託され行くもの達

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11-祝福

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辺りはすっかりと夜の静けさに包まれている。

城に戻ったクリュミケールとカルトルートを、レイラ達は待っていてくれた。
ラズもそこにいて、ロファース達はまだ、三人で話しているのだろうか。

一同は星空の下、城門の前にいた。

「レイラ、今日はありがとう」

城からの帰り際にクリュミケールが言えば、レイラは目を丸くする。

「君の変わらない滅茶苦茶な言葉に、だよ」
「なっ、何よそれー!」

馬鹿にされていると思い、レイラはクリュミケールの背中をぽかぽかと叩いた。

「そういえば、カルトルートは決めたの?ニキータ村で暮らすかどうか」

不意にフィレアが尋ねれば、

「うん。僕はもう少し、一人で気ままに旅でもしようかと思う。でも、その旅に飽きたら、帰ろうと思う。姉さんが‥‥待っていてくれる、なら」

カルトルートはそう、照れ臭そうにはにかんだ。

「ふふっ!かわいい」

なんてリオラが笑い、

「リオラって、アドルのこともかわいいって言ってたわね。子供好き?」

フィレアが聞けば、

「子供!?アドルは確かにまだ子供だけど、僕もう二十二歳だよ!?」

カルトルートが叫べば、

「だってカルトルート、子供っぽいしねー。背も低いし」

ニヤニヤと笑ってラズに言われ、

「ひゃはは!妖精王だってガキンチョに逆戻りしてんじゃん!人のこと言えねーなぁ!?」

馬鹿にするように笑うロナスにラズは殴りかかったが、ひょいっと羽ばたいて避けられてしまう。

「カシル様!またいつでも来て下さいね!」

レイラがカシルの前まで歩き、小首を傾げて笑って、

「そうだぜカシルー。女王さん、早く婿を探せって城の奴等に急かされてるんだぜ!お前がもらってやってもいーんだぞ」

なんてロナスが言うので、

「えっ、そうなの?」

クリュミケールが目を丸くしてレイラに聞けば、

「まあ、ね。私も成人したし、早く跡取りをーとか毎日のように言われてるのよ。確かに、いつかはそうしなきゃいけないのだけれど‥‥私はやっぱりカシル様がいいです!ねっ、カシル様っ」

そう言って、ぴとっと、カシルの腕に抱きつく。さすがに慣れたのか、カシルはやれやれと言った顔をするのみで。

「カシル。お前そんなだと本当にそうなるぞ」

眉間に皺を寄せながらシュイアに言われて、

「そうですよカシル様!私達、二回も口づけした仲ですし」

そのレイラの発言に、一同はざわついた。

「二度も?あれ?一回は‥‥確かに見た。昔、フォード城でのダンスパーティーの時。二回目って?」

不思議そうにクリュミケールに聞かれて、カシルは思わずヤバイなんて顔をしてしまう。

「へえー?お前‥‥一途かと思ったらそんなことを?まあ、僕としたらいいけどさぁ。べっつに、お前とクリュミケールさん付き合ってる訳じゃないしさぁ。ねえ、クリュミケールさ‥‥いたっ!」

ニヤニヤして言うラズの頭をフィレアがはたいた。その様子にレイラが笑い、

「うふふ!冗談よ。二年前に、カシル様への別れの意味として、私からしただけよ」

そう言ってレイラはカシルから離れ、今度はクリュミケールの腕に抱きつき、

「だからリオ。興味ありませんって顔ばかりしてないで、ちゃんとカシル様のこと見てあげなさいよね!じゃなきゃ、私、安心して結婚できないんだから!」

なんて言われて、クリュミケールは困ったように頷く。レイラが結婚するなんて、全く想像できない。だが、レイラは唯一、王家の人間なのだ。いつかは‥‥そうしなければいけない日が来る。

「じゃあオレもエルフの里に帰るかねー。リオちゃん、アドルの坊やにもよろしく言っといてくれよー。ってか、俺からからかいに行ってやろうかね」

ロナスはそう言った。
新しく再建したニキータ村は、レムズもその姿を隠す必要なく自由に出入りできる村である。理由は、クリュミケールが帰って来る前に、アドルとキャンドルが様々な種族の話を村人達にしたらしい。
言い方は悪いが、今のニキータ村には変わり者の人間達が多く移住してきた。
ハーフの種族、エルフ、妖精の話、悪魔の話。悪魔のことでさえ見てみたいという人達もいた。
ロナスはどこかでその話を聞いたのだろう。

だが、世界中がそうなわけではない。
このレイラフォード国だってまだ、クリュミケール達の仲間であるレムズの存在は認知されているが、完全に受け入れられているかどうか聞かれれば、否である。
自分とは違った姿の存在は、やはり近寄り難いし警戒してしまうようだ。

「ああ。アドルは‥‥お前でさえ赦した。その点は私とは違う。憎しみの剣にはならなかった。だから、まあ、アドルがどんな反応をするかはわからないが‥‥キャンドルはギャーギャー叫ぶだろうけど、ニキータ村はどんな種族でも受け入れる場所だ。お前が言っていた旧き時代の種族共存ーー様々な種族が、共に生きれる場所さ」

その言葉に、

「ひゃはは、相変わらず、お熱くてさっむい台詞だな!じゃあな女王さんに妖精王!紅さんによろしくー」

ロナスはそう言って笑い、夜の空を飛んで行く。

「自由気ままだな。だが、魔術も使えないんじゃ、害もないか」

シュイアが言って、一同は頷いた。
時刻も遅い為、クリュミケール達は一晩フィレアとラズの家に泊めてもらうこととなり、明日の朝、それぞれ発つことにした。

短い旅だったが、色々あったなとクリュミケールは思う。いまいちロファースが自分の声で目覚めたと言われてもピンとこないが‥‥今回の伏線は全て、英雄ーー父が仕組んだことだ。

自分の父は英雄で、カルトルートが弟。
半ば、クレスルドに誘導されるように着いて行った、レムズを助ける目的だったのに、自分に関わることまであったとは‥‥

そんなことを考えながら、レイラと別れ、一同は夜の城下町を歩いていた。
ふと、カルトルートが足を止め、目の前にはあの三人がいたのだ。
カルトルートはゆっくりと口を開き、

「‥‥良かったな、相棒。やっと‥‥長かったお前の旅が終わったな」
「‥‥ああ」

レムズはゆっくりと微笑む。

「あなた達も今日はこの国にいるんでしょう?」

フィレアが聞けば、ロファースは首を横に振り、

「三人で話して、今から発つことにしました」
「えっ!?こんな夜に‥‥?どうして?」

驚くようにリオラが聞けば、

「俺達にはもう一人、会わなければいけない人がいるんです。その人にも早く、俺達が無事だということを知らせなければいけない」

ロファースはそう話した。

「そっか。じゃあ、お別れだな」

カルトルートの言葉に、

「たまにはこの国やニキータ村にも来るよ。その時にカルーがどこにいるかはわからないが、いなかったら、クリュミケールやフィレアに手紙を預ける」

レムズはそう言いながらカルトルートの前に立ち、自分より背の低い彼を力強く抱きしめ、

「離れていても、俺達は相棒だ。絶対に毎日、カルーのこと忘れないから」
「‥‥なんだよそれ。毎日思い出さなくていいよ。これからは、三人でいっぱい思い出を作っていけよ。幸せに‥‥幸せにな、レムズ」

お互いを思い抱擁し合う二人を見ながら、

「本当に君は人が悪いですね、クリュミケール」

クレスルドに言われて、クリュミケールは不思議そうに彼を見る。

「ロファース君は目覚めていたのに‥‥さっき僕は無様に八つ当たりをしたみたいじゃないですか」
「言おうとしたさ。そしたらお前が話を変な方に持っていくからああなったんだろう?まあ、良かったな、クナ‥‥じゃなくて紅の魔術師。これでもう、前に進めるか?」

そう尋ねれば、クレスルドはクスッと笑い、

「僕の名前はクレスルドです。この中では‥‥ロファース君にしか名乗ったことはなかったですね」
「へえ、そんな名前だったのか」

と、ラズは興味なさげに言う。
クレスルドはもう一度小さく笑い、クリュミケールの前まで歩くと、紅の目で優しく彼女を見つめた。
その目を見て、少しは役に立ったのだろうかとクリュミケールも小さく笑う。

「君のことはまだ好きになれない。でも、ありがとう。ロファース君とレムズ君を取り戻せたのは君のお陰だ。妖精王様が前に進めたのも君のお陰だ。だから、僕が歪めてしまったものを救ってくれて‥‥旧き約束を果たしてくれて、ありがとう」

そう、心からの言葉を吐き出し、クレスルドはクリュミケールを抱きしめた。これで三度目になる。

「なっ!!お前っ、クリュミケールさんに何をっ」

ラズがそれに怒鳴りそうになるが、クレスルドが優しい表情をしているのが見えて、不服そうにしながらも言葉を飲み込んだ。

『君に触れていると、なんだか落ち着くんだ』

クリュミケールはあの時の言葉を思い出す。
クリュミケールを通して過去を見ていたからなのだろう。過去の、英雄達を。
クレスルドはゆっくりとクリュミケールの体を離し、彼女の額に唇を落とした。それにはとうとうラズが走って来て、

「お前ーっ!?クリュミケールさんに馴れ馴れしいんだよ!離れろー!」

と、クレスルドの服を必死に引っ張ってクリュミケールから引き離した。

「クリュミケール。額へのキスは友情や祝福の意味を示しています。不本意ですが‥‥君の道を、祝福しますよ。きっと、シェイアード・フライシルもそうだったのでしょうね」

言われて、あの瞬間にクレスルドはいなかったはずなのに。
クリュミケールは目を丸くしながらも、

『お前はお前の時代を生き、思うままに生きろ。それに、お前を大切に想ってくれる者もいる』

そう言って、額に唇を落としたシェイアードを思い出す。

(そうか‥‥あの時、シェイアードさんは言葉通り、私に生きろと、前へ進めと言ってくれていたんだね)

その真意を知り、クリュミケールは微笑んだ。クレスルドは頷き、

「君はそういうこと、無知ですからねえ。あはは、妖精王様、安心して下さい。そんなに引っ張らなくても、ちゃんとした愛情表現は貴方にしかしませんから」
「キモい!!」

茶化すように言われて、ラズはクレスルドから離れる。それからクレスルドはカシルに視線を移し、

「ほら、カシルもそんな怖い顔しないで下さい?そうそう。クリュミケールはどうやら幸せになることを重く感じているみたいですよ。恋絡みの幸せは望まないから、家族が居るニキータ村で幸せになるとか言ってましたからねー。一体、何に負い目を感じているのやら」

クレスルドのその言葉に、カシルはクリュミケールを見つめた。クリュミケールは肩を竦めながら苦笑する。

「クレスルドさん!神様の女の子‥‥じゃなくて、クリュミケールさんに絡むんじゃないでょう?ほらっ、ちゃんと向き合う人に向き合わないと!」

叱咤するようにロファースに言われ、クレスルドはため息を吐いた。それから後ろで敵意を剥き出しにしているラズに向き直り、しかし、何も言わないのでラズは怪訝そうな顔をする。

「目覚めたばかりで、七十年以上前って言ったら違和感しかないんですが‥‥クレスルドさんは言っていました。あなたに会う資格がない。でも、傷付けてしまったあなたを救いたい、世界の輪廻から、解き放ってあげたいーーそう、後悔していました」

ロファースの言葉を聞いたラズはクレスルドを睨み付け、

「後悔に意味なんかないだろ、紅。お前との話はもう済んだはずだ。僕は謝罪も何もいらない。そんなものに意味はないからだ。それに僕はもう自分の中で答えを出し、過去に決着をつけたーーだから」

迷いのない強い口調で話すラズを、なんとなく誇らしく感じながらフィレア達は見つめる。
ラズは本当に、答えを見つけたんだなと感じれた。

ラズは勢いよく言葉を続けようとしたが、クレスルドはなぜかフィレアを見つめる。彼と目が合って、フィレアは驚いた。

「【彼女】に育てられたお嬢さん。僕は君とシュイアが彼女の前に現れる日まで彼女を見守っていました、ロファース君の為に」

クレスルドの言葉に、二年前、

『さすが、彼女に育てられたお嬢さんだ』

と、彼に言われたことをフィレアは思い出し、

「やっぱり、アイムおばさんを知っているの?」
「目の前に現れたことは一度もありません。ただ、ロファース君にとって大切な人だったかもしれない彼女。だから、見守る必要がなくなる日まで見守っていたまでです。フォード国を見守るついでに」

それを聞き、フィレアもロファースも驚くようにクレスルドを見つめる。

「僕達はそろそろ行きます。全てを話したわけじゃない。けれど、君達は過去に囚われない人間なのでしょう?」

クレスルドはクリュミケールに視線を移し、クリュミケールは静かに頷いた。
一番にクレスルドが踵を返したので、結局自分に何も言わなかった彼の背中をラズは無言で睨み付ける。次に、

「カルー。何度も別れの言葉は言わないぜ」
「ああ、わかってるよ」

レムズとカルトルートはそれだけ言って微笑み合い、

「じゃあな!皆、今回は本当にありがとうな!また会いに行くぜ!」

レムズもクレスルドに続くように踵を返して歩き出した。
最後にロファースが残り、軽く一礼をする。

「クリュミケールさん‥‥本当に、ありがとう。アイムが誇り高く生きたフォード国を‥‥貧困の差をなくしてくれて、本当にありがとう」

ロファースはそれだけ言って、親友二人の後を追い掛け、去っていった。
夜のレイラフォード国に静けさが戻る。
嵐のように過ぎ去った一日だった。

結局、何も聞けずじまいで‥‥
ザメシアであるラズに聞いてもいいのだが、クリュミケールはもういいかと思っていた。
過去の話を聞いたところで、過去は過去だ。
確かに、いろいろと気になることはある。
昔のサジャエルやハトネ、父である英雄達。そして、紅の魔術師やザメシアの因縁。
そういった者達の真実を、クレスルドとラズ‥‥そして恐らくロナスだけが知っている。

クレスルドもラズも、もう未来に進んでいるのだ。今更、過去のことを根掘り葉掘り聞いて、二人の歩みを止めるわけにもいかない。

夜空に瞬く星を見上げ、

(シェイアードさん。貴方と私は‥‥本の中とはいえ、幸せになれたんだね。クリュミケールではなく、リオは‥‥貴方と生きているんだ)

自分の額にそっと触れ、

(貴方がくれた祝福と共に、私はクリュミケールとして、生きていくよ) 
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