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17 王妃殿下とのお茶会
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王城に着き、通されたのは、広い広い庭園の一角、色とりどりの花や丸く刈り込まれた低木が植わっている場所に建てられた、大きめの四阿。
「あら、来たのね」
と言ったのは、流石に私も肖像画で顔を知っている、クラウディア殿下。彼女は持っていたカップとソーサーを置き、座っていたのにわざわざ立ち上がって、私が殿下の前に来るのを待ってくれた。
そして私はクラウディア殿下に、王族への礼をする。
「アルトゥール・バウムガルテン公爵が妻、リリア・バウムガルテンでございます。本日はお招きいただきありがとうございます。貴重な時間を私などに割いていただき、光栄の至りにございます」
……ちゃんとできてるはず。
「ご挨拶ありがとう。顔を上げて?」
言われたので、顔を上げる。
「わたくしはハイレンヒル王国王妃、クラウディア・ハイレンヒル。ほら、顔を上げるだけじゃなくて立ち上がって頂戴? 今日はあなたとお茶をするのだから」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
そう言って立ち上がると、
「そんな堅苦しくならないで? ほら、ここ、座って? わたくし楽しくお茶を飲むのが好きなの」
クラウディア様はさっきの場所に座り直し、その対面のテーブルの上をぽんぽんと叩く。
……なんか、想定していた性格と違う。
言われるがままにそこに座ると、クラウディア様の侍女がすかさず私の前に紅茶を出した。
「ほら、飲んで飲んで。わたくし、あなたとお話をするのをとっても楽しみにしていたの」
ニコニコと笑うクラウディア様。夫と似ているサラリとした長い銀髪に、銀が煌めく碧の瞳。その美しい容姿はどう高く見積もっても二十前半にしか見えなくて、この人本当に四十超えてんの? と聞きたくなる。
「ありがとうございます。私などをお誘いくださって」
「良いのよ。ベルンハルトから色々教えてもらって、わたくし今、あなたに興味津々なの」
……おい、ベルンハルト。何を吹き込んだ。けど、それに疑問が湧く。ベルンハルトが王妃殿下になにか進言したことも不可解だけど、そこに夫は絡んでいないかのような口ぶり。
「……ベルンハルトは、どのようなことを?」
「そうねぇ……」
クラウディア様は紅茶を一口飲み、
「あの子があなたにべた惚れなこととか、あなたの態度に一喜一憂していることとか、それはもう面白く」
クラウディア様はふふ、と笑うが、こっちは笑えない。ベルンハルト、お前。
「ふふふ、そうですか」
なんとか表情筋を動かし、笑みを作る。
「さ、食べて食べて」
「ありがとうございます。いただきます」
本音を言えば何も喉を通らない気がしているが、断れないのでクッキーを一枚手に取り、一口齧り、
「あの子があんな情熱的な側面を持ってるなんて、思いもしなかったわ」
その言葉に、クッキーを変に飲み込みかけた。幸いむせずに済んだけど。
「えっと……情熱的な、とは……」
「ふふ、あの子照れ屋だから、詳しいことは何も言ってないんでしょう? そうね、去年の秋だったかしら。珍しく正式な手続きで私に謁見を申し込んできて、何をしに来たのかと思ったら」
『この、私の呪いについて調べることを、今一度あの呪術師の方々に頼んではくださいませんか』
……。ちらりと聞いた、あの話か。
「どうして今更、って聞く前に、顔が物語ってたわ。強い決意の顔。何があっても耐え抜くと決めた、覚悟の顔。好きな人ができちゃったのねぇ、て諦め気味に言ったら」
クラウディア様はまた微笑み、
「あの子、目を丸くして、次には顔を赤くして、誰かから聞いたのですか? て! もはや語るに落ちるよ!」
「そんなことがあったんですか」
この方、だいぶおちゃめな方だな。こっちもそんなに緊張しないで過ごせるからいいけど。
「で、呪術師達にどうにか出来ないか、というか、どうにかしなさいと命を出したわ」
え。
「可愛い甥っ子の頼みですもの。どうにかしたいでしょう? それにあれは本当は、解けるなら今すぐにでも解かなければならない呪い。開放してあげられるならしてあげたかった。……一度、諦めてしまったけれど」
クラウディア様は一瞬悲しげな顔をして、けれどすぐに笑顔になり、
「呪術師達は頑張ってくれたわ。あの子も頑張った。そして、逆転の発想を思いついた」
「……一部も違わない、同じ呪いを構成する、という話でしょうか」
「あら、あの子話したの?」
「ここまで詳しくはお聞きしていませんが、話してくださいました。そしてそれは成功し、解呪もでき、私に触れられるようになったのだと」
私が言ったら、クラウディア様は「んー、あの子、カッコつけたがりね」とおっしゃった。
「どういうことですか?」
「そうね。もう全部言っちゃうけど、最初の一ヶ月は地獄のようだったと聞いているわ。魂に僅かに触れるだけでも意識の混濁が起きて、体には激痛が走る。それに一ヶ月耐えて、やっと呪いの仕組みが分かり始めた。そしてまた地獄の一ヶ月。ここまで来て、呪いの仕組みが全て分かった。あとはそれを解析し直して、解呪の仕組みを作り上げ、魂に刻まれたそれを剥がすだけ。けど」
クラウディア様は、ふう、と息を吐いて。
「問題が発覚した。いえ、浮き彫りになったと言ったほうが正しいかしら。解呪というのは、その呪いへの反発を呼び起こすの。魂に深く刻み込まれたそれに手を出すということは、呪いを解析していたあの頃の比じゃなく、魂を消滅させる可能性が高い。平たく言えば、死ぬ可能性が極めて高い。成功率は一割にも満たないと言われたわ」
……なに、それ。そんな話、聞いてない。そこまで教えてくれてない。
「それでも良いとあの子は言った。彼女──あなたに、この呪いでなにかあるより、何百倍もマシだと。そして、解呪を始めて一ヶ月。呪いの最後の一欠片が魂から剥がれ落ち、解呪は成功した。あの子の魂も消滅しなかった。だいぶ損傷して、体も上手く動かせなくなって、目覚めた時は私達のことを忘れかけてたけど」
なんでそれを、なんでそんな大事な話を、一言も言ってくれなかったの。ねえ、旦那様。
「けどね」
クラウディア様は私へと微笑んで、
「ベルンハルトがあなたの肖像画をあの子に見せたら、ベッドから跳ねるように起き上がって、その拍子にベッドから落ちたわ。そして、全てを思い出した。……あなたの顔を見て、思い出したの」
「……そう、だったんですか」
「そして、そこから魂は急激に回復して、体も動くようになったら、あの子は身支度もそこそこに、家に飛んで帰ったわ。そこからはあなたの知る通りよ」
「……」
俯くな。無言になるな。王妃の前だ。公爵の妻として振る舞わなければ。……公爵の、妻として。
「……王妃殿下。一つ、伺って……いえ、お詫びさせてください」
私はなんとか顔を上げ、感情を声に乗せないように口を動かした。
「なにについての、お詫びかしら」
「王妃殿下と旦那様──アルトゥール・バウムガルテン様は、信頼しあっていて、とても仲が良いのだと、お聞きしました。そんな、大切なご家族を、そのような状況下に陥らせてしまったことを、……今さらですが、謝らせてください。こんな私など、あの人に相応しくない」
「……どうして、相応しくないと思うの?」
……言ったら、全てが終わるんだろうな。この生活も、何もかも。
「私は、あの人が突然帰ってきて、呪いのことを話した時、それについて深く考えず、自分の置かれていた状況への不満を口にしました。……そして、期限をつけて、離婚の話を切り出しました」
膝の上の手を握り込む。感情を抑えろ。冷静であれ。
「あの方はその話を一蹴せず、了承さえしてくれました。……それがどんなに私を気遣った行為だったか、今なら理解ができます。そして自分が、どれだけ残酷なことを言っていたのかも」
涙など流すな。私は今、加害者だ。
「そしてずっと、あの方は私を愛してくれていたのに、私はあの方を愛そうとしなかった。使用人達がどれだけ言っても、あの方から愛の言葉をもらっても、私はそれについて深く考えなかった。自分のことばかり考えていました。……私はただの、愚か者です」
