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第三部

十五話 最初から絶叫系 中①

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 威圧感が尋常じゃない。
 さっきの人型のときは神様のわりに存在感が希薄だと思ったが、こちらが本体なんだろう。睨まれただけで皮膚にビリビリ突き刺さるようなプレッシャーを感じる。
 大蛇を目にするとバジリスクのような魔物を彷彿とするが、これは森の守り神だから多分魔のものではない。現状俺達に敵意剥き出しだが。

 グウェンが俊敏な動きで俺を抱え上げ、地面を蹴った。脇目も振らず、背後の森に向かって一直線に駆け出す。
 相手は謎の神だ。対峙するよりも逃げる方が得策と判断して舵を切ったんだろう。彼の判断に賛同した俺はグウェンの邪魔にならないように、縦抱きされた身体を彼の肩に預けてしがみついた。

 ドスンッ

 と音がして目の前に蛇の太い尾が降ってきた。
 グウェンは跳んで躱したが、森に入る前に蛇の尾に邪魔されて行く手を阻まれる。

「無駄だ。この森の中で私から逃げられると思うな。お前達はもう私の目に映っている。逃げてもまたここへ連れ戻すだけだ」

 恐ろしいことを言い放ってくる蛇神の声を聞いて、グウェンが足を止めた。大蛇の頭を振り返り、俺を地面に下ろすと後ろに押しやった。無言で腰に下げた剣を引き抜く。
 俺も杖を取り出して蛇神を見据えた。相手が神だろうが蛇だろうが、攻撃されたら戦うしかない。魔法が効くかはわからないが、黙ってやられるのは御免だ。戦って、なんとか逃げる隙を作る。
 気を張り詰めた俺達を見下ろした巨大な白蛇は、グウェンの後ろにいる俺に視線を止めた。

「ほう?」

 蛇が興味を引かれたような声を出す。
 直後、突然俺の右足に何かが触れた。

「うわっ」

 ぐるんと視界が回って地面から身体が浮く。

「レイナルド!」

 気づかないうちに腰に白い尾が巻き付いている。容易く持ち上げられて、ハッとしたら蛇の縦長の瞳孔がもう目の前だった。一飲みにされてしまいそうな大きな口がすぐ前に迫ってきて息を呑む。

「レイナルド!!」

 後ろからグウェンの怒声が響いたが、すぐにボコボコッという不穏な擬音が聞こえた。頭だけで振り向くと、地面から伸びた太い木の根が彼の足を捕らえている。どういうわけか、剣も魔法も効かないらしい。こちらに飛んで来られないグウェンが珍しく焦った顔をして俺を見た。

「グウェン!」
「そういえば、前に聞いたことがあったな……。お前だったのか」

 緊迫した場面に似合わず、白蛇がのんびりとした口調で言った。
 グウェンから目をそらして蛇に視線を戻すと、瑠璃色の目を興味深そうに開いた主神は俺をじっと見つめている。

「お前からは、チーリンの力を感じる。あの者たちは古より私の友人だ。どうやら、お前には借りがあるようだな。ならば、お前がこの森に立ち入ることには目を瞑ろう」

 そう告げてから蛇神は無造作に尾を振って俺をぽいっと地面に下ろした。

 え? 今チーリンって言った?
 
 尾から解放され、たたらを踏みながら地面に下り立ち、目を丸くして蛇神を見上げる。
 友人だって言ったな。もしかしてベルのパパかお爺ちゃん達と知り合いなのか。

 困惑していたら、白蛇は俺から視線を外してグウェンを見た。

「しかし、そちらの人間は駄目だ」
「えっ?! いや、ちょっと待って!」

 慌ててグウェンに駆け寄って、木の根に足を取られている彼に抱きつく。俺が無事でほっとした様子の彼にぎゅっと抱きしめられてから、急いでしゃがみ地面に手をついた。土魔法を使ってグウェンを助けようとしたが、どういうわけか精霊術が発動しない。土の中の精霊達が、息を潜めてこちらの様子をうかがっているような気配を感じる。
 グウェンも剣で根をなぎ払おうとするが、なぜかまるで刃が通らない。
 俺が魔法を使えないのは、神の方が精霊よりも強いからか。そう考えて眉を顰めたら、俺達の行動なんて気にしていない蛇神が物々しく言った。

「森に立ち入った罰として、その者の最も失いたくないものを一つ奪う」

 聞こえた台詞に仰天して俺は慌てて立ち上がった。

 今なんて言った?!
 失いたくないものを奪う?
 どういうことだ。つまり命とか、そういうこと?!

「おい、やめろ! そんなの許さない!」
「許さないのは私の方だ。いたいけな森の生き物達を殺した報いを受けよ」
「だから俺たちは関係ねぇんだよ!!」

 話が通じないから大声で怒鳴った。
 俺がそう言った瞬間、グウェンが剣先を蛇神に向けて魔法を放った。目を開けていられないほどの強烈な閃光と共に、青白い光線が一気に噴き出す。蛇神を木っ端微塵に吹き飛ばす勢いで放たれた攻撃魔法は、大蛇に直撃する前にバチンと消失した。

「っ?!」
「煩わしい」

 鬱陶しそうな声を出した蛇を呆然と見上げる。目の前でグウェンの魔法を弾いた蛇神は、鋭い眼で俺達を睥睨していた。
 今のがノーダメージなのか。ヤバいな。
 俺はグウェンの前に立ち塞がった。俺を後ろに下げようとグウェンが手を伸ばしてくるが、俺は動かない。
 相手は人間じゃない。このままじゃ本当に命を取られるかもしれない。

「すぐに帰るから! 俺達は本当に何もしてないんだ、見逃してくれ!」 
「森に立ち入った者にはすべからく罰を与える。例外はない」

 融通のきかないクソ神。
 森の守り神だかなんだか知らないが、ちょっとは人間と共生しようとしろよ!!

