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第三章【破滅へと至る者】

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天使の村での惨劇から日は経ち、戴冠式までとうとうあと二日となった。
あれ以降、シックスギアの行動は鳴りを潜めている。
奪われた力ある男性、拐われた一人の少年ーー恐らく、なんらかの目的を達したのだろう。

派手に目立つ行動を起こしたのはリダとマジャであるが、マータがドラゴンを捕縛したことをシーカーは懸念している。

「これっ!これ!かわいい!!」

イーストタウン地方にある大きな街、ロアー。街中にある衣料品店で、ウェザは目を輝かせながらドレスを見ていた。

「あまり目立つものは選ばない方がいいかもしれませんね」

と、シーカーが言い、

「自分、ほとんど鎧で過ごしていますから、正装というのは緊張しますな‥‥」

似たようなタキシードを手に持ちながら、レンジロウは眉を潜める。

ヨミからの手紙には、正装を身に纏うようにと書いてあった。女王の戴冠式だから当然だろう。しかし、戴冠式の日、城内には貴族だけでなく、一般市民の出入りも可能だという。
エクスは、今まで重要な式典でそんなことは有り得なかったと話す。何か裏があるような気がするとシーカーは言った。

とりあえず今は準備を済ませようと、衣類を選んでいる。
アリアは報酬の為、何よりも拐われた少年の為、ウェザはヨミの為にと、戴冠式の日、協力してくれることとなった。

「私もタキシードでいいですよ。近年、スカートなんて履いていませんし」

アリアが言えば、

「おや。アリアさんはリダに‘強い男’として目をつけられているんです。身を隠す為、ちゃんと女性らしい格好をした方が良いかと。でないと、貴女を見つけた彼は場所関係なく斧を振り回しそうです」

シーカーにそう言われ、

「一理ありますね。そうですね‥‥女の私をかつてリダは‘ブス’だと言ってスルーしたんです。あっはは!あの男、本当にムカつく!そうですね、人生初めてドレスでも着てみましょうかね!ウェザさん、ノルマルさん、お洒落なんてものがわからないので、私にとびきり似合う衣装を選んで下さい!二人はかわいいし!」

なんて言って、アリアはウェザとノルマルの間に立ち、二人と腕を組んだ。ウェザは「いいわよー」と乗り気であり、ノルマルは急なスキンシップに照れ臭そうにしている。

その様子を、エクスは目を細めて見ていた。友人だと言ったシスター、子供達を失ってから、無理に笑っているようにも見える。
助かった少女二人は、ハルミナの街でしばらくの間、マシュマロが見てくれることとなった。

「さて、エクスは‥‥いくら見た目が以前とは少し違うと言っても、パンプキンとヨミは貴方に気づいた。貴方は一番、目立たないようにしなければいけませんね。幸い、いつもフードを被っていたお陰で他の四人には顔はバレていないですが‥‥」

シーカーに言われ、

「まあ、俺は入城してすぐ、ヨミの待つ場所に行くつもりだ。お前達がシックスギアの集まるホールを監視し、俺は迅速に動くよ。城内のことは俺が一番わかっている、大丈夫だ。お前が他の皆の当日の動きも決めてくれている。お前を信じているぞ、シーカー」

エクスがそう言い、シーカーは薄く微笑みながら、

「ええ。頑張りなさい、エクス。パパがちゃーんと他の方々を指揮します。ですからーーどんな結末が待っていようと、その足でちゃんと、立つんですよ。貴方の後ろには、私がいます。信頼に応えましょう」
「‥‥」

恐らくシーカーは頭の中で様々な想定をしているのだろう。それが『どんな結末が待っていようと』‥‥その言葉から伝わってきた。エクスは頷き、

「無事、ソートゥや人々を助け出せたら、お前の話を聞かせてもらうぞ」
「私の?」
「ああ。たとえば‥‥マシュマロが言っていた、スケルという名の男についてーーとかな」
「‥‥ふふ」

シーカーは笑い、エクスに背を向けて衣装を選び出すので、

「おっ、おい!笑って誤魔化すな!」

と、エクスは慌てる。


◆◆◆◆◆◆

動悸が激しかった。緊張ーーしているのかもしれない。約八ヶ月振りにエクスはロンギング国へと足を踏み入れるのだ。今日が終わり、明日が終われば、とうとう‥‥

不安も大きい。ソートゥを、無事に連れ出せるだろうか。彼女は八ヶ月もの間、どんな生活を送っていただろう。酷い目に遭わされていないだろうか。長らく助けにも行けなかった自分を恨んでいるだろうか。

「‥‥」

時々、悪夢を見る。悪夢かどうかはわからない。
天使の男が人間と魔族と戦い、互いに血を流す光景。
強大な力を持った誰かが、全てを憎悪する感情。自分を世界ごと破壊したいという衝動。何を憎んでいるのか‥‥その感情が、全身を伝う。
しかし、最後にはいつもーー‥‥

