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22 弥川甘照君

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(入居者の六分の五が紅蘭……偶然、だよね……?)

 一日が終わり、ベッドの中で結華は考えていた。

(しかも半数以上が何かしら抱えてるし……)

 そこで、結華の頭にチラつくのは、あの夢。

『アナタはイケメン達に囲まれた生活を望みますか?』

 今のところ、髪で顔が分からない唐沢という住人以外、皆、それに該当している。そして、囲まれてはいないが、ほぼ、それぞれとも近しい距離で接するようになっていっている気がする。
 そんなことを考えていた結華は、湊の言葉を思い出す。

『神とか何かしらを信仰してんだから、昔はそうでもなかったんだろうけど。今、そういうものと直に接触したり、そうでなくとも意思疎通が図れたり、気配を感じたり出来るのは、そういう血筋を守ってきた人間か、先祖返りとかだろうな』
(……つまり、神様は本当に居るってこと……?)

 だとしたら、結華があの神社に願ったことで。あの夢に答えたことで。それでこうなっているということなのか。

「……」

 結華はベッドから起き上がり、常夜灯を付けて着替えを始めた。

 ❦

 真夜中、着いた神社は、この前と同じく寂れて見えた。そしてやはり、誰もいない。

「……まあ、こんな時間に来る人のほうが珍しいだろうし」

 結華は言って、今度はちゃんとした手順で作法を行い、

(神様! 居るなら出てきてください! お聞きしたいことがあるんです!)

 と、願った。
 ひゅう、と冷たい風が吹く。何かが動く物音や、神社の奥から誰かが話しかけてきたり、あの夢のように、変な文言が目の前に現れたりしない。

「……やっぱ思い違いか……」

 結華はふぅ、と息を吐き、くるりと神社に背を向ける。と、

 ブオアッ!

「?!」

 背中側から霧が吹き付け、辺り一帯がその霧に包まれた。

「こんな夜更けに来るとはの」
「っ?!」

 後方上側から、幼い女の子の声で、そんなことを言われる。

「礼に来た訳ではなさそうだの。して、聞きたいこととは何だ?」
(……てことは、やっぱり……)

 結華はつばを飲み込み、覚悟を決めて振り向く。
 そこにいたのは。

「のぅ、要件を申してみぃ。如月結華」

 五、六歳に見える顔と背丈、長い豊かな黒髪は後ろで蝶結びのように結われ、ピンクの薄布で飾られていた。着ている着物は赤を基調として、裾も帯も長く、花や蝶が舞っている。そして、五、六歳に見えるというのに、美しい、と言いたくなる顔をした子供が、ふわふわと、空中に浮いていた。
 結華はその光景と、自分の名を呼ばれたことに、なにか恐ろしげなものを感じたが、バクバク言う心臓を宥め、ゆっくり口を開いた。

「……こんばんは。これはまず、確認ですが、あなたは神様ですか?」
「そうじゃ。ここ、『弥川嶋やがわしま』の神、弥川甘照君やがわかんてらすのきみと、今は呼ばれておる」
「……『今は』?」
「時とともに呼び名も変わるからの。で、なにゆえここに来た?」
「……」

 結華は背筋を伸ばし、自分を見下ろす弥川甘照君という神と視線を合わせる。

「……ここ最近、私の周りで起きていることについて聞きに来ました。急にアパートが満室になったり、越してきた人達が色々あったり。……それは、あの夢に関係してますか?」
「あの夢? ……ああ、ワシからの問いかけのアレかの。イケメンになんとやらの。その通りじゃ」

 事も無げに言われたそれに、結華は頭を抱えたくなった。

(あの六人が来たのは、私が『はーい』とか言ったせいだっての?!)
「じゃが、ワシも今は色恋にまつわる神。そしてそれなりに常識を持つ神じゃ。適当に選んどらんぞ。お前と何かしら縁を持ち、お前の家のあぱーとに住む必要があった者を選んだ。感謝せい」
「……はい?」
(私と縁を持つ……?)
「どういう意味ですか?」
「分からんか? 思い返してみぃ。今判明しておるだけでも、皆、お前と何かしらの縁がある」
(何かしらの縁……)

 湊は、結華が湊の魂を癒やす存在だった。
 律は、幼稚園時代の大切な子だった。
 明は、前に助けたたぬきだった。
 パッと思いつくだけでも、三人当てはまる。
 アパートに越してくる理由は様々だ。時期から考えると少し妙だと思っていたが、今の神の言い方だと、神が手繰り寄せた縁でそうなったということであり、それならそれなりに納得がいく。
 それに、『住む必要がある』と言った。無理やり何かを捻じ曲げ、結華のアパートへ引っ越しをさせた訳ではなさそうだ。
 と、ここまで考えていた結華は、本題を、一番聞きたかったことを思い出す。

「……あの、神様」
「なんだ?」
「私、もともと、彼氏がほしいってお願いしたと思うんですけど……」
「勿論、分かっとるぞ。だからお前が選べるようにしたのだ」
「…………え、選ぶ…………?」
「そうじゃ。お前、具体的に言わんかったろう。お前の思考を読んでも、具体的な像は無かった。だから、あれじゃ、ほれ、方向性の違う? 六名を手繰り寄せた」

 その言葉に、結華は目を丸くし、あんぐりと口を開けた。

(私が具体的にどんな彼氏がほしいか願わなかったから、こうなってるってこと?! ……え? じゃあ──)
「神様、私が彼氏を作ったら、他の人たちはどうなるんですか……? それに、もし、彼氏が出来たとしても、アパートの人たちじゃなかったら……」
(アパートから出ていくとか言わないよね?!)
「どうもならん。それぞれの道を歩んでいくだけじゃ」

 それを聞いた結華はホッとして、次にハッとして、自分の頬を強めにつねった。

(なにホッとしてんだこのやろう……! 人をモノみたいに考えるな!)
「……お前は、誠実よの。結華」
「ふぇ?」

 頬から手を離した結華は、その言葉の意味を掴みあぐね、首を傾げる。

「今も、ワシが選んだ六名に対して誠実であろうとした。その誠実さ、忘れるでないぞ」
「……はい。ありがとうございます」

 結華は弥川甘照君に頭を下げた。

「では、聞きたいこととは以上かの」
「はい。長々と、それもこんな時間に失礼しました」
「良い良い。ここも、人が足を運ぶのも稀になったゆえ、お前が願ってくれのは嬉しいことであった」

 弥川甘照君は微笑み、すーっと上から降りてきて、結華の顔の前でピタリと止まる。

「お前が、良き恋人を得られることを、ワシは望んでおる。願われたからな、その手助けもする。わざわざ再び足を運んでくれたお前に、加護を授けよう」
「え? それは、」

 どういう、と言う前に、弥川甘照君は、結華の前髪を上げ、額に口づけた。

「へ?」
「お前の願い、成就することを、ワシも願っている」
「えっ、な、っ?!」

 また強い風とともに霧が巻き、結華は思わず目をつぶる。風が収まり目を開ければ──

「……いない……」

 そこは、来た時と同様、寂れた神社があるだけだった。


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