな、母さんが、……死んでからの色々を、やってた時のやつ」
涼は、話してくれた。
◇
もともと、母さんも、パティシエだったんだ。
母さんがこの店を継ぐ筈だった。そんで、俺はその次を目指してた。
河南も、母さんに勧められた。出来ないことが沢山出来るからって。若いうちに色々経験しろって。その頃は、まあまあ優等生だったから、俺は河南を受験して、合格した。
母さんも、じいちゃんも父さんも伯母さんも、中学のみんなも喜んでくれたよ。……でさ、3月に入って、母さんが死んだ。原因不明の突然死。過労死だろうって言われたよ。
元気いっぱいだった母さんが、死んで。けど、遺言書みたいなもんを、残してた。母さん、過労なのを、隠してたわけだ。……俺たち家族を、心配させたくなくて。
で、その遺言がさ、『葬式は簡素で、店もあまり休まないでほしい。念のために、生命保険をかけてある』だった。
当時の俺には、母さんの残した遺言の意味が、何一つ、分からなかった。なんでこんなになるまで隠してたのか。葬式をちゃんとしない理由が、一旦休業させないって理由が。何一つ。
けど、じいちゃんも父さんも伯母さんも、遺言の通りに動いた。余計に、訳が分からなくなった。母さんのことが悲しくないのか。家族より店が大切か。……で、ブチギレて、グレて、夢なんか捨ててやるって。高校で好き放題してやるって。……まあ、ガキだったワケだ。
なのに、その、捨てた筈の夢を、捨てきれなくて。好き放題やるって決めたのに、色んなところで、昔のこと、思い出したりして。
けど結局、だいぶ好き放題してた俺は、留年しかけた訳だ。最後通告を受けて、そこでやっと、夢から覚めるみたいに、現実の、その時の自分の馬鹿さ加減に気付いた。
父さんもじいちゃんも伯母さんも、悲しくない訳が無い。母さんだって、死にたかった訳じゃない。全部、俺の頭が足りなかったせいで、生きてる家族だけじゃなく、死んだ母さんまで、ウチの先祖まで、悲しませた。
だから、今からでも、なんとか挽回出来ないかって。抗って、図書館で勉強してて。けど、1年分をさ、1ヶ月もなく追いつく、なんて、それこそ夢みたいな馬鹿げた話でさ。無駄なあがきに思え始めたところでさ。
◇
「光海に、会えた。勉強を見て貰えた。おかげで、留年を免れて、2年になれた。最悪は回避したと思ったよ。けど、まだ馬鹿なままだったからさ、授業に追いつけなくて、また、お前に頼った。お前はまた、助けてくれた。今も、助けてもらってる。本当に感謝してる。ありがとう。……で、以上、楽しくない話、終了」
「……お話と、お写真、ありがとう、ございました」
私は泣かないように、声が震えないように、見つめていた写真を返す。涼は、写真をもとの位置に戻した。
「……2つ、聞いても、いいですか?」
仏壇を見ながら、聞く。
「なに」
「涼のお母さんのお名前を、聞いてもいいですか」
「日向子。橋本日向子だ」
「ありがとうございます。それで、あと一つ。お線香を上げさせてもらっても、いいでしょうか」
「母さんも喜ぶと思う」
涼はそう言って、ロウソクに火を灯した。
「ありがとうございます」
線香を、一本いただく。線香に火を移し、離し、消して、香炉へ。おりんは無かったから、私はそこで、手を合わせ、目を閉じた。
日向子さん。改めて、はじめまして。成川光海と言います。涼は、良い人で、律儀な人で、努力家で、優しい人だと、私は思っています。大切な人で、大事な存在です。
「……ありがとうございました」
目を開け、手を下ろし、言う。
「じゃあ、最後の驚く話、な。2階に行く。立てるか」
手を振ってロウソクの火を消し、立ち上がった涼に、気遣うように聞かれる。
「……立てると、思います」
ふらつかないように、ゆっくり、立ち上がる。カバンを持つ。
「はい。大丈夫です」
「……じゃあ、こっち」
