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26 わあ、ホントに結託してた

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「え、と、あの、アルトゥール様……」

 通路を歩く夫へと、そろりと顔を向けたら。

「ん?」

 優しい眼差しを向けられる。なんだかそれが恥ずかしくて、目をそらしてしまう。

「……その、私に、甘すぎではありませんか……?」
「……そうだろうか」

 いや、質問を返されても困るんだけど。

「私が何をしても、あなたは最後には私を許してしまうではありませんか。回復したとはいえ、また魂は不安定な状態になってしまったのに……」
「なんだ。そんな当たり前のこと」

 当たり前って。

「私は君を愛しているから、君が私に心を傾けてくれるだけで嬉しい。あの手紙で君が私どう思っていたかを認識して、その上それを、そんなことと一蹴すらしないで、私を心配してずっと待ってくれていて、抱きしめてくれた。自分が私を苦しめたのだと、後悔の言葉を口にはされてしまったけれど──」

 夫は、私に向かって微笑んで、言った。

「それすら嬉しかった。君は優しいから、こんな私にも心を砕いて、泣いてくれる。まあ、本当はあまり泣いてほしくはないのだが、その涙の理由が私のためであるのなら、その涙すら愛おしい」
「そ、うですか……」

 やっぱり顔を合わせられない。正直に言うと、すごく恥ずかしい。顔から火が出そうなほど恥ずかしい。けどこう、色々あった手前、否定しづらい。
 ベルンハルトを先導に、またあの大きな部屋へ戻ったら。

「あ、戻ってきたわね」

 椅子に座っていたクラウディア様が、こちらへ顔を向けた。周りには侍女たちがいる。クラウディア様は私の侍女たちにも気を回してくれたらしく、彼女たちもクラウディア様の侍女たちとともに並んでいた。

「それじゃあことも収まったようだし。アルトゥールの執務室へ行こうかしらね」

 はい?

「はい?」

 私の心の声と夫の声が重なった。てかなに? まだなにかあるの? これ以上は心臓が持たないんですけど?

「じゃ、行きましょ?」

 クラウディア様は何も気にせず歩きだす。侍女たちが従うのはいいとして、なぜお前もついて行くんだベルンハルト。

「アルトゥール様、奥様。王妃殿下のご命令ですよ?」

 顔だけ振り向かれて言われる。
 ……いや、その通りだけどさ。だけどさぁ?!

「……お前と殿下は何をどこまで計画したんだ……」

 夫は諦めたのか、げんなりとした顔をしながらも歩き出す。夫に抱えられている私は、この先の不安への心構えをしておくしかなくなった。

 ☆

「で、ここでどうしろと言うんです?」

 ここまでの道のりで、どうして王妃殿下がこんな所にいるんだと、行きと同じように仕事をしていた人たちを混乱させてしまったけれど、その後ろを行く夫と私に気づいて、彼らは余計混乱しているようだった。
 すみません。こっちも訳が分かってないんです。
 執務室に着いた夫がクラウディア様へ問うと、

「いえね、本当の計画はね。リリアちゃんに心の内を話してもらってから、呪術師の施設で当時の説明を聞いてもらって、その間にあなたたちに先回りして執務室に戻ってもらって仕事を再開してもらって。それをリリアちゃんに見せたかったのよ」
「はあ……はあ……?」

 夫の頭はまだ、その言葉の真意を理解できないらしい。
 けど、私は。

「……私がアルトゥール様をどう思っているかを、アルトゥール様に聞いていただいて。この方の容態を呪術師の方々に聞かせてもらって。自分の夫が普段どういうことをしているのかと、それを私に教えてくださるために、このようなことをしてくださったのですか……?」
「概ねそんなところよ。王宮に出仕していたり、わたくしみたいに王族となるために歴史やら作法を覚えなきゃならない人以外、貴族女性は茶会や夜会くらいでしかここに来ない。自分の伴侶が城で何をしているか、知っている人のほうが少ないわ」

