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第二章【切望の国】

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昼下がり。
ウィシェ・ロンギングは午前の用事を済ませ、午後からは剣術を学ぶ予定だった。
護身も兼ね、常に寝室にしまってある剣を取りに行ったが、いつも置いている場所に剣がない。

(おかしい。朝は確かにあったはずだが‥‥)

キョロキョロと部屋を見回しても仕方がない。とりあえずは稽古部屋に向かおうとした、その時ーー‥‥
耳をつんざくような悲鳴が幾度となく聞こえた。
どこからだ?何が起きた?

しかし考える間もなく、後頭部に衝撃が走る。何者かに鈍器で殴られたのだろうか。姿を見ることも叶わず、意識は、視界は暗転した。


目が覚めたのは、薄明かりの寒い場所。
眼前には鉄格子があり、両手足は重たい枷で繋がれていた。

「なっ‥‥んだ?ここは、地下牢か?」

幼い頃からウィシェとソートゥは地下牢への立ち入りを禁じられていた為、定かではない。

「王子様が目覚めたぞ!」
「おっ、やっとか」

すると、鉄格子の外に二人のロンギング兵の姿が見えた。

「なんだ、お前達は‥‥これはどういうことだ?」

身動きをとろうとするも、ジャラジャラと鎖が擦れる音がするだけである。

「なんだとはこちらの台詞ですよ。まさか王子様が王殺しをするなんて」
「王殺し?」

なんのことだとウィシェは兵士を睨み付けた。

「とぼけないで下さい。ロンギング王とリーシェル様を殺害したのは貴方でしょう!」
「は‥‥?」

頭が回らない。この兵士達が何を言っているのかがわからない。

「父と母が殺害された‥‥?」
「そうですよ。王の胸には貴方の剣が突き刺さり、何人かの者達は貴方が二人を殺害した現場を見たのです!だから今、貴方は幽閉されているのですよ」
「なんなんだ、一体!?なんの話なんだ?俺は、そんなこと知らない‥‥!本当に二人は死んだのか?ソートゥはーーがはッ!?」

腹部に男の拳が入り、ウィシェは苦痛に顔を歪めた。

「王子ーーいや、王殺しの罪人!貴方を拷問して真実を吐かせろと上からのお達しがある。まあ、真実がどうであれ、あんたは死刑になる身らしいがな!」
「ーーぐっ!?」

何度も何度も、腹や顔を殴られ、知りもしない罪を投げられ、しまいには鞭や鈍器まで取り出して来る。

どれだけ拷問されようと、話す真実など何もない。自分は何も知らない。

だって、朝、両親と妹に挨拶を交わした。いつも通りに過ごしていた。
なのに、言葉だけで両親が死んだなどと、この目で見てもいないのに納得できはしない。

皮膚は焼かれ、骨は折られ、痛みの感覚がもう、わからない‥‥
目を潰され、光が見えない‥‥

兵士達は上からの命令だと言うが、ただただ拷問を楽しんでいるようにしか見えなかった。狂っている‥‥

日の感覚がわからない程、拷問は続いた。食事も水分も与えられない。それでも微かに息は続き、まだ、生きている‥‥
しかし、ある日を境に地下牢には誰も来なくなり、ウィシェは死を待つのみとなる。

なぜ、こんなことになった。何が起きた。
わけもわからぬ内に両親は死に、王殺しの汚名を被せられ‥‥何を憎めばいいのか‥‥
それでも、憎い、悔しい。自分をこんな風に嵌めた何かが‥‥!

この憎しみが復讐に成る前に、全身を蝕む前に、

「そんなになってもまだ、生きたいですか?理不尽なこんな環境下でも」

得体の知れない男ーーシーカーが現れたのだ。

今でも、彼が何者なのかはわからない。
マシュマロは彼を【スケル】と呼んだ。

ただ、彼が何者であったとしても、あの場に彼が現れなければ、憎悪を抱いたまま自分は死んでいただろうとウィシェはーーエクスは思う。

誰のものかわからないこの金の目で、鉄の義手と義足で体を繋ぎ、自分は今、ここに立っている。

この手に温もりは感じられなくとも、まだ、光がある‥‥

『貴方にとっては四ヶ月。けれども私にとっては半年の情があるのですよ。でなければ、こんな馬鹿げたことに付き合う人がいますか?』

『‥‥エクス殿。王子であるからと言って、全てを守ろうとしなくていいのですぞ。あなただって多くを奪われたではありませんか。奪われ、罪を被せられ‥‥ですが、復讐ではなく、恨むでなく、何かを守りたいと言ったあなたは、やはり、いや、真に王族なのですな』

『あんたには期待してないよ。でも、やれるってんならやってほしい。あたし一人じゃ無理だから。戴冠式の日に、あんたの妹だけじゃなく、連れ去られた人達を一緒に助けてほしい』

『力に囚われてはなりません。強さだけが力だとすれば、今、世界を脅かす者達と何も変わりません。この剣の使い方、そして、あなた様の意思が正しき道に向かいますよう、祈りを捧げます』


自分は、切望の国の王の息子だ。
誰かの願いを、望みを守る為の国の。

(父上、母上‥‥俺はまだ、二人が死んだなどと信じられない。だから、待っていてくれ‥‥俺が国に戻る日まで。ソートゥ、必ず救いに行くから)

シーカーにレンジロウ、ノルマルにマシュマロ、かつて魔剣だったものを託してくれた神父。
目的は様々であれ、自分に協力してくれる者達の存在にエクスは感謝した。

同時に、城で過ごした日々では、このように他人と触れ合うことはなかった。
王である両親、妹、使用人、貴族。そんな人達しか知らない。

今でもまだ、戸惑いはある。自分の立たされたこの境遇に。

なぜ、自分がーーと。

考えを振り切り、エクスは雨空を見上げた。
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