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第三部

六十八話 ゴーストナイトパレード 後③

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「ごめんなさい。話が逸れちゃった。そういうことだから、本当に悪かったと思ってるの。私が始末しておくべきだった。悪魔が蛇主に取り憑こうとしてるんでしょう。封印するなら、私が力を貸すわ」
「サリア様が?」

 どうやって?
 と思い首を傾げると、彼女は薄く笑みを浮かべた。

「今地上であの悪魔を封じられるだけの精霊力を持っているのはあなたとルシアだけ。ルシアは今帝国にいないから、あなたがやるしかない」
「俺?!」
「手助けしてくれるチーリンがたくさんいるみたいだから、きっと大丈夫。一瞬なら地上に下りてもいいと女神様から許可はいただいているから、呼んでもらったら私があなたの力を使ってあのバカを封じるわ」
「えっ? サリア様が来てくれるってことですか」
「そうよ。封印の術を教えているような時間はないもの。私が直接やるわ」
「あ、それ有りなんだ……」

 そんなの非常にありがたいし是非よろしくお願いしますと言いたい気持ちなんだが、それは有りなのか……? というツッコミが喉の奥に引っかかった。
 女神様、それは有りなの?

「大丈夫。ちゃんと召喚された体を取るし、私が力を使うわけじゃない。あくまで精霊力は地上にあるものを使って、私はあなたを補助するだけ。あの悪魔はこの数十年、人の世を乱しすぎた。女神様も決断されたのよ」

 俺の心の声を読んだかのようにサリア様が補足した。

「それでも、封じるには宝石か結晶石があると一番なんだけど。蛇主ごと封じると森の方に影響があるし……」

 神官長と総帥と同じことを呟いて、聖女様は考え込む。そのとき話を聞いていたハールーン皇帝が口を挟んだ。

「なんだ。それで俺を呼んだんじゃないのか」
「そうよ。あなたのところにちょうどいいものがないかしら」
「ラムルの国内に、ということなら悪魔を封じるほどの石はない」
「そう……」

 落胆したサリア様に皇帝はニヤリと笑った。

「国内には、と言っただろう。あれを使えばいい。魔の虚の扉の鍵だ」

 その言葉を聞いて俺はハッと顔を上げた。

 夏にあった事件で、バレンダール公爵は魔の虚の扉を開けようとした。しかし鍵だと言われていたルビーは、正しい鍵ではなかったのだ。

 俺の顔を見てハールーン皇帝は得意げに笑った。

「ルビーはフェイクだ。扉を開けられると困るからな。国内に残しておくのは危険だと思って他国に出したんだ」
「その鍵は今どこにあるのよ」

 サリア様の問いに、皇帝は人差し指で彼女を指差した。

「俺が死ぬ前に、君に送っただろう。俺が死んだ年の三月十日だ。鍵はデルトフィアにある」
「え?!」

 思わず驚愕の声が漏れた。
 もうこれ以上は驚かないと思っていたが、そんなことを聞いたら驚くしかないだろう。
 デルトフィアにある……?
 魔の虚の鍵が……?

 まさかの答えに目を丸くしている俺の前で、サリア様は思い出すように顎に指を当てた。

「あなたが死ぬ前に……えっ、ちょっと待って。もしかしてあの宝石がそうだったの? いやだ、そんなの言っておいてくれないと困るわよ」
「言語化して遺言にしたら悪用されるだろう。さすがにあのレベルの宝石なら気軽に国外には出さないだろうと踏んで、君に送ったんだ。で、今どこにあるんだ、鍵は」

 今度はハールーン皇帝の方が同じ問いをサリア様に返した。
 聖女様は顎に当てた指で頬を軽く掻き、俺を見ててへっと笑う。

「ちょうどよく膨大な神聖力がこもってたから、うちの宝剣に使っちゃった」
「え???」

 宝剣?

 俺がぽかんとしたら、サリア様は「大丈夫、まだうちにあるわよ」と頷いた。

「王宮の封印結界を封じた宝剣よ。その剣の柄に埋め込んだの」
「あれに?!?!」

 驚きが極まって魂が口から出そうになった。
 王宮の封印結界の宝剣って、あれだよな。アシュタルトの額に突き刺さってて、俺が引き抜こうとして一緒に魔界に落ちたやつじゃないか?
 あれどうなったっけ? 抜いたよな。俺はそれを悪魔の額から抜いて、穴の外にいたグウェンに投げた。なのにグウェンはそれを総帥に放り投げて、俺を追って魔界に落ちた。そのときの宝剣??

 おい、俺が抜かなかったら魔界に落ちてたじゃねーか!!!

