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第参章 拳銃と人形

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 明らかにヤハズの表情はゆがむ。うごめく両方の瞳は困惑こんわくしていた。私は続ける。

「両親や妹さんのことは残念だよ。嫉妬に狂った人のごうだ。因果を返す相手は人であって、あんたに命を注がれた姫ではないだろう? 形と命を持ったなら、不滅はさらに遠のくぞ? 知っていたか? 人や物、魂でさえもいつかは朽ちる。どんなに美しくあってもな・・・」

 その名を呼ぶな。左手で顔を隠しヤハズはよろめき力が緩む。これこそ人の業だと思った。因果を知って言葉を持って純粋な物や人の想いをもてあそぶ。

 私をしばる緩んだ力の隙間で、私は右手で腰紐においた拳銃を抜き、するりと抜けた右手でヤハズへ銃口を向ける。そして拳銃を紫煙で巻いた。

「さてされ。今宵こよい座興ざきょうも終いにしよう。弾がなくとも九十四式自動拳銃よ・・・まだお主の役割は終わってないだろう? お主は撃鉄で弾を打ち、殺意を相手へと向ける。今宵に打ち出すのは弾ではなく人の想いだ。私が込める想いはぜろという意志である」

 引き金を引くと拳銃は熱を持ちカチャリと硬い音がした。瞬間に銃口から振動が伝わる。ヤハズは私に巻きつけた銀の糸をほどき高く飛び退く。拳銃を煙に巻き、発射された想いを込めた透明の弾丸は、ヤハズがいた地面へと当たる。

 地面が爆ぜた。

 遅れて火薬の炸裂する音がして、地面は人が埋もれるほどの穴が開く。

 私の視界もぐらりと揺らぐ。想いは心の力だ。体は無事だとしても脳髄のうずいれる。代償は小さくないが、生身のままではヤハズに敵わないだろう。生身であるならばであるけれど。

 飛び退いた先でヤハズは、穴の空いた地面を見ていた。右手は形を失って銀色の糸がたばとなり、まるで鞭のように地面へ切っ先を垂らしている。
 ヤハズは視線を上げてまっすぐ私を見た。瞳は怒りで歪んでおり、歯噛はがみしたくちびるは一文字に結ばれている。そして四肢に力を入れて激しく口を開いた。

「またもやお前は邪魔をするのか。あの夜のように!」

「出刃包丁の男を追っていた夜のことかい? 邪魔をしたのはお前だろう」

「うるさい! 私は同じ付喪を守っただけだ。愚かな人に払われようとする物を守った! 悪はお前だ」

「ちょっと待て。ヤハズは出刃包丁の男を知らぬのか?」

 知らん! とヤハズは激高したまま答え、右手を振るって跳ぶ。どうりで煙に巻いても見えないわけだ。しかしこれでは私がやられる。仕方なく銃口を再びヤハズへ向けた。

 我を忘れた獣となったヤハズが私へ駆ける。私もまたヤハズに向かって跳ぶ。

ヤハズの眉間に銃口が触れ、銀の糸が私の首をかき切ろうと巻きついた時、足元に滑りとした黒い液体が視界の端で広がった。

 あたりは夜の帳がいつしか降りて、深い闇に包まれている。だが、どの闇とも違う質量を持った黒い影が足元へ広がっていく。

 考える間も無く影からは無数のイバラが立ち上る。最初の夜に見たよりもずっと多いイバラによって私もヤハズも押し上げられた。するすると蛇のように巻き付き縛り付けられる。

 ぐるぐると首だけがイバラを逃れ、まりのように包まれた私は首だけを出して浮かんでいた。となりではうなだれるヤハズもまた、私と同じ有様ありさまである。

 イバラで形を作られた影の花弁から、首だけを出している。茎はイバラで作られて地表からは離れており、飛び降りようにも身動きが取れない。

「なんじゃ? わらわを差し置き楽しそうじゃのう?」

 流れ込んできた影の奥から声がした。そして影の中からまずは黒い小さな帽子が見える。次には浮かび上がるように黒髪が浮かび白い顔と赤い瞳が見えた。黒と白とで彩られて着飾った少女が影から浮かぶ。黒く硬い小さな革靴で影の中へと降り立った。

「姫!」

 ヤハズが叫んで、私もすぐに合点がてんがいった。ヤハズの心を煙に巻いた時に見た人形だ。ヤハズに作られて命をあたえられた人形が目の前にいる。

「ヤハズ。どうやらお主は勘違かんちがいをしているぞ? それに和装の男もちょいと待て。妾のことになるとヤハズは我を失うのじゃ。ヤハズは妾を愛しておるからな。堪忍かんにんしておくれ」

 姫は白く華奢な腕を口に当て、目尻を和らげ人のように微笑んだ。

 まるでこの世とは境を別にした場所の、現実から遠く離れた美しさだ。ヤハズは私を一度にらみつけ、はい。と首を垂れる。私も引き金から指を下ろす。

 兎にも角にも、出刃包丁の男とは関係がないのだろうか。しかし敵ではないと言い切れない。すっかりと空には夜の帳が下りている。

 なんとも因果な夜だねぇ。と私がこぼすと姫が笑った。

 まるでこの世の物ではないかのように、高らかな鈴のような音が夜空に響いて闇の中へと意識が消えた。
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