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第三部

五十四話 再びの絶叫系 前②

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 視界の先に、白い着流しを着た蛇神が立っている。
 ただし蛇の周りには周囲を取り囲むように赤い円形の模様が浮かび、更にその外側に白い半透明の円柱が作られていた。円柱の方は結界で、蛇神がそこから動かないように閉じ込めているようだ。
 何処かで見た覚えがあると思ったら、円柱形の結界の傍にはルロイ神官長とリビエール上級神官、それからシスト司教が揃っていた。

「結界で閉じ込めてるんですか」
「うむ。どうやら最初に悪魔を呼び出した術によって、悪魔は赤い輪の中に固定されているようじゃが、それでも万一のため神官長と司教殿に結界を張ってもらっておる」
「ん? ちょっと待ってください、呼び出した術……?」

 一体何を言っているんだと思ったが、俺の疑問に総帥が答える前に蛇神がこっちを向いた。
 瑠璃色だった蛇の瞳が赤く変わっている。奴は俺を見つけたら口端を引き上げ、邪悪な笑みを浮かべた。

「ほう? その顔は、また会ったな、人間」
「……マジでアシュタルトじゃねーか」

 思わず呆然とした声が漏れた。
 蛇神の顔をしているが、この口ぶりと笑い方は記憶にあるアシュタルトで間違いない。奴の赤い瞳と目が合った俺は心の中で頭を抱えた。

 どういうことなんだよ、これ。
 ……確かにな、俺は半分本気で思ったよ。
 蛇神を懲らしめるには悪魔と戦わせるしかないって。

 でもな、なんでよりよって悪魔が蛇神に取り憑くんだ!?
 そこが合体すんな!! ホラー映画でやれ!!

 頭の中で盛大に突っ込み、俺が白い結界から数歩離れて立ち止まると、悪魔は愉快そうに顔を歪めた。

「私を呼び出したのはお前か」
「は?」

 心底嫌そうな顔をして悪魔を睨め付ける。

「んなわけねーだろ。なんでお前はまた出てきたんだ」

 そう文句を言うとアシュタルトは退屈そうに欠伸をして、俺達を見回してせせら笑う。

「力を蓄えている最中に私を呼び出したのはお前達だろう。愚かにも、この私を使役しようとしてこの蛇に術をかけた者がいたようだ」
「なんだって……!?」

 つまり蛇神に悪魔を下ろそうした奴がいるってことか?!
 そんなことができる術なんてこの世に存在するのか?

 俺が驚愕している横で、総帥と神官長達は俺が普通に悪魔と会話していることに驚いている。ラムルでのいきさつは伝えてあるが、実際に目の前にしたらやっぱりそうなるよな。悪魔が人語操ってるし。
 グウェンも息を呑んでいたが、悪魔が喋り始めたら後ろから俺の腕を引いて自分の方に引き寄せ、結界から距離を取った。

 俺はグウェンに引き寄せられてもされるがままで、悪魔の言葉に気を取られて沈思していたが、悪魔の方は煩わしそうに眉を寄せた。

「私に捧げられたこの身体は人間とは違い壊れにくいが、相性は悪い。不快だ。もっとましな依り代はなかったのか? お前でないなら、早く私を呼び出した不届き者を連れてこい。この面倒な術を破壊して、望み通り今すぐこの地を消滅させてやろう」
「知らねーよ。お前を呼び出した奴なんて」

 物騒なことを言っている悪魔の言葉はスルーしたが、気になることはいくつかあった。

 アシュタルトはこの地を滅ぼすと言いながら、赤い円の中からも結界の中からも出てこようとはしない。術を破壊すると言っているから、もしかしたら総帥の言う通り、使役する術のせいで中に固定されていて、勝手に出ては来られないのか。
 それならそれで、緊急事態とはいえ状況を確認して対処法を考える時間はまだある。

「神官長達はこの術がなんなのかわかりますか?」

 俺と悪魔の様子をうかがっていたルロイ神官長に聞いてみると、横にいたリビエール上級神官が厳しい顔で首を横に振った。

「禁術であることはわかりますが、悪魔を呼び出して使役する術など、聞いたことがありません。あったとして、そんなことをしようとすればかなり強大な力を必要とするはずです」
「シスト司教殿は何かご存知ですかな」

