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第一章【王殺し】

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その日の夕方、事態は動いた。
エクスとシーカーは町を発つ為、酒場へ行き、レンジロウに挨拶しようとした時だった。

「いやぁー、たまげましたねー」

酒場の中で、アリアの声がする。どうやら女将と話をしているようだ。酒場は夜営業が始まる前の休憩時間のようで、ガランとしている。

「おや、あんた達。レンジロウに用かい?奴なら酔い潰れてイノリと一緒に一旦家に帰ったよ」

エクス達に気づいた女将ははそう言った。シーカーはアリアが手にしている一枚の紙に視線を向ける。

「‥‥ん?気になります?王殺しのウィシェ王子は半年前に処刑されたと言われてたじゃないですか。それが、今になってこれですよ」

と、アリアは持っていた紙をシーカーに手渡した。どうやら緊急記事のようだ。

ーー王殺し、第一王子ウィシェ・ロンギング。
処刑前に逃亡していたことが判明。
それに伴い、近々、ロンギング国直々に指名手配書が作成される模様。
戴冠式までにウィシェ・ロンギングを捕らえた者には追加の報酬があるとの話も出ている。

‥‥などという内容だ。
読み終えたシーカーとエクスを見て、アリアは腕を組み、

「妙な話ですよね。処刑したとこの半年間言われていたのに、今さら逃亡していた、生きていたなんて情報。しかも近々、お尋ね者扱いになる。本当にウィシェ王子は王殺しなのか‥‥シックスギアが現れたり、ソートゥ王女が姿を見せなかったり、色々キナ臭い‥‥」

アリアの言葉にシーカーは無言で頷く。

「まあ、もし王子様の指名手配書が作成されたら、リダと並ぶくらいの賞金がかけられるだろうね」

と、女将が言った。

◆◆◆◆◆


レンジロウに別れを告げないまま、二人は夜の町を発った。

「動き出しましたね」
「ああ‥‥」

エクスは頷く。
ウィシェ王子を嵌めた何者かが、動き出したのだろう。

「戴冠式までに捕まった場合、恐らく貴方を公開処刑するショーでも行うのかもしれませんね」
「ふん。悪趣味だな‥‥まあ、今の俺は自分で名乗らない限り、王子だと気づかれることはないだろう」
「まあ、黒幕が誰かわからないのですし、貴方をどうしたいのかも謎です。油断は出来ませんね」
「‥‥」

エクスは深いため息を吐いた。
本当に。誰がなんの為に自分を‥‥

三日月の下、虫の音が響く。遥か上空で、咆哮が木霊した。

「やけにドラゴン達が騒がしいな‥‥」

空を舞う竜達。彼らに危害を加えぬ限り、彼らも人間に危害を加えることはない。逆もまた、然りだ。
竜族は魔物ではないのだから。
だが、空がカッと光り、激しい雷鳴が響く。

「ーーっ!?」

エクスとシーカーは慌てて走り出した。ドラゴンが一匹、落下してきたのだ。
ドォオオオオオーーンーー!と、地面に大穴が空き、大地が揺れる。近くにいた二人は爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされて地面に突っ伏した。

「くっ‥‥!なっ、なんなんだ!?」

土埃を払いながらエクスは身を起こし、状況を確認する。ドラゴンが開けた大穴。そのドラゴンは穴の中でピクリとも動かない。

「やれやれ、やっと仕留めたかな」
「ふふ。それはそうでしょ。最後は私の槍で突き刺したんだから」
「いいや違うね。ボクの魔術で仕留めたんだ」
「無能な人間はそうやって吠えてなさいな」

なんて、二人の男女の声が聞こえてくる。

「ん?あれれ?誰か人がいた。こんな真夜中に。さっきの爆風に巻き込んじゃったかな?」

一人の少年が、エクスとシーカーの方へ駆け寄って来た。

「お兄さん達、大丈夫?」

栗色の髪をした少年はそう言うも、ニコニコと笑っている。

「ああ‥‥だが、あれはお前達の仕業なのか?」

エクスが聞けば、

「そうよ。そこの無能がドラゴンを僕にしたいなんて言い出したのよ。本当に、人間は無能ね」

そう言ったのは、天使の女だった。金の髪に金の目。真っ赤なドレス。しかし、本来白いはずの翼は、なぜか真っ赤に染まっていて‥‥
エクスは目を見開かせる。

『鮮血の天使、ルヴィリ様!逆らう者があれば手にした槍でザクザクと周りを血祭り!この前たまたま見掛けたんだがよ、翼が返り血で真っ赤だぞぉ!』

先日の噂話を思い出したからだ。

「シックス、ギア?」

思わずエクスは口にする。すると、少年の方が嬉しそうに飛び上がり、

「わあっ!聞いた?ルヴィリ!ボクらって本当に有名人なんだね!そうだよ。ボクは知恵のマータ。普通の人間と違って、知識と魔術は世界一さ!こっちは鮮血の天使ルヴィリ。不本意だけど、彼女と一緒に仕事しろって言われてさ。ボク一人でも充分なのに!種族関係なく力のありそうな男を集めて最強の軍隊を作り上げるっていう‥‥」

