一筋の光あらんことを

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七章【遠い約束】

7-7 愛した世界の物語

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クリュミケールは大きな屋敷の前に立っていた。

(これは、記憶だ)

そう思いながら、屋敷を見上げる。屋敷の中にはリオがいた。
そして、シェイアード・フライシルがいた。
体が、震える。

(ああ‥‥そうか。そう、だった‥‥そうだったね、シェイアードさん‥‥)

シェイアードは無愛想な顔をしているが、リオはどこか、楽しそうである。
ハナがお茶を淹れてやって来た。

(私‥‥あんな顔してたんだ。間抜けな顔)

クリュミケールは苦笑した。

ーーぶわっ‥‥と、辺りの景色が変わり、そこは広いホールで、剣声が響いている。
かつて、リオとシェイアードが剣を向け合った場面だ。

ルイナにイリスにナガ、ハトネとカシルがそれを見ている。

そうして、リオの動きがおかしくなった。
ゴォオオォォオオッッ‥‥と、激しい音と共に、リオの体から炎が溢れ出した。
そして、リオの剣先がシェイアードに向けられる。

この先は、目を覆いたくなるような光景だとクリュミケールは知っていた。

「不思議には思っていた。何か、違うなと。リオ、お前はどこから来たんだ?」
「‥‥こことは違う世界‥‥こことは違って、簡単に魔術を使えない世界‥‥」
「違う世界、か。なるほどな」

シェイアードはリオの前に立ち、リオは必死に首を横に振る。

カチャカチャカチャ‥‥
震えるリオの手と共に、彼に向けられた剣が小刻みに音を立てた。
するとシェイアードはとても穏やかな顔をして、とても穏やかな声でこう言った。

「‥‥お前に会えて、良かったよ」

ズブリと、クリュミケールは覚えている。
生温い音。手に伝わってくる、不快感。
そう、カシルを刺してしまった瞬間、クリュミケールはこの感触を思い出していたのだ。

(知らなかった‥‥知らなかったよ。シェイアードさん、そんな、優しい顔をして、私の剣を、止めてくれたの?)

そのことに気づき、クリュミケールは瞳を揺らす。


ーー景色はまた変わり、何もない、真っ暗な空間に戻った。

「大事なこと、八年も忘れてたんだ。港でシェイアードさんに出会った。彼の家で三日間世話になった。ハナさんに、ルイナ女王に、ナガに、イリス。私は大会に参加して‥‥そして」

忘れてしまっていた、大切なエメラルド色のリボンをポケットから取り出し、胸に抱く。

(彼らは本の中の住人だった。偽りの世界だった。でも‥‥私にとっては、本物だ)

なぜか、シェイアードは存在している。サジャエルの手下として、でも、クリュミケールを助けてくれていた。

(会いに行こう、シェイアードさんに!私、思い出したよ‥‥!)

クリュミケールは胸を高鳴らせる。そして、

「不死鳥‥‥思い出したよ。不死鳥はあの場所で暴走したんだね。でも、サジャエルがあなたを本の世界に送り込んだ。全部、サジャエルの仕業だよ。そして、私の責任だ」

そう言い、

「不死鳥の力が不安定になったから、不死鳥の意思を封印するとサジャエルは言った。封印しても魔術は使えるって。しばらくの間、不死鳥と声を通わすことが出来なくなるだけだって。全部、嘘だった。おかしいとは思ったんだ。でも、騙されてしまった‥‥私がもっと、しっかりしていれば‥‥」

そんなクリュミケールの後悔に、

「いや、違う。主は我を憎んでいいのだ。我のせいで、主の大切な者を‥‥」
「憎まないよ!約束しただろ、最期の時まで決して、裏切りはしないって。まあ、私が裏切っちゃったかもだけど‥‥でも、悪いのは全部サジャエルだ。だから‥‥また一緒に戦おう、一緒に生きよう」

長年、共に共有してきた身体だ。
クリュミケールは不死鳥を、自分の半身のようなものだと感じる。

そうして、暗闇は光り輝き、眩しさに閉じた目を開けると、クリュミケールはようやくあの遺跡に戻ってきた。

「やっと‥‥帰って来た」 

長い旅をしたような感覚に陥る。クリュミケールがその場に立ち尽くしていると、

「今、何が起きました?」

と、サジャエルに聞かれて、

「あなたは確かにカシルを刺したはず。なのに、いきなりあなたとカシル、シュイアが倒れた。そしてすぐに、あなたは今、立ち上がった」

サジャエルは淡々と、無表情で言ってくる。
そして、クリュミケールは思い出した。カシルの胸に剣を突き刺してしまったことを。慌ててその場に倒れたカシルを見ると、そこには、シュイアも倒れていて‥‥

そして、カシルの胸は血で真っ赤に染まったはずななのに、なぜか傷口は塞がっていて、突き刺したはずの剣も無い。

(剣を、過去のシュイアさんに渡したから?)

わからないが、カシルが無事だったことに、クリュミケールは胸を撫で下ろした。
だが、もっと驚いたことがあったのだ。倒れた二人の手が、重ねられている。
まるで、少年時代のように。

「サジャエル‥‥オレ達はどのくらい倒れていたんだ?」

そう聞くと、

「言ったでしょう?今倒れて、あなたは今起きました。聞きたいのは私の方です。本当に意味がわからない」

サジャエルは呆けるように言ってくる。

(時間が、止まっていたのか?)

クリュミケールがそう思っていると、

「ここにまた、大勢近づいて来ますね。恐らく、あなたの仲間‥‥まあ、良いでしょう。もうそろそろ、茶番は終わりにしましょう。あなたが女神の器となる為の、完璧なる舞台を作ることとします」

そう言い残し、サジャエルは姿を消した。しかし、クリュミケールは彼女を追う気はなかった。
今は、倒れた二人の側にいてやりたかった。

「うっ‥‥一体、何が‥‥」

カシルが呻き、ゆっくりと起き上がる。同時に、シュイアも起き上がった。
二人は心配そうな顔をしてこちらを見ているクリュミケールの視線に気づく。

「カシル‥‥すまなかった。サジャエルに体の自由を奪われたとはいえ、オレはあなたを刺してしまった‥‥本当に、すまない」

クリュミケールの謝罪に、

「‥‥仕方ないさ。だが、傷口が‥‥」

カシルは刺された部分に傷口がないことに首を傾げた。そんな二人の様子をシュイアは静かに見つめ、クリュミケールはシュイアに振り向く。
それから、交互に二人を見て、

「二人のことは、私が守る。何があっても、どんなことがあっても、私は二人を裏切らない。何年経っても、どんなに月日が流れても、二人がどんな運命を選んでも‥‥私が二人の傍にいる。私はずっと、二人の味方だよ。大事な、家族だから」

クリュミケールにとっては、つい先刻の出来事で、しかし、シュイアとカシルにとっては、遠い過去の出来事なのであろう。
二人は言葉を失い、目を見開かせてクリュミケールを見つめる。

「さっき、会って来たよ。召喚の村で、小さな男の子二人に」

その言葉に、シュイアとカシルは一瞬だけお互いの顔を見た。

「もう迷わない。オレはーー」

二人に言葉を掛けようとした瞬間、

「クリュミケールさん!」

こちらに駆けて来る足音と、アドルの声がして、そこには彼と共に、フィレアとラズ、カルトルートにレムズもいて‥‥

「シュイア様にカシルも‥‥!」

フィレアは二人を見て声を上げた。

「他の話は後にして。クリュミケール‥‥あんたに会わせたい人がいる」

リウスーーカナリアまでもが現れる。

「リウスちゃん!会わせたい人って、もしかして‥‥」

リウスは彼と行動を共にしていた。だから、クリュミケールの鼓動が早くなる。だって、思い出したのだ、忘れていたことを、思い出したのだから。しかし、

「‥‥リオ」

そう言って現れたのは、深手を負ったシェイアードだった。クリュミケールは驚き、

「シェイアードさん!?」

そう叫ぶようにその名を呼び、慌てて彼の元へと駆け寄る。

「まさか‥‥私を逃がしてくれた時に、ロナス達に!?」
「ああ‥‥なんとかあいつらを追い払ったが、このザマだ」

シェイアードは苦笑した。クリュミケールは彼の顔を真っ直ぐに見つめ、思わずその胸に飛び込む。

「八年も‥‥掛かっちゃった‥‥やっと、思い出したよ。シェイアードさん、ハナさん、ルイナ女王、ナガ、イリス‥‥!思い出した、思い出したよ‥‥!」

クリュミケールーーいや、リオは溢れてくる記憶を感じ、嬉しそうに言葉を放った。

「ずっと‥‥私を守って、助けてくれてたんだね。でも、どうしてこの世界に‥‥?」
「サジャエルは何でも出来るようだな‥‥本の世界の住人である俺を、本の中から引きずり出した」
「そっ、そんなことが‥‥!?」

リオは驚くしかない。

「俺も驚いている‥‥だが、こうしてまた、お前に会えたな‥‥」

シェイアードは微笑み、

「シェイアードさん‥‥もう、消えないよね。これからは、一緒にいれるんだよね?だって、やっと思い出せたんだもん‥‥二度と会えないはずなのに、こうして会えたんだ‥‥」

その言葉に、

「‥‥これも、サジャエルの策なのかもな」

やけに落ち着いたシェイアードの言葉にリオは顔を上げ、

「そっ‥‥そんな‥‥」

光景に、体を震わせた。
シェイアードの体が薄れ出したのだ。

「‥‥サジャエルにとって、用済みになったんだろう。俺はまた、俺の世界に帰るだけだ」
「嫌だ‥‥そんなの嫌だ!!だって‥‥だって!」

子供のように、あの日々のリオのように、リオは叫ぶ。
さらっと、シェイアードの手がリオの髪に触れて、

「‥‥髪、伸びたな。きっと、似合うさ」

それに、シェイアードが最期にくれたエメラルド色のリボンを思う。

「‥‥くっ、クリュミケール‥‥くん」

すると、キャンドルの肩を借り、この場にハトネも追い付いてきた。
しかし、なぜかこの場はしんとしていて、ハトネは一同の視線の先を見る。

(あっ‥‥彼は‥‥あっ、そうだ‥‥なんで、忘れてたのかな。本の中の、世界‥‥)

ハトネもあの世界を思い出した。それから、カシルがいることに気づき、

(カシルさんも‥‥思い出したのかな‥‥)

そう、その場に座り込み、黙ってクリュミケールとシェイアードの様子を見ているカシルの後ろ姿を見つめた。

ーーそうして。
シェイアードは満足そうに笑ってリオを抱き締め、

「あの時の言葉の続きを、聞かせてくれないか?」

そう、口にする。リオは思い出した。最後まで言えなかった言葉を。

『シェイアードさん‥‥私‥‥私‥‥出会った時から、あなたが‥‥』

あの、言葉の続きを。
シェイアードの胸に顔を埋め、

「シェイアードさん‥‥私、出会った時からあなたが好きだった。一目惚れして、あなたを知っていって、もっと好きになって‥‥記憶を失っても、大切な誰かが私の中にいた。私は今でも、シェイアードさん‥‥あなたを愛しています」

強く強く抱き締め合い、 

「俺もだよ。出会った時からお前に惹かれた。お前を愛している‥‥だが‥‥」

シェイアードはゆっくりと、リオの額に唇を落とし、

「お前はお前の時代を生き、思うままに生きろ。それに、お前を大切に想ってくれる者もいる」

シェイアードはそう言い、カシルを見た。赤い目に射ぬかれ、カシルは目を見張る。

「会いたいよ‥‥皆に、会いたい‥‥もっともっと、シェイアードさんと話がしたいよ‥‥一緒に、いたいよ」
「リオ‥‥俺に悔いはない。五年前にお前を守れた。お前にまた、出会えた。思い出してくれた。俺はお前に救われた‥‥ありがとう、リオ」

リオは消えて行く彼を強く抱き締め、

「‥‥そんな‥‥救われたのは私だよ。あなたのお陰で、アドルに出会えた‥‥こうして、生きている。ありがとう、ありがとうシェイアードさん‥‥もう二度と‥‥忘れないーー!」

腕から、感触がなくなった。
けれど、温もりは残っている。
彼は本当に満足気に、幸せそうに‥‥この世界から、消えていった。

あの世界は、偽りじゃない。偽りの世界の物語なんかじゃない。

愛した世界の物語なんだーー。
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