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第二部

小ネタ 相変わらず災難を吸着する日々 前

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※自分のリハビリとして小ネタを書きました。短いですが、日々の箸休めにご覧ください。


 ◆

 もうこうなったら、最後の手段だ。
 あいつに助けを求めるしかない。

 思い切って、右耳のピアスを起動させた。

「……グウェン。グウェン、仕事中悪い。聞こえる?」

 小さな声で問いかけると、一瞬間があってからすぐに返事があった。

『どうした』

 そのいつもの落ち着いた声を聞いてほっとした。俺は耳につけた結晶石から聞こえてくる彼の声を聞き取るべく集中して、同じく通信石のピアスに耳を傾けているであろうグウェンドルフの気配をうかがいながら、恐る恐る口を開いた。

「あのさ、怒らないで聞いてくれるか」
『……今度は何だ。今どこにいる』

 問いかけてくるグウェンの声が低くなった。
 察しがいいな。
 優秀な騎士団長は既に俺が何かやらかしたと勘付いているらしい。

「いや、それが俺にもよくわからなくて……多分ルロイ公爵領の上空のどこかだとは思うんだけど」

 頬に吹き付けてくる強風に顔を顰めながら答えると、沈黙の後に彼が息を深く吐き出すのが聞こえた。

『一体何をしているんだ。君は』

 困惑というよりは呆れと諦観が伝わってくるグウェンの声を聞いて、俺は豆粒ほどに小さく見えるルロイ公爵領の街の屋根を眺めながらどう事情を説明しようかと逡巡した。真上からバッサバッサと聞こえてくる羽ばたきの音が彼にも聞こえているんじゃないかと思うが、さすがに俺が今ある動物により空を飛行しているという結論から話すと意味不明だろう。
 彼の不安を鎮め、いくらかの同情心を得るためには多分最初から話す方がいい。
 そう思って努めて明るい口調で説明を始めた。

「あのな、この前俺が同僚と開発した、オルタンシアの惚れ薬があっただろ。あれ、人間に対してはそこまで効果がないって言ったじゃん。それを今日王宮で爺さん達にも話したら、じゃあ人間じゃない動物ならどうなんだっていう話になってさ。言われてみたら確かに気になったから、試してみたんだ。トロンの森で」
『…………それで』

 よからぬ気配を感じているであろう彼の声は淡々としているが、続きを促してくるその声には既に若干の非難のニュアンスを感じる。

 言葉にしなくてもわかるよ、お前の言いたいこと。
 先にネズミとか猫で試せばよかったんだよな。何も考えずに森に分け入るなんて軽率だったよ。

 俺も呆れられることはわかってたからギリギリまで連絡を取ることを躊躇っていたんだ。
 だけどもう自分ではどうすることもできない。
 だから恥を偲んでグウェンに助けを求めているわけで。

「結果としてな、動物には効いたんだよ。なんというか、酒に酔ってるみたいなかんじ? 森の中で自分に惚れ薬を振りかけてみたら、魔物以外の森の動物がみんな集まってきてさ。取り囲まれたんだけど、それ自体にはさして問題はなかったんだ。まぁ、好意っていうよりは、あれは多分白薔薇の聖なる魔力に引き寄せられてるってかんじだったな。なかなか面白い発見だったよ。お前もそう思うだろ? ハハっ」
『…………』

 ダメだ。

 そもそも誘い笑いに乗ってくるような奴じゃない。
 笑い飛ばして誤魔化すことなんてできやしないんだから、怒られるのを回避しようなんて無駄な足掻きをするのはやめよう。

 俺は屋敷に戻ってから説教される覚悟を決めて、先ほどからがっちりと俺の身体を脚で掴んでいる大鷲を見上げた。バッサバッサと羽ばたきながら猛スピードで飛行している巨大な鷲はコンドルよりも遥かに大きくて、その頭の白い大鷲に運ばれている俺は、現在ルロイ公爵領の上空をおそらく北へ向かって移動している。
 トロンの森で同僚と惚れ薬の効果のほどを検証していたら、突然通りかかった大鷲が滑空してきて、驚く間も無く俺の胴体を脚で掴んで空高く飛び上がった。何が起きたのかわからずきょとんとした俺の顔を、同僚は驚愕の表情で見送っていた。そのまま俺は今絶賛連れ去られている最中という状況である。

「そういうことで、俺は今突然森に現れた大鷲に捕まって運ばれてるところなんだ。忙しいとこ悪いんだけど助けてもらえる?」
『……何がそういうことなのかは全くわからないが、状況は理解した。君は今私の懐中時計を持っていないのか』
「いや、持ってるよ。でも完全に掴まれちゃってるからさ、転移したらフォンフリーゼ公爵邸に大鷲も一緒に転移しちゃうんだよ。それってちょっとまずいだろ? 突然公爵邸に大鷲がこんにちはしちゃったらさ。それに急に転移させられて、この鷲が迷子になって帰れなくなっちゃうのも可哀想だし。時計を使うのは諦めたんだ」

