上 下
26 / 71

26 勇気

しおりを挟む
「で、どうかな。肉じゃがから変身したカレーの味は」
「不思議な風味がありますけど……あ、不味いという意味ではなくて、馴染んでる感じありますし……ちゃんとと言いますか、カレーですね……美味しいです」
「良かった良かった。その風味は肉じゃがの和風の残り香かな。今回はね、料理って面白いんだよって、こんなことも出来るんだよって、そういうのを見せたくて、こうしたんだ」

 言って、カレーを食べる。

「……見てるだけでって言われましたけど……見てるだけでもすごかったですよ……ちゃんと理解しようとしながら見てたんですけど、途中からわけ分かんなくなってきて……」

 うん、なんか放心状態だったもんね。

「ナツキさんの手際がすっごく良いのは、なんとか理解できましたけど……」
「あれは慣れだよ、慣れ。セイが魔法を日常的に使えるのと一緒だよ、たぶん。繰り返しやってるから、動きが染み付くの」
「はぁ……」
「で、ごめんね。午後からの仕事があるから、一時までに食べ終わらなくちゃいけないんだ。ちょっと早食いするね。あ、セイはゆっくり食べていいよ」
「あ、はい。分かりました」

 私はカレーをかきこむように食べると、調理台へ行ってボロ布で皿とスプーンのカレーを拭って、ボロ布を生ゴミの袋に入れ、皿とスプーンを水に浸す。洗面所に行って歯を磨き、服にカレーが付いてないことを確認して、洗面所の時計を見れば、十二時四十八分。……間に合った……。

「あー……バタバタしてごめんね。こっからは仕事だから、静かになると思う」

 洗面所から出て、苦笑しながらセイに言う。

「ん、……分かりました」

 カレーをもぐもぐしながらこっちへ目を向けていたらしいセイは、それを飲み込んで頷いた。

 *

 食器はそのままでいいと言われ、けれどセイは、やらせて欲しいと押し切った。ナツキは『ん、じゃあお願いします。ありがとね』と言葉をくれたが、そこに遠慮があるのを、セイは悔しく思ってしまう。
 分かっている。自分たちは知り合ってまだ、半月ほどしか経っていない、知り合いと友人の中間のような立ち位置で。
 その上彼女は優しくて、こんな自分にここまでしてくれて。

 食べ終わり、ごちそうさまでしたと小さく呟く。同時に、ローテーブルでパソコンを操作していた彼女へ目を向ける。
 音は、聞こえないようにしている。彼女の邪魔になりたくないから。けれども、人の礼儀として、というより、彼女へ伝わってほしいと、矛盾した思いでそれを口にした。

『自分を大切にしてくれるやつを大切にしろ。絆が深まれば深まるほど、それが魂を守ってくれる』
『その生き物は、その生き物らしい生活をしてなけりゃ、自分がなんなのか分からなくなっちまう。自分の心を迷子にさせちまう』

 食器をシンクに運びながら、師の言葉を、脳内で反芻する。
 魂を守るのも、大事だ。人らしく──自分らしくあるのも、大事だ。師を喪い、ナツキに出逢い、それがどれだけ難しく、大切なのか、心に沁みるほど理解した。
 けれど。
〝だから〟彼女と共に居たい、という訳では無いことを、セイは理解し、実感している。

「……」

 食器を洗いながら、もう何度目か、思う。卑怯な手を、使ったと。
 あの場で、好きだと。恋人になって欲しいと。言える勇気が持てなくて。仮ならばと、力になりたいと。ナツキのためにという言葉は本心だが、同時に、それは自分のための言葉でもあり。
 了承を得られて、どれだけ嬉しかったか。あの守護霊たちには頭が上がらない。
 そして、仮でも、フリだとしても、自分たちには今、恋人という肩書きが付くのだ。だから、どうにかして──どうすればいいのか、ほとんど何も思いついていないけれど──彼女に、ナツキに、振り向いてもらいたい。同じ想いを、抱いてもらいたい。
 そんなことを考えながら、食器の水分を魔法で軽く飛ばし、ラックに置いていたら、足元に気配を感じた。彼女を護る、三体の。

「何かありましたか? 妙な気配は感じていませんが」

 セイが足元に目を向け、言えば、子猫たちは無言でセイを見上げたまま、ゆらり、ゆらりと尻尾を揺らす。

 ──今からそんな弱気でどうするのだ。惚れさせる、くらいの気概を持て。お前の想いが、力が、ナツキを護るそれとなると、伝えたことを、忘れたか?

 三体分の思念で、説教に近いことを伝えられ。

「…………精進、します……」

 ずるずるとしゃがみこんだセイは、情けない気持ちになりながら、小声で、それに応えた。
 本当に、この守護霊たちには敵わない。

 *

 パソコンの画面端には、十四時三十二分と表示されている。セイ、三時近くまでは大丈夫だって、言ってたけど、さて。
 休憩がてら、声かけてみますか。
 もう一度データを保存し直して、伸びをして、セイはどこだと振り返って。

「あ、ナツキさん」

 椅子に座っていたセイは、持っていたスマホをパッと消し──たぶん、仕舞ったんだと思う──こっちへ顔を向けた。

「今、大丈夫ですか?」
「あ、うん」

 スマホ消失マジックに気を取られ、間抜けな感じで返事をしてしまった。
 セイはこっちへ歩いてきて、

「すみません、そろそろ出ないといけなくて」
「うん、そうだよね。私もそろそろかなって、声かけようと思ってさ」

 言いながら立ち上がる。

「それで、お伝えしたいことと、……と、えっと」

 近くまで来たセイは足を止めて、なんか目を彷徨わせて。
 どうした?

「まず、伝達事項を、いいですか?」

 なんか分からんが真剣な水色をなんとか受け止め、努めて普通に頷く。

「うん。了解」
「それで、まず、後片付けを終えたというのを、お伝えしたくて」
「ああうん。そっか。ありがとね、セイ」
「いえ、それはこちらこそです。それ、と、……その……」

 セイの目がまた彷徨って、顎に手を当てた顔が少しうつむいて、そんでその顔が、なんか赤いんだけども。
 一応、そのまま待つか。まだ時間あるし。
 で、数秒。

「その、一つ、お言葉を、いただければ、な、と」
「お言葉?」
「いえ、その、……不甲斐ないのですが──」

 セイは苦笑して、

「励まし、と言いますか。……これから、仕事の準備に取り掛かるので……」

 声がだんだん、不安そうなものになる。
 励まし、仕事。うん、うんうん。

「うん分かった。で、私なりのやり方で良いかな」
「? え、はい。……いいんですか?」
「もちろんだよ。それで、セイ。手、握っていいかな」
「えっ?!」
「あ、無理にとは言わないよ。握らないバージョンもあるし」
「え……と、……では、その……」

 セイは両手をこっちに向けかけ、ハッとした顔になった。

「ん、両手でも片手でもどっちでも良いよ」

 言いながら、私からは両手を出す。手のひらを上に向けて。

「し、失礼、します……」

 どうすれば良いのか察したらしいセイは、顔を赤くしながらそろそろと、私の手に両手を乗っけた。

「セイ」

 あまり力を入れないで、なるべく優しく握る。

「仕事の準備、頑張ってね」

 声も、優しく。

「……はい。ありがとうございます」

 赤い顔のままだけど、セイはホッとしたような表情になった。

「でね、セイ」

 私は手を握ったまま、

「またね、ちょっと、お節介、我が儘言うね」
「え?」
「頑張るのは良いことだし、頑張りたいって気持ちも応援したい。けど、あんまり頑張りすぎないでね。頼ってね。てか、頼って欲しいかな。私もなんかあったら頼らせてほしい。──以上です」

 手を離そうとして、力を抜いて、けど、セイの手が離れない、ね?
 そんで、目を丸くしていたセイの顔が、泣き笑いみたいなものになる。

「頑張ります」

 手を握られたまま、

「頑張ります。頼ります。頼って下さい。ありがとうございます」

 泣き笑いも綺麗な顔だなぁと、思いつつ。

「こちらこそ」

 と、言った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちゃんとしたい私たち

篠宮華
恋愛
小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染み同士の若菜と宏隆。付かず離れずの距離で仲良く過ごしてきた二人だったが、あることをきっかけにその関係は大きく変化して… 恋愛にあまり興味のなかった女子と、一途な溺愛系幼馴染み男子のお話。 ※ひとまず完結しました。今後は不定期に更新していく予定です。

処理中です...