16 / 40
第二章【切望の国】
2―3
しおりを挟む
昼下がり。
ウィシェ・ロンギングは午前の用事を済ませ、午後からは剣術を学ぶ予定だった。
護身も兼ね、常に寝室にしまってある剣を取りに行ったが、いつも置いている場所に剣がない。
(おかしい。朝は確かにあったはずだが‥‥)
キョロキョロと部屋を見回しても仕方がない。とりあえずは稽古部屋に向かおうとした、その時ーー‥‥
耳をつんざくような悲鳴が幾度となく聞こえた。
どこからだ?何が起きた?
しかし考える間もなく、後頭部に衝撃が走る。何者かに鈍器で殴られたのだろうか。姿を見ることも叶わず、意識は、視界は暗転した。
目が覚めたのは、薄明かりの寒い場所。
眼前には鉄格子があり、両手足は重たい枷で繋がれていた。
「なっ‥‥んだ?ここは、地下牢か?」
幼い頃からウィシェとソートゥは地下牢への立ち入りを禁じられていた為、定かではない。
「王子様が目覚めたぞ!」
「おっ、やっとか」
すると、鉄格子の外に二人のロンギング兵の姿が見えた。
「なんだ、お前達は‥‥これはどういうことだ?」
身動きをとろうとするも、ジャラジャラと鎖が擦れる音がするだけである。
「なんだとはこちらの台詞ですよ。まさか王子様が王殺しをするなんて」
「王殺し?」
なんのことだとウィシェは兵士を睨み付けた。
「とぼけないで下さい。ロンギング王とリーシェル様を殺害したのは貴方でしょう!」
「は‥‥?」
頭が回らない。この兵士達が何を言っているのかがわからない。
「父と母が殺害された‥‥?」
「そうですよ。王の胸には貴方の剣が突き刺さり、何人かの者達は貴方が二人を殺害した現場を見たのです!だから今、貴方は幽閉されているのですよ」
「なんなんだ、一体!?なんの話なんだ?俺は、そんなこと知らない‥‥!本当に二人は死んだのか?ソートゥはーーがはッ!?」
腹部に男の拳が入り、ウィシェは苦痛に顔を歪めた。
「王子ーーいや、王殺しの罪人!貴方を拷問して真実を吐かせろと上からのお達しがある。まあ、真実がどうであれ、あんたは死刑になる身らしいがな!」
「ーーぐっ!?」
何度も何度も、腹や顔を殴られ、知りもしない罪を投げられ、しまいには鞭や鈍器まで取り出して来る。
どれだけ拷問されようと、話す真実など何もない。自分は何も知らない。
だって、朝、両親と妹に挨拶を交わした。いつも通りに過ごしていた。
なのに、言葉だけで両親が死んだなどと、この目で見てもいないのに納得できはしない。
皮膚は焼かれ、骨は折られ、痛みの感覚がもう、わからない‥‥
目を潰され、光が見えない‥‥
兵士達は上からの命令だと言うが、ただただ拷問を楽しんでいるようにしか見えなかった。狂っている‥‥
日の感覚がわからない程、拷問は続いた。食事も水分も与えられない。それでも微かに息は続き、まだ、生きている‥‥
しかし、ある日を境に地下牢には誰も来なくなり、ウィシェは死を待つのみとなる。
なぜ、こんなことになった。何が起きた。
わけもわからぬ内に両親は死に、王殺しの汚名を被せられ‥‥何を憎めばいいのか‥‥
それでも、憎い、悔しい。自分をこんな風に嵌めた何かが‥‥!