「じゃあどうして、抱き締めたりキスしたりしたの?」
「──へ?」
「あら、来たのね」
と言ったのは、流石に私も肖像画で顔を知っている、クラウディア殿下。彼女は持っていたカップとソーサーを置き、座っていたのにわざわざ立ち上がって、私が殿下の前に来るのを待ってくれた。
そして私はクラウディア殿下に、王族への礼をする。
「アルトゥール・バウムガルテン公爵が妻、リリア・バウムガルテンでございます。本日はお招きいただきありがとうございます。貴重な時間を私などに割いていただき、光栄の至りにございます」
……ちゃんとできてるはず。
「ご挨拶ありがとう。顔を上げて?」
言われたので、顔を上げる。
「わたくしはハイレンヒル王国王妃、クラウディア・ハイレンヒル。ほら、顔を上げるだけじゃなくて立ち上がって頂戴? 今日はあなたとお茶をするのだから」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
そう言って立ち上がると、
「そんな堅苦しくならないで? ほら、ここ、座って? わたくし楽しくお茶を飲むのが好きなの」
クラウディア様はさっきの場所に座り直し、その対面のテーブルの上をぽんぽんと叩く。
……なんか、想定していた性格と違う。
言われるがままにそこに座ると、クラウディア様の侍女がすかさず私の前に紅茶を出した。
「ほら、飲んで飲んで。わたくし、あなたとお話をするのをとっても楽しみにしていたの」
ニコニコと笑うクラウディア様。夫と似ているサラリとした長い銀髪に、銀が煌めく碧の瞳。その美しい容姿はどう高く見積もっても二十前半にしか見えなくて、この人本当に四十超えてんの? と聞きたくなる。
「ありがとうございます。私などをお誘いくださって」
「良いのよ。ベルンハルトから色々教えてもらって、わたくし今、あなたに興味津々なの」
……おい、ベルンハルト。何を吹き込んだ。けど、それに疑問が湧く。ベルンハルトが王妃殿下になにか進言したことも不可解だけど、そこに夫は絡んでいないかのような口ぶり。
「……ベルンハルトは、どのようなことを?」
「そうねぇ……」
クラウディア様は紅茶を一口飲み、
「あの子があなたにべた惚れなこととか、あなたの態度に一喜一憂していることとか、それはもう面白く」
クラウディア様はふふ、と笑うが、こっちは笑えない。ベルンハルト、お前。
「ふふふ、そうですか」
なんとか表情筋を動かし、笑みを作る。
「さ、食べて食べて」
「ありがとうございます。いただきます」
本音を言えば何も喉を通らない気がしているが、断れないのでクッキーを一枚手に取り、一口齧り、
「あの子があんな情熱的な側面を持ってるなんて、思いもしなかったわ」
その言葉に、クッキーを変に飲み込みかけた。幸いむせずに済んだけど。
「えっと……情熱的な、とは……」
「ふふ、あの子照れ屋だから、詳しいことは何も言ってないんでしょう? そうね、去年の秋だったかしら。珍しく正式な手続きで私に謁見を申し込んできて、何をしに来たのかと思ったら」
『この、私の呪いについて調べることを、今一度あの呪術師の方々に頼んではくださいませんか』
……。ちらりと聞いた、あの話か。
「どうして今更、って聞く前に、顔が物語ってたわ。強い決意の顔。何があっても耐え抜くと決めた、覚悟の顔。好きな人ができちゃったのねぇ、て諦め気味に言ったら」
クラウディア様はまた微笑み、
「あの子、目を丸くして、次には顔を赤くして、誰かから聞いたのですか? て! もはや語るに落ちるよ!」
「そんなことがあったんですか」
この方、だいぶおちゃめな方だな。こっちもそんなに緊張しないで過ごせるからいいけど。
「で、呪術師達にどうにか出来ないか、というか、どうにかしなさいと命を出したわ」
え。
「可愛い甥っ子の頼みですもの。どうにかしたいでしょう? それにあれは本当は、解けるなら今すぐにでも解かなければならない呪い。開放してあげられるならしてあげたかった。……一度、諦めてしまったけれど」
