悲偽

弾風京作

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思郷

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修一は久し振りに東京の地を訪れた。

「暑い・・」
運良く台風一過となった8月のその日。
前日の心配とはよそに、晴れ渡った。
ダイヤに乱れが無くなった新幹線へと乗り込んだ。
案の定、東京には突き抜ける青空が広がり、
傾き始めた太陽であるにもかかわらず、
多くの反射光が容赦なく肌を突き射した。
暑さを残したコンクリート・ジャングル。
温暖化が進みヒートアイランドと化した都会の運命か。
湿った空気が執拗にまとわり付き、
意思に反した汗が薄手のシャツを覆った。
『昔もこうだったろうか。』

替えの衣類を多く準備して来た為、
バッグのその重さもストレスとなった。
怒りにも似た嫌悪が沸々と湧き上がった。
『あーカッタルイ。
これだから夏に上京はしたくないんだよなぁ。』
愚痴を吐きながら予約してたビジネス・ホテルに飛び込む。
フロントの冷房に留まることなく、
便利になったオンライン決済のチェックインで
部屋のカードを引っ手繰る様にして部屋へと直行した。
既にエアコンが利いてはいたが、更に冷房を強くした。

気紛れが行動を決めたわけではなかった。
見合いの話もそう。耕太に会いたかったのもそう。
だが、自分の気持ちにけじめを付けたかった。
出会い系サイトで知り合った俺とサトシ。
東京と地方という距離の中での長い想い。
何故か忘れられないその男と
もう一度だけ会っておきたかったのだ。

新宿で開催されるゲイナイト、
そのイベントの一環とて催されるダンスパフォーマーに
男は出演するという。
その為、耕太との約束の前日にこっそり上京した。
『こんな時だけにしか連絡をくれないサトシとは
もう見込みはない。』
そう気付くのには遅すぎた。
しかし未練が勝っていた。
何度か誘われても仕事に追われて実現しなかったが、
これで終わりにしようと上京して来たのだった。
『見込みはない、終わりにしよう?
遠距離恋愛でもなく一方的な片思い、
出会っただけで始まってはいなかったんだよな俺達。』
ちょっと笑えた。
身体の関係やキスを交わした事すら無かった。

大急ぎで衣類を脱ぎ捨て、
冷たいシャワーで火照った身体をクール・ダウン。
自分の汗なのに、気持ち悪さが半端無い。
大量の泡でスッキリとした肌を取り戻す。
これだけで気持ちもリセット出来たようだ。
柔らかいバスタオルとローブでベッドに腰を下ろすと
静かな空間が癒してくれた。
点けたTVで今の時間を知る。
まだ開演には充分過ぎるほどの余裕があった。
ここで落ち着いたら寝入ってしまうだろう。
ベッドに倒れこんでそう思う。
『でも、それでもいいか。』
サトシにとってはオレが来ようが来まいが
大して問題ではないはずだ。
オヤジが亡くなり独りになったと落ち込んだが、
思いがけなく、腫れもののようだった耕太が
耕太の気持ちが戻って来てくれた。
もう未練を感じることもない今。
オレにとっては行動を起こしたという自己満足で
終える事だって出来きるはずだ・・。
いや、今はちょっと身体と同じように
脳も冷やすべきかもしれない。

サトシの出演時間に合わせて会場に向かう。
ナイト情報は行き届いているせいか、
入り口付近には複数の輩がたむろって居た。
入場の際には本人確認の為の証明書の提示を求められた。
個人情報だからと躊躇もしたが、
最近はイベントでは当たり前になっているらしい。

若い輩で溢れているのを覚悟で入場する。
会場内では賑わいを予感させるように
リズムある音楽が漏れ聞こえ、
さらに不安が掻き立てられた。
しかし会場を見渡すと、予想に反して
自分と同じくらいの年代の仲間達も多く、少し安心した。
会場は色とりどりのライトが点滅し
煌びやかなミラーボールが高揚感を煽っているようだ。
中央の広いスペースでは、
DJ選曲の重いリズムに合わせた笑顔の群れが
光の数々と軽く身体を弾ませている。
その面々はさすがに都会だけあって目移りするほどだ。

『こういった輩がひしめき合う都会に居るサトルが、
地方に居るオレをわざわざ選ぶわけないか。』
改めて、彼等の魅力に圧倒され、
決別という決断に勢いが付いたように思えた。        
ワンドリンクのチケットをモヒートに換え、
端のスペースで時間を待つ事にした。    
『こういう場所にひとりで来て、
知り合いも居ないのはつまらないものだなぁ・・』
そんな事も覚悟して来たつもりだったが、
現実として身を置くと案外切実な物を感じた。
壁の花となるつもりはなかったが、
だからと言ってあの踊りの中に
身を投じる事は到底無理だった。
そうやって、アルコールと会場の雰囲気に
軽く酔い始めた頃だった。
司会者の案内でサトシ達が登場した。
点滅するライトの光と影の中、
パフォーマンスが始まった。


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