この憎しみが復讐に成る前に、全身を蝕む前に、
「そんなになってもまだ、生きたいですか?理不尽なこんな環境下でも」
得体の知れない男ーーシーカーが現れたのだ。
今でも、彼が何者なのかはわからない。
マシュマロは彼を【スケル】と呼んだ。
ただ、彼が何者であったとしても、あの場に彼が現れなければ、憎悪を抱いたまま自分は死んでいただろうとウィシェはーーエクスは思う。
誰のものかわからないこの金の目で、鉄の義手と義足で体を繋ぎ、自分は今、ここに立っている。
この手に温もりは感じられなくとも、まだ、光がある‥‥
『貴方にとっては四ヶ月。けれども私にとっては半年の情があるのですよ。でなければ、こんな馬鹿げたことに付き合う人がいますか?』
『‥‥エクス殿。王子であるからと言って、全てを守ろうとしなくていいのですぞ。あなただって多くを奪われたではありませんか。奪われ、罪を被せられ‥‥ですが、復讐ではなく、恨むでなく、何かを守りたいと言ったあなたは、やはり、いや、真に王族なのですな』
『あんたには期待してないよ。でも、やれるってんならやってほしい。あたし一人じゃ無理だから。戴冠式の日に、あんたの妹だけじゃなく、連れ去られた人達を一緒に助けてほしい』
『力に囚われてはなりません。強さだけが力だとすれば、今、世界を脅かす者達と何も変わりません。この剣の使い方、そして、あなた様の意思が正しき道に向かいますよう、祈りを捧げます』
自分は、切望の国の王の息子だ。
誰かの願いを、望みを守る為の国の。
(父上、母上‥‥俺はまだ、二人が死んだなどと信じられない。だから、待っていてくれ‥‥俺が国に戻る日まで。ソートゥ、必ず救いに行くから)
シーカーにレンジロウ、ノルマルにマシュマロ、かつて魔剣だったものを託してくれた神父。
目的は様々であれ、自分に協力してくれる者達の存在にエクスは感謝した。
同時に、城で過ごした日々では、このように他人と触れ合うことはなかった。
王である両親、妹、使用人、貴族。そんな人達しか知らない。
今でもまだ、戸惑いはある。自分の立たされたこの境遇に。
なぜ、自分がーーと。
考えを振り切り、エクスは雨空を見上げた。
ウィシェ・ロンギングは午前の用事を済ませ、午後からは剣術を学ぶ予定だった。
護身も兼ね、常に寝室にしまってある剣を取りに行ったが、いつも置いている場所に剣がない。
(おかしい。朝は確かにあったはずだが‥‥)
キョロキョロと部屋を見回しても仕方がない。とりあえずは稽古部屋に向かおうとした、その時ーー‥‥
耳をつんざくような悲鳴が幾度となく聞こえた。
どこからだ?何が起きた?
しかし考える間もなく、後頭部に衝撃が走る。何者かに鈍器で殴られたのだろうか。姿を見ることも叶わず、意識は、視界は暗転した。
目が覚めたのは、薄明かりの寒い場所。
眼前には鉄格子があり、両手足は重たい枷で繋がれていた。
「なっ‥‥んだ?ここは、地下牢か?」
幼い頃からウィシェとソートゥは地下牢への立ち入りを禁じられていた為、定かではない。
「王子様が目覚めたぞ!」
「おっ、やっとか」
すると、鉄格子の外に二人のロンギング兵の姿が見えた。
「なんだ、お前達は‥‥これはどういうことだ?」
身動きをとろうとするも、ジャラジャラと鎖が擦れる音がするだけである。
「なんだとはこちらの台詞ですよ。まさか王子様が王殺しをするなんて」
「王殺し?」
なんのことだとウィシェは兵士を睨み付けた。
「とぼけないで下さい。ロンギング王とリーシェル様を殺害したのは貴方でしょう!」
「は‥‥?」
頭が回らない。この兵士達が何を言っているのかがわからない。
「父と母が殺害された‥‥?」
「そうですよ。王の胸には貴方の剣が突き刺さり、何人かの者達は貴方が二人を殺害した現場を見たのです!だから今、貴方は幽閉されているのですよ」
