上 下
38 / 71

37 倒せたから

しおりを挟む
「ん、ん、まあ、セイは見えるしね。……小さい頃からさ。もう、こう、自我? がしっかりする前からさ、幽霊は見えてた」

 子猫たちがするする下りて、私の膝に乗ってくれる。

「だからさ、それが普通だと思ってた。それと、あー五歳くらい、だったかな。それまでは、悪霊的なのには遭ったことなくて、周りからは、まあ、不思議がられてただけだった」

 スマホを置いて、子猫たちを撫でながら、続ける。

「けど、その悪霊に遭ってからはさ、悪霊に遭う回数がどんどん増えて。その頃はもう、幽霊ってのがどういうものか分かってたから、周りに頼ろうとしたり、逃げ回ったりさ」

 色々したなあ、あの頃は。

「親もね、私を病院に連れて行ってくれたり、私の言葉を信じて霊媒師を名乗る人を呼んだりしてくれたけど。病院で何回検査しても異常はなし。霊媒師も……五人くらいかな? 誰も幽霊をさ、見れない触れない聞こえない。で、八歳の時にね」

『お前を喰えば力が戻る』

「って、マジに食われそうになって。肩噛まれてさ」
「肩」
「そ。食べられたくはなかったから、必死にもがいて、そいつに一発食らわせた。そしたらソイツ、半分爆ぜてね。口を一回離したけど、また飛びかかってきて。消えろ! って叫びながら殴ったら、弾けて消えた。逃げたんじゃなくて消えたんだって分かった。それがなんでだかは、分かんないけど。で、自分で倒せるんならいいじゃん、解決じゃんって、周りに頼るの止めた。迷惑かけたくなかったし」

 なんだけど。

「そしたらさ、私が、態度? 周りに頼るのやめたからかな。結局今までのはイタズラっていうか。構ってほしかったんだなみたいな解釈されて。っていう、話」
「……話して下さって、ありがとうございます」

 硬い声のセイへ、顔を向ける。
 真剣な、泣きそうな表情をしていた。

「……すみません。ただの我が儘なんですが。抱きしめても、良いですか?」
「こんな体勢でよければ」

 子猫たちから手を離し、セイに向けて腕を広げる。セイは、ぎゅうと抱きしめてくれた。その背中に腕を回し、抱きしめ返す。

「ありがとね」
「いえ、僕はまだまだ力不足です。……ナツキさん、ナツキさんからは悪霊の残滓は感じませんが、肩の、お怪我は?」
「ああ、もう二十年も前のだからね。綺麗さっぱり消えてるよ。ぶっ飛ばすのになれるまでも何回か怪我したけど」

 腕の力が強まった。

「大丈夫。ありがとう。全部消えてるから」

 もう一回抱きしめて、背中をポンポン叩く。

「……ナツキさん」
「ん?」

 ゆるゆると、体を離していくセイに合わせて、腕を外す。

「ネックレス、作り直しても、良いですか。それと今、その石が壊れない程度に、効果の付与と強化をしても、良いですか」

 うつむき加減に言われる。

「それはとても有り難いけども」
「……も、なんでしょう」
「私も君に、そんな大層なものは無理だけど、なんか贈りたいんだって」
「はい。ありがとうございます。それも、ちゃんと考えます」

 セイが顔を上げる。さっきより真剣な顔に見えた。

「それで、付与と強化、良いですか」
「あ、うん。外すから「いえ、そのままで大丈夫です」……分かった」
「では、失礼します」

 セイが石を、左手でつまむ。そのまま包みこんで、右手の人差し指を当てる。すると、前に、アカネさんの時に見たような陣が、手のひらサイズで現れて。一気に小さくなって、左手の中に消えた。たぶん、石に、刻まれた。

「……ありがとうございます。一旦、全ての性能の強化と、悪霊除けを施しました」

 セイは手を離し、そう説明してくれる。

「悪霊の消滅機能も付与したかったんですが、石の材質と許容量の関係で……すみません」
「いいよ。ありがとう。話も聞いてくれてありがとうね」
『『『にゃあ』』』
「あ、はい。写真……すみません。今の今で、大丈夫ですか?」

 へにょりと、申し訳無さそうに言う。なんかその顔、久しぶりに見た気がするな。

「うん。大丈夫。じゃあ、どう撮ろうか?」
「どう……この前と、同じだと、変ですかね……?」
「え? さあ、分からん。でも、着てる服違うし、私は問題ないけど」

 三匹が鳴いた。

「えっと、オッケーってことかな?」

 子猫たちとセイを見比べ、聞く。

「あ、はい。……はい? ナツキさん、彼らの意思が分かったんですか?」

 おっどろいてるぅ。

「いや、そういう訳じゃないけど。こう何回もやりとりをしてるとね。なんとなくこうかな? くらいの予想はつく」
「は、はあ……」

 セイが驚いてるような、安心してるような、なんかよく分からない反応をしている間に、子猫たちは床へ下りた。

「じゃ、やりますか」
「あ、はい」

 *

 ナツキが寝室へ行き、暫くして。セイも、部屋の照明を消し、ナツキが用意してくれた布団に、恐る恐る入る。客用のものと分かっていても、これはナツキの所有物なのだという意識が、抜けない。
 それに、本当なら今すぐにでも、新しい石を作りたい、が。

『ネックレス、ゆっくりで良いからね。前に言ってくれたみたいに、私もどういう見た目が良いか考えたいし』

 そう、言われてしまい、守護霊たちからも、今は悪霊も、悪魔の気配も無いだろう。と釘を刺されてしまった。

「……」

 寝れる気は、しない。今も頭の中で、新しい石についてと、撮った写真と、半分無意識に聞き耳を立ててしまったナツキの風呂の音と、声と。
 風呂上がりのナツキの、姿が。ぐるぐる回る。
 イヤホンも、半分は仕事のためだけれど、もう半分は、煩悩か動揺かよく分からないそれを鎮めるために、あえて、付けていた。守護霊たちも自分が変な行動をしないよう、見張ってくれていた。見張ってくれて助かったと、セイは思う。
 こういうことに不得手だからこそ、自分は何をしでかすか分からない。守護霊たちにはもう、頭が上がらないどころか、足を向けて寝られない。

「……暖かいな……」

 先程まで暖房を点けていたからだろうか。それとも、最近の布団乾燥機は、それほど高性能なのか。

「ふかふかだし」

 掛け布団を、肩まで引き上げ、枕に頭を乗せる。
 ホテルのベッドだって、良いホテルなら、当たり前に心地良く感じられる筈なのに。
 何が違うんだろうか。ナツキが用意してくれたからだろうか。そこまで考えて、セイは軽く笑った。
 だとしたら本当に、自分はナツキがいなければ生きていけない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...