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最終章 出刃包丁と蛇の目傘
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彦助はこくりとうなずき、踵を返して出刃包丁の切っ先を千鳥へ向けた。瞬間、空間の弾ける音がした。
弾ける無数の水滴の跡に空振が私と彦助の体を揺らす。向こうからヤハズが宙を舞うのが見えた。綺麗に整えられていたはずの燕尾服はすでにボロである。
時間がないな。と私は煙を吸い込み拳銃に当てる。身を包む紫色の羽織から全身へと煙に包む。自身の想いを包み隠すように。キセルの蓄えられた想いを根幹とする紫煙も残り少ない。
「姉さん。もう楽になってくれ。共に奈落へと落ちようじゃないか」
彦助は両手で出刃包丁を握り頭上へと掲げる。出刃包丁は強く脈動し、彦助は包丁を振り下ろす。ゴォぉっと火柱の立ち昇る音がした。しかし火柱ではなく巻き上げられた風・・・いや無数に渦を巻く風の刃が回転している。
彦助は一度瞳を伏せ刃の旋風を千鳥に向かって降る。刃の旋風を見た千鳥は傘を広げてくるりと回った。叩きつけられた無数の刃を傘から離れた位置でちりぢりと飛び散る。その一端が姫を包んでいた水球の上端を弾き、水が弾けた。
今しかねぇな。私は弾かれる刃を避けつつ彦助へと向かう。
くるりと回り終えた千鳥は私たちを向き直り、まるで他人事のように目を丸めて首をかしげた。
「あらあら。彦助にもお友達ができたので。お姉ちゃんに刃を向けるなんてひどいわ」
彦助はまっすぐと千鳥へ向かい、右手を掲げて振りかぶるように千鳥の傘へと包丁を叩きつける。鈍い金属同士が叩きつけられる、鈍い音が響く。
私は千鳥の動きが止まるのを見て、姫へと足先を向け飛ぶ。千鳥が口元を歪めて私を見た。傘を振るおうと力を込めるとも、出刃包丁と想いを共にした彦助の刃を受け流すことはできない。私は姫のもとへとたどり着き、濡れた晴れ着が肌に張りつく姫を抱きあげる。姫はじぃっと私を見上げた。赤黒い瞳を持つ目尻は緩む。
「すまんな姫。ヤハズの代わりに助けてしまった」
「いいや。いいんだ。こういう終わりを妾は望んでおらぬからな。ヤハズに怒られないようにしないとな」
「ヤハズはもう我を忘れるほど怒っているよ。力を貸してくれるか?」
もちろんじゃ。と姫は裾を払って立ち上がる。ふたりで千鳥に目をやると千鳥は体を回転させながら彦助の刃をいなした。地面に深い地割れのような刃の跡が残る。力を増した出刃包丁の力を千鳥は弾くことができていない。ふわりと浮いて距離をとりつつ、千鳥が叫ぶ。
「あぁあぁ。忌まわしい。なぜ邪魔をするの? 私は子供を守ろうとしているだけじゃない。何が悪いの! あなただってそう思うでしょ!? 子供を守りたい。弱き者を救いたい。優しい翁さんだからきっと私と同じ想いでしょう? あんなに楽しく過ごしたじゃない。もう忘れたの!?」
私は右手に持った拳銃に想いを込める。追撃しようと駆け出した彦助へと千鳥は傘を古い足元が震え瓦解した。悲鳴にも似た声だけが闇夜に響く。大気を震わす振動となって。
「忘れちゃいない。ただな。千鳥の力。蛇の目傘となった千鳥の力は空気中の水を操るのだろう? 声は水を伝って俺の耳に届いている。お前がマッチ箱と男を、付喪に変えてしまったかのようにな。耳に届いた水の波動は脳髄にも響く。同意はしないよ。俺は付喪にはなりたくないからな」
瓦解した地面の向こうで千鳥は傘で顔を隠す。そして傘を肩にかけつつため息を吐いた。
「なら・・・もう全部いらない。姫ちゃんも翁さんに懐いているし。新しい子供を探すわ。私に守られ幸せに暮らせる。私だけを想ってくれる子供を探すの。もうあなたたちはいらない。水に流して綺麗さっぱり忘れてしまおう」