クラウディア様は一瞬悲しげな顔をして、けれどすぐに笑顔になり、
「呪術師達は頑張ってくれたわ。あの子も頑張った。そして、逆転の発想を思いついた」
「……一部も違わない、同じ呪いを構成する、という話でしょうか」
「あら、あの子話したの?」
「ここまで詳しくはお聞きしていませんが、話してくださいました。そしてそれは成功し、解呪もでき、私に触れられるようになったのだと」
私が言ったら、クラウディア様は「んー、あの子、カッコつけたがりね」とおっしゃった。
「どういうことですか?」
「そうね。もう全部言っちゃうけど、最初の一ヶ月は地獄のようだったと聞いているわ。魂に僅かに触れるだけでも意識の混濁が起きて、体には激痛が走る。それに一ヶ月耐えて、やっと呪いの仕組みが分かり始めた。そしてまた地獄の一ヶ月。ここまで来て、呪いの仕組みが全て分かった。あとはそれを解析し直して、解呪の仕組みを作り上げ、魂に刻まれたそれを剥がすだけ。けど」
クラウディア様は、ふう、と息を吐いて。
「問題が発覚した。いえ、浮き彫りになったと言ったほうが正しいかしら。解呪というのは、その呪いへの反発を呼び起こすの。魂に深く刻み込まれたそれに手を出すということは、呪いを解析していたあの頃の比じゃなく、魂を消滅させる可能性が高い。平たく言えば、死ぬ可能性が極めて高い。成功率は一割にも満たないと言われたわ」
……なに、それ。そんな話、聞いてない。そこまで教えてくれてない。
「それでも良いとあの子は言った。彼女──あなたに、この呪いでなにかあるより、何百倍もマシだと。そして、解呪を始めて一ヶ月。呪いの最後の一欠片が魂から剥がれ落ち、解呪は成功した。あの子の魂も消滅しなかった。だいぶ損傷して、体も上手く動かせなくなって、目覚めた時は私達のことを忘れかけてたけど」
なんでそれを、なんでそんな大事な話を、一言も言ってくれなかったの。ねえ、旦那様。
「けどね」
クラウディア様は私へと微笑んで、
「ベルンハルトがあなたの肖像画をあの子に見せたら、ベッドから跳ねるように起き上がって、その拍子にベッドから落ちたわ。そして、全てを思い出した。……あなたの顔を見て、思い出したの」
「……そう、だったんですか」
「そして、そこから魂は急激に回復して、体も動くようになったら、あの子は身支度もそこそこに、家に飛んで帰ったわ。そこからはあなたの知る通りよ」
「……」
俯くな。無言になるな。王妃の前だ。公爵の妻として振る舞わなければ。……公爵の、妻として。
「……王妃殿下。一つ、伺って……いえ、お詫びさせてください」
私はなんとか顔を上げ、感情を声に乗せないように口を動かした。
「なにについての、お詫びかしら」
「王妃殿下と旦那様──アルトゥール・バウムガルテン様は、信頼しあっていて、とても仲が良いのだと、お聞きしました。そんな、大切なご家族を、そのような状況下に陥らせてしまったことを、……今さらですが、謝らせてください。こんな私など、あの人に相応しくない」
「……どうして、相応しくないと思うの?」
……言ったら、全てが終わるんだろうな。この生活も、何もかも。
「私は、あの人が突然帰ってきて、呪いのことを話した時、それについて深く考えず、自分の置かれていた状況への不満を口にしました。……そして、期限をつけて、離婚の話を切り出しました」
膝の上の手を握り込む。感情を抑えろ。冷静であれ。
「あの方はその話を一蹴せず、了承さえしてくれました。……それがどんなに私を気遣った行為だったか、今なら理解ができます。そして自分が、どれだけ残酷なことを言っていたのかも」
涙など流すな。私は今、加害者だ。
「そしてずっと、あの方は私を愛してくれていたのに、私はあの方を愛そうとしなかった。使用人達がどれだけ言っても、あの方から愛の言葉をもらっても、私はそれについて深く考えなかった。自分のことばかり考えていました。……私はただの、愚か者です」
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