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第三部

八十四話 パーティーの終わりに 前①

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 ◆◇◆


 瞼の向こうでチラチラと揺れる日の光を感じて目が覚めた。
 
 ぼんやりとする頭で薄らと目を開き、すぐ目の前にグウェンの寝顔があってほっと息を漏らす。
 抱き上げられて一緒に風呂に入ったことまでは覚えているが、その後の記憶が曖昧だ。どうやらベッドに行き着く前に俺は寝てしまったらしい。素肌にさらりとしたシーツが触れる感覚で、まだ服を着ていないことがわかった。グウェンも肩がむき出しだから、多分裸のままだろう。

 腰は重怠いが、直前にベルに癒しの光をかけてもらったのが効いているのか、ぐっすり寝たら体力は回復した気がする。
 俺に片腕を巻きつけて寝ているグウェンの端正な寝顔を見つめて微笑んだ。

 喉が渇いたな、と思いながら目を擦ろうとして、シーツの中から手を引き上げたらジャラッという音がして固まった。
 視線を落とすと、俺の右の手首にはあれが嵌まっていた。

 枷が。

「…………」

 おい。

 よく見たら左手首にもしっかり嵌っている。シーツを持ち上げてめくったら、枷を繋ぐ鎖はグウェンの手の中に引き込まれていて、硬く握られていた。寝ているにも関わらず、手の甲に節が浮くくらいぎゅっと。

 いや、なんでそうなる。

 俺達数時間前にお互いの気持ちを再確認してめちゃくちゃいい雰囲気じゃなかった?
 最高のエンディングって感じで甘々でいちゃいちゃな空気だったよね?
 なんであの流れで『よし、枷を嵌めよう』っていう思考になるんだよ。お前は戻った瞬間からすごいな。アクセル全開じゃねーか。
 
「ちょっと、ねぇ……グウェン」

 ツッコミを我慢できずに起こすことにした。喉も乾いたし。

 俺が憮然とした声を上げると、寝ていた彼はすぐに目覚めた。数回瞬きして、俺と目が合うとふわっと目元を緩めて微笑む。
 うっ、カッコいい……
 一瞬ぽわっとして顔を寄せてきたグウェンに流されそうになったが、枷の嵌った手で彼の顎を掴んだ。

「……レイナルド?」

 不思議そうな顔をした彼をジトっとした目で見つめた。

「グウェン、これ何」

 手首を持ち上げて枷を示すと、グウェンは俺の腕を見て不思議そうな顔になった。

「枷だ」
「そんなことはわかってる! そういうことじゃない! この流れでその答えになるって、どういう情緒なんだよ?! ふざけてんの? なんで俺に枷を嵌めたのかって、それを聞いてんだよ!」

 彼の曇りなきまなこを見て、思わず言われたセリフの二十倍くらいの文量で突っ込んだ。
 俺の勢いに軽く目を見張ったグウェンは、すぐに真面目な顔になって深く頷く。

「私が寝ている間に君に何かあってはいけないと、しっかり用心しておいた。君が攫われてはいけないと思って」
「あ、うん。そっか。俺の身を案じてくれたわけね。ありがとう。なら仕方ないか…………って、おい! お前!! ノリツッコミさせんな!! 納得するわけないだろ! やりすぎだ!」

 目覚めた瞬間からこんなに血圧が上がるとは予想もしていなかったが、ここでグウェンのペースに持ち込まれたら今後俺の腕には高確率で枷が嵌まることになる。それは回避したい。

「心配してくれるのは嬉しいんだよ? でもな、枷はさ、必要ないと思わない? 俺はグウェンから離れないし、お前も記憶を取り戻したんだから、いつでも連絡取り合えるしお互いの家を行き来できるだろ?」

 ベッドに寝たまま無表情で俺を見ているグウェンに必死で説得を試みるが、彼は俺の枷に繋がる鎖を握ったまま離そうとしない。

「君のことが心配で、用心に用心を重ねることにしたい」
「いや用心するのはいいんだけど、そこで物理的に繋ごうとするなって言いたいの」
「しかし母からも決して離すなと言われている」
「レティシアさんが言ってた離すなっていうのは、拘束しろってことじゃない。絶対」

 言葉の意図としては、ちゃんと一緒にいてねとか、気持ちの上でいつも寄り添ってねってことじゃないのか。
 少なくとも拘束これではないと思う。

「そうだろうか……」

 と呟きながらグウェンは沈思している。俺は心の中で頭を抱えながら、そのグウェンの反応が懐かしくて気が抜けた。

「俺がグウェンを愛してるって、今回の騒動でお前もわかっただろ。何も心配しなくていいから。お前から離れたりしない」

 苦笑いして俺がそう言うと、彼は真剣な面持ちで頷いた。

「君が私を愛していて、私が君を愛していることは揺るぎない事実だ。君の想いには全幅の信頼を置いている」
「そうか。だったら」
「しかし、今回わかったが、もし何か事件が起きて私が一時的に君の傍から離れると、途端に私達の間を引き裂いて君に言い寄ろうとする輩が湧いて出てくると身に染みた。君が意図せず攫われてしまわないように、しっかり繋ぎ止めておかないと私はこれから安心して睡眠ができない」
「……」

 いつもながら急に饒舌になるグウェン。
 なんか前にも聞いたぞ。その最後のセリフ。
 繋ぎ止めておきたいっていうのが、物理なのがおかしいんだよな。

「いいからちょっと落ち着いて判断しろよ。今回はグウェンが蛇に記憶を盗られたから慌ただしくなったけど、俺だってお前が傍にいない間はちゃんと危険な目に遭わないように日々注意してたっていうか」
「あれで?」
「……ゴホン、とにかくこれはやりすぎだ。何を勘違いしてるか知らないけど、俺に言い寄ろうとする奇特な奴なんてそうそういるわけない」

 ため息を吐きながらそうぼやいたら、黒い瞳をギラリと光らせたグウェンが無言で俺の鎖を引っ張った。

「うわ」

 勢いよく身体を起こしたグウェンがシーツを跳ね除けて俺の上に覆いかぶさってくる。昼間の明るい部屋の中で彼の逞しい身体が視界に入り、ちょっと動揺した。鎖からは手を離されたが、相変わらず枷は嵌っているので俺は両手を胸の上に置くしかない。
 俺の顔の横に手をついて、不機嫌そうな鋭い目をしたグウェンが俺を見下ろす。

「あれだけ周りの人間に関心を持たれていて、君にはその自覚がないのか?」
「は?」

 今度は俺がきょとんと瞬きしたら、彼は眉間に皺を寄せて、無言で俺の首筋に顔を埋めてきた。

「んっ」

 がぶ、と甘噛みされてぴくっと震えると、グウェンは俺の首の下を噛んだり舐めたりしながら不満そうな声を漏らす。

「私が記憶を失っていた間、君はラケイン卿という男やナミア教国の司教に絡まれていただろう」
「え?」
「それから、君の後輩か。今まであまり気にしていなかったが、どうやら君はその後輩を頼りにしていて、相手からも慕われているらしい。今後のためにも一度顔を確認する必要がある。そのうち私から挨拶に行くとその同僚に伝えておくといい」

 怪しい芽は摘んでおくに限る、と耳元で呟いたグウェンは不機嫌そうな顔を上げた。
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