千鳥は蛇の目傘を肩に沿わせて、ふわりと回る。時には傘を振り上げて舞を踊って回り続けた。くるくると周り傘の先端には大気中の水がまとわりついて肥大化していく。
そして形を固めて流線型となり、巨大な川となった。
水流の先端には巨大な口が開かれて、猛々しい牙が生まれる。鼻先から目元は深く流れるヒゲと天へと伸びる象牙にも似たツノが現れた。水の流れは白波を立ててまるで鱗のように伸びている。水流で形作られた龍が千鳥を覆い私たちへと牙を剥いた。
「おいおい。水神さまを呼べるのかい?」
私が声をかけると、回転しながら千鳥はクスクスと笑う。
「そうなの。驚いた? 本当の神さまではないけれど、神さまのように人を綺麗さっぱり消し去ることは造作もないの」
そりゃぁ。たいそうだね。と私が言うと千鳥はありがとう。と傘の合間で笑みを浮かべる。
「さっさとケリをつけろ! もう算段がついているのだろう?」
いつしかヤハズは姫を抱く私の隣に立ち水流を見上げている。返答する間に瓦礫が揺れて飛び立った彦助もまた並ぶ。
どうするかねぇ。と私が水龍を見上げていると姫が立ち上がり一歩足を踏み出した。
「あれは妾とヤハズがなんとかしよう。哀れな蛇の目傘はふたりに頼めるか?」
私と彦助は互いに顔を見合わせる。どうするつもりなのだろうか。私は眉間にシワを寄せた。
「姫になんとかできるのかい?」
「妾とヤハズなら動きくらいは止められるだろう。ヤハズ。腕をもらえるか?」
腕? と私がヤハズを見ると、ヤハズは姫の隣で片膝をつく。
「姫の申し出ならば何なりと。ただ八代と出刃包丁の男に頼るのは不安で仕方がないのですが」
「それは大丈夫じゃ。期待に応えてくれるのだろう?」
なぁ? と姫は頬を緩めて私を見つめた。仕方がないねぇ。と私は腰に手を当てる。
「それじゃぁ彦助。一緒にやろうか!? 共に千鳥には因果があるからな」
「わかった。なぁ。最後は任せていいかい? 」
彦助はそうとだけ言うと返答を待たずに駆け出した。驚き急いで私も彦助の後を追う。
「任せたぞ姫! ヤハズ。時間はないからぶっつけ本番だ」
ふふん。と姫は得意げに胸を張り、ヤハズはやれやれと首を左右に振る。水龍は地面を揺らすほどの咆哮を響かせると、千鳥が傘を振り下ろすのに合わせて牙を剥いて空を駆ける。一足早く駆け出した彦助と、後に続く私の視界を怒りに満ちた龍の顔が覆い尽くした。
「覆い尽くせ! 右腕ぇ!」
ヤハズの声が響き次の思考を終える間もなく、龍は黒く巨大な塊に薙ぎ払われた。龍の奥で目を丸めて口を開いた驚愕の表情を浮かべる千鳥がいた。頭上に伸びる黒い塊は腕の形に見える。意思を持つようにうごめく黒い指先は水龍の首根っこをつかんで、幾度も地面に叩きつけると、水龍は水滴となって霧散した。
私は一度振り返ると、肩の先から形を失ったヤハズがいて、姫が腕を組んだまま立つ。ヤハズの力は体の形を失うほどに増す。増えた銀の糸に比例して。糸に姫が影を沿わせたのだ。
空を覆いつくす神とも思える龍を薙ぎ倒せるほどに。つくづく付喪は想像を超える。視線を前に戻すと彦助が千鳥に飛びかかった。頭上から斬り下ろそうとしている。しかし千鳥は傘を彦助に向けた。
また守られる。何度も振り下ろした切っ先は傘で守られた千鳥に届くことはない。
構わず彦助は右手に持った出刃包丁に力を込め続けて、そして包丁を振り下ろすと出刃包丁はあっけなく砕けた。ひび割れた物が彦助の想いに耐えられなかったのだろう。
傘の合間から千鳥が笑みを浮かべるのが見えた。彦助は動じることなくただただ砕かれた包丁の切っ先を千鳥に向けている。
付喪之人は想いの根幹となる物が砕かれては存在を失う。ただその合間に、砕かれただの物になった包丁は鈍色をした鉄の雨となって傘に降り注ぎ、傘を切り裂いていった。
