27 / 105
三章【繋がり】
3-6 あなたと
しおりを挟む
何日経っただろう。
五日目だっただろうか?
水も飲まず、食べ物も食べず‥‥
飲まず食わずで、頭痛と言うか吐き気と言うか‥‥
体が怠いーー言い表せない妙な気分だった。
リオは肩で息をしながらよろよろと歩き続ける。
その呼吸は乱れていて、荒い。
不死鳥が言うには、山頂までは一週間程だと言っていた。
一週間なんて短いと思っていたが、そんなことはなかった。
(早ければ、二日‥‥保つだろうか)
◆◆◆◆◆
「なんだい?お主ら、邪な臭いがプンプンする」
不死鳥の住む山の手前にある小さな小屋。
近年で不死鳥に認められた唯一の者、老婆エナンが言った。
「失礼だな、ばーさんよぉ。オレらはただ、不死鳥様を拝みに来ただけだぜ?」
夕日色の髪をした、背から黒い羽が生えた男ーーロナスが言う。
その後ろには、カシルとレイラがいた。
「不死鳥に、ねぇ」
老婆が鼻で笑うので、
「ああん?ババア、何がおかしっ‥‥」
「おっじゃまっしまーす!」
ロナスの声は、明るい声に掻き消される。
「こらっ、ハトネちゃん!ノックぐらいしないと!すっ、すみません‥‥ここから見える山が、不死鳥の住む山ですか?」
フィレアがハトネの頭を軽く叩きながら老婆に聞いた。
フィレアとハトネ、そしてラズ。
「なんなんじゃ、今日は」
客人が一斉に来て、エナンは大きく息を吐く。
「‥‥あ!えーっ!?王女様!?」
ハトネがレイラを指差して言い、
「カシル!!」
フィレアもその姿を見つけた。
ラズは静かに短剣を構える。
「あなた達は‥‥」
レイラが小さな声で言い、視線をちらつかせる。そして、
「あの子は?」
と、聞いた。
「‥‥リオさんは、今は行方不明だ」
レイラの問いにラズが答える。
「そう‥‥」
と、それだけ言い、レイラは目を伏せた。
以前までの無邪気な彼女は消え失せ、どこか冷たい表情をしている。
(む‥‥?リオ?)
エナンはその名前に反応した。
「お主ら‥‥この地から去れ。わしは今、待ち人を待っておるのだ」
急に、エナンが六人にそう言うので、
「待ち人だぁ?」
ロナスは少し怒ったように聞いた。
「そうじゃ。待ち人じゃ。四年前にこの山を登ったっきり戻って来ぬ者を、わしは待っておる。いつものようにな」
そう、四年。
四年、経ってしまったのだ。
「四年前!?」
ハトネはそれに反応する。リオがいなくなった年と一致するからだ。
「お婆さん!私達、友達を捜してるの!もしかしたら‥‥その人がこの山にいるのかと思って‥‥」
ハトネが興奮して聞けば、
「お主の友達かは知らぬが、四年間帰って来ぬのだ。もう、死んだ可能性もある‥‥この山に登った者は、いつもそうじゃからな」
エナンの言葉に、ハトネの顔が青ざめる。
「だが、今までの旅人とは確実に違う目をしていた。今までの者は興味本位だとか、物珍しさ、自身の欲で不死鳥を求め、命を散らした。じゃが、そやつは友達を助ける為の力が欲しいと、そう言っていてのう。自分の為の力を求めない者など初めてじゃった。じゃから、わしは信じて待っておるのだ」
エナンは懐かしそうに言った。
◆◆◆◆◆
確実に死ぬと思った。
けれど、リオは山を登り続けた。やるべきことがあるから。
(絶対に‥‥生きて、帰る)
山を登り続けて、何も口にしていないし、一睡もしていない。
足が重い。何日目だろう。
もしかしたら、一週間は過ぎてしまったかもしれない。
(シュイアさんなら、こんな山‥‥楽勝で登るんだろうな。ハトネなら、こんな時でも笑ってるんだろうな。フィレアさんなら、自分や仲間を励ましながら行動するんだろうな。カシルだってこんな山、楽勝だろうな‥‥と言うか、登ろうとしないかも)
そんなことを考えて、俯きながらリオは苦笑する。
「ふう‥‥」
ため息を吐き、顔を上げると‥‥
「来たか、小さき者よ」
景色が、辺り一面が‥‥血の色のように真っ赤に染まる。リオは炎に囲まれた。
「えっ‥‥!?あつっ!?」
その炎が軽くリオの腕に触れ、リオは慌てて炎から離れる。
「小さき者よ、これが熱いのか?」
ーーと、不死鳥の声。
「熱いに決まってる!」
リオが答えれば、
「そうーー今までの者達はこの炎に焼かれ、死んだ。そして今では死人となり、この山を守っている」
不死鳥の言葉に、リオは山の途中で出会った死人達を思い出した。
「お前もその一人となるか‥‥」
不死鳥は残念そうに言う。
(何を‥‥どういうことだ?不死鳥は、これが熱いのかと、そう聞いてきた。エナンさんはどうして生きてこの山を出れた?もしかして、本当は熱くないのか?この炎‥‥)
リオは思考を巡らせた。
疑問を感じつつ、リオは炎の中、不死鳥を見つめる。
不死鳥の、目を見た。
黒い黒い、真っ黒な目。
優しく、悲しい目に見えた‥‥
リオは疲れのせいか、熱気にやられてか、頭がぼんやりとしてきて‥‥
いつの間にか、周りから炎が消えていた。
(ここは確か…さっき通った山の途中?どうして!?)
