託され行くもの達

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五日目-2

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ロファースは崩壊したファイス国を後にした。
エルフの里を抜けて着いたこの場所。見ず知らずの場所だが、歩くしかない。

エウルドスの真意を知りたい。
この世界を争いのない平和な世界にしたい。


ーーザザザザザッ‥‥
規則正しい、しかし雑音のような音が聞こえてくる。

(これは、足音?)

よく耳をすませば、金属音が奏でる大勢の足音だとすぐにわかった。
もしかしたら自分を追うエウルドスの騎士かもしれないとロファースは思い、足音とは逆の方向に駆け出す。

ーーどこまで走っても一面草原だった。
ファイス国跡から一向に街や村すら見当たらない。
走り続けて数分、ようやくその場に立ち止まり、荒れた息を整える。
足音がしなくなったことに気づき、くるりと背後を見た。
何も、居ない。

(考えすぎ、か‥‥)

一体、何の足音だったのか気になりはしたが、ロファースは再び足を動かす。行けども、変わらず草原は続いた。

(ここは一体‥‥何もありはしない‥‥)

そう考え、気が滅入りそうになった時、遠くに人影を見つける。
今のロファースには情報が必要だ。ちょうど良かったと思い、ロファースはその人影に向かって走り出した。

「すっ、すみません!」

そう声を掛ければ、人影はくるりとロファースの方に振り向く。
黒いコートに身を包み、金の髪が陽に映えていた。
二十代前半から半ばくらいの長身の男である。

「あの、この近くに街や村はないでしょうか?一面草原で‥‥」

そう尋ねると、長身の男は青い目を細め、

「この大陸は最近見つけられた場所だ。今から全てを作り始めるところだろう。ファイス国がつい先日完成したが、どこかの国に滅ぼされたとのことだ。お前がどこから来たかは知らないが、ここら一帯、怪しい奴等がウロウロしているようだからな、早く抜け出した方がいいかもな」
「怪しい奴等?」

先ほどの足音と何か関係しているのだろうかとロファースは思う。

「あなたはここで何をしているんです?こんな、何もない場所で‥‥」
「それはお互い様だろう。俺は人を捜している。それだけだ」

そう言って、長身の男はくるりとロファースに背を向け、行ってしまった。

(と言うか、どうやってこの大陸から出ればいいんだ?最近見つけられた場所ってことは、港すらないんじゃ‥‥)

嫌な考えを振り捨て、ロファースはまたしばらく歩くことにする。そうするより他にない。

ーーザッザッザッザッ‥‥
するとまた、何者らかの足音が聞こえてくる。今度はさっきよりも近かったーーそして、ロファースはとっさに後ろに下がる。
見覚えのある姿が目に入ったからだ。

「よう、ロファース」
「‥‥セルダー」

再び、剣を手にした友が目の前に立ちはだかる。

「ははっ、奇遇だな。俺らもちょうどこの大陸の調査を任されてさぁ、そしたらお前が居るのをたまたま見掛けてーー」
「後をつけて来たってわけか?」

セルダーの周りには他のエウルドス兵が二十人程いる。下手な動きをすればどうなるかーー‥‥ロファースにはそれがわかっていた。焦るべき場面ではあるが、今は落ち着いて行動するしかない。

「‥‥セルダー。聞きたいことがあるんだ。イルダンさんは俺を危険だと言った。エモイト王の死の真相を俺が口外することを恐れているのならわかる。でも、何か別のことのようだった‥‥なぜ、俺は殺されなければならないんだ?」

ロファースはセルダーの目を真っ直ぐに見て疑問を尋ねる。しかし、

「‥‥テメェだけじゃねぇよ」

セルダーはロファースから視線を逸らし、歯を食いしばりながらそう言った為、ロファースは眉を潜めた。

「‥‥話は後だ。ロファース、とりあえず来てもらおうか。お前にはエウルドスに戻ってもらうぜ」

セルダーは再び顔を上げ、そう言い放つ。しかし、ロファースは首を横に振り、

「俺はエウルドスを捨てた。もう戻らない」

そう答え、二人の間に少しの沈黙が流れた。

「お前がどう言おうが関係ないね。お前はエウルドスに戻って、エウルドスで死ぬ運命なんだ」
「死ぬ運命って‥‥」
「全部わかるさ。エウルドスに戻れば」

セルダーの言葉の後で、周囲にいた兵達がロファースを取り囲み、力強く両腕を掴まれたが、ロファースは抵抗しなかった。

「暴れないのかよ?」

セルダーに問われ、

「俺は真実が知りたい」

ロファースはそう答える。

「ふーん‥‥まあ、いいか。前の変なフードの奴も今は居ないみたいだし、お前一人じゃ剣すら抜けないもんな」

馬鹿にされるよう笑われたが、ロファースは気にならなかった。セルダーの言うように、剣を抜く気はない。

「イルダンさんは居ないのか?」
「ああ。今は次の戦の準備中だからな。代わりに俺が先輩の仕事を任されてるわけ」
「また、エウルドスは戦をするのか‥‥」

姿を見せたことのないエウルドス王。
見たことはないが、話だけを繋ぎ合わせていけば、本当に残酷な王なのであろう。

「お前もか?セルダー」
「あ?」

急なロファースの問い掛けの意味が分からず、セルダーは首を傾げる。

「お前も戦争を求めているからエウルドスに疑問を持たないのか?」

そう聞くが、セルダーはそれに答えなかった。
ロファースは兵に両腕を拘束され、四方から槍や剣を向けられたまま歩いていた。
すると、セルダーはピタリと足を止め、

「そういや、覚えてるか?ロファース」
「何を」
「エルフの里だよ。お前と話したろ?確か、この大陸の戦帰りにどこかの森で見つけたとかなんだとか‥‥時間もあるし、ちょっと探してみようぜ!面白そうじゃねーか?」

そう言って、セルダーは無邪気に笑う。こんな会話をしていれば、まるで以前のままのようだが‥‥

「見つけてどうするんだ?」
「どうしようかねぇ」

特に何も考えていないのか、それとも本心を隠しているのか‥‥セルダーの表情が今は読み取れない。
だが、一つだけ確かなこと。
絶対に、セルダー達をエルフの里に行かせてはいけない。

再び足を進め、

「セルダー。お前はエウルドス王に会ったことがあるのか?」

セルダーの話を聞くからに、彼はつい先日‥‥そう、四日前に正式な騎士になったはずだが、ほぼ重要な任務につかされているような気がする。
第一、イルダンの任務を代わりに任されているのがそれを物語っていた。
そんな重要な立場であれば、王に一目くらい会えたのではないかとロファースは思う。

「お前がエウルドスを出た直後‥‥二日前にな、イルダン先輩に呼び出されてお前が居なくなったって聞かされて、いきなり王に会わされたよ。いやぁ、驚いたぜ本当に。まだ正式な騎士に成り立てだって言うのに、イルダン先輩の隊に入ってお前を追う任務を任されてさ」

セルダーはこの二日で起きたことをとんとんと話し、

「まあ、精神的揺さぶりってやつ?お前と仲が良かった俺とイルダン先輩を筆頭にするって魂胆じゃね?」

それを聞いたロファースはため息を吐き、

「はは、俺も馬鹿だったよ。まさか友達と思っていた奴がこんな性格が悪かったとはさ」

そう、嘲笑うかのように言ってやれば、セルダーは悪態を吐いた。

「やめだやめ。無駄話や無駄な行動してたらイルダン先輩に怒られちまうぜ」

とっととエウルドスに戻るかと、小さく呟いたのが聞こえ、どうやらセルダーの中からエルフの里への興味がなくなったことに対し、ロファースは安心する。
だが同時に、諦めにも似たような思いを抱いた。
自分はこのまま本当に死ぬのだろうか?
叶わないであろう夢を見始めたばかりだと言うのに。

不意に、一人の少女の姿が脳裏に過る。たった一度しか、しかもほんのわずかの時間しか話さなかった少女。

(彼女は今、何をしているだろう?)

言葉通り、彼女は待っていてくれるであろうか?また、会いに行けるであろうか?

だが、逃げる術がない。もう、エウルドスに戻るしかない‥‥

「ぎゃあぁあああ!?」

その時、背後から複数の悲鳴がした。振り向けば、ロファースを囲んで居た兵達が悲鳴と共に倒れているではないか。
セルダーや前方を進んでいた兵達も驚いてその光景を見た。
すると、倒れた兵達の間からこちらに向かう人影が見え、

「やれやれ‥‥遅くなりましたね」

と、その人は言う。

「少し用があって先に発たせていただきましたが、まさかエウルドス兵が居るとは」

ため息混じりに彼ーーフードの男が言い、

「とりあえず行きましょうか、ロファース君」
「えっ」

急に、体の自由を感じる。
ロファースの両腕を掴んでいた兵の手が離れたのだ。
周りを見れば、セルダーだけでない。兵達はなぜか、体をガタガタと震わせている。

ゾクッと‥‥ようやくロファースもその理由に気づいた。フードの男は得体の知れない力を纏っている。

今ならば、セルダーや兵達が動揺している今ならば、確実に逃げられる。だが‥‥
異常なまでの力に、素性のわからぬ彼に、やはり疑念を抱いた。
この男を信じてもいいのだろうかと、なかなか足が動かない。
しばらくしてようやくロファースはゆっくりと歩き出していた。それを見てセルダーはようやく意識をその場に戻し、

「ーーっ‥‥ロファースを捕らえろ!」

その声と共に、圧倒されていた兵達も動き出す。
それを見てフードの男は小さく笑い、服の袖に隠れたままの右腕を前に出す。
何が起きたのかーーバチバチと、フードの男の前に雷の塊のようなものが生み出された。

「さてさて。動けばどうなるかわかりますよね」

それを見た兵達はまた動きを止めてしまう。

「ちっ‥‥どいつもこいつもーー!」

だが、セルダーだけは剣を構え、こちらに駆け出した。

ガンッーー!

ロファースもとっさに剣を構え、セルダーの攻撃を受け止める。

「セルダー!俺は帰らない!俺にはやるべきことがあるんだ!」
「お前は死ぬんだよ!死ぬべき存在なんだ!」

ギギッーー‥‥鉄の擦れる音が嫌に響き、ギンッーー!と、ロファースはセルダーの剣圧に弾き飛ばされ、地面に体を打ち付ける。

「終わりだロファース!帰って殺されるも、今殺されるのも、同じことだぁあああっ!」

ロファースが身を起こした時、頭上にはすでにセルダーの剣が一直線に振り下ろされようとしていた!
避けることも考えられず、ただ頭の中は真っ白になり‥‥

ドンッーーと、体が揺れる感覚と、ジャキッーーと、何かが切れる音。
それは肉を貫かれたような音ではなかった。

風により、赤いそれが流されていく。

「いやはや、少々、遊びすぎましたね」

目の前にはフードの男が立っていて、ロファースの体は彼に押し飛ばされていたのだ。
それにより、切っ先のずれたセルダーの剣が切ったのは肉ではなく、ロファースの髪だった。
長かった髪は短くなっている。

よく見ると、フードの男はロファースを庇ったようで、彼は左腕にセルダーの剣を掠め、ぽたぽたと血が流れていた。

ちらりと、初めてフードの下から男の目が見えた。紅い‥‥

「てめぇは‥‥てめぇは何なんだ!なんで邪魔しやがるっ!」

セルダーも呆気にとられていたようだが、フードの男にそう叫ぶ。

「あなた方エウルドスが護ろうとしているものーー僕がそれに関わっていたと言ったら‥‥わかりますか?」
「ーー!?」

それを聞いたセルダーは目を見開かせた。

「ですが、こんな話をあなたにする意味はない。ロファース君、ここは引きますよ」

フードの男はロファースの肩を掴み、転移魔術を唱える。

ーー彼の転移魔術により、またもや見知らぬ平原にロファース達は立っていた。
ロファースはフードの男の左腕の負傷を見つめるが、彼は「掠り傷ですから気にしないで下さい」と笑う。だが、どう見ても掠り傷ではない。掠り傷だったら、そんなに血は滴り落ちない。

(‥‥俺はこの人を信用していなかった。なのに、この人は俺を庇った‥‥俺が早く動けていれば‥‥怪我をすることは‥‥!)

ロファースが地面に視線を落とすと、

「‥‥クレスルド」
「え?」
「僕の名前です」

いきなり名乗った彼を、ロファースは無言で見つめた。

「名前を明かしたからといって信用してもらえるとは思っていません。ですが、人に名乗るのは、あなたが初めてです。昔はね‥‥紅だのと呼ばれたり、僕に全てを託した王ーークナイの名を名乗ったりとしていました。ですが、本当の名は、さっき言った通りです」
「全てを託した‥‥王?」

名前を明かされたことも驚いたが、それよりも気になることが多々あった。
尋ねれば、彼は首を横に振り、答えはしない。

冷たい風が吹く。
セルダーの剣により短くなってしまった自らの赤い髪に触れた。
そしてもう一度彼の傷を見つめ、

「それよりも、早くどこか休める場所で手当てを‥‥」
「構いません。掠り傷ですからすぐ治ります」
「それのどこが‥‥!」
「今は僕のことはいい。今は、君が危険な状況なんです」

フードの男ーークレスルドはロファースの言葉を遮り、深刻な声でそう言う。

「っ‥‥!?一体、あなたやセルダー達は何を知っているんですか!?」
「僕が言えることはただ一つ。僕はエウルドスを壊すつもりです」
「エウルドスを壊す!?」

ロファースは目を見開かせ、

「ええ‥‥単に、僕自身の過ちを拭う為です」
「一体、なんなんですか?話が見えてこない‥‥」

だが、彼はそれ以上何も語らない。
セルダーもイルダンもだ。
何かを知っているはずなのに、はっきりと言ってはくれない。

「‥‥ロファース君。もう一度エルフの里へ行きましょう」
「え?」
「里の長に少し用が出来ました。一緒に来ていただいて良いですか?」

心配する必要はないのかもしれないが、自分を庇って彼は負傷したのだ。ロファースはこくっと頷く。

◆◆◆◆◆


怪我を負い、転移魔術を続けたせいか、クレスルドの呼吸は荒くなっていた。
なんとかエルフの里へ続く森まで転移し、彼の後に続きながらロファースも進む。

「‥‥っ!?」

急にクレスルドは立ち止まり、珍しく動揺を見せた。

「‥‥結界が」

クレスルドは低い声で言い、

「何者かに結界が‥‥壊されている」
「え!?俺が里を出た後、道はなくなっていて、わからないけどたぶん、結界を張り直していたはずなのに!?」

ロファースが言い、

「‥‥チェアルが無用心に結界を解くはずは‥‥僕やエルフ同等の力を持った奴なんて‥‥まさか‥‥」

クレスルドはぶつぶつ言うと、ロファースに向き直り、

「君はここに居て下さい。僕は里を見てきます」

それだけ言ってクレスルドは転移魔術ですぐさま消えてしまった。ロファースは戸惑い、自分もエルフの里に向かおうと決め、走り出す。

まさかとは思うが、嫌な予感がしたからだ。
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