 総帥が俺の後ろから口を出して、神官長達の傍に立つ司教に聞いた。
 シスト司教は俺と目が合うと「またお会いしましたね」と微笑んでから、総帥に向かって眉尻を下げた。

「申し訳ありません。ナミア教の総本山から来たにも関わらず、私は魔界の術に疎くて……。皆さんと同じくらいの知識しかないと思われます。禁術を解術したのも、先日の船の事件が初めてです。緊急事態だからと無理を言ってルロイ様に同行したのに、お役に立てずすみません」

 そう言って司教は持っていた錫杖を振り、円柱形の結界に精霊力をかけ直している。どうやらこの結界を張ってくれているのは司教らしい。

「誰も詳細はわからないってことですね。そもそも、この術どうやって展開したんだ? 見た限り赤い輪の中に蛇神がいるだけに見えるけど……ん?」

 俺は夜の闇と白い結界で淡くぼやけた視界に目を凝らして、悪魔の足元をよくよく観察した。複雑な文字や魔法陣は見えない。けれど、砕けたような石の塊が落ちているのに気づいた。

「おい、グウェン。あれ」

 グウェンの腕を引いて指さすと、彼も目を細めて蛇神の足元を見た。

「あれは……魔石か」
「だよな。しかもめちゃくちゃ見覚えがあるんだけど。それもつい数日前に」

 あれ、カリュブディスの魔石じゃないか……? なんでこんなところにあるんだ?

 グウェンが眉を顰めて何か考えている。
 俺も腕を組んで総帥を振り返った。

「総帥、あれって俺の見間違いじゃなければ、この前の船の事件の後に王宮に献上したカリュブディスの魔石ですよね?」
「うむ……お主の言う通り、あれは確かにカリュブディスの魔石じゃ。実は今日の夕方、事件の全容を洗い出しておった特警隊の保管庫から盗まれたと報告があった」
「はあ?!」

 盗まれた?! あの魔石が?!

「特警の保管庫ですよね?! なんでそんなザル警備なんですか」
「ううむ。彼らの肩を持つわけではないが……警備は万全のはずじゃ。決まった隊員しか入ることの許されない保管庫のはずじゃが、今日の夕方、突然紛失していることに気がついたらしい」

 ますますおかしな展開になってきたな。
 軽く頭痛がして、俺はこめかみを押さえた。
 しかし、これでリビエール上級神官が口に出した疑問は解決した。悪魔を呼び出すなんて大がかりな術をどうやって発動させたのかは、あの魔石を使ったということだろう。あれだけ大きな魔石なら、本体ではなく意識だけで漂っている悪魔を呼び出すことは可能かもしれない。

 神官長達も魔石が盗まれたという話は今知ったのか、目を丸くしている。

「あれは、我々も司教様から話を聞いて王宮にある警備隊の保管庫で昨日見せていただきましたが、そう簡単に持ち出せる場所ではないはずですが……」

 険しい顔をしているルロイ神官長達を観察しながら、俺は腕を組んだまま首を捻っていた。

 まだ少し引っかかるな。
 魔石で術を発動する力を補ったとして、その術自体の全容が見えない。

「でも、総帥。俺もグウェンも魔石が盗まれたなんて話、今まで聞いてなかったんですけど」
「うむ、近衛騎士団の方にも連絡はしたが、グウェンドルフはすでに詰所にはおらんかったゆえ、報告は明日にすると副団長が言っておった。最近のお主達の状況が状況だけに、副団長も気を遣ったのじゃろう」

 そう言われたら、もっと早く教えてくれよ、なんて文句は言えない。
 確かに俺も最近はグウェンの記憶喪失にかかりきりだったし、カリュブディスの魔石がどうなったかなんて気にもしていなかった。船の事件の後から魔石の売人について捜査はできていないし、これがもしこの前の事件の続きということなら、完全に後手に回っている。
 
 蛇神が悪魔に取り憑かれたのも、禁術が使われているなら、船の事件と同様に黒幕は魔石の売人か。
 夕方に蛇神と話をしたときは、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。
 そういえば、グウェンもあの客船に乗っていたのは知らない少年から招待状を渡されたからだと言っていた。後から詳細を聞こうと思っていたのにすっかり忘れていたな。黒幕が船の事件を起こした意図もわからないままだったし、もっと警戒するべきだった。
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