 声にならないツッコミが顔に出たのか、サリア様とハールーン皇帝は顔を見合わせてはははと笑った。

「あの宝剣、確か彼らがあのバカの額から抜いてくれたんだろう。よかったな、魔界に落ちなくて」
「本当よね。うちの子達は本当に優秀。感謝してちょうだい。魔の虚の鍵が魔界に落ちなくてよかったでしょ」
「君は時々本当に腹立たしいな」

 笑顔で話しているけど、それ落ちてたらどうなってたんだろうか。怖くて聞けない。

「ともかく、よかったわ。あの宝剣はまだ王宮にあるじゃない。帰ったら依り代の王子様に取りに行ってもらって。それであのバカは宝剣の中にドカンと封印よ」

 サリア様がウインクして、人差し指でピストルの形を作り俺に向かってバンっと可愛い決めポーズをした。
 俺の顔だから何も感じないし、どちらかと言うと俺の顔でそんな仕草するのやめてほしいと思った。あの宝剣の柄についていた宝石が魔の虚の鍵だったと聞かされた俺は、引き攣った顔で頷くだけである。

「じゃあ、宝剣を用意して悪魔のところに戻ったら私を呼んでちょうだい」
「呼ぶ……? サリア様はどうやって地上に出てくるんですか?」

 名前を呼べばいいのか? と首を傾げた俺に大聖女様は少し考えて、俺の上着を指差した。

「あなたの時計、そこから少しルシアの聖なる力を感じる。それを媒介にしましょ。私はそれを通って地上に出られるわ」

 サリア様が指し示したのは、多分エリス公爵家の懐中時計だ。上着の内ポケットから取り出すと、彼女はそれそれと頷く。
 そういえば、王宮の地下でアシュタルトと戦う直前に、ルシアに『女神の加護』という特殊魔法をかけてもらった。グウェンと魔界に落ちたとき、その魔法でこの時計の魔法陣を作動させたから、ルシアの力がまだほんの僅かに残っているのかもしれない。

「私の力を受け継いでいる光の聖女とは相性がいいの。聖女の力を目印にして降臨できるわ」
「わかりました」

 なんだかこれもできすぎな展開だと思ったが、できると言うんだからやってもらおうという心持ちである。
 俺が頷いたら、それまでずっと黙っていたグウェンがしばらくぶりに口を開いた。

「危険ではないのか……封印の際、レイナルドがあの悪魔に近づくということだろう」

 慎重な声音で疑問を呈したグウェンに、サリア様は瞬きしてから微笑んだ。

「大丈夫よ。相手が私だとわかったら、あの悪魔は警戒しないはず。きっと話し合ってお互いの合意のもとに、穏便に宝石の中に封印できるわ」

 …………ほんとに?

 俺はグウェンの横顔を見上げたが、彼の表情は無だった。多分、今までの会話の中で穏便に合意という道筋を想像できなかったんだろう。俺もだよ。

「あの、もし穏便に合意ってやつができなかったら、どうします?」

 俺がグウェンの心の声を引き継いで尋ねると、サリア様はハールーン皇帝と顔を見合わせた。それからまた二人ではははっと笑う。

「どうするもこうするも、そんなことになる前に合意させるんだろう、今度こそ再起不能になるまで、拳でな」
「戯れ言も言えないくらいボッコボコに叩いたら、そのうち向こうから進んで合意するから大丈夫よ」

 二人のセリフを聞いて俺は顔を引き攣らせた。
 これが脳筋の神髄である。
 自分が脳筋思考を学んだなんて偉そうに自負するには、俺の理性はまだまだ遠く及ばなかったのだと悟った。


 ◆


 ちょうど握っていた懐中時計を見ると、もう夜明けまで一時間を切っていた。急いで狭間の道まで戻ることにして、神殿の外のボートに再び乗り込む。

「俺の子孫達にもよろしくな。呪いも解けたことだし、生き急がずに青春を謳歌しろよって伝えてくれ」

 ハールーン皇帝が川岸まで見送りに出てきてくれ、ボートに乗った俺達に軽く手を上げながら言う。

「わかりました」
「ああ、それからマスルールに伝えてくれ。そのうちぶっ倒れるだろうから、そのときは蛇主に記憶を食わせろ、と」
「……記憶を食わせろ?」

 意味がわからずそのままおうむ返しすると、彼は腕を組んで苦笑した。

「不幸にも俺の体質を色濃く受け継いだのはあいつみたいだからな。記憶力が良すぎるのも問題だってことだ。俺達は一度見たものは忘れられない。そのうち限界がくる」
「え??」

 軽い調子でそう言ったハールーン皇帝を見上げ、俺はマスルールの顔を思い浮かべた。
 彼は記憶力がいい。それはラムルの一件でもわかっていたが、忘れられない、というのはどういうことなんだろう。今聞いた言葉を噛み砕くと、まさか、彼は今まで目で見たものを全部記憶してるってことなのか。何から何まで??

「ま、とにかく困ったらデルトフィアに行けって伝えてくれ。それでわかるだろう。蛇主には五百年前に話をつけてある」
「え? ん?」

 そこで蛇神が出てくる理由もわからず俺が当惑していると、皇帝は肩をすくめて手を振った。

「まぁ、大丈夫だ。最終的には万事上手くいくだろう。お前達も頑張れよ」

 そう告げた直後、ボートが動き出す。
 俺はまだぽかんとしていたが、もう詳しく話を聞いている時間もなかった。
 戸惑ったが、マスルールに会うのは今回の事件が全部終わった後になると考えて一旦忘れることにした。今聞いた彼の謎の体質については、今度会ったときに直接話を聞けばいい。
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