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序章

東京から異世界へ

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東京の夜、ネオンが煌めく街を車で走り抜けながら、私、桜井紗良は心地よい疲労感に包まれていた。  
人気ドラマ『夢追い人』の撮影を終えたばかりで、劇中での感動的なシーンを演じ終えた達成感を感じていたのだ。  
そしてそれ以上に、久しぶりの自由な時間に心が踊っていた。

「やっと終わった。」

私はため息をつきながら、運転手に今夜は少し遠回りするように頼んだ。  
いつもと違う道を通り、静かな場所で一息つきたいと思ったのだ。

車は閑静な住宅街の方へと向かった。  
目的地は、昔からお気に入りだった小さな公園で、実家の近くにある。  
明日は久しぶりのお休みをもらっていたので、サプライズで両親に会いに行っても良いなと考えていた。  
母の手料理も、久しぶりに食べたかった。

運転手には、実家に帰るのでここまでで良いと伝えて、公園の前で降りた。  
子供の頃、よく遊びに来ていた場所だ。  
公園のベンチに腰掛けると、私は大きく息を吸い込んだ。  
夜の静寂が心地よく、撮影の疲れが少しずつ和らいでいく。

「ここなら、誰にも見つからないわね。」

ほっとしてそう呟いた。  
辺りは静かで、時折聞こえる虫の声が心を落ち着かせる。

しかし、不意に奇妙な感覚が襲った。  
まるで時間が一瞬止まったかのような錯覚に陥った。  
私は立ち上がり、周囲を見回したが、異変は感じられない。  
首をかしげながら再び座ろうとしたその瞬間、足元がふらつき、視界が暗転した。

暗転した視界の中で、私は一瞬、まばゆい光の閃きを感じた。  
それはまるで、空間そのものが歪んで別の場所へと引き込むような感覚だった。  
私は目を閉じて、その激しい揺れと光の中で身を任せるしかなかった。

どのくらい時間が経ったのだろう…。

ゆっくりと目を開けると、そこは全く見知らぬ場所だった。  
夜の公園、虫の声、ベンチも全て消え去り、私は石畳の道の上に倒れ込んでいた。  
あたりを見渡すと、まるで中世ヨーロッパを思わせる街並みが広がっている。  
石造りの建物、木造の家々、そして遠くには壮麗な城がそびえていた。

「ここは一体…。」

私は呟いた。  
しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。  
近くにいた人々の服装も中世の衣装そのものであり、彼らの話す言葉もまた、現代の日本語とは全く異なっていた。  
まるで舞台の中に迷い込んだような感覚が私を包んだ。

「これは…夢…?」

自分の頬を思い切りつねってみた。

「痛っ」

現実の痛みだ。どうやら本当に異世界に迷い込んでしまったようだ。

「お嬢さん、手をお貸ししましょうか?」

ふいに見知らぬ男性に声をかけられて、ドキッとする。

「だ、大丈夫です。」

そうだ、こんな所に座っているのは迷惑だ。  
私は慌てて立ち上がり、石畳の道の端の方へと移動した。

まずは状況を把握しないと…。

辺りを見回すと、私が転移してきた瞬間を見たものは誰もいないように感じた。  
つまずいて転んだ人のようにしか見えなかったのかもしれない。  
私は人の流れに沿って、歩いてみることにした。  
人々は活気のある方角へと向かっているように思えた。  
時間帯は恐らく午後。夕方に近い頃かもしれない。日が暮れる前の時間帯といった感じがした。  
そうして歩き出したものの、次々と不安が頭をよぎっていた。  
ドラマの撮影はこれからも続く予定だったし、他にも出演予定の作品がいくつもあった。  
突然姿を消したら、所属事務所にどれだけの迷惑をかけるか計り知れない。

仕事をドタキャンすることなんて、これまで一度もしたことがなかった。  
信用を失えば、俳優業は続けられなくなってしまう。

「どうしよう…。」

焦りと不安が胸を締め付けるが、ここでただ嘆いていても仕方がない。  
何とかして元の世界に戻る方法を見つけなければならない。  
そして、それまでの間、この世界で生き延びるための手段も考えなければならなかった。


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