少年ーーマータは一人ベラベラと話している。
エクスは身構え、シーカーは何も口にはせず、じっと立っている。

「あれ?どーしたのお兄さん達。そんな固まっちゃって」
「当たり前でしょ。あんたがベラベラ目的を話すから。ちょうどいいじゃない。そいつらも男。いろいろ見られたし、連れて帰って献上したらいいわ」

ルヴィリは口の端を吊り上げ、手にした槍をくるくると回し始めた。しかし、

「あっ‥‥ルヴィリ、やめた方がいいよ。アイツの気配がするから、ずらかった方がいいかも」

マータはキョロキョロと周囲を見回し、ルヴィリは舌打ちする。

「クソッ‥‥なんで私があんな人間に気を遣わなくちゃいけないの!?」
「仕方ないでしょ!アイツ、強いんだから!ボクらはアイツとリダ、マジャを敵に回しちゃダメなの!」

そんな二人の会話を聞き、

「シックスギアは仲間同士でしょう?」

シーカーの言葉に、ルヴィリはきつい目で彼を睨み付け、

「仲間ですって?あっはは、笑わさないで。シックスギアなんて誰が言い出したかは知らないけど、私達には仲間意識なんてないわ。団結力皆無よ!」
「えー?ボクはルヴィリとヨミさん好きだけどな」
「お黙りなさい!さっさと行くわよ」
「はいはい」

マータはエクス達に背を向け、大穴に落ちたドラゴンの前まで戻る。彼は口を開き、呪文を詠唱した。
すると、空間が裂かれ、ジャラジャラと魔法の鎖が出現する。
それはドラゴンに絡み付き、大穴からドラゴンを引きずり出した。

「早くしなさい!」

ルヴィリは赤い翼を広げ、脇にマータを抱えて飛ぶ。魔法の鎖に繋がれたドラゴンも宙に浮いた。

「じゃあね、お兄さん達!どうせ、あなた達もそのうち兵士の仲間入りになると思うけどね!」

ニコニコ笑ったまま、マータは言い、彼らは空の彼方へ消えて行く。

「‥‥なんだかわからないが、戦わず済んだな。あれが、ルヴィリとマータ‥‥奴らは男を集め、最強の軍隊を作っている‥‥?」

理解が出来ず、エクスは眉を潜めた。空が騒がしい。

「しかし、厄介ですね。彼らが空を脅かしたことにより、これまで空と大地で干渉なく暮らしていたドラゴン達が、我々を敵視しなければいいのですが‥‥」

空を見上げ、呆れるような声でシーカーが言った。

「しかし、ヨミも言っていたが、シックスギア達に仲間意識はないんだな。だが、あの二人は何を焦っていた?何かが来ると言っていたが‥‥」
「へえ、何が来るんだろうねーー‘王子様’」
「!?」

背後で、それも耳元に息が掛かる程の距離。聞き覚えのない男の声に、エクスは反射的に振り返った。しかし、ガッーーと、右腕を掴まれ、炎が舞い上がる。
だが、火の回りが悪いことに男は「んっ?」と、疑問の声を上げた。
焼け焦げた手袋の下から、鉄の腕が現れたからだ。

「義手か‥‥なるほどね」

そう言った男を、エクスはフードの下から睨み付ける。
派手なオレンジ色の髪に黒いコート。

「お前が‥‥【力量の知れないパンプキン】か?」

エクスの言葉を聞き、男ーーいや、少年はニヤリと笑う。

「皮肉な呼び名だなぁ‥‥はは、まあ、いいさ」

そう言いながらパンプキンはエクスのフードを摘まみ、その顔を暴いた。

「髪も短いし、目も別人のもの、か?酷い拷問を受けたと話には聞いてたけど、ここまで色々変わってるとはね」
「‥‥何故、俺がウィシェだとわかった?」
「あんたは僕を知らないだろうけど、僕はあんたやソートゥが幼い頃からずっと見ていた。身近な奴にはすぐにバレルよ、落ちぶれた王子様」

なんて、皮肉げに言ってくる。エクスが彼を睨み付けると、

「だってそうでしょ?あんたは妹をほったらかしにして、こんなところで油を売ってる。何してんの?あんたは王子様だろ?王殺しの汚名を被って、こそこそ生きるつもり?」
「!?」
「‥‥ほう?貴方はウィシェ王子が王殺しではないーーという真実をお知りで?」