更によく見ると、目の前に自分と同じ歳ぐらいの見知らぬ少女がいるではないか。
「えっと‥‥誰?」
リオが聞くが、少女には自分の声は届いていないようだ。
「不死鳥様に‥‥不死鳥様にお願いしなきゃ‥‥お母さんが!!」
少女はそう泣きそうに言いながら、山を登り続けている。
ーー再び景色が変わった。
「あなたが、不死鳥様?」
先程のリオの状況と同じく、少女は炎に包まれている。
「お願いします‥‥お母さんが死んだんです!不死鳥様なら命を救えると聞きました‥‥お願いします!お母さんを生き返らせて下さい!」
少女は涙ながらに叫んだ。
「それは出来ぬ。命とは、そんなに軽いものではない。ただ、お前が我と契約すると言うのなら、お前の母を救おう」
「けいやく?」
「我の力をお前に授ける代わりに、お前の母の命を救おう」
「え?それだけ‥‥?」
少女は弱々しく聞く。
「我の力を手に入れるということは、魔術の力を手に入れるようなものだ」
「魔術?」
「そうだ。不老の命を手に入れ、そして宿命を受け入れねばならぬ」
「ふっ‥‥不老!?」
少女は大いに驚いた。
「そんな‥‥不老だなんて!?そんな命いりませんーー!」
「ならば母のことはどうにも出来ぬ」
少女はしばらく俯き、考えている。しばらくして顔を上げ、
「‥‥わかりました」
「ではーー」
と、その少女の言葉に不死鳥が反応する。
「私は‥‥諦めます」
ここまで登ってきたというのに、少女があまりにあっさりと言うので、不死鳥は「何故」と聞いた。
「不老になるのは辛いです‥‥」
少女は不死鳥の目を見つめ、
「どうか、してました。母を喪ったのが悲しすぎて‥‥受け入れることができなかった。それに、不死鳥様の目、私と同じで‥‥とても悲しそう」
「‥‥」
「不死鳥様も、何か大切なものを‥‥人を、なくしたんですか?」
少女の鋭い発言に、不死鳥は一瞬言葉をなくすが‥‥
「昔、この山は、人間の子供達の遊び場であった。今のように火は噴いていなく、快適な場所であった。我もよく、その子供達の前に姿を現していた」
不死鳥は一息置き、
「ある日、その内の一人が山の崖から落ちて死んだ。その子供の親が来て我はーーその子供を生き返らせた。それが間違いだった」
不死鳥が怒るように言う。
「それから人間共は我の力を求めた。金儲けのネタに使う者もいた。この山は汚された。それから我は、人を‥‥何もかもを信じず避けて生きてきた。この永久の命の中で」
「不死鳥様‥‥」
「だが、お前は今までの人間とは違う臭いがする。そう、まるで、かつての彼らのような‥‥」
「‥‥え?」
ーー少女の目の前には、人がいた。
同時に、少女を囲んでいた炎も消える。
「あなた‥‥は?」
「不死鳥だ」
不死鳥ーーいや、人の姿をした、虹色の髪を持つ美しい青年が、優しく微笑んだ。
「お前は生かして帰そうーーお前は、この山を汚さないだろう。名を、聞かせてくれるか?」
不死鳥が少女に歩み寄り、そう尋ねる。
「えっ‥‥エナン。エナンです‥‥」
少女ーーエナンが心臓を大きく高鳴らせながら言った。
視界が、揺れる。
「!?」
リオは目を見開かせた。
戻ってきた‥‥と言うのだろうか?
