一筋の光あらんことを

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六章【道標】

6-13 迷いのない言葉

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朝になり、一行はラズの家で朝食を食べていた。
一行‥‥と言っても、全員揃ってはいないが。

「それで‥‥これからどうしよう」

最初にアドルがそう口を開いた。昨日はこれからのことを口にしなかったが、一日経ち、少しだけこれからのことを考えれるようになったのだろう。
しかしそこで、コンコンっと、ドアがノックされ、

「おはよう」

と、フィレアがラズの家に入って来た。

「あ、おはようフィレアさん」

と、ラズが挨拶をする。フィレアは空いている椅子に座り、

「あなた達、これからどうするの?」

と、クリュミケールやハトネ達に聞いた。

「俺ら三人はちょうどその話をしようとしてたんだよな」

と、キャンドルはアドルとクリュミケールに目配せする。

「ハトネちゃんは?リオちゃんを捜すのかしら?」

フィレアが聞けば、

「もちろんだよ!絶対に見つけるんだから!」

そう、ハトネは何年も変わらぬ言葉と笑顔で言って、フィレアはちらりとクリュミケールを見た。
しかし、ここにはアドルとキャンドルがいる。カミングアウトするのは今ではないとクリュミケールは苦笑いを返した。

「あら、そういえばカシルは?」

と、フィレアは彼の姿がないことに気づく。

「空き部屋を貸してやってたんだけど、朝見たらすでにいなくなっててさ。ほんと、あいつはわけがわからない奴だよ」

ラズは肩を竦めた。フィレアも「相変わらずね」と呆れ口調で言い、

「‥‥私ね、またシュイア様を捜してみようかなって昨日の夜思ったの。ほらっ、シュイア様に会えれば、自ずとリオちゃんにも会えるような気がしない?」

なんて、フィレアはクリュミケールとラズにウインクして言い、

「シュイア、さま?」

初めて聞く名前にアドルとキャンドルは不思議そうにフィレアを見る。

「シュイア様はね、私の命の恩人で、リオちゃんの育ての親なの」

フィレアが言い、

「そうそう、フィレアさんの初恋の人だよね」

と、ラズが茶化した。

「とりあえず、カシルとも話しておきたいよね。あいつ、まだいるかな?ちょっと捜してくるよ」

ラズが言い、

「オレも手伝うよ」

と、クリュミケールが言う。

「皆で捜した方が早くない?カシルって神出鬼没だし」

そうフィレアが言うと、

「確かにー」

と、ハトネは笑った。
アドルとキャンドルもそれを手伝うこととなり、一行はラズの家から出た。


◆◆◆◆◆

そこは、城下町の外れにある人気のない広場だった。かつて貧困街があり、取り壊されたその場所には綺麗な花壇が並べられている。そこで、

「久し振りだな」

と、目の前に立つ男にカシルが言った。

「ここに来た、ということは、俺かあいつに用があるのか?きっとロナスか誰かが、俺達の居場所をお前に伝えたんだろうなぁ?」

続けてカシルはそう問い掛ける。
目の前の男ーー黒髪に、黒い鎧を着た、カシルと同じく五年前と変わらぬ姿をした男ーーシュイアだ。

「お前に用はないさ。わかるだろう?」

シュイアは無表情でそう言い、じっとカシルの後ろを見つめる。そんな彼の様子をカシルは疑問に感じ、後ろに振り返った。
そこには、クリュミケールとラズの二人が立っていたのだ。

カナリアが現れたこと、ロナスがニキータ村を燃やしたこと。
シュイアかサジャエルがそろそろ来るんじゃないかと、クリュミケールはなんとなく察していた。
だから今、シュイアの姿を五年振りに見ても驚かなかった。

だが、やはり揺らぐものがある。
クリュミケールにとってシュイアは大切な存在だ。そして、五年前の裏切り。

「シュイア‥‥さん」

久し振りにその名を呼ぶと、声は震えていた。
シュイアはゆっくりとクリュミケールの方に足を進めようとしたが、カシルが無言でその道を塞ぐ。

「相変わらずだな、カシル」

と、彼の行動を見てシュイアは小さく笑った。

「リオ。今は、クリュミケールだったか?」

そうシュイアに聞かれ、クリュミケールは無言で頷く。

「私はリオラのいない世界に絶望を感じたわけではない。ただ、彼女を裏切った人間が許せないだけだ。人間は彼女を殺し、そして殺したことを隠し、彼女は歴史から消した」

シュイアの話を聞き、

『神なんてものは普通、人前に姿を見せない。だがリオラはかつての人間達の争いを見て、それを止めようと自らその争いの場に姿を見せた』

『自分が神だと人間に話してしまった。それを知った人間共は彼女を気味悪がり、殺した』

ーー五年前、シュイアから聞いたことを思い出す。

「シュイアさん‥‥オレ‥‥私は、リオラのことを何も知りません。でも、私はリオラにはなれない。器なんだとしても、私はリオラにはなれない。でも、シュイアさん‥‥シュイアさんのことを、ずっと大切に想っている人だっているんです。フィレアさんだって、私だって。シュイアさんがリオラを愛しているんだとしても、それでも‥‥!シュイアさんが帰る場所は、他にもあるんです!」

クリュミケールの訴えに、シュイアは眉間に皺を寄せ、クリュミケールから顔を逸らした。
その様子に、クリュミケールは俯き、

(こんな姿をしても‥‥やっぱりオレは、リオラに似ているのか‥‥)

そう感じてしまう。
シュイアはクリュミケールから視線を外したまま、

「‥‥そうだな。真実もあった。お前と過ごした時間は確かに、真実だった。リオラではない。まるで、妹のように、娘のように‥‥お前を育てていた」

その言葉を聞き、クリュミケールは顔を上げた。でも、それでもやはり、シュイアは苦しそうな顔をしていた。

「それなら、やっぱりここに居るべきだわ」

すると、近くから別の声が聞こえてくる。
声の方を見れば、同じくカシルを捜しに出ていたフィレアとハトネの姿があった。

「シュイア様‥‥今度は、五年振りですね」

フィレアは瞳を潤ませながら彼を見つめる。

「シュイア様‥‥もう、無理なんですか?もう、戻って来てはくれないんですか‥‥?」

フィレアの問い掛けにシュイアは首を横に振り、

「ああ。今更、この生き方を変えることはできない。私は」

シュイアの言葉の途中で、

「俺とシュイアはもう、百年は生きている」

そう、カシルが言い放った。
それに、クリュミケールもラズもフィレアもハトネも、驚くしかない。

「ひゃっ‥‥百年って‥‥!?」

ハトネが声を上げ、

「長く生きた。その人生の中での中心が、リオラだった。お前達にはわからないだろうな」

そう言って、シュイアは一行に背を向ける。
その背中を見つめ、フィレアは言葉が何も出なくて、引き止める言葉さえ出なくて。
彼と出来るだけ同じ時間を生きたくて魔術を手にしたが、百年‥‥あまりにも、違いすぎた。

「‥‥シュイアさん」

そこで、クリュミケールは口を開きーー。


◆◆◆◆◆

「皆、カシルさんを見つけたかな?」

城下町を歩きながらアドルが言い、

「どうだろうなー、一旦戻るか?」

キャンドルが言えば、

「そうだねー‥‥あっ、あの街外れ!あそこまだ見てないよね。あそこだけ見てから戻ろうよ!」

そう言ってアドルが走り出してしまい、呆れるようにキャンドルも後ろに続いた。

「‥‥あ!ラズさん達が‥‥でも、あれ?」

ラズ達の姿が見えたが、アドルは首を傾げる。何か、様子がおかしかった。


「シュイアさん‥‥あなたが人間を憎み、五年前に話したようにサジャエル達と共に世界を壊すのなら‥‥オレは、もう迷わない。あなたと剣を交えてでも止める」

クリュミケールはシュイアの背中にそう決意を投げ掛ける。

「‥‥世界を守るとでも?お前にとっても憎いだろうに。お前をこんなにした運命が、世界が」

シュイアに言われ、

「オレは、世界も人も救わない。ただ、君を、救いたかった」

クリュミケールは五年前の決意を復唱した。

「もう、あんな後悔はしたくない。救えるかもしれないものが目の前にある。止めることが出来るかもしれない決意がここにあるーー!」

クリュミケールは素早く剣を抜き、背を向けたままのシュイアに斬りかかろうとしたーー!

「やめてーーリオちゃんーー!?」

フィレアが悲痛な声を上げる。しかし、ギンッーー!‥‥と、鈍い音が響いた。
クリュミケールが振り上げた剣は、軽々とシュイアの剣に受け止められている。

「剣に迷いはなくなったな。だが、まだ弱い」

シュイアはそう言って、受け止めたクリュミケールの剣を凪ぎ払ったーー!
その剣圧に押され、クリュミケールの体は吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付けてしまう。

「ぐっ‥‥!!」
「りっ‥‥リオ君ーー!!」

そんなクリュミケールの側に、ハトネが咄嗟に駆け寄った。

「リオ君、リオ君!!大丈夫‥‥!?」

泣きそうなハトネの声を聞きながら、クリュミケールはゆっくりと体を起こす。

「‥‥ハトネ」

クリュミケールは彼女の顔を見つめた。まだ、彼女には自分の口から何も話していなかったから、思わず目を逸らしてしまう。

「ほらっ‥‥良かった‥‥やっぱり、リオ君だ。私、怒ってないよ。またちゃんとあなたに会えて、私、幸せなんだから‥‥でも、今は‥‥その話はまた後でしよう」

そう言いながらハトネはシュイアに視線を移し、

「シュイアさん‥‥覚えていますか?短かったけど、私があなたに出会った時を。あなたは優しい人です。私はそれを知っています‥‥あなたとリオ君の絆を、私は見ました。だから、シュイアさんはリオ君に剣を向けちゃいけない‥‥リオ君も、シュイアさんに剣を向けちゃいけない」

ハトネの言葉を聞き、シュイアは静かに彼女を見つめる。ハトネも真っ直ぐに彼を見つめたまま、

「知ってますよ。だって、リオラさんは関係ないですよね。器なんか、関係ない。あなたにとってリオ君は、大切な存在ですよね」

強く、強くそう言った。

「私は‥‥シュイア様もリオちゃんも大切だから‥‥二人が争うのは嫌‥‥見たく、ないっ」

フィレアは涙を溢しながら言う。そんな彼女の背中を支えながら、

「五年前、あなたに裏切られた後のリオさんは‥‥酷く傷ついていたんです。僕にだってわかります。リオさんにとって、どれほどあなたが大切な存在なのか。それは、今でも変わっていないんですよ」

そうラズが言った。

その言葉の数々に、しかしシュイアは押し黙るだけだった。重苦しい沈黙が続く。
いくら言葉にしても、シュイアの思いはシュイアにしかわからないのだ。

「さっきから皆で何を言ってるのかわからないけど‥‥リオとか器とかわからないけど‥‥この人はクリュミケールさんだよ!」

一同はそんな声の方に顔を向ける。

「あっ‥‥アドル!?」

クリュミケールは彼の姿を見て慌てて立ち上がった。

「アドル、ここにはっ‥‥!」
「リオ君!?」

焦るクリュミケールを見て、ハトネは困惑する。

巻き込むわけにはいかない、巻き込んではいけないーー!
クリュミケールの頭の中は、その言葉で埋め尽くされていく。

「ハトネさん違うよ!ここにいるのはクリュミケールさん!強くて優しくてカッコ良い、おれの家族で友達なんだよ!」

アドルは胸を張ってそう言った。
すると、その隣でキャンドルが肩を竦め、

「うーむ。俺もよく分からんが、クリュミケールはニキータ村のクリュミケール。アドルの友達は俺の友達だからな。だって、ニキータ村では皆、家族だろ?」

そう、キャンドルは笑ってクリュミケールに言った。

「‥‥っ」

そんな二人の言葉に、クリュミケールの頭の中は真っ白になる。
自分は今、何を悩んでいたんだっけ、何を‥‥
そう、呆然としていると、いつの間にか目の前には二人が立っていた。

ぽんっ‥‥と、クリュミケールの肩に温もりが落とされる。アドルの手だ。
目の前に立つアドルを見ると、彼はただ静かに、優しく微笑んでいた。

「アドル‥‥なんで。お前、今、自分が大変なのに‥‥」

クリュミケールの口から弱々しい声が漏れ出る。すると、

ばんっーー!と、クリュミケールは背中を強く叩かれた。

「だから!ニキータ村では皆、家族なんだよ。暮らしてきたならわかるだろ?誰かが辛い時は、誰かを励ます。それが、家族だ。出会った時間なんか関係ねーよ。まあ、何があったか知らないが‥‥安心しな、俺達は味方だからな」

そう、キャンドルが言って、

「かっ‥‥家族」

クリュミケールは目を見開かせる。
家族ーーそれは、口にしてきた。けれど、

「これが、家族、なのか」

小さなクリュミケールの声を聞き逃さず、

「何があっても家族だよ。ニキータ村はなくなっちゃったけど‥‥おれ達はずっと、家族だよ。だから、クリュミケールさんに辛い顔をさせる人がいたら、ハトネさんでもラズさんでもおれが倒してあげる!」
「‥‥ええっ!?」

名指しされたハトネとラズは思わず声を上げる。

「それに、あなたが誰かは知らないけど、あなたが相手だって、おれはクリュミケールさんを守るよ!」

次に、アドルはシュイアに向かってそう言った。
そんな彼をシュイアは見据え、

「‥‥そうか」

と、それだけ言って、その場から静かに立ち去って行く。
まさかアドルとキャンドルが現れてこのような展開になるとは思っていなかった一同は、まるで嵐のように過ぎて行った話の流れに言葉を失っていた。

そして、

「でも、そっか。ラズさん達が捜してたリオって人は、クリュミケールさんだったんだね」

アドルにそう言われ、クリュミケールは静かに頷いた。
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