傍観していたシーカーが口を挟み、

「さてね。どこまでがどうかは知らないよ。まあ、僕はあんたのことはどうでもいいんだ、王子様。僕は王女様の味方だから、あんたが死のうが生きようがどうでもいい。ただ、あんたは恐らく戴冠式をぶち壊しに来る‥‥ソートゥの邪魔をするなら、その時は死んで貰うよ」

なんて、彼は言った。

「ソートゥは‥‥無事なのか?」

そう聞いたエクスを、パンプキンは蔑むような目で見て、

「ロンギング国から遠く離れたこんな地を歩き、彼女の安否すら確かめに来ないあんたにそれを教える義理はないね。もうすぐあんたはお尋ね者だ。いったい何人があんたを王子と気づくかは知らないけど」
「パンプキン!」
「‥‥あんた、恥ずかしげもなくよくそんな言葉を叫べるね」

パンプキンは肩を竦めた。

「お前は‥‥ソートゥの味方と言ったな?なら‥‥妹を頼む。だが、俺は必ず妹を助けに行く。その為に、こんな体でも生きてるんだ!」
「‥‥」

そんな彼の決意に、パンプキンはゆっくりと息を吐き、

「好きにすればいいさ。あんたが真実を解き放ち、解放できるとは到底思わないけどね」

そう言うと、パンプキンはその場から姿を消した。

「空間転移魔法‥‥今や失われつつある力のはずですが‥‥ふむ。通り名の通り、確かに力量が知れませんね‥‥どうしました、エクス?」

パンプキンが消えた場所をじっと見つめたまま、彼は焼かれて露になった鉄の右手をギュッと握りしめている。血が通わない腕に感覚はない。拳を握ったところで、なんの意味もない。だが、

「王殺しだの、落ちぶれただの、油を売ってるだの、妹を放ってるだの‥‥こっちの気も知らないで」
「おや、エクス。貴方、珍しく悔しがってるんですね」
「‥‥ああ。悔しいが、まだ、国には戻れない。死にに行くだけだ」

エクスはシーカーに振り向き、

「俺はあの時、死ぬはずだった。だが、お前が命を繋いでくれた。だから、簡単に死ぬわけにはいかない‥‥」
「なら、エクス。北へ向かいましょう」
「?」

ノースタウン地方ーー雪国方面だ。

「人々の噂話を聞いたり、シックスギア達に出会ったことにより、貴方はようやく自分の理不尽さに怒りを感じた」
「え?」
「今までの貴方は怒りや悔しさより、理不尽さに嘆き、感情をもて余しているだけでした。しかし今、貴方はパンプキンの言葉でようやく怒りを感じた」
「‥‥」

確かに、シーカーの言うとおりだ。パンプキンの言葉はどこか嫌味ったらしく、トゲがあり、こちらを苛立たせてきた。
落胆していただけの自分のこの運命が、怒りに変わった。

「北にあるハルミナの街。そこには大昔の英雄達の志を継いだ者達がひっそり生きているんですよ」
「それが?」
「協力を仰ぎましょう。そろそろ力も集めなければいけません。英雄の志を継ぐ。それはすなわち、今の現状を赦せないはずです。事情を話せば恐らく、力を貸してくれるはず」
「‥‥」
「王子の名の下に、国を、秩序を取り戻しましょう」

エクスは静かに目を閉じ、力強く頷く。

「お二人共ー」

張り詰めた空気に、間の抜けた声が割って入る。夜の草原を、レンジロウが駆けていた。

「おや、レンジロウさん。どうされたんですか」
「いやはやかたじけない!自分が酔い潰れてしまったばかりに、お二人が女将に自分への挨拶を残していったと聞きまして。恐らくまだ、この辺りにいると思い、追い掛けて来たわけであります!」
「そっ、そうか。わざわざ律儀だな?」
「くぅぅぅぅぅっ‥‥!それに、あのアリアとかいう女みたいな名前の男が娘と親しく会話していて、見ているのが辛いであります!娘はあ奴と結婚するのでしょうか!?」

なんて、どうでもいい話をしたかと思えば、

「お二人は次はどちらへ?自分、意味のわからない解雇をされて日雇いの仕事をしてると言いましたよね。ハルミナの街で長期の仕事があると女将に聞きまして!それがまた、少人数の募集なので、夜の内に早めに向かおうと思い!娘には解雇されたことをまだ話せていないんですが、女将のお陰で新しい職に就けそうであります!」

そんなレンジロウを、エクスとシーカーは半眼で見つめた。
偶然か運命か。この男とは奇妙な縁があるな‥‥と。
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