水龍を放つことによって傘がまとう水は消えている。降りしきる雨と数を同じくした鉄の破片を避けることは叶わずに、傘で受けるしかなかった。
蛇の目傘は鉄を受け止めるようにはできていない。裂かれるしかないのだ。彦助の決死の想いを乗せた鉄片に傘が切り裂かれていく。
彦助の体から想いが、力が抜けていく。そして傘を切り裂かれた千鳥もまた膝をついた。最後は任せたということはこういうことなのか。私は右手の拳銃に想いをもう一度込める。
ただ救われてほしいという想いを。
千鳥は傘を閉じて両手を広げた。そして力が失われ虚脱した彦助を抱き止め、崩れるように地に伏せた。千鳥は彦助を抱き起こし彼をゆする。
「ねぇ。どうしたの? また寝てしまったの? いつも頑張っているからね」
必死に傘を揺さぶる瞳は濡れている。裂かれた蛇の目傘は隣に転がっている。想いを込めた物が砕かれ、言葉はかつての千鳥の言葉か、ただ錯乱しているのかはわからない。
私はふたりに歩み寄り隣に立つ。ふたりはただ無念を晴らそうとしただけだ。物に想いを宿して長い時を流れて、想いの行く先を違えて狂ってしまっただけなのだ。
彦助は何も答えない。ただ笑みを浮かべているのが見えた。千鳥が私を見上げて涙目のまま笑う。
「ねぇ。私はどうしたら幸せになれたの? どんな結末なら許されたの? 私はただ守りたかっただけ。守りたかっただけなのに、どうしてこうなってしまったの?」
私は一度首を左右に振り千鳥を見る。
「どうしようもなかったんだ。諦めろとも言えない。運が悪かったなんて言葉では済まされない。間違ってもいない。許されることもない。許そうとも思わない。ただ・・・もう苦しまなくていいんだ」
へ? と千鳥は首をかしげる。私は蛇の目傘へと銃口を向けた。わずかに形がまだ残っている。想いの根幹を失って、せめて次の世では後悔の念などにとらわれず、何もかも忘れて生きてくれ。
「爆ぜろ」
弾ける無数の水滴の跡に空振が私と彦助の体を揺らす。向こうからヤハズが宙を舞うのが見えた。綺麗に整えられていたはずの燕尾服はすでにボロである。
時間がないな。と私は煙を吸い込み拳銃に当てる。身を包む紫色の羽織から全身へと煙に包む。自身の想いを包み隠すように。キセルの蓄えられた想いを根幹とする紫煙も残り少ない。
「姉さん。もう楽になってくれ。共に奈落へと落ちようじゃないか」
彦助は両手で出刃包丁を握り頭上へと掲げる。出刃包丁は強く脈動し、彦助は包丁を振り下ろす。ゴォぉっと火柱の立ち昇る音がした。しかし火柱ではなく巻き上げられた風・・・いや無数に渦を巻く風の刃が回転している。
彦助は一度瞳を伏せ刃の旋風を千鳥に向かって降る。刃の旋風を見た千鳥は傘を広げてくるりと回った。叩きつけられた無数の刃を傘から離れた位置でちりぢりと飛び散る。その一端が姫を包んでいた水球の上端を弾き、水が弾けた。
今しかねぇな。私は弾かれる刃を避けつつ彦助へと向かう。
くるりと回り終えた千鳥は私たちを向き直り、まるで他人事のように目を丸めて首をかしげた。
「あらあら。彦助にもお友達ができたので。お姉ちゃんに刃を向けるなんてひどいわ」
彦助はまっすぐと千鳥へ向かい、右手を掲げて振りかぶるように千鳥の傘へと包丁を叩きつける。鈍い金属同士が叩きつけられる、鈍い音が響く。
私は千鳥の動きが止まるのを見て、姫へと足先を向け飛ぶ。千鳥が口元を歪めて私を見た。傘を振るおうと力を込めるとも、出刃包丁と想いを共にした彦助の刃を受け流すことはできない。私は姫のもとへとたどり着き、濡れた晴れ着が肌に張りつく姫を抱きあげる。姫はじぃっと私を見上げた。赤黒い瞳を持つ目尻は緩む。
