託され行くもの達

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六日目-3

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話を聞いてほしいーーそう言ったレムズは、自身の生い立ちを語り始めた。
急になぜなのか。
ロファースとクレスルドは当然不思議そうに彼を見る。

「俺の父さんがエルフで、母さんが魚人で‥‥種族の壁を乗り越えて勝手に愛し合いやがってさ、それで俺が産まれた。でも、エルフ達は俺が産まれたことを祝福しなかった。魚人とエルフのハーフであるーー同族ではない俺だから」

エルフは仲間意識の強い種族であり、異種間の交流も厳しい。

「物心ついてから俺を忌み嫌うエルフ達に聞かされた。俺の父と母は、種族を乱す忌まわしい存在だったと、俺は両親に愛されていなかったと。むしろ、俺のことを気味悪がるように見ていたと‥‥」

レムズは噛み締めるように言って、ぎゅっと目を閉じ、

「自分らで産んだくせにさ。俺みたいなハーフが産まれること、わかってたはずなのに。それなのに、ハーフとして生まれた俺が疎ましい存在になったんだとさ‥‥まあ、なんだ。俺が赤ん坊だった頃、エルフ達は父さんと母さんのことを忌まわしい存在と認識して、二人はその迫害に耐えれずに死んだんだってさ。赤ん坊の俺を残して。本当に、勝手だよなぁ‥‥俺の存在が、二人に死ぬほどの罪悪感を与えたんだぜ?」

そこまで言って、レムズは少しだけ笑い、

「それを聞かされて思ったね。なんでその時に俺も一緒に殺してくれなかったんだって。親の顔なんか知らねぇよ‥‥顔だけじゃなく何も知らねぇのに、そいつらは今もまだ俺を苦しめる。それで、身寄りのない俺を村長が育てることになった。でもよ、俺だってバカじゃない。成長して気付いたんだ。俺が傍に居ることで、村長の立場が悪くなっていくことに」

それを聞きながら、チェアルは静かに首を横に振るが、

「村長だけが俺を差別しなくて、里においてくれて、俺を自分の子供のように思ってくれていることを本当は知ってた。でもよ、それじゃダメなんだよ。嫌われものの俺がエルフの長に頼ってちゃ、ダメなんだ。だから‥‥だからわざと悪い態度をとって、わざとあんたを遠ざけようとした。でもそれでもあんたは世話を焼いてきて‥‥だから早く大人になって、一人で何でも出来るようになって、エルフ達を見返してやりたかったんだ!俺はハーフだけど、立派に生きれるんだって!」

そう叫んだレムズの目から涙が溢れる。

「だけど皆、死んじまった‥‥!俺はまだ、見返せてないのに!忌み嫌われて、いないもの扱いされたままだったのに!」

それからロファースに視線を移し、

「お前がさ、人間とかエルフとかハーフとか‥‥そんなの関係ないって言ってくれて‥‥俺達は何も変わらない、同じ世界を生きているんだって言ってくれて‥‥すげぇ、新鮮だった」
「レムズさん‥‥」

それからレムズは次にクレスルドを見て、

「お前もさ、本当は良い奴なんだろうなって‥‥なんとなく思うよ。怪しい奴だけどさ!」

笑いながらレムズが言うので「どうですかねー」と、クレスルドもおどけて言う。

「でさ‥‥その、俺達さ‥‥出会ってすぐ、だけどさ‥‥俺達、もう、友達‥‥だよな?」

ロファースとクレスルドを交互に見て、レムズは照れ臭そうにそんなことを言った。
仲間ーーならまだわかるかもしれない。同じものを敵対する仲間という意味でなら。
だが、この僅かな時間で友達‥‥

レムズにはそんな経験が本当になかったのだろう。嫌われて、誰かとこんな風に関わることがなかった。
だから、こういうものを、友達なんだと、こんな些細なことを嬉しいと感じてしまうのかもしれない。
ロファースは頷き、

「‥‥ああ、俺達はもう、友達だよ、レムズさん」

そう言って微笑みを返し、次にクレスルドに目配せをした。彼はため息を吐き、

「やれやれ。そんな歳ではないんですけどねぇ‥‥まあ、友達なんて新鮮ですし、少し興味があったんです。別に構いませんよ」

二人の言葉を聞き、

「へへっ、なんだよその言い方!でもありがてぇ。友達なんて初めてなのに、二人も一気に出来ちまった!」

レムズは本当に嬉しそうに笑った。つられてロファースも笑っていたが、ふと考えて、

「でも、レムズさん。どうしていきなり生い立ちなんかを俺達に?」

感じていた疑問を尋ねる。
すると、満面の笑みだったレムズの表情が少し曇り、

「それは、なんとなく。なんとなく今‥‥聞いてほしかった。今しか、ないかなと思って」

よくわからずに、ロファースは首を傾げた。

「なんかごめんな!お前ら今から大変なことしに行くのに足止めしちまって‥‥」

レムズは慌てるように両手をぶんぶんと横に振って、

「そうですね‥‥そろそろ行きましょうか」

クレスルドがロファースに言う。ロファースは頷き、

「それじゃあ、また‥‥」

と、レムズとチェアルを見た。寂しそうな顔をしているレムズに、

「そうだ、レムズさん。また、あのパンを是非ご馳走してくれるかい?」

ロファースは思い出しながら言った。あの、酸味のあるハーブを練り込んだ、どこか甘酸っぱいエルフ独特のパン。
今度また、ゆっくりと食べてみたいと思った。今度は、友達として。

「あっ‥‥ああ!じゃあ、ロファースも!人間の、えーっと、じゃむってやつ!俺にそれをご馳走してくれよ!」
「ああ、約束だ!」
「約束だからな!!」

二人はそんな約束を交わし、

「それでは、チェアル。また後程‥‥レムズ君も、またお会いしましょう」

クレスルドはヒラヒラと片手を振りながら転移魔術を発動させて、

「しっかりな、紅よ」

チェアルはとても真剣な表情でクレスルドに言った。

そして、転移魔術の最中、ロファースは不思議に思う。

ーー約束だからな、約束だからな‥‥約束だからな!!

レムズが声を張り上げてずっと叫んでいて、なぜか、泣いていたからだ。

ロファースとクレスルドの姿が消えた後、

「レムズよ」

呼ばれて、レムズはチェアルの横顔を見る。

「最近、こう思うのじゃよ。お前の両親が、お前を殺せずに、自らの命を絶った理由‥‥」

チェアルは深く息を吐き、

「お前のことを本当は心の奥底では愛しており、殺すことなど出来はしなかったのではないか、と」
「そんなの、綺麗事なだけの解釈じゃん」

レムズは苦笑した。

「どうじゃろうな‥‥今となっては、死人に口無しじゃからの。あれは他のエルフ達が勝手に噂していただけじゃから‥‥」
「今更だよ。あれこれ考えても仕方ねぇ。俺は大人になる。大人になって、世界へ出てみる。エルフの里しか知らなかったから‥‥人間に気味悪がられたっていい。俺を気味悪がらない人間がいるんだって、知ったから」

レムズは青に染まって行く空を見つめる。
そして、チェアルもその空を見上げた。


◆◆◆◆◆

「‥‥あれ?ここは?」

転移した先でロファースは言う。
クレスルドの転移魔術により辿り着いた場所は、エウルドスではなかったからだ。だが、クレスルドはお構いなしに、

「僕らが出会ったのは、二日前なんですよね」

そう言うので、改めて考えるとそんなものかと感じる。

たった二日。
エウルドスを出て今日で三日目だが、とても長い時間過ごして来たように感じてしまう。

「ロファース君、覚えていますか?二日前、初めて僕らが出会った時の僕の言葉を」

それにロファースが首を傾げれば、

「フォードから少し離れた場所に、とても見晴らしの良い場所があると言ったことです」
「ああ‥‥そういえば、そんなことを言ってましたね。確か、あなただけの秘密の場所だと」

そう言った後で、ロファースは今、自分が立っている場所を見た。
どうやら崖の頂上のようで、目の前には広い海が広がっている。振り返れば、フォード城が少し離れた所に見えた。

「もしかして、ここのことですか?」

尋ねれば、クレスルドはこくりと頷く。

こんな壮大な景色をロファースは初めて見た。初めてなのに‥‥なぜか懐かしい気持ちが込み上げてくる。美しい景色にロファースは目を離せなかった。

「ここはね、一度全てが終わって始まった場所なんですよ」
「え?」
「一度、この世界は死んだんです」

クレスルドは目の前に広がる青を見つめたまま、少しだけ寂しそうに話す。

「世界が死んだ?」

意味がわからず、ロファースは尋ね返した。

「‥‥壊され行く世界を嘆いた人達がいた。彼らは世界を壊すのではなく、元の形に作り直した。それが、この世界です」

それから、クレスルドはその場に片膝を立てて座り込んだ。

「僕は、かつて妖精族を欺きました」
「妖精って‥‥」

ロファースは目を丸くする。

「ふふ、そうですよね、この世界に妖精なんかいない」

ロファースの反応に彼は小さく笑い、

「この世界はね、はじめから贄で保たれていたんです」
「贄?」
「はじめは贄などという感覚はなく、世界を創造した神様が世界を保っていました。でも、神様は世界を創って行かなければなりません。だから、代わりに世界を保ってくれる存在が必要でした」

物語を語り聞かせるように、クレスルドは語り出す。

「最初の贄は一人の少女でした。ですが、少女を愛してしまった一人の青年がいました。彼とその仲間達は少女を贄から解放してしまったのです。それにより、世界の均衡が崩れ始めると知りながらも‥‥愛する者を、仲間を、友を選んだ」

数秒言葉を止め、

「それから、世界の神様は焦りました。新たな贄が無ければ世界は滅びると。崩れ行く世界は神様にとって予想外でした。世界を保つためには、再び誰かの犠牲が必要になります」
「そんな‥‥」

にわかには信じられない世界の仕組みにロファースは目を細める。

「だけど、僕は神様が大嫌いでした。だから僕は‥‥世界を壊す道へ誘導しようとしましたーー。妖精族は利口で優しく、信じる絆を大切にする種族‥‥彼らの命を犠牲にしてはどうでしょうか?と、僕は人間や神様に提案しました」

その言葉に、ロファースは目を見開かせた。

「そこからが、惨劇の始まりです。僕らは妖精族を次々に殺しました。そして、器が必要だったのです。多くの贄を、世界を保つ器が必要だった。保管する為の器はーー彼ら妖精の王。彼に同族の血肉を無理矢理喰わせた。神様は世界を保たせる為、呪文を唱えた。そうして完成したのが、世界を保つ新たな器。妖精は元から長寿でしたが、彼は不老不死になった‥‥」

クレスルドは小さく笑い、

「器になった妖精王の完全なる死が、世界の死を意味する。その他にも世界を壊す術はいくつかあるんですがね。でも、彼は完全に死ねない体になったから、この世界に存在する特別な神達をどうにかしたら彼と世界は消滅する。今もまだ世界が続いているということは‥‥彼らはまだ存在していると言う証です。僕は絶望した妖精王を使って世界を壊させたかったんですが、それもまんまと失敗したんですよね」

深くため息を吐いた彼に、

「どうしてそんなに世界を壊したかったんですか?」

ロファースが聞けば、

「あの頃の僕は狂っていたーーただそれだけです」

そんなクレスルドの言葉にロファースは首を振る。

「狂っていたから?それだけで?何か理由があったんでしょう?」
「そうですね‥‥理由はあったのかもしれません。僕は、彼らに情けをかけられた。情けをかけられた上に‥‥そう、セルダー君の言っていた通り。僕は狂った魔術師ーー‥‥紅の魔術師と呼ばれていました。今は亡き、狂った国、アシェリア帝国の狂った魔術師としてね」
「アシェリア帝国?聞いたことがないな‥‥」

ロファースが言えば、

「遠い昔に滅びました。忘れられた国‥‥歴史に残ることなく、ね。ただ、そのアシェリア帝国で僕らが行っていた事、それが今のエウルドスと、ロファース君に深く関わりがあるんです」

それに、ロファースはごくりと息を呑む。

「どうですか、ロファース君。僕の話を聞いて、怖くなったでしょう?」
「俺は‥‥」

ロファースはクレスルドから目を逸らし、

「あなたの魂胆が見えましたよ」

と、顔を上げてクレスルドに言った。

「は‥‥?」
「そんな恐ろしい話を俺に聞かせて、俺を怖じ気づかせて‥‥最後の最後に俺に関わりがある話へと移して‥‥真実を知る覚悟を喪失させようとしているんですよね」
「‥‥」

それに、クレスルドは何も答えない。

「俺が知らなきゃいけない真実も、きっと今あなたが話したことのように、とても恐ろしい真実なんでしょうね。わからないけど、セルダーも隠したくなるわけですよ」

呆れるようにロファースは続け、固まったままのクレスルドを見つめ、

「俺はあなたを恨みませんよ。今のあなたの話が真実だとしても‥‥確かに恐ろしくて、最低な話なのかもしれません。あなたのせいで苦しんだ人が居るのはきっと確かです」

ロファースは片膝を立てたまま、その場に座り込むクレスルドの隣に座り、

「そして、あなたは俺の真実にも関わっている。きっと、とんでもない真実に。何度も言いますけど、俺はあなたを恨みません。絶対に。だから、行きましょう、エウルドスへ‥‥俺は、逃げません。セルダーの為にも‥‥エルフ達の達にも」
「‥‥」

それに、表情は見えないが、クレスルドは俯いてしまう。

「はは‥‥僕の方こそ、君をちゃんと信じなければいけませんね。僕のことを恨まないと、仲間だと言った君の言葉をーー‥‥友達だと言っていたレムズ君の言葉も」

クレスルドは乾いた笑いを溢した。

「ええ、俺とあなたとレムズさんは、仲間で友達ですから」
「レムズ君と同じです。仲間も友達も‥‥僕には初めて手に入ったものばかりです」
「‥‥そうなんですか?」

ロファースが不思議そうにクレスルドを見れば、

「僕はいつだって、誰かを欺き‥‥奪ってばかりでした。それで‥‥彼を、傷つけてしまった。でも、君の、君とレムズ君‥‥そしてセルダー君のお陰で、僕がかつて欺いた彼らの言っていた言葉全てを今なら‥‥理解できそうです‥‥でも‥‥今更‥‥」

弱々しく話すクレスルドに、

「まだよくわかりませんが‥‥世界は続いている。器になった妖精の王様は生きて‥‥いるんですよね?あなたはその人に‥‥謝りたいんですか?」

ロファースに聞かれ、

「わからない‥‥会う資格が、ありません‥‥でも、今は、彼を救いたい。こんな世界の輪廻から、解き放ちたい‥‥」

クレスルドはゆっくりと立ち上がり、

「でも、今は過去のことはいい。行きましょう、ロファース君。エウルドスへ。君の、真実へ」

ロファースも立ち上がり、フォード国へ振り返る。あの国で出会った少女、アイムを思い浮かべた。
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