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思郷
しおりを挟む「本当にごめんなさい。」
彼女は自分の勘違いを素直に認め謝罪した。
最初の印象と違って、可愛らしい女性であった。
そして、真剣に困った顔は、
こちら側がすまないとさえ思えた。
「『他人の空似』とはいえ
似た顔がこうして存在するなんて・・」
そうオレを見つめる瞳はちょっと恥ずかしい。
「宗像さんは・・」
修ちゃんが声を掛けた。
「りえでいいですよ。
仕事も『リエ』で通してますから。
あ、わたしスポーツジムで
ヨガ・インストラクターしてるんです。」
「ヨガのインストラクター?
なるほど、それで姿勢もスタイルも・・」
オレはボソッとつぶやき、納得の表情をした。
「嫌だ、恥ずかしい。
兄に言われたみたいで、ちょっと変な感じ。
でもありがとうございます。」
笑顔でそう応えた彼女の表情に
一瞬遠い思いがよぎった。
『あれ?』
この不思議な感覚は何だろう。
「女性を名前で呼ぶのは慣れてないなぁ。」
若い子と話すのさえも苦手な修ちゃんは
気まずそうにそう言った。
「りえさん、他にご兄弟は?
いや、この耕太に似てるお兄さんの他に
ご兄弟がいらっしゃるのかと。」
なるほど、修ちゃんはどうやら
圭太という人物に興味を持ったようである。
「兄一人だけです。
そして、静岡に母が居ます。
兄も去年3月まで母と一緒に居たんですけど、
4月から上京してるんですよ。
父は、私が産まれる前に亡くなったそうで、
詳しい事はちょっと・・」
「そうですか。では二人のご兄妹って事か。
お兄さんはおいくつですか?」
「今年28になるのかな。
もしかして耕太さんも同じ歳だったりして。」
冗談っぽく突っ込んで来たが、正解だった。
オレの微妙な表情を読んだ彼女は
「うそ・・」
驚き以上に戸惑いを隠せないようだった。
「ね、誕生日は?誕生日」
今度はりえの方からの質問だった。
「4月23日」
オレは躊躇なく応えた。
「兄は25日生まれ。」
ちょっとホッとした顔をした。
「って、私達何を探り合ってるのかしら。
もしかしたら・・なんて勝手な想像ですよね。」
3人は恐らくは同じ想像をしていたのであろう。
お互いに笑いで繕った。
ただ修ちゃんは何か違った想いを
顔の表情に宿していたようであった。
「なんか、お見合いどころじゃない感じ。」
オレの存在に衝撃を受けたのだ、
そりゃそうだろう。
「そうですね・・」
始めからその気がなかった修ちゃんも
この場をどう繕うか迷ったようだ。
「皆さんこれからのご予定は?
なんなら場所を変えて
お酒を飲みながらお話しませんか」
りえは積極的な女性でもあった。
しかし、
「わたしはこれから帰らなきゃならないので、
耕太が良ければこいつを連れ出してやってください。」
もうすっかり主役を降りたような修ちゃんだった。
「な、何言ってるんだよ。
修ちゃんも一緒じゃなきゃ。」
「オイオイ、俺は明日の仕込みもあるし、
新幹線に間に合わなくなる。
ホテルだって取ってないんだから」
「もう一日休みにしたってお客さん達は怒らないよ。
それに今日はオレの部屋に泊まればいいし。
じゃなきゃ、悪いけど俺もパス。」
オレは焦った口調で修ちゃんを引き留めた。
「俺のような商売はお客様第一だ。
多くの客はこの状況を知ってるけど、
他の一般の人は知らないんだ。
閉店したかと思われるよ。」
修ちゃんは当然のように仕事に戻る旨を伝えた。
「そうね。お兄さんのおっしゃる通りだわ。
ここは無理強いは出来ません。
ごめんなさい、都合のいい事を言っちゃって。」
オレも、修ちゃんのもっともな話に納得した。
だからと言って、やはりこの女性と
二人きりになるのはちょっと躊躇した。
「でも残念。お二人に兄を紹介したかったわ。
私の人違いが正しかったのを証明したかった。
本当に耕太さんに似てるんですもの。」
りえの発した言葉にオレの気持ちが揺らいだ。
『ぜひ会ってみたい』
ここんとこ、オレのそっくりな人間に間違えられる
そんな事態が続いてる。
もしかしたら、その『アニキ』ってのが
みんなを惑わせているのではないだろうか。
でも待てよ。
となると、彼にもゲイだとう疑いが生じて来る。
まさかな・・
だって、そうなるとこの妹であるりえは
いずれ知ることになるかもしれない。
いや、実はもう知っているのか?
いや、まだ知らないに違いない。
りえのアニキ圭太が、
その当の本人だとも決まっていないのに
オレはいろいろ考えてしまった。
すると、修ちゃんが
「お兄さんにお会い出来るんですか。」
真剣な顔つきで聞いて来た。
最後まで帰ると言っていた修ちゃんは
やはりその気持ちが揺らいだのか
葛藤の狭間で悩んでいるようだった。
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