一筋の光あらんことを

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六章【道標】

6-7 父のこと

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目の前に現れた老婆は、アドルの父、カイナの母親だった。

「カイナからは一切の連絡はありませんでしたが、あなたの母から定期的に手紙が送られてきたのですよ」

彼女は皺だらけの頬を緩め、そう話す。そんなことを知らなかったアドルはぽかんと口を開け、大きく目を見開かせた。

「手紙と共に、あなたの写真も同封されていたんですよ」
「‥‥そ、うなんですか」

言葉が見つからなくて、アドルは視線を泳がせる。

「でも、どうして‥‥何十年も経って、どうしてあなたは今日、私に会いに来たのかしら?どうして‥‥」

どうして『今更』なんだと。
どうして『今頃』なんだと。
きっと、そう言いたいのだろうとアドルは感じた。なんだか申し訳ない気持ちになってしまい、それでも意を決して口を開く。

「実は‥‥」

しかし、アドルは口ごもってしまった。
父ーー彼女の息子が亡くなったことを、この優しげな老婆である母親に伝えなければいけないのだ。
老婆は俯いてしまったアドルをじっと見つめ、

「アドル。せっかくあなたが来てくれたんです。外で立ち話もなんですから、中に入りましょうか。お友達の方もどうぞ」

と、老婆はクリュミケールとキャンドルを見て微笑む。しかし、促された二人は目配せをし、

「あっ‥‥いえ、オレ達は、待ってます」

クリュミケールがそう言った。それから二人はアドルの方に行き、

「とりあえず、お前の家族の話だからな。俺達がいるわけにもいかないだろ」

キャンドルは小さな声でアドルに言い、彼はそれに頷く。
そうして、アドルは老婆と共に屋敷の中に入り、

「オレ達はどっかで時間潰しとかなきゃな」

と、クリュミケールが言って、

「だな。‥‥ん?」

キャンドルは頷いた後で、どこか一点を見つめた。クリュミケールは不思議そうに彼の視線の先を見ると、こちらを見ている少女がいることに気づく。

「お前の知り合いか?」

と、キャンドルに聞かれ、クリュミケールは「うーん」と、難しそうな顔をした。
そこで、少女の連れの銀髪の青年がこちらに気づき、

「あ、クリュミケール!君もファイス国に着いてたんだね」

と、銀髪の青年ラズがこちらに声を掛ける。

「ああ、昨晩ね」

クリュミケールはそう言って、ちらりとまだ遠目からこちらを見ている少女、ハトネを見た。

「そうか。僕らはついさっき。あれ?アドルは?それにそっちは‥‥」

ラズはアドルがいないことに気づき、それからキャンドルを不思議そうに見る。

「アドルは今、祖母のところに行ってるよ。彼はキャンドル。オレも会ったばっかだけど、アドルの幼馴染だそうだ」
「おう。紹介されたはいいが‥‥えーっと」

キャンドルは当然、状況が飲み込めていなかった。

「ああ。こっちはラズ。あの女の子はハトネだったかな?ここに来る道中、偶然シックライア付近で会ったんだ」

と、クリュミケールは説明する。

「それで?ラズ達はどうなんだ?捜してる人は見つかりそうか?」
「うーん‥‥なかなか」

聞かれて、ラズは苦笑した。

「それで?あの子はなんであんな遠目からこっちを睨んでんだ?」

キャンドルはハトネの方を指して言い、

「あ、あはは‥‥なんだろうね」

ラズは苦笑したまま言う。すると、

「クリュミケールさーん、兄ちゃーん」

なんて声が後ろから聞こえてきて、それはこちらに駆けて来るアドルの声だった。

「えっ?もう終わったのか!?」

と、クリュミケールとキャンドルが驚くように聞けば、アドルはにんまりとしたまま頷く。

「あっ、ラズさんにハトネさんも来てたんですね」

二人に気付いたアドルはそう言い、

「ああ。じゃあ、君達は話があるだろうし、僕らはこれで‥‥」

ラズはそう言って、遠目からこちらを見ているハトネの方に行った。
クリュミケールはそれを見た後、

「それで?どうだったんだ?アドル」

と、彼に聞けば、キャンドルもアドルを見る。

「えっと‥‥」

アドルは口を開いた。


◆◆◆◆◆

「さあ、アドル。どうぞ座って」

屋敷の一室に招かれたアドルは、老婆にいかにも高そうなソファーに座るよう促された。アドルは緊張しながらも慌てて座る。

「名乗るのが遅れましたね。私はルアと言います。それで‥‥アスヤさんとカイナは元気にしていますか?」

老婆ーールアは優しく微笑みながら聞いた。

「ルア‥‥さん。あの、これ‥‥」

アドルはアスヤに持たされた小さな箱をルアに差し出した。ルアは不思議そうに箱を受け取る。
アドルはルアと視線を合わせることができず、床に敷かれた赤い絨毯を見つめながら、

「中身は知らないのですが、父さんの、遺品だと‥‥母さんが」

アドルは震えた声で言葉を吐き出した。

「‥‥!」

彼の言葉にルアは驚き、ただただ箱を見つめる。

「父さんは‥‥去年、亡くなりました」

アドルはギュッと目を瞑り、

「ニキータ村に魔物が入り込んで来たんです。おれの前にも魔物が現れて‥‥おれは、何も出来なかった‥‥父さんはそんなおれを庇って、魔物に‥‥」

その時の光景を鮮明に思い浮かべ、アドルは歯を食いしばり、震える拳を握りしめた。

「全部、おれのせいなんです。父さんが死んでから、母さんも体調を崩してばかりで‥‥」

ルアは黙ってアドルの言葉を聞いていたが、

「あなたのその二双の剣は飾りなのですか?」

と、アドルの両腰に下げられた剣を見つめる。
それに、アドルは顔を上げ、疑問の表情をルアに向けた。

「あなたはもう、立派な男の子でしょう?カイナはきっと、あなたを大切にしていたのでしょう。だから、身を呈して家族を守った‥‥だから、自分のせいなどと言わないで」

ルアは微笑んでそう言い、

「私は最低な母親です。息子が‥‥カイナが私に紹介した女性はニキータ村の女性。ですが、貴族は貴族と結婚するものだーーそんな古い風習を、私は曲げられなかった。だからカイナはこの家を出て行きました。地位も姓も捨てて。カイナが選んだのは、あなたの母‥‥アスヤさんとニキータ村でした」

そう話す彼女の声は、しかし穏やかなものだった。

「私が意地を張り続けたばかりに、何十年もカイナの姿を見ることもできなくなり‥‥今日に至りましたね。亡くなった夫には、本当に申し訳ないことをしてしまいました‥‥」
「亡くなった‥‥?」

アドルが聞き返すと、

「私の夫ーーあなたのおじいさんは、もう二年も前に病で亡くなりました」
「‥‥」

それを聞いたアドルは、一目も見ることも会うことも叶わなかった祖父を偲んだ。
すると、アドルはルアの視線に気づく。

「でも、こんな私は‥‥今日こうしてあなたに会えました」

そう言ってルアは微笑み、優しくアドルの髪を撫でた。


◆◆◆◆◆

「ルアさんは、おれのことも母さんのことも憎んでなかったんだ‥‥」

先刻の会話を思い出し、アドルは胸に手を当てる。

「そっか‥‥そういや、その遺品の中身はなんだった?」

キャンドルが聞き、

「確かに気になりはするが‥‥お前、デリカシーってもんが」

クリュミケールがキャンドルに言おうとしたが、アドルはクスクスと笑い、荷物の中から使い古した感のある一本の短剣を取り出した。

「これが、遺品の中身だったよ」

ーーと。
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