 大蛇が俺の方に白い頭部を伸ばしてくる。

「どけ。お前には手を出さぬ」
「嫌だ!」

 こうなったら神だろうがなんだろうが関係ない。魔法が使えないなら目玉に杖を突き刺して、怯んだ隙に逃げてやる。
 そう思って蛇神に向かって飛びかかろうとした瞬間、こちらを見る瑠璃色の瞳がギラリと光った。
 途端、さっき森の上空で感じたような横殴りの風に吹っ飛ばされた。

「レイナルド!」

 空中で体勢を立て直し、地面に片手をついて着地する。急いで跳ね起きると、視界の先で俺に向かって手を伸ばしたグウェンが不自然に動きを止めていた。大蛇が彼の頭上に近づいて何か囁く。
 次の瞬間、焦った顔で俺を見ていたグウェンの目が、突然内側から衝撃を受けたように大きく見開かれた。

「グウェン?!」

 彼の黒い瞳が、急にぼんやりと濁ったように見えた。
 目を閉じてふらりと地面に片膝をつくグウェンを見て、心臓が凍りつく。
 
「グウェン!!」

 力を失ったようにしゃがみ込んだ姿を見てぞっとした。転げるようにして彼に駆け寄る。
 視界の端で蛇神はすうっと身を引くと、また人型に戻って祠の横に立った。蛇が下がるのと同時に、地面から這い出ていた木の根も消えていく。

 俺がたどり着く前に、グウェンが顔を上げた。彼は軽く頭を振って周りを見回すと、前方の祠をじっと見つめている。
 その姿を見てどっと安堵がこみ上げた。
 命を取られたわけじゃない。無事だということがわかって名前を呼んだ。

「グウェン!」

 そう叫ぶと、彼は俺を見た。
 その顔に微かな違和感を感じたが、彼の傍に膝をついて肩を掴む。

「グウェン、大丈夫か」

 顔を覗き込んで顔色をうかがう。青ざめてもいないし、土気色でもない。いたって普通の状態に見えてほっとした。
 でも、蛇にあれだけ脅されたのに何もされなかったのか。
 どういうことだ、と思ったとき、じっと俺を見つめた彼がゆっくりと口を開いた。

「あなたは、誰だ」

 え?

 ぴたりと固まって、グウェンの顔を見た。彼の肩を掴んだ指先に力が入る。
 彼の澄んだ漆黒の瞳が、困惑を浮かべて俺を見ているのがわかり、目を見開いた。
 ようやく異変に気づいた。凍りついたように身体が動かなくなる。グウェンを見つめて、浅く息を吸い、呼吸を止めた。

 今、グウェンはなんと言った……?

「グウェン、お前、何言って」

 掠れた声でそう言うと、俺の顔を見てまた困惑を瞳に浮かべた彼は視線を逸らした。周囲を見回して、ぽつりと呟く。

「ここはどこなのか」
「……え?」

 呆然としている俺の後ろから、鷹揚とした蛇神の声が聞こえた。

「興味深いことに、その者の最も失いたくないものは、お前だったようだ。しかし私はすでにお前は許すと告げた。そのため、その者の中からお前を奪うことにした」
「……は」

 言われたことを理解するまでに時間を要した。

 奪うことにした?
 グウェンの中から、俺を……?

 話をしている俺と蛇神をじっと観察したグウェンは、冷静な目で周囲を眺めた。
 硬直している俺を視界に入れても、彼は心配そうな表情を見せなかった。明らかにおかしい。さっきまで戦っていた蛇神を前にしても、何の反応も見せない。
 真っ先に俺の無事を確認するはずの彼が、俺を見ても何も言わない。様子をうかがうように俺を見ているグウェンを目にして、血の気が引いた。
 俺を見るグウェンの目が変だ。
 その瞳に、いつも見る柔らかな愛情が一切ない。

 彼はさっき、「あなたは誰だ」と尋ねた。
 その言葉が意味することは。

 心臓を挽きつぶされたような衝撃と共に、俺はそれに気づいた。

 ――まさか。

「……盗ったのか。グウェンの記憶を」

 引き攣った顔で蛇神を振り返った。白い衣装を揺らめかせる森の主は、俺とグウェンを興味深そうに眺めながら黙っていた。
 俺が言ったことを否定しない。

 本当に盗ったのか。
 
 カッと全身が燃え上がるほどの怒りを感じて、使えないはずの風の魔法が一瞬俺の周囲に巻き起こった。
 
「てめぇ」
 
 戻せよ、と怒鳴ろうとしたとき、木々の間から勢いよく人が飛び出してきた。

「レイナルド!!」

 現れた相手を見て意表を突かれ、爆発しそうになっていた精霊力が身体から噴出する寸前で止まった。
 焦った顔をして俺達の方に駆け寄ってきたのは、銀色の長い髪に瑠璃色の瞳の若者だった。
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