リオはまた、炎に囲まれていた。
(エナンさん。そうか、エナンさんは不死鳥の悲しみを理解してあげたんだ)
リオはゆっくりと炎に近付き、炎に腕を伸ばす。リオの腕に火が移った。やはり、熱い。
「不死鳥、悲しいんだな。何も信じず、誰とも関わらず‥‥」
そう言うと、炎の熱さが引いたような気がした。
「私も、悲しい。すごく‥‥悲しい。何を、誰を信じたらいいか‥‥わからないんだ」
リオは悲しげに微笑む。炎はもう、熱くなかった。
「でも、不死鳥‥‥あなたを信じれそうだ。あなたのことを信じたい。だから、あなたの力を私に授けてみないか?」
リオは手を差し出す。
「不老は辛いけど‥‥それでもいい。私があなたと生きよう」
不死鳥からの返事はないが、リオは言葉を続けた。
すると、不死鳥は口を開き‥‥
目の前には不死鳥ではなく、先ほど見た青年がいた。
「契りを交わそう、君と契りを。救うための力を望むのならば。そして、約束をしよう‥‥最期の時まで決して、破ることないようにーー裏切りはしない、約束してくれ」
そう言って不死鳥が、青年が、リオを抱き締める。
青年の体は震えていた。
寂しかったのだろうか、孤独が、独りが。
「ありがとう、不死鳥。私の名前はリオだよ」
リオはなぜ不死鳥が人の姿になれるのか、そんなことは特に疑問に思わなかった。
「会いに行こう、不死鳥。エナンさんに会いに行こう」
「エナン‥‥」
八十年以上前に出会った少女。
不死鳥はきっと、エナンを愛したんじゃないかな?なんて、リオは思う。
さっき見た二人の過去ーーその後、何があったかは知らないが。
「彼女はずっと、この山の前で暮らしているんだって。きっと、あなたを守る為、かな?不死鳥、あなたはずっと愛されていたんだね」
次の瞬間、リオの体がぐらりと揺れ、長い長い疲労感が安心に変わったのだろう。リオは意識を失った。不死鳥が彼女の体を支える。
「ありがとう、小さき者ーーリオよ。そうか‥‥君は、彼らの‥‥忘れ形見か。かつての主は、我にまた、道を示してくれたのだな」
不死鳥は本来の姿に戻り、背中にリオを乗せ、空を飛んだ。
懐かしい、かつての主の面影を宿した少女。
遠い遠い、昔の話。
これは、運命なのだろうか?
『オレ、助けたいんだ、あの子を!!』
空の色と金の髪を持ち合わせた、小さな英雄。
◆◆◆◆◆
「そうじゃ。リオという名の娘が、四年前にこの山に登った」
エナンの言葉に、
「そんな‥‥リオちゃん」
フィレアは目を伏せる。
「ははっ!綺麗事抜かしてたお嬢ちゃんだ!生きてる確率は、ゼロだな」
ロナスは嘲笑った。
「リオさんは死んでない、悪魔め!リオさんは、必ず帰って来る!」
ラズが泣きそうになりながら叫ぶと、
「へえ?なんでオレが悪魔だなんてわかるんだ、坊主‥‥ん?お前、どっかで‥‥」
ロナスが怪訝そうな顔をしていると、
「そうだよ!そんなこと言うあなたはまるで悪魔だよ!!リオ君が私を置いて死ぬはずない!!」
ハトネが大きな声でラズに加勢して、
「うっ‥‥うるせぇな!?なんだってこうガキしかいねぇんだ!ってか‥‥そーゆー意味の悪魔かよ」
ロナスは耳を塞ぎながら悪態を吐く。
するとーーコンコン‥‥と、ドアがノックされる音が聞こえた。
「おや?また客かい?今日は一体‥‥」
エナンは面倒臭そうにため息を吐くと、ドアを開けてやる。
しかし、ドアを開けた後のエナンの様子が明らかにおかしかった。
そして、他の六人も目を疑う。
「ただいま、エナンさん」
幼い声だが、どこか以前と違う強い瞳。
少女はゆっくりと微笑んだ。
五日目だっただろうか?