涼の背中を追いかけて、2階へ。
「この部屋」
と、部屋へ、通される。
「ここ、涼の、部屋ですか?」
「そうだけど……なんで分かった?」
「いつも使っているリュックが、あるので」
部屋の、左側の壁にあるベッドの脇に、そのリュックは置いてあった。
「……なるほどね。で、光海、好きなとこに座ってくれ。俺は光海が座ってから、座る」
分かるような、分からないような。
「……では、ここで」
私は、ドアが真正面に見える位置、ローテーブルの前に座って、カバンを床に置いた。
「そこ、か……」
涼は、少し迷う素振りを見せてから、ベッドに乗り、部屋の角になるところに、腰を下ろす。
私は涼を真正面から見るために、体の向きを変えた。
「で、驚く話」
涼は胡座をかいて、私に真剣な顔を向けて、口を開いた。
「光海が好きだ。付き合ってほしい」
「──はい」
「以上……はい?」
涼が目を瞬かせる。
「俺がなんて言ったか、分かってるか?」
軽く、眉根を寄せられる。
「私のことが好きなので、付き合ってほしい、と」
「分かってんじゃねぇか」
「分かってますよ。それで、私はそれに、はい、と答えました」
「……俺、今、寝てる?」
「起きてますね」
「……」
涼は、顔をしかめて。
「なんでOK出した?」
「涼のことが好きだからです」
「お前、友達だって、言ったろ」
「だから、傷付けてしまったんですね。すみません」
「やめろなんでお前が謝ってんだ。……はあ……」
涼は顔を伏せて、頭をかいて。
「話す順番、間違えたかな……」
「それは私が決めたんじゃないですか」
「そーだけど……」
「どうして私がはいと答えたか、私なりに、言葉にしますね」
「なんで決定事項」
「まず、私、今まで人を好きになったことが……こう、恋愛対象として見たことが、なかったんです」
涼が、奇妙な顔をして、こっちを向いた。
「だからでしょうか。自分からの好意も、涼から向けられていた好意も、それとは分かっていませんでした。けど、周りに、特に、マリアちゃんや桜ちゃんや、バイト先の常連さんたちに、色々と言われてました。間接的に。それで、涼に告白してもらって。腑に落ちました。私は、涼のことが好きなんだって。と、いう、理由です」
「……。……お・ま・え・は・さ!」
赤い顔でこっちを睨んでいる涼が、ベッドから下りる。
「なんでそんな余裕あんの?! ずっとさあ! 綺麗な顔して微笑みやがってよ!」
そのまま、目の前に、座られる。
「余裕があるか、は、分かりません。ですけど、嬉しいんです」
……あ、なんだろ。なんか、視界が、ボヤけてきた。
「なに? なんなん? 光海は慈愛的な、な、お、おい?」
「いえ、大丈夫です。これは嬉し涙だと、思います」
ハンカチを、目に当てる。
「ぱ、パニクっての涙かもしんねぇぞ?」
涼が、心配してくれている。それが、とても、嬉しい。
「涼は、英語のリスニング、大丈夫なんですよね?」
「……お前のおかげで、それなりに」
「I love you more than anyone else. ……この意味、分かりますか?」
「……まあ、なんとなく」
「では、日本語で、言い直します。私はあなたを──」
「わ、分かった。分かった。言い直さなくていい。つーかやめてくれ。今、頭爆発しそうだから」
頭が、爆発。
「……頭、ばくは、……、ふふ……」
「笑うな」
「だって、涼が、ふっ……」
「んだよ……負けた気分だ……」
「ん」
隣を示され、座る。カバンを置く。
仏壇には、幾つかの写真があった。その中の1つ。一番新しいと思われるもの。その、目元が涼によく似ているひとの写真を、涼は、手に取った。
「……この人、母さん」
言って、差し出してくれる。
「失礼します」と受け取り、「はじめまして、成川光海と言います」と、その写真に、挨拶した。
「……光海、お前、前に、臨時休業って自分で言ったの、覚えてるか」
「はい」
写真を見つめたまま、答える。
「去年の3月の、カメリアの臨時休業、覚えてるか」
「はい。諸事情により、3日、お休みをいただきます、と。……それで、最終的に8日間、休業したのを」
「記憶力良いな。それな、母さんが、……死んでからの色々を、やってた時のやつ」
涼は、話してくれた。
◇
もともと、母さんも、パティシエだったんだ。
母さんがこの店を継ぐ筈だった。そんで、俺はその次を目指してた。
河南も、母さんに勧められた。出来ないことが沢山出来るからって。若いうちに色々経験しろって。その頃は、まあまあ優等生だったから、俺は河南を受験して、合格した。
母さんも、じいちゃんも父さんも伯母さんも、中学のみんなも喜んでくれたよ。……でさ、3月に入って、母さんが死んだ。原因不明の突然死。過労死だろうって言われたよ。
元気いっぱいだった母さんが、死んで。けど、遺言書みたいなもんを、残してた。母さん、過労なのを、隠してたわけだ。……俺たち家族を、心配させたくなくて。
で、その遺言がさ、『葬式は簡素で、店もあまり休まないでほしい。念のために、生命保険をかけてある』だった。
当時の俺には、母さんの残した遺言の意味が、何一つ、分からなかった。なんでこんなになるまで隠してたのか。葬式をちゃんとしない理由が、一旦休業させないって理由が。何一つ。
けど、じいちゃんも父さんも伯母さんも、遺言の通りに動いた。余計に、訳が分からなくなった。母さんのことが悲しくないのか。家族より店が大切か。……で、ブチギレて、グレて、夢なんか捨ててやるって。高校で好き放題してやるって。……まあ、ガキだったワケだ。
なのに、その、捨てた筈の夢を、捨てきれなくて。好き放題やるって決めたのに、色んなところで、昔のこと、思い出したりして。
けど結局、だいぶ好き放題してた俺は、留年しかけた訳だ。最後通告を受けて、そこでやっと、夢から覚めるみたいに、現実の、その時の自分の馬鹿さ加減に気付いた。
父さんもじいちゃんも伯母さんも、悲しくない訳が無い。母さんだって、死にたかった訳じゃない。全部、俺の頭が足りなかったせいで、生きてる家族だけじゃなく、死んだ母さんまで、ウチの先祖まで、悲しませた。
だから、今からでも、なんとか挽回出来ないかって。抗って、図書館で勉強してて。けど、1年分をさ、1ヶ月もなく追いつく、なんて、それこそ夢みたいな馬鹿げた話でさ。無駄なあがきに思え始めたところでさ。
◇
「光海に、会えた。勉強を見て貰えた。おかげで、留年を免れて、2年になれた。最悪は回避したと思ったよ。けど、まだ馬鹿なままだったからさ、授業に追いつけなくて、また、お前に頼った。お前はまた、助けてくれた。今も、助けてもらってる。本当に感謝してる。ありがとう。……で、以上、楽しくない話、終了」
「……お話と、お写真、ありがとう、ございました」
私は泣かないように、声が震えないように、見つめていた写真を返す。涼は、写真をもとの位置に戻した。
「……2つ、聞いても、いいですか?」
仏壇を見ながら、聞く。
「なに」
「涼のお母さんのお名前を、聞いてもいいですか」
「日向子。橋本日向子だ」
「ありがとうございます。それで、あと一つ。お線香を上げさせてもらっても、いいでしょうか」
「母さんも喜ぶと思う」
涼はそう言って、ロウソクに火を灯した。
「ありがとうございます」
線香を、一本いただく。線香に火を移し、離し、消して、香炉へ。おりんは無かったから、私はそこで、手を合わせ、目を閉じた。
日向子さん。改めて、はじめまして。成川光海と言います。涼は、良い人で、律儀な人で、努力家で、優しい人だと、私は思っています。大切な人で、大事な存在です。
「……ありがとうございました」
目を開け、手を下ろし、言う。