 クラウディア様は微笑みながらそう言って、私へと顔を向けた。

「だからリリアちゃんに、色々知って欲しかったのよ。こんなに予定が狂うとは思ってなかったけれど」

 ふふふ、と可愛らしく笑ってくださる。

「……ありがとうございます……」

 なんとか笑顔は作れたと思う。けど、本当に色々ありすぎて、その、気遣いというだろうそれを、うまく受け止められない。

「ベルンハルトお前マジであとで覚えてろよ」
「承知しております」

 そのやり取りを見ていて。

「そういえば、どうしてベルンハルトも色々と協力……というか、王妃殿下と結託してさえいるような時が……?」

 その間に、私のためだろう一脚の椅子が、執務室の中に用意されていく。

「ほら、この子落ち込んでたでしょう?」

 うっ……

「それは、その、本当に……」
「リリア、そんな顔をしないでくれ」

 夫が私を片手で支え、背中をさするという芸当をしてくれるけども。

「けれど、あれが原因でこんなことに……」

 それを見ながら、ベルンハルトが口を開く。

「今回ばかりは僕も、少し出過ぎた真似をしたと反省しております。ですが、無礼を承知で言わせていただきますが、あの手紙を受け取った時のアルトゥール様は、本当にそれはもう落ち込んで」
「ベルンハルト」
「その落ち込みを、仕事を片付けることで気を紛らわせるという状態にまでなってしまっていてですね。これは流石にやばいなと。アルトゥール様の状態が悪くなるだけでなく、屋敷での交流を再開させたとしても、お二方の心はすれ違ったままになってしまうと思ったんです」
「は?」
「ですので、アルトゥール様の危機だという免罪符を持って王妃殿下との話の場をなんとか作り、内容を話せば、幸いなことに殿下は協力してくださると、仰ってくださいまして。──で、今に至ります」

 わあ、ホントに結託してた。

「お前ベルンハルト本当お前……!」

 夫は怒っているような、それでいてなにか苦いものでも含んだような複雑な感情を思わせる声をベルンハルトへ向ける。
 片手で支えられて視線が高くなっているこの状態からでは夫の顔は見えないので、夫がどういう表情をしているのか分からないけれど。
 それを聞いた私は、これまでの本当に様々にあった事柄も合わさり、なんだか気が抜けてしまって。

「はぁ……」

 支えになっていた夫の頭へと抱きついた。というか、くっついたというほうが正しいかもしれない。

「え、な、り、リリア……?!」
「すみません……少し疲れが出てしまったようで……すぐに離れますので……」
「あ、いや、それは……別に、その、いいんだが……いや、違くてだな……その、本当に大丈夫か……?」

 迷惑そうにするどころか、心配してくれる。あなたは私を優しいと言ってくれるけど、あなたのほうがもっと優しい。

「……リリア、少し体勢を変えても良いか?」
「え、あ、はい。ずっとこのような状態で申し訳ありません」

 夫の頭に絡めていた腕を解けば、どういう芸当か、するりと滑るようにして、抱きかかえられている状態に戻った。

「本当に疲れているのなら、屋敷に戻ったほうがいいと思うのだが……」

 心配そうに覗き込まれる顔に、安心してもらえるように笑顔を返す。

「いえ、どうか見せてください。あなたのことを知りたいのです」

 言えば、夫はまた顔を赤くして、「……そうか」と、私から少し目をそらしながら言った。
 クラウディア様は、

「わたくしの役目は終わったし、帰るわね。また会いましょう? リリアちゃん」

 そう言って、なのに私に小さな封筒を渡して、「暇になったら読んでみてね」と、ウィンクして帰っていってしまった。
 それから私は執務室に運び込まれた椅子に座り、侍女には楽にしていいと、執務室の隣の部屋の仮眠室に居てもらうことにして。
 私は横にある棚の上に置いてある、予め侍女に用意してもらった紅茶を飲みながら、部屋を見回してみる。
 左右を占める壁には、本や、綴られた書類が沢山並んで……ところどころ積まれるように置かれているものもあって、その量は圧倒されるものがあった。それに加え、夫とベルンハルトの机の上。沢山の書類が積まれている。そして二人は、その書類たちをものすごいスピードで捌いていく。
 後ろに窓はあるけれど、閉じられていて、薄手のカーテンがかけられているから、景色などは見えない。
 仕事に関わる書類は重要事項などが書かれてるだろうから、私はあまり中身を見ないようにしながらも、夫とベルンハルトが一瞬でその文面を読み終え、ペンを走らせ、整理し、封筒に入れたりしてゆくその光景に圧倒される。そして時々、ベルンハルトがそれらをどこかへ持っていき、また新たな封筒や書類を持ってくる。
 ……こんなのが一日中続くの? 私だって公爵夫人として家の仕事は少ししていたけど、これ、そんなのの非じゃない。
 その上、アルトゥール様は王立騎士団の隊長も務めてるよね? これに剣の鍛錬とか加わるってことだよね? 大丈夫? 死なない?
 ……あれ? そういえば色々あったせいでもう夕方だ。窓から見える色もオレンジだし。……私、帰ったほうがいい?
 そんな色々を考えていたら、ずっと膝の上に置いていた、クラウディア様からの封筒が目に入った。入ってから思い出した。

「……」

 暇になったら、とは、言われたけど……まあ、今の私に出来ることはないし……。

「……?」

 封筒は封がされておらず、私はその口を開いて、二枚入っていた手紙を取り出した。そして、その一枚目を読んで。

「……っ?!」

 思わず声を出しそうになって、手で口を塞いだ。
 だって、こんな、重要な内容……! ぽんと手渡さないでくださいクラウディア様……!


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