ピシャリーー!と、額に冷たい何かが落ちてきて、エクスはハッと目を開けた。

「おおっ!かたじけない!起こしてしまったでありますな!」

窓の外はすっかり夜。ロアーの街で宿をとり、休んでいたエクスは慌てて身を起こす。同室で寝ていたレンジロウが自分の額に冷たいタオルを置いたようだ。

「随分とうなされていたようでして‥‥」
「あっ、ああ‥‥すまない」

エクスは全身にびっしょりと汗をかいていることに気づく。

「戴冠式の日が近づき、緊張しているのですか?」
「‥‥そうかも、しれないな」

額の汗を拭い、エクスは苦笑いする。緊張が、わけのわからない悪夢を見せるのだろうか。誰かが血を流し続ける、救いの無い悪夢。しかし、最後にはいつも光があった。

ずっと、悪夢の主人公の傍らにいてくれた、魔族の少女の笑顔。

しかし、目が覚めるとその顔は思い出せない。だが、その笑顔が全ての憎悪を浄化していた。

「エクス殿?」

ふと隣を見ると、ベッドの側で心配そうにこちらを見て立っているレンジロウと目が合い、エクスは苦笑する。

「すまないな、レンジロウ。俺が勝手を言ってお前を巻き込んで。本当なら、もっとマシな仕事を見つけ、娘の傍に居てやりたいだろう」
「いえ、イノリは‥‥母親に似てしっかりした娘ですから‥‥自分の妻は、イノリを産んで死んでしまいました。イノリを腕に抱くことなく‥‥」
「‥‥!」

レンジロウは、いつもの明るい声ではなく、少しだけトーンを落とした声で静かに話した。

「男手ひとつで育てて、幼い頃からイノリには苦労を掛け、まだ十五だというのに、自分を気遣ってバイトまでして‥‥本当に、父親失格であります」
「‥‥」

親でもない、ましてやイノリと少ししか歳の変わらないエクスは、レンジロウに掛ける言葉が見つからない。

「しかし、ロンギング王が築いて下さった平和がこんなにもあっさりと打ち砕かれ、人々の、何よりもイノリの幸せを守る為に、自分は戦いたいのであります。ですから、エクス殿が自分に協力を仰がなくとも、自分は戦っていたことでしょう」

言いながら、レンジロウはエクスの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でた。それにエクスは目を丸くしたが、

「はっ!!!!王子を子供扱いするなどと、失礼極まりない行為をーー」
「構わない。俺は、ただの子供だからな」

そう言って、元王子は笑う。
夢の中の魔族の少女が背中を押すように言っていたのだ。『行ってらっしゃい』と。
自分ではない誰かに言っている言葉だか、それでもなぜか、エクスも前へ進めるような気がした。


ーー戴冠式の前日。
六人は初めてテーブルを囲み、共に食事をした。
今までは各自でギルドの依頼をこなしたり、故郷で過ごしたり、別々に行動することが多かった。

「ここのケーキ、凄くおいしいですのよ!」

カフェの店内でメニューを見ながらウェザが言い、

「ううっ‥‥カフェはあまり入らないので、落ち着かないでありますな。それに、なかなかにお高い」
「‥‥私も外食なんて贅沢あまりしないから、何を頼んだらいいのやら」

レンジロウとアリアは視線を泳がせ、

「ギルドでの稼ぎがあるんだから、好きなもの頼んだらいいのよ」

と、ノルマルが言い、

「じゃあ、アリアとおじ様には、あたくしがオススメを頼んであげるわ!」

ウェザはそう言った。

「ほらエクス。明日が不安なのはわかります。ですが、せっかくの食事の席なんです。暗い顔をしてはいけませんよ」

コツンと、俯くエクスの頭を軽く小突きながらシーカーが言い、

「ああ、そうだな」

と、顔を上げて苦笑した。

「まあ、明日が無事に終わったら、もっとゆっくり食事が出来たらいいわね」

ウェザが言い、

「落ち着いたら、久々にイノリさんにも会いに行かないとな」
「ああああアリア殿!?いや、アリア殿が女性なのはわかりました!ですが‥‥なんでしょう、将来イノリがアリア殿を自分に紹介してきそうでこわいでありますぅぅぅぅぅぅ」
「もう酔っぱらってるんですか」

やれやれとアリアは肩を竦める。

「あたしも無事に帰ってオウル達を安心させなきゃ!」

ノルマルが言い、エクスは各々が先の話をしていることに小さく微笑んだ。

明日ーー。明日、やり遂げれば‥‥

(国を、平和を、取り戻せるのか?)
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