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32 肉団子鍋と転移

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 それから一時間くらいで、セイは色々質問と、答えと、提案をくれた。
 まず、夕飯は食べたい。明日の仕事は十時からなので、私に余裕があればその前に、一旦家を見てほしい。帰る時間は、私に決めて欲しい。
 私はそれらにほぼオッケーを出し、帰る時間の参考のためと、一つ、聞いた。

『セイの家のお風呂は、使える?』
『あ、いえ、いつも、洗浄……服を洗濯するみたいに体を清潔にするものなんですけど、それをしてるので』
『……お風呂、苦手?』

 聞いたら、セイはキョトンとして。考え込んで、少しして。

『そういう訳では、なかったと、思います。けど、ここずっと、そうしてきたもので……』
『よし、じゃあ、お風呂入ってって』
『……え?』
『着替えとか必要なもの、家から持ってこれる?』
『え、あ、いえ、そういうものは持ち歩いているので……』
『ああ、別空間に?』
『はい』
『じゃ、お風呂入ってから帰る。良い?』
『は、い……』

 ホントは布団も気になったけど、セイがいっぱいいっぱいに見えたから、そこを聞くのはやめておいた。
 あ、あと夕飯のリクエストも聞いたけど、思いつかないとの回答を得たので、よっしゃ任せろ! と言った。

 *

「さてでは、私の独断と偏見により決めた、お夕飯のメニューを発表します」

 椅子に座り、言う。

「は、はい」

 対面のセイは、緊張している。

「お鍋です。肉団子鍋にしようかと思っています」

 今はまだ秋だけど、夜は冷え込むらしい。ので、このチョイス。

「いい?」
「にく、だんご、なべ」
「そ」

 ピンときてない顔のセイに、スマホの画面を見せる。

「こういうヤツ」

 と、見せたのは、冬によくやる土鍋の画像。

「あ、あぁ、はい。見たことあります。こういうの」

 ……見たこと、ね。

「で、私は鍋食べたあとのシメに、卵雑炊を食べるんだけども。セイはどうする? ご飯と一緒に鍋食べる? 雑炊にする?」
「……えぇと、では、雑炊、で」
「おっけ。あと今日、見てる? 休んどく?」
「あ、……見るだけでも、良いのなら」
「了解。じゃ、始めよっか。あ、セイ。今ある材料だと、さっき見せたのとちょっと違っちゃうの、そこはご了承を」

 そしたら、セイがなんかムッとした。

「……それは、手に入らないものですか?」
「え? いや、たぶん、あのスーパーで買えると思う」

 記憶をさらいながら言う。

「なら、行きましょう。お金はお支払います」
「でも、今から行くと、時間がね」

 只今十八時半過ぎ。行き帰りで四十分プラス買い物時間で、二十時近くなってしまう。

「なら、スーパーまで転移します。往復時間はそれでゼロです。どうですか?」
「……あそこ人通り多いよ?」

 言ったら、セイは笑顔で。

「大丈夫です。経験上、そういうのは心得てますので」
「……じゃあ、うん、頼む」

 で、支度して──と言っても、見た目の確認して上着を着てエコバッグとスマホを持つだけ──玄関で靴を履く。その間に、セイが転移の説明をくれた。

「以前、簡易のものをお見せしたのは、覚えてますか?」
「紅茶の?」

 髪を梳かしながら聞く。

「はい。原理はそれと同じですが、今回は人が二人、ナツキさんの家とスーパーが転移先です。そして、ナツキさんは転移が初めて」

 そりゃあね。
 ……服も、問題なし。スマホ持ってる。

「スーパーは人が多い。なので、ナツキさんの負担軽減を考えて、あのスーパーの駐輪場に転移しようかと思ってます。スーパーに転移した際には、周りに目眩ましを。完全に姿を消すより、違和感なく溶け込めるんです。それと、転移の仕方なのですが……」

 が?
 と、洗面所から出る。

「その、万一の為に、手を、……片手でいいので、素手に、触れても、大丈夫でしょうか」

 顔が赤いね。大丈夫だよ。

「ああ、うん、大丈夫。どう握れば良い?」
「えーと、できれば接触面積が多いほうが……」
「接触面積?」
「こう、あの、こんな、です」

 セイが、自分の両手で実演してくれる。指と指を絡ませて、なるほど。接触面積。

「うん、分かった。左手で良い?」
「あ、はい。ナツキさんが、いえ、はい」
「うん。あと、ある?」

 エコバッグとスマホをコートのポケットに入れて、玄関へ向かいながら聞く。

「あ、はい。転移ですが、ここからでも良いですか?」

 靴を履くセイに、

「ここから? え? 玄関?」

 同じ様に靴を履きながら聞いてしまった。

「はい。より時間短縮になるかと」
「おお。了解」
「では、……その、良いでしょうか」

 おずおず差し出された右手を握り、指を絡ませる。ちょっと恥ずいけど、まあ、いいや。

「これでいい?」
「はい」

 赤い顔で、けど、真剣な表情で。君はホントにいいヤツだ。

「セイ」
「はい」
「信じてる。万一なんて起こらない」

 そしたらセイは、ちょっとだけ目を見開いて。

「はい。ありがとうございます」

 真剣な顔のまま、けど、ふわりと笑う。

「では、行きます。しっかり立っていて下さい」
「了解」

 一拍して、目の前の景色が変わる。

「転移完了です。目眩ましも効果を発揮しています。成功です」
「お、おお……」

 周りを見れば、セイの言った通りにスーパーの駐輪場だ。それも、スーパーの入口に近い。

「……あの、ナツキさん」
「ん?」
「その、手……」
「あ、ああ。ごめんごめん。周りに気を取られてた」

 手を離し、

「じゃあ行く?」
「あ、はい。あ、目眩ましはあと十分ほどで周りに溶け込んで消えます」
「ん、分かった」

 で、買い物をして、お金も押し切られて払ってもらっちゃって。そんで、またパッと帰ってきました。

「はい。完了です。ご自宅なので目眩ましはかけてません」
「おーありがとう。マジで時間短縮になった。いや、疑ってた訳ではないけど」
「いえ、お役に立ててなによりです」

 キッチンに食材を置き、コートを脱いで寝室のハンガーへ。
 只今十九時前。四十分どころか、一時間短縮出来た。

「さーてはじめるよー」

 と、キッチンに戻ったら。

「いや、えと、その」

 セイが三匹に、いつかのように登られていた。

「ただいま、みんな」

 返事をくれる。

「あ、そっか。セイ」
「え、はい」
「ただいま。おかえり」
「えっ、あ、……はい。おかえりなさい、ナツキさん。只今戻りました」

 只今戻りました。……真面目ぇ。

「な、ナツキさん……?」
「いや、ちょっ、君は、本当に、くふっ」

 エプロンを着けて手を洗い、食材を整理して、けど、肩の震えは、あまり治まらない。

「僕、変なこと、言いました?」

 やめ、ちょっ、不満そうな声……!

「違う違う、全然違う。バカにしてるとかじゃないの。セイがね、真面目で、素直で、いいヤツだなあって」

 可愛いなあってね。
 思った訳ですよ。

「で、なんでセイはまた、その状態?」

 一回振り返って聞いて、また作業に戻る。

「え、……や、褒めてもらいました」
「へー。転移の?」
「あ、ああ、ええ、はい」

 鍋は事前にセットしてた。団子以外の食材も、下準備を完了させる。

「あのさ、さっきの転移、ちょっと質問いい?」

 煮えにくいものから投入。着火。

「あ、はい」

 ボウルに入れたひき肉と、生姜と醤油と少しの砂糖とマヨネーズ。を、捏ねる。

「あれ、光とか見えなかった気がするんだけど。私が気付かなかっただけ?」

 こねこねこねこね捏ねまくる。よし、粘ってきた。

「あ、いえ。出してませんでした。ショーでも出したり出さなかったりします。最初から光ってたら、場所が丸わかりですから」

 手を軽く拭って、土鍋の蓋を開ける。うん、最大火力のおかげで、ちゃんと湧いてる。そこに、肉ダネを一口より大きめに丸めて投入。完了。スプーンを使うより、私はこっちが楽だ。

「なるほど」

 手を軽く拭って、きのことネギを入れ、蓋をする。
 後ろへ振り向く。

「セイ、お鍋はあと、煮えるのを待つだけ。で、ウチ、カセットコンロがあるのね。お鍋する時にはローテーブルでさ、お鍋くつくつさせながら食べるんだけど、どう?」
「て、カセットコンロ、とは……」
「あ、あーそっか。そうだね。見せるから、ちょっと待って」

 火加減を調節して、手を洗い、上の棚からそれらを出す。

「これ、ガスボンベ」
「えっ」
「で、この四角いのが、カセットコンロ。の、蓋を開けて、ボンベを装着。で、火を点けます」

 ボッ、と灯った火は、均一。

「一旦消すね」

 カチリと消す。

「っていうのなんだ。で、これ、動かせるから、ローテーブルに持っていける。どう?」

 振り返ったら、なんか難しい顔をしていた。

「セイ?」
「……あっ、いえ。ちょっと、使えそうだな、と」
「使う? あ、魔法に?」
「はい。あ、ローテーブルの件、分かりました。このまま持っていけば良いですか?」
「あ、うん。ありがとう」

 セイはそれをヒョイと持ち上げ、三匹に乗られたまま、ローテーブルへ。
 ……カセットコンロの理解、早くない? 料理の時とは大違いだな。なんだろ、機械だから? でもあんまり、魔法と機械って結びつかない……。

「と、こっちを忘れちゃいけない」

 鍋を確認。うん、ちゃんと火、通ってる。お汁も美味しい。火を消して。

「セイー持ってって良いかなー?」
「あ、ちょっと待って下さい。……はい、大丈夫です」

 何だろ今の間。

「じゃあ行くね」

 と、土鍋をローテーブルへ。

「失礼します」
「はい」

 カシャンと置いて、位置を確認。

「セイ、食器持って来るの、手伝ってくれる?」
「あ、はい」

 キッチンに戻り、セイにお盆を持ってもらい、取り皿、箸を置いて。で、手が止まる。

「セイ、あのさ」
「はい」
「鍋のツユを掬うの、どっちが良い?」

 と、見せたのは、レンゲと漆のさじ。

「……どっちがどう、いいんでしょう?」
「ん、こっちはいっぱい掬えるかな」

 と、レンゲを持ち上げ、下げる。

「で、こっちはその逆。少しずつ」

 漆のさじも同様に。

「猫舌かどうかが、最大の分かれ目かな」
「猫舌……」

 考え始めてしまったので、

「じゃ、どっちも持ってこう」

 
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