「すまんな姫。ヤハズの代わりに助けてしまった」
「いいや。いいんだ。こういう終わりを妾は望んでおらぬからな。ヤハズに怒られないようにしないとな」
「ヤハズはもう我を忘れるほど怒っているよ。力を貸してくれるか?」
もちろんじゃ。と姫は裾を払って立ち上がる。ふたりで千鳥に目をやると千鳥は体を回転させながら彦助の刃をいなした。地面に深い地割れのような刃の跡が残る。力を増した出刃包丁の力を千鳥は弾くことができていない。ふわりと浮いて距離をとりつつ、千鳥が叫ぶ。
「あぁあぁ。忌まわしい。なぜ邪魔をするの? 私は子供を守ろうとしているだけじゃない。何が悪いの! あなただってそう思うでしょ!? 子供を守りたい。弱き者を救いたい。優しい翁さんだからきっと私と同じ想いでしょう? あんなに楽しく過ごしたじゃない。もう忘れたの!?」
私は右手に持った拳銃に想いを込める。追撃しようと駆け出した彦助へと千鳥は傘を古い足元が震え瓦解した。悲鳴にも似た声だけが闇夜に響く。大気を震わす振動となって。
「忘れちゃいない。ただな。千鳥の力。蛇の目傘となった千鳥の力は空気中の水を操るのだろう? 声は水を伝って俺の耳に届いている。お前がマッチ箱と男を、付喪に変えてしまったかのようにな。耳に届いた水の波動は脳髄にも響く。同意はしないよ。俺は付喪にはなりたくないからな」
瓦解した地面の向こうで千鳥は傘で顔を隠す。そして傘を肩にかけつつため息を吐いた。
「なら・・・もう全部いらない。姫ちゃんも翁さんに懐いているし。新しい子供を探すわ。私に守られ幸せに暮らせる。私だけを想ってくれる子供を探すの。もうあなたたちはいらない。水に流して綺麗さっぱり忘れてしまおう」
千鳥は蛇の目傘を肩に沿わせて、ふわりと回る。時には傘を振り上げて舞を踊って回り続けた。くるくると周り傘の先端には大気中の水がまとわりついて肥大化していく。
そして形を固めて流線型となり、巨大な川となった。
水流の先端には巨大な口が開かれて、猛々しい牙が生まれる。鼻先から目元は深く流れるヒゲと天へと伸びる象牙にも似たツノが現れた。水の流れは白波を立ててまるで鱗のように伸びている。水流で形作られた龍が千鳥を覆い私たちへと牙を剥いた。
「おいおい。水神さまを呼べるのかい?」
私が声をかけると、回転しながら千鳥はクスクスと笑う。
「そうなの。驚いた? 本当の神さまではないけれど、神さまのように人を綺麗さっぱり消し去ることは造作もないの」
そりゃぁ。たいそうだね。と私が言うと千鳥はありがとう。と傘の合間で笑みを浮かべる。
「さっさとケリをつけろ! もう算段がついているのだろう?」
いつしかヤハズは姫を抱く私の隣に立ち水流を見上げている。返答する間に瓦礫が揺れて飛び立った彦助もまた並ぶ。
どうするかねぇ。と私が水龍を見上げていると姫が立ち上がり一歩足を踏み出した。
「あれは妾とヤハズがなんとかしよう。哀れな蛇の目傘はふたりに頼めるか?」
私と彦助は互いに顔を見合わせる。どうするつもりなのだろうか。私は眉間にシワを寄せた。
「姫になんとかできるのかい?」
「妾とヤハズなら動きくらいは止められるだろう。ヤハズ。腕をもらえるか?」
腕? と私がヤハズを見ると、ヤハズは姫の隣で片膝をつく。
「姫の申し出ならば何なりと。ただ八代と出刃包丁の男に頼るのは不安で仕方がないのですが」
「それは大丈夫じゃ。期待に応えてくれるのだろう?」
なぁ? と姫は頬を緩めて私を見つめた。仕方がないねぇ。と私は腰に手を当てる。
「それじゃぁ彦助。一緒にやろうか!? 共に千鳥には因果があるからな」
「わかった。なぁ。最後は任せていいかい? 」
彦助はそうとだけ言うと返答を待たずに駆け出した。驚き急いで私も彦助の後を追う。
「任せたぞ姫! ヤハズ。時間はないからぶっつけ本番だ」