 俺も打開策がないかとは考えた。
 でも転移するのも魔法を使って攻撃するのも、鷲を傷つけることになりそうだからやめた。
 それで結局手詰まりになってグウェンに連絡を取ったというわけだ。
 こんな間抜けな状況で助けを求めるなんて誠に遺憾なんだよ俺も。

「多分禁域の森の近くにある山肌に向かってるんだと思うんだけど、ちょっとスピードが速すぎて正確な場所を確認できないんだよな。悪いんだけど、うちからベルを……いや待てよ。グウェン、もしかして今笛持ってる? 前ラムルで使ったやつ」
『持っている』

 それを聞いて俺は思わず手を叩きたくなったが、生憎片方の腕は身体と一緒に大鷲に掴まれていた。
 ラムル神聖帝国でも活躍した魔道具の笛は対になっていて、吹いて鳴らすともう片方の笛の場所から転移して来られる。精度は今ひとつだが、俺が吹けばグウェンはこの近くに転移して来られるということだ。ライネルから受け取ってあいつに返しそびれたままだったが、偶々同僚に見せるために今日持っていて助かった。

「よかった。じゃあ俺が吹くからこっち来て……あっ、え?」
『どうした』

 急に羽ばたくのを止めて高度を落とした大鷲に驚いて、服の中からなんとか片手で取り出した笛を取り落としそうになり慌てた。

「え? ええ?」

 スピードを緩めず突然急降下し始める鷲に驚いて声がひっくり返る。
 大鷲は俺を掴んだまま、前触れなく錐揉きりもみ状態になって回転し始めた。猛烈な勢いで視界がぐるぐる回る。強風に煽られて混乱しながら、その行動が示すことにハッとして更に驚愕した。

「待ってヤバいっ!! これ求愛行動!! どうしようグウェン急降下してる!! 地面ギリギリで脚離すんだよこれぇええええ!!!!」
『いいから笛を吹け!!』

 大声で実況したら怒鳴られて、パニックになりながら勢いよく笛を吹いた。
 目の前に開けた平原が高速で迫ってきて恐慌する。脚を離されても風の魔法でなんとかなるとわかってはいるが、このスピードで自分の身体を止め切れるか自信はない。

「グウェン助けてぇええ!!」

 涙目になって叫んだとき大鷲が脚を離した。
 勢いをつけて放り出された身体がすぐそこまで迫っていた地面に突っ込んでいく。
 ヤケクソで風魔法を放とうとしたら、それよりも先に目の前に現れた腕にドカッと受け止められた。ずり落ちないようにしっかり抱きしめてくれる逞しい身体にしがみつく。衝撃を逃すように後方に下がったグウェンの足が平原の上を滑るように削ってから止まった。
 力の入っていた彼の胸板の筋肉が緩んだのを感じて、俺はほっと脱力した。

「グウェンー、ありがとう助かったぁ」
「本当に、君は何度危険な目に合えば気が済むんだ」

 怒った声で嗜めてくる顔を見上げると、眉間に皺を寄せて責めるような目をしているグウェンが口元を強張らせて俺を見下ろしている。
 眉尻を下げて情けない顔をしながら、転移して助けに来てくれた彼の首に腕を回して擦り寄った。

「今回のは予想外なんだよ。俺が何かしたわけじゃないんだって」
「君が自ら惚れ薬を試そうとして、何も起こらないわけがないだろう」

 何だよその言い草。
 お前最近ちょっと言うことがルウェインに寄ってきてない?

 少し不満を感じながらもそれを口に出して言うと彼の導火線に火がついてしまうので、黙ってしゅんとした顔を見せておいた。反省してるよ? という表情でグウェンを上目に見上げたら、全く信用ならないという目で見つめ返されて話が違うなと思った。お前は少しくらいの厄介事には目を瞑ると前に約束しただろう。

 ジトっと俺を見ていたグウェンが深く息を吐き出して、硬い表情を緩めて目を伏せた。俺をぎゅっと抱きしめて肩口に顔を埋めてくる。

「間に合ってよかった」

 ほっとしたように小さく呟かれたら、俺も心配させてしまったことを反省する。素直に謝った。

「ごめんな。さすがに鷲に連れ去られるなんて思わなかったんだ」

 そう弁明したとき、先ほどの鷲が旋回してまた戻ってくるのが見えたので、俺は慌ててポケットから懐中時計を取り出した。
 とりあえず大鷲にロックオンされる前に、今すぐ退散しよう。
 そう思ってグウェンと一緒に公爵邸まで転移した。
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