「じゃあ、最後の驚く話、な。2階に行く。立てるか」
手を振ってロウソクの火を消し、立ち上がった涼に、気遣うように聞かれる。
「……立てると、思います」
ふらつかないように、ゆっくり、立ち上がる。カバンを持つ。
「はい。大丈夫です」
「……じゃあ、こっち」
涼の背中を追いかけて、2階へ。
「この部屋」
と、部屋へ、通される。
「ここ、涼の、部屋ですか?」
「そうだけど……なんで分かった?」
「いつも使っているリュックが、あるので」
部屋の、左側の壁にあるベッドの脇に、そのリュックは置いてあった。
「……なるほどね。で、光海、好きなとこに座ってくれ。俺は光海が座ってから、座る」
分かるような、分からないような。
「……では、ここで」
私は、ドアが真正面に見える位置、ローテーブルの前に座って、カバンを床に置いた。
「そこ、か……」
涼は、少し迷う素振りを見せてから、ベッドに乗り、部屋の角になるところに、腰を下ろす。
私は涼を真正面から見るために、体の向きを変えた。
「で、驚く話」
涼は胡座をかいて、私に真剣な顔を向けて、口を開いた。
「光海が好きだ。付き合ってほしい」
「──はい」
「以上……はい?」
涼が目を瞬かせる。
「俺がなんて言ったか、分かってるか?」
軽く、眉根を寄せられる。
「私のことが好きなので、付き合ってほしい、と」
「分かってんじゃねぇか」
「分かってますよ。それで、私はそれに、はい、と答えました」
「……俺、今、寝てる?」
「起きてますね」
「……」
涼は、顔をしかめて。
「なんでOK出した?」
「涼のことが好きだからです」
「お前、友達だって、言ったろ」
「だから、傷付けてしまったんですね。すみません」
「やめろなんでお前が謝ってんだ。……はあ……」
涼は顔を伏せて、頭をかいて。
「話す順番、間違えたかな……」
「それは私が決めたんじゃないですか」
「そーだけど……」
「どうして私がはいと答えたか、私なりに、言葉にしますね」
「なんで決定事項」
「まず、私、今まで人を好きになったことが……こう、恋愛対象として見たことが、なかったんです」
涼が、奇妙な顔をして、こっちを向いた。
「だからでしょうか。自分からの好意も、涼から向けられていた好意も、それとは分かっていませんでした。けど、周りに、特に、マリアちゃんや桜ちゃんや、バイト先の常連さんたちに、色々と言われてました。間接的に。それで、涼に告白してもらって。腑に落ちました。私は、涼のことが好きなんだって。と、いう、理由です」
「……。……お・ま・え・は・さ!」
赤い顔でこっちを睨んでいる涼が、ベッドから下りる。
「なんでそんな余裕あんの?! ずっとさあ! 綺麗な顔して微笑みやがってよ!」
そのまま、目の前に、座られる。
「余裕があるか、は、分かりません。ですけど、嬉しいんです」
……あ、なんだろ。なんか、視界が、ボヤけてきた。
「なに? なんなん? 光海は慈愛的な、な、お、おい?」
「いえ、大丈夫です。これは嬉し涙だと、思います」
ハンカチを、目に当てる。
「ぱ、パニクっての涙かもしんねぇぞ?」
涼が、心配してくれている。それが、とても、嬉しい。
「涼は、英語のリスニング、大丈夫なんですよね?」
「……お前のおかげで、それなりに」
「I love you more than anyone else. ……この意味、分かりますか?」
「……まあ、なんとなく」
「では、日本語で、言い直します。私はあなたを──」
「わ、分かった。分かった。言い直さなくていい。つーかやめてくれ。今、頭爆発しそうだから」
頭が、爆発。
「……頭、ばくは、……、ふふ……」
「笑うな」
「だって、涼が、ふっ……」
「んだよ……負けた気分だ……」
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