ふふん。と姫は得意げに胸を張り、ヤハズはやれやれと首を左右に振る。水龍は地面を揺らすほどの咆哮を響かせると、千鳥が傘を振り下ろすのに合わせて牙を剥いて空を駆ける。一足早く駆け出した彦助と、後に続く私の視界を怒りに満ちた龍の顔が覆い尽くした。
「覆い尽くせ! 右腕ぇ!」
ヤハズの声が響き次の思考を終える間もなく、龍は黒く巨大な塊に薙ぎ払われた。龍の奥で目を丸めて口を開いた驚愕の表情を浮かべる千鳥がいた。頭上に伸びる黒い塊は腕の形に見える。意思を持つようにうごめく黒い指先は水龍の首根っこをつかんで、幾度も地面に叩きつけると、水龍は水滴となって霧散した。
私は一度振り返ると、肩の先から形を失ったヤハズがいて、姫が腕を組んだまま立つ。ヤハズの力は体の形を失うほどに増す。増えた銀の糸に比例して。糸に姫が影を沿わせたのだ。
空を覆いつくす神とも思える龍を薙ぎ倒せるほどに。つくづく付喪は想像を超える。視線を前に戻すと彦助が千鳥に飛びかかった。頭上から斬り下ろそうとしている。しかし千鳥は傘を彦助に向けた。
また守られる。何度も振り下ろした切っ先は傘で守られた千鳥に届くことはない。
構わず彦助は右手に持った出刃包丁に力を込め続けて、そして包丁を振り下ろすと出刃包丁はあっけなく砕けた。ひび割れた物が彦助の想いに耐えられなかったのだろう。
傘の合間から千鳥が笑みを浮かべるのが見えた。彦助は動じることなくただただ砕かれた包丁の切っ先を千鳥に向けている。
付喪之人は想いの根幹となる物が砕かれては存在を失う。ただその合間に、砕かれただの物になった包丁は鈍色をした鉄の雨となって傘に降り注ぎ、傘を切り裂いていった。
水龍を放つことによって傘がまとう水は消えている。降りしきる雨と数を同じくした鉄の破片を避けることは叶わずに、傘で受けるしかなかった。
蛇の目傘は鉄を受け止めるようにはできていない。裂かれるしかないのだ。彦助の決死の想いを乗せた鉄片に傘が切り裂かれていく。
彦助の体から想いが、力が抜けていく。そして傘を切り裂かれた千鳥もまた膝をついた。最後は任せたということはこういうことなのか。私は右手の拳銃に想いをもう一度込める。
ただ救われてほしいという想いを。
千鳥は傘を閉じて両手を広げた。そして力が失われ虚脱した彦助を抱き止め、崩れるように地に伏せた。千鳥は彦助を抱き起こし彼をゆする。
「ねぇ。どうしたの? また寝てしまったの? いつも頑張っているからね」
必死に傘を揺さぶる瞳は濡れている。裂かれた蛇の目傘は隣に転がっている。想いを込めた物が砕かれ、言葉はかつての千鳥の言葉か、ただ錯乱しているのかはわからない。
私はふたりに歩み寄り隣に立つ。ふたりはただ無念を晴らそうとしただけだ。物に想いを宿して長い時を流れて、想いの行く先を違えて狂ってしまっただけなのだ。
彦助は何も答えない。ただ笑みを浮かべているのが見えた。千鳥が私を見上げて涙目のまま笑う。
「ねぇ。私はどうしたら幸せになれたの? どんな結末なら許されたの? 私はただ守りたかっただけ。守りたかっただけなのに、どうしてこうなってしまったの?」
私は一度首を左右に振り千鳥を見る。
「どうしようもなかったんだ。諦めろとも言えない。運が悪かったなんて言葉では済まされない。間違ってもいない。許されることもない。許そうとも思わない。ただ・・・もう苦しまなくていいんだ」
へ? と千鳥は首をかしげる。私は蛇の目傘へと銃口を向けた。わずかに形がまだ残っている。想いの根幹を失って、せめて次の世では後悔の念などにとらわれず、何もかも忘れて生きてくれ。
「爆ぜろ」
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