水も飲まず、食べ物も食べず‥‥
飲まず食わずで、頭痛と言うか吐き気と言うか‥‥
体が怠いーー言い表せない妙な気分だった。
リオは肩で息をしながらよろよろと歩き続ける。
その呼吸は乱れていて、荒い。
不死鳥が言うには、山頂までは一週間程だと言っていた。
一週間なんて短いと思っていたが、そんなことはなかった。
(早ければ、二日‥‥保つだろうか)
◆◆◆◆◆
「なんだい?お主ら、邪な臭いがプンプンする」
不死鳥の住む山の手前にある小さな小屋。
近年で不死鳥に認められた唯一の者、老婆エナンが言った。
「失礼だな、ばーさんよぉ。オレらはただ、不死鳥様を拝みに来ただけだぜ?」
夕日色の髪をした、背から黒い羽が生えた男ーーロナスが言う。
その後ろには、カシルとレイラがいた。
「不死鳥に、ねぇ」
老婆が鼻で笑うので、
「ああん?ババア、何がおかしっ‥‥」
「おっじゃまっしまーす!」
ロナスの声は、明るい声に掻き消される。
「こらっ、ハトネちゃん!ノックぐらいしないと!すっ、すみません‥‥ここから見える山が、不死鳥の住む山ですか?」
フィレアがハトネの頭を軽く叩きながら老婆に聞いた。
フィレアとハトネ、そしてラズ。
「なんなんじゃ、今日は」
客人が一斉に来て、エナンは大きく息を吐く。
「‥‥あ!えーっ!?王女様!?」
ハトネがレイラを指差して言い、
「カシル!!」
フィレアもその姿を見つけた。
ラズは静かに短剣を構える。
「あなた達は‥‥」
レイラが小さな声で言い、視線をちらつかせる。そして、
「あの子は?」
と、聞いた。
「‥‥リオさんは、今は行方不明だ」
レイラの問いにラズが答える。
「そう‥‥」
と、それだけ言い、レイラは目を伏せた。
以前までの無邪気な彼女は消え失せ、どこか冷たい表情をしている。
(む‥‥?リオ?)
エナンはその名前に反応した。
「お主ら‥‥この地から去れ。わしは今、待ち人を待っておるのだ」
急に、エナンが六人にそう言うので、
「待ち人だぁ?」
ロナスは少し怒ったように聞いた。
「そうじゃ。待ち人じゃ。四年前にこの山を登ったっきり戻って来ぬ者を、わしは待っておる。いつものようにな」
そう、四年。
四年、経ってしまったのだ。
「四年前!?」
ハトネはそれに反応する。リオがいなくなった年と一致するからだ。
「お婆さん!私達、友達を捜してるの!もしかしたら‥‥その人がこの山にいるのかと思って‥‥」
ハトネが興奮して聞けば、
「お主の友達かは知らぬが、四年間帰って来ぬのだ。もう、死んだ可能性もある‥‥この山に登った者は、いつもそうじゃからな」
エナンの言葉に、ハトネの顔が青ざめる。
「だが、今までの旅人とは確実に違う目をしていた。今までの者は興味本位だとか、物珍しさ、自身の欲で不死鳥を求め、命を散らした。じゃが、そやつは友達を助ける為の力が欲しいと、そう言っていてのう。自分の為の力を求めない者など初めてじゃった。じゃから、わしは信じて待っておるのだ」
エナンは懐かしそうに言った。
◆◆◆◆◆
確実に死ぬと思った。
けれど、リオは山を登り続けた。やるべきことがあるから。
(絶対に‥‥生きて、帰る)
山を登り続けて、何も口にしていないし、一睡もしていない。
足が重い。何日目だろう。
もしかしたら、一週間は過ぎてしまったかもしれない。
(シュイアさんなら、こんな山‥‥楽勝で登るんだろうな。ハトネなら、こんな時でも笑ってるんだろうな。フィレアさんなら、自分や仲間を励ましながら行動するんだろうな。カシルだってこんな山、楽勝だろうな‥‥と言うか、登ろうとしないかも)
そんなことを考えて、俯きながらリオは苦笑する。
「ふう‥‥」
ため息を吐き、顔を上げると‥‥
「来たか、小さき者よ」
景色が、辺り一面が‥‥血の色のように真っ赤に染まる。リオは炎に囲まれた。
「えっ‥‥!?あつっ!?」
その炎が軽くリオの腕に触れ、リオは慌てて炎から離れる。
「小さき者よ、これが熱いのか?」
ーーと、不死鳥の声。
「熱いに決まってる!」
リオが答えれば、
「そうーー今までの者達はこの炎に焼かれ、死んだ。そして今では死人となり、この山を守っている」
不死鳥の言葉に、リオは山の途中で出会った死人達を思い出した。
「お前もその一人となるか‥‥」
不死鳥は残念そうに言う。
(何を‥‥どういうことだ?不死鳥は、これが熱いのかと、そう聞いてきた。エナンさんはどうして生きてこの山を出れた?もしかして、本当は熱くないのか?この炎‥‥)
リオは思考を巡らせた。
疑問を感じつつ、リオは炎の中、不死鳥を見つめる。
不死鳥の、目を見た。
黒い黒い、真っ黒な目。
優しく、悲しい目に見えた‥‥
リオは疲れのせいか、熱気にやられてか、頭がぼんやりとしてきて‥‥
いつの間にか、周りから炎が消えていた。
(ここは確か…さっき通った山の途中?どうして!?)
更によく見ると、目の前に自分と同じ歳ぐらいの見知らぬ少女がいるではないか。
「えっと‥‥誰?」
リオが聞くが、少女には自分の声は届いていないようだ。
「不死鳥様に‥‥不死鳥様にお願いしなきゃ‥‥お母さんが!!」
少女はそう泣きそうに言いながら、山を登り続けている。
ーー再び景色が変わった。
「あなたが、不死鳥様?」
先程のリオの状況と同じく、少女は炎に包まれている。
「お願いします‥‥お母さんが死んだんです!不死鳥様なら命を救えると聞きました‥‥お願いします!お母さんを生き返らせて下さい!」
少女は涙ながらに叫んだ。
「それは出来ぬ。命とは、そんなに軽いものではない。ただ、お前が我と契約すると言うのなら、お前の母を救おう」
「けいやく?」
「我の力をお前に授ける代わりに、お前の母の命を救おう」
「え?それだけ‥‥?」
少女は弱々しく聞く。
「我の力を手に入れるということは、魔術の力を手に入れるようなものだ」
「魔術?」
「そうだ。不老の命を手に入れ、そして宿命を受け入れねばならぬ」
「ふっ‥‥不老!?」
少女は大いに驚いた。
「そんな‥‥不老だなんて!?そんな命いりませんーー!」
「ならば母のことはどうにも出来ぬ」
少女はしばらく俯き、考えている。しばらくして顔を上げ、
「‥‥わかりました」
「ではーー」
と、その少女の言葉に不死鳥が反応する。
「私は‥‥諦めます」
ここまで登ってきたというのに、少女があまりにあっさりと言うので、不死鳥は「何故」と聞いた。
「不老になるのは辛いです‥‥」
少女は不死鳥の目を見つめ、
「どうか、してました。母を喪ったのが悲しすぎて‥‥受け入れることができなかった。それに、不死鳥様の目、私と同じで‥‥とても悲しそう」
「‥‥」
「不死鳥様も、何か大切なものを‥‥人を、なくしたんですか?」
少女の鋭い発言に、不死鳥は一瞬言葉をなくすが‥‥
「昔、この山は、人間の子供達の遊び場であった。今のように火は噴いていなく、快適な場所であった。我もよく、その子供達の前に姿を現していた」
不死鳥は一息置き、
「ある日、その内の一人が山の崖から落ちて死んだ。その子供の親が来て我はーーその子供を生き返らせた。それが間違いだった」
不死鳥が怒るように言う。
「それから人間共は我の力を求めた。金儲けのネタに使う者もいた。この山は汚された。それから我は、人を‥‥何もかもを信じず避けて生きてきた。この永久の命の中で」
「不死鳥様‥‥」
「だが、お前は今までの人間とは違う臭いがする。そう、まるで、かつての彼らのような‥‥」
「‥‥え?」
ーー少女の目の前には、人がいた。
同時に、少女を囲んでいた炎も消える。
「あなた‥‥は?」
「不死鳥だ」
不死鳥ーーいや、人の姿をした、虹色の髪を持つ美しい青年が、優しく微笑んだ。
「お前は生かして帰そうーーお前は、この山を汚さないだろう。名を、聞かせてくれるか?」
不死鳥が少女に歩み寄り、そう尋ねる。
「えっ‥‥エナン。エナンです‥‥」
少女ーーエナンが心臓を大きく高鳴らせながら言った。
視界が、揺れる。
「!?」
リオは目を見開かせた。
戻ってきた‥‥と言うのだろうか?