「なんなんだ、一体!?なんの話なんだ?俺は、そんなこと知らない‥‥!本当に二人は死んだのか?ソートゥはーーがはッ!?」
腹部に男の拳が入り、ウィシェは苦痛に顔を歪めた。
「王子ーーいや、王殺しの罪人!貴方を拷問して真実を吐かせろと上からのお達しがある。まあ、真実がどうであれ、あんたは死刑になる身らしいがな!」
「ーーぐっ!?」
何度も何度も、腹や顔を殴られ、知りもしない罪を投げられ、しまいには鞭や鈍器まで取り出して来る。
どれだけ拷問されようと、話す真実など何もない。自分は何も知らない。
だって、朝、両親と妹に挨拶を交わした。いつも通りに過ごしていた。
なのに、言葉だけで両親が死んだなどと、この目で見てもいないのに納得できはしない。
皮膚は焼かれ、骨は折られ、痛みの感覚がもう、わからない‥‥
目を潰され、光が見えない‥‥
兵士達は上からの命令だと言うが、ただただ拷問を楽しんでいるようにしか見えなかった。狂っている‥‥
日の感覚がわからない程、拷問は続いた。食事も水分も与えられない。それでも微かに息は続き、まだ、生きている‥‥
しかし、ある日を境に地下牢には誰も来なくなり、ウィシェは死を待つのみとなる。
なぜ、こんなことになった。何が起きた。
わけもわからぬ内に両親は死に、王殺しの汚名を被せられ‥‥何を憎めばいいのか‥‥
それでも、憎い、悔しい。自分をこんな風に嵌めた何かが‥‥!
この憎しみが復讐に成る前に、全身を蝕む前に、
「そんなになってもまだ、生きたいですか?理不尽なこんな環境下でも」
得体の知れない男ーーシーカーが現れたのだ。
今でも、彼が何者なのかはわからない。
マシュマロは彼を【スケル】と呼んだ。
ただ、彼が何者であったとしても、あの場に彼が現れなければ、憎悪を抱いたまま自分は死んでいただろうとウィシェはーーエクスは思う。
誰のものかわからないこの金の目で、鉄の義手と義足で体を繋ぎ、自分は今、ここに立っている。
この手に温もりは感じられなくとも、まだ、光がある‥‥
『貴方にとっては四ヶ月。けれども私にとっては半年の情があるのですよ。でなければ、こんな馬鹿げたことに付き合う人がいますか?』
『‥‥エクス殿。王子であるからと言って、全てを守ろうとしなくていいのですぞ。あなただって多くを奪われたではありませんか。奪われ、罪を被せられ‥‥ですが、復讐ではなく、恨むでなく、何かを守りたいと言ったあなたは、やはり、いや、真に王族なのですな』
『あんたには期待してないよ。でも、やれるってんならやってほしい。あたし一人じゃ無理だから。戴冠式の日に、あんたの妹だけじゃなく、連れ去られた人達を一緒に助けてほしい』
『力に囚われてはなりません。強さだけが力だとすれば、今、世界を脅かす者達と何も変わりません。この剣の使い方、そして、あなた様の意思が正しき道に向かいますよう、祈りを捧げます』
自分は、切望の国の王の息子だ。
誰かの願いを、望みを守る為の国の。
(父上、母上‥‥俺はまだ、二人が死んだなどと信じられない。だから、待っていてくれ‥‥俺が国に戻る日まで。ソートゥ、必ず救いに行くから)
シーカーにレンジロウ、ノルマルにマシュマロ、かつて魔剣だったものを託してくれた神父。
目的は様々であれ、自分に協力してくれる者達の存在にエクスは感謝した。
同時に、城で過ごした日々では、このように他人と触れ合うことはなかった。
王である両親、妹、使用人、貴族。そんな人達しか知らない。
今でもまだ、戸惑いはある。自分の立たされたこの境遇に。
なぜ、自分がーーと。
考えを振り切り、エクスは雨空を見上げた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる