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11 来てもらいましょう
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「り、リリア」
「はい」
「大丈夫なのか……? 本当に、あの話は……」
その日の夜、久しぶりの家族四人での夕食で、父と弟は狼狽えていた。
お母様、なにも食事前に話さなくても。
「大丈夫です。しっかりと約束は取り付けております。ご心配なさらず」
「し、しかし……」
「大丈夫です。それにお母様から聞いているでしょう? 今は休戦中です、と」
「あ、あの、姉様」
「なに?」
「その、……『愛の証明』と、いうのは……具体的に何をどう証明すればいいのですか……?」
うん、父より弟のほうが冷静だ。
「そうね……人によりけりだとは思うけど。私の考えは……」
ディートと父がゴクリとつばを飲み込んだ。そんなに緊張すること?
「あの方が本当に私を愛していて、なおかつ、私があの方を愛していると証明させること。つまり、私が負けを認めることになると、あの方の勝ち。期限までに私があの方を愛さなければ、もしくは愛せなければ、私の勝ち。そんなところかしらね」
「それは……あんまりではないか……? そんな、気分一つで変わるような……」
「お父様もお母様もディートも。あの方から事前に全て聞いていたから、そういう反応をなさるのでしょう。けど、私は」
私は白ワインを一口飲み、
「あの手紙の際に言いましたが、突然嫁がされ、夜に現れた夫には『触れない』などと言われて立ち去られ、外界との接触手段を断たれ、それが三ヶ月! 続いたのです! たかが三ヶ月、されど三ヶ月! 自分に置き換えて考えてみてください!」
私は父を睨みながら言って、食事に戻った。
「だが……彼は本当に……」
「もう一度同じことを言いましょうか?」
怒気を込めた声で父に言えば、父はやっと口を閉じた。
「……では、僕は……『愛の証明』がされなければ、あの方ともう話せないのでしょうか……」
今度はディートが、寂しそうな声で言う。
「あら、そんなことはないわよ」
「え?」
「あなたはあの方に一度お会いしてる。これは強みになるわ。あなたが社交界に出る時、人脈を作る時、あの方に頼ることができるかも知れない。ねえ、お母様」
「ええ、そうね。ディート、人との接点というものは、どこでどう、そして何が作用するか分かりません。そんな時、強い味方を作っていれば、その味方はあなたのために力を貸してくれるでしょう」
ほああ、と話を聞いていたディートは、ハッとして、
「じゃあ、公爵様を義兄様と呼ぶのは許されるのでしょうか?」
「……」
それは、どうだろう。まあ、書類上は私と旦那様は夫婦であるし、ディートは旦那様を信頼しているようだし、呼ばせてあげたいけど……。今のこの状況じゃなぁ……どうだろうなぁ……。
「……やっぱり、駄目でしょうか……」
悩んでいた私を見て、ディートがしゅんと肩を落とした。
ああもう、私は弟に甘いんだぞこのやろうが。
「次会った時、本人に聞いてみたらどうかしら」
「次?」
「ここに来る前に少し話をしたの。迎えを寄越してほしいって」
正確には、迎えを寄越してもらえれば、あなたの気は済みますか? だけど。
「その時に本人にも来てもらいましょう」
その言葉に、私以外の全員が動きを止めた。
「……リリア……? 相手はご多忙な公爵様だぞ……?」
「そうですね」
「き、来て、くださるのですか……? それも、自ら……?」
「来てくれると思うわ。七……八割くらいの確率で」
「リリア、あなた、自分で何を言ってるか分かってる?」
「? 分かっていますよ? まあ、来なかったら来なかったで、それまでですけど」
突然、バウムガルテン公爵が来るかもしれなくなった使用人達は緊張しだし、父と弟は呆然とし、母は、
「あなたって子は……公爵様に同情したくなるわ……」
と、言っていた。
☆
「……」
「アルトゥール様、いつまでそれを見つめているつもりですか? 早く仕事に戻ってください」
「……べ、べ、ベルンハルト……」
アルトゥールは、だいぶ前に届いた手紙を穴が開くほど見つめながら、
「なんですか」
誰が聞いてもその動揺が分かるほどの声で、
「リリアが、私に、手紙をくれた……」
「そうですか。良かったですね。で、今回はなんの事務連絡ですか?」
「いや、その、そうじゃなくて、いや、連絡事項ではあるんだが、いや、ちょっと、読んでくれ」
「良いんですか?」
「というか第三者に確認してもらわないと自分の幻想のようで不安だ」
「……」
ベルンハルトはアルトゥールから手紙を受け取り、
「……?」
そこで、すでに違和感を覚えた。便箋が一枚でない。それに、結構値段の張る物を使っている。
いつもなら、それなりの便箋一枚が、ひらりと封筒に入っているだけなのに。
「……」
そして、書かれている文面に目を通す。
そこには、きちんと形式に則った、季節の挨拶から始まる文章が記載されていた。
いつもは一言二言、本当にただの伝言のように文章が綴られているだけなのに。
「……どういうことです? これ」
結局の内容は、実家から帰る時に迎えを寄越してほしいというものだったが、それについても疑問がある。時間さえ合えばアルトゥールにも来てほしい、と書かれていたのだ。
「わ、私の幻覚じゃないよな? 幻想とか妄想でもないよな?」
「そうですね。僕にも立派に、ちゃんとした手紙に見えています」
ベルンハルトは便箋をたたみ、アルトゥールから受け取った封筒にしまうと、
「で、迎えは──」
「行く!」
「と言うと思ってました」
ベルンハルトは肩を竦め、
「では、ここからは死ぬ気で働いてくださいね。迎えのための時間を作らなければならないのですから」
で、なぜしっかりと形式に則った手紙が届いたのかというと。
「自分の夫に出す手紙なのですから、きちんとしたものをお書きなさい」
「……はぁい」
というやりとりがリリアとクリスタの間でなされ、リリアはクリスタに何度か内容の添削を受け、
「これなら良いでしょう」
「……づかれた……」
と、そういう経緯があったのだった。
そして朝にリリアが出した手紙は、昼前、それも結構前にはその返事が届き、
「あ、旦那様も来れるって」
「本当にいらっしゃるのか?!」
「来てくださるんですか?!」
「本当に来てくださるのね」
伯爵邸に旦那様が来るということで、使用人達は皆緊張しながらも、もう二度大騒ぎをしたせいか、この状況に少しは慣れたようで、あまり騒ぎにならずに準備を進め始めた。
旦那様がいらっしゃる予定は二日後、私が帰ると言ったその日の昼前だそうだ。けど、仕事もあるだろうし、その時間は押される可能性もある。
まあ、みんなそれも想定して動いているんだろうけど。
「で、私はどうしましょうか」
朝食を食べ、自室に戻り、一人にさせてもらった私は、ベッドに腰掛けながら呟いた。
母はお茶会に行ってるし、ディートは父に付いて領地の勉強をしているし。
「暇なのは私だけなのよねぇ……あ」
そうだ、公爵邸から持ってきた本を読もう。
「何にしようかしら……ん?」
これ、持ってきていたっけ。
『君がため、私は世界に嫌われる』
「……ああ、そうだ。あの時の証拠として持ってきておいたんだった」
この元凶の一端を担っているけれど、この話自体は嫌いじゃない。私はそれを手に取ると、そのままにしておいてくれただけでなく、ちゃんと掃除までしてくれていたと分かる机について、その表紙を開いた。
「はい」
「大丈夫なのか……? 本当に、あの話は……」
その日の夜、久しぶりの家族四人での夕食で、父と弟は狼狽えていた。
お母様、なにも食事前に話さなくても。
「大丈夫です。しっかりと約束は取り付けております。ご心配なさらず」
「し、しかし……」
「大丈夫です。それにお母様から聞いているでしょう? 今は休戦中です、と」
「あ、あの、姉様」
「なに?」
「その、……『愛の証明』と、いうのは……具体的に何をどう証明すればいいのですか……?」
うん、父より弟のほうが冷静だ。
「そうね……人によりけりだとは思うけど。私の考えは……」
ディートと父がゴクリとつばを飲み込んだ。そんなに緊張すること?
「あの方が本当に私を愛していて、なおかつ、私があの方を愛していると証明させること。つまり、私が負けを認めることになると、あの方の勝ち。期限までに私があの方を愛さなければ、もしくは愛せなければ、私の勝ち。そんなところかしらね」
「それは……あんまりではないか……? そんな、気分一つで変わるような……」
「お父様もお母様もディートも。あの方から事前に全て聞いていたから、そういう反応をなさるのでしょう。けど、私は」
私は白ワインを一口飲み、
「あの手紙の際に言いましたが、突然嫁がされ、夜に現れた夫には『触れない』などと言われて立ち去られ、外界との接触手段を断たれ、それが三ヶ月! 続いたのです! たかが三ヶ月、されど三ヶ月! 自分に置き換えて考えてみてください!」
私は父を睨みながら言って、食事に戻った。
「だが……彼は本当に……」
「もう一度同じことを言いましょうか?」
怒気を込めた声で父に言えば、父はやっと口を閉じた。
「……では、僕は……『愛の証明』がされなければ、あの方ともう話せないのでしょうか……」
今度はディートが、寂しそうな声で言う。
「あら、そんなことはないわよ」
「え?」
「あなたはあの方に一度お会いしてる。これは強みになるわ。あなたが社交界に出る時、人脈を作る時、あの方に頼ることができるかも知れない。ねえ、お母様」
「ええ、そうね。ディート、人との接点というものは、どこでどう、そして何が作用するか分かりません。そんな時、強い味方を作っていれば、その味方はあなたのために力を貸してくれるでしょう」
ほああ、と話を聞いていたディートは、ハッとして、
「じゃあ、公爵様を義兄様と呼ぶのは許されるのでしょうか?」
「……」
それは、どうだろう。まあ、書類上は私と旦那様は夫婦であるし、ディートは旦那様を信頼しているようだし、呼ばせてあげたいけど……。今のこの状況じゃなぁ……どうだろうなぁ……。
「……やっぱり、駄目でしょうか……」
悩んでいた私を見て、ディートがしゅんと肩を落とした。
ああもう、私は弟に甘いんだぞこのやろうが。
「次会った時、本人に聞いてみたらどうかしら」
「次?」
「ここに来る前に少し話をしたの。迎えを寄越してほしいって」
正確には、迎えを寄越してもらえれば、あなたの気は済みますか? だけど。
「その時に本人にも来てもらいましょう」
その言葉に、私以外の全員が動きを止めた。
「……リリア……? 相手はご多忙な公爵様だぞ……?」
「そうですね」
「き、来て、くださるのですか……? それも、自ら……?」
「来てくれると思うわ。七……八割くらいの確率で」
「リリア、あなた、自分で何を言ってるか分かってる?」
「? 分かっていますよ? まあ、来なかったら来なかったで、それまでですけど」
突然、バウムガルテン公爵が来るかもしれなくなった使用人達は緊張しだし、父と弟は呆然とし、母は、
「あなたって子は……公爵様に同情したくなるわ……」
と、言っていた。
☆
「……」
「アルトゥール様、いつまでそれを見つめているつもりですか? 早く仕事に戻ってください」
「……べ、べ、ベルンハルト……」
アルトゥールは、だいぶ前に届いた手紙を穴が開くほど見つめながら、
「なんですか」
誰が聞いてもその動揺が分かるほどの声で、
「リリアが、私に、手紙をくれた……」
「そうですか。良かったですね。で、今回はなんの事務連絡ですか?」
「いや、その、そうじゃなくて、いや、連絡事項ではあるんだが、いや、ちょっと、読んでくれ」
「良いんですか?」
「というか第三者に確認してもらわないと自分の幻想のようで不安だ」
「……」
ベルンハルトはアルトゥールから手紙を受け取り、
「……?」
そこで、すでに違和感を覚えた。便箋が一枚でない。それに、結構値段の張る物を使っている。
いつもなら、それなりの便箋一枚が、ひらりと封筒に入っているだけなのに。
「……」
そして、書かれている文面に目を通す。
そこには、きちんと形式に則った、季節の挨拶から始まる文章が記載されていた。
いつもは一言二言、本当にただの伝言のように文章が綴られているだけなのに。
「……どういうことです? これ」
結局の内容は、実家から帰る時に迎えを寄越してほしいというものだったが、それについても疑問がある。時間さえ合えばアルトゥールにも来てほしい、と書かれていたのだ。
「わ、私の幻覚じゃないよな? 幻想とか妄想でもないよな?」
「そうですね。僕にも立派に、ちゃんとした手紙に見えています」
ベルンハルトは便箋をたたみ、アルトゥールから受け取った封筒にしまうと、
「で、迎えは──」
「行く!」
「と言うと思ってました」
ベルンハルトは肩を竦め、
「では、ここからは死ぬ気で働いてくださいね。迎えのための時間を作らなければならないのですから」
で、なぜしっかりと形式に則った手紙が届いたのかというと。
「自分の夫に出す手紙なのですから、きちんとしたものをお書きなさい」
「……はぁい」
というやりとりがリリアとクリスタの間でなされ、リリアはクリスタに何度か内容の添削を受け、
「これなら良いでしょう」
「……づかれた……」
と、そういう経緯があったのだった。
そして朝にリリアが出した手紙は、昼前、それも結構前にはその返事が届き、
「あ、旦那様も来れるって」
「本当にいらっしゃるのか?!」
「来てくださるんですか?!」
「本当に来てくださるのね」
伯爵邸に旦那様が来るということで、使用人達は皆緊張しながらも、もう二度大騒ぎをしたせいか、この状況に少しは慣れたようで、あまり騒ぎにならずに準備を進め始めた。
旦那様がいらっしゃる予定は二日後、私が帰ると言ったその日の昼前だそうだ。けど、仕事もあるだろうし、その時間は押される可能性もある。
まあ、みんなそれも想定して動いているんだろうけど。
「で、私はどうしましょうか」
朝食を食べ、自室に戻り、一人にさせてもらった私は、ベッドに腰掛けながら呟いた。
母はお茶会に行ってるし、ディートは父に付いて領地の勉強をしているし。
「暇なのは私だけなのよねぇ……あ」
そうだ、公爵邸から持ってきた本を読もう。
「何にしようかしら……ん?」
これ、持ってきていたっけ。
『君がため、私は世界に嫌われる』
「……ああ、そうだ。あの時の証拠として持ってきておいたんだった」
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