リオはまた、炎に囲まれていた。
(エナンさん。そうか、エナンさんは不死鳥の悲しみを理解してあげたんだ)
リオはゆっくりと炎に近付き、炎に腕を伸ばす。リオの腕に火が移った。やはり、熱い。
「不死鳥、悲しいんだな。何も信じず、誰とも関わらず‥‥」
そう言うと、炎の熱さが引いたような気がした。
「私も、悲しい。すごく‥‥悲しい。何を、誰を信じたらいいか‥‥わからないんだ」
リオは悲しげに微笑む。炎はもう、熱くなかった。
「でも、不死鳥‥‥あなたを信じれそうだ。あなたのことを信じたい。だから、あなたの力を私に授けてみないか?」
リオは手を差し出す。
「不老は辛いけど‥‥それでもいい。私があなたと生きよう」
不死鳥からの返事はないが、リオは言葉を続けた。
すると、不死鳥は口を開き‥‥
目の前には不死鳥ではなく、先ほど見た青年がいた。
「契りを交わそう、君と契りを。救うための力を望むのならば。そして、約束をしよう‥‥最期の時まで決して、破ることないようにーー裏切りはしない、約束してくれ」
そう言って不死鳥が、青年が、リオを抱き締める。
青年の体は震えていた。
寂しかったのだろうか、孤独が、独りが。
「ありがとう、不死鳥。私の名前はリオだよ」
リオはなぜ不死鳥が人の姿になれるのか、そんなことは特に疑問に思わなかった。
「会いに行こう、不死鳥。エナンさんに会いに行こう」
「エナン‥‥」
八十年以上前に出会った少女。
不死鳥はきっと、エナンを愛したんじゃないかな?なんて、リオは思う。
さっき見た二人の過去ーーその後、何があったかは知らないが。
「彼女はずっと、この山の前で暮らしているんだって。きっと、あなたを守る為、かな?不死鳥、あなたはずっと愛されていたんだね」
次の瞬間、リオの体がぐらりと揺れ、長い長い疲労感が安心に変わったのだろう。リオは意識を失った。不死鳥が彼女の体を支える。
「ありがとう、小さき者ーーリオよ。そうか‥‥君は、彼らの‥‥忘れ形見か。かつての主は、我にまた、道を示してくれたのだな」
不死鳥は本来の姿に戻り、背中にリオを乗せ、空を飛んだ。
懐かしい、かつての主の面影を宿した少女。
遠い遠い、昔の話。
これは、運命なのだろうか?
『オレ、助けたいんだ、あの子を!!』
空の色と金の髪を持ち合わせた、小さな英雄。
◆◆◆◆◆
「そうじゃ。リオという名の娘が、四年前にこの山に登った」
エナンの言葉に、
「そんな‥‥リオちゃん」
フィレアは目を伏せる。
「ははっ!綺麗事抜かしてたお嬢ちゃんだ!生きてる確率は、ゼロだな」
ロナスは嘲笑った。
「リオさんは死んでない、悪魔め!リオさんは、必ず帰って来る!」
ラズが泣きそうになりながら叫ぶと、
「へえ?なんでオレが悪魔だなんてわかるんだ、坊主‥‥ん?お前、どっかで‥‥」
ロナスが怪訝そうな顔をしていると、
「そうだよ!そんなこと言うあなたはまるで悪魔だよ!!リオ君が私を置いて死ぬはずない!!」
ハトネが大きな声でラズに加勢して、
「うっ‥‥うるせぇな!?なんだってこうガキしかいねぇんだ!ってか‥‥そーゆー意味の悪魔かよ」
ロナスは耳を塞ぎながら悪態を吐く。
するとーーコンコン‥‥と、ドアがノックされる音が聞こえた。
「おや?また客かい?今日は一体‥‥」
エナンは面倒臭そうにため息を吐くと、ドアを開けてやる。
しかし、ドアを開けた後のエナンの様子が明らかにおかしかった。
そして、他の六人も目を疑う。
「ただいま、エナンさん」
幼い声だが、どこか以前と違う強い瞳。
少女はゆっくりと微笑んだ。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる