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第二部
百十二話 バグラードの橋の上で 後①
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放心したように動かない俺をグウェンが抱き上げて円盤の内側まで運び、床に座らせた。
そこからはちょうど正面にルシア達がいる円盤が見えて、下の皆の様子を確認することができた。
召喚陣のせいで夥しい量の魔物が一番下の円盤から上を目指して殺到している。ベルのおばあちゃんの結界のおかげで皆無事だが、ライネルやリリアン達だけでは突進してくる魔物を捌ききれない。後から後から湧いてくる魔物への対処に手間取っているように見えた。アシュラフはアルフ殿下に治癒魔法をかけて背中の傷を応急処置しながら、魔物に魔法を放っている。
翼のある魔物は召喚陣めがけて俺たちにも向かってくるが、グウェンが魔法で全て撃ち落とした。
ーーママー、だいじょうぶ?
突然ベルとウィルがメルとベルパパを連れて俺のいる三つ目の円盤まで飛んできた。魔物の攻撃を上手く掻い潜って近づいてくる。
気づいたグウェンがすぐに立ち上がって魔物に魔法を放ちながらベル達をフォローしていたが、よく見たらベルパパが飛びながら小さな結界を周りに張っていた。
「ベル、あぶないよ」
気持ちでは焦って飛び出したいが、身体がいうことを聞いてくれず座り込んだまま目を見開いてベル達を見守った。
ベルは俺の目の前に降り立つと「きゅーん」と鳴いて頭を擦り寄せてくる。
ーーママ、ないてるの? けがしたの?
まろい鼻先を近づけてくるベルの暖かい体温を頬に感じて、また涙が溢れてきた。ベルの首元にぎゅっと抱きついて柔らかな被毛に顔を埋める。
「大丈夫だよ。ありがとう」
ーーわるものをやっつけたんじゃないの?
「……うん。そうだね。でもママにはね、あの人が悪者だったのかどうか、やっぱりまだわからないんだ」
視線を上げると、気遣うような顔で俺を見ているウィルと目が合った。
青い顔をしているウィルは、下の円盤で魔物に囲まれながらももしかしたらバレンダール公爵が落ちていったのを見てしまったのかもしれない。この数年で彼が訪ねてくる回数は減っていたけれど、公爵はうちの屋敷に何度か来ているからウィルは彼の顔を知っている。
離れていたから俺たちの会話は聞こえていなかったと思うが、俺が彼に助けられたのは見ていたらわかっただろう。
「レイナルド様……」
「大丈夫だよ、ウィル。俺は大丈夫だ」
ベルを抱きしめたままウィルを安心させたくて少し微笑んで頷いた。
まだ気持ちはぐちゃぐちゃだが、皆がいる下の円盤に魔物が蟻のように群がっているのを見ると、この事態に早急に対処しなければならないと思う。
グウェンが少し離れたところに落ちていた召喚陣の羊皮紙を拾ってきた。公爵が俺に風魔法を放った時、幸いにも一緒に円盤に飛んできていたらしい。
「グウェン、ルシアかベルのおばあちゃんの力を借りて、禁術を止めてきて」
俺の声に頷いた彼は、羊皮紙を持って浮かび上がった。俺とウィル達を確認するように見回すと「君たちはここから動くな」と言ってルシア達がいる円盤に滑空していく。
ベルパパが俺たちの周囲に結界を張って守ってくれた。周りに集まっていた翼のある魔物達は、召喚陣を持っているグウェンを追いかけていったので俺たちはひとまず安全だった。
グウェンが羊皮紙を持ってルシアとアシュラフ達に合流し、少し話し合ってからルシアが結界をアシュラフと協力して展開し、ベルのおばあちゃんが禁術の解除のために浄化を始めた。
まだ力が入らずにベルを抱きしめながらその様子を見ていた俺は、遠目に見える羊皮紙がおばあちゃんの銀色に輝く光に包まれて、次第に赤い光を失っていくのを眺めていた。
少し経つと術の解除が成功したのか、押し寄せる魔物の勢いは若干和らいだ。そこでおばあちゃんはまた結界を張り直し、ルシアが残りの浄化を担当することにしたのかすぐさま魔法陣に向かって光魔法を展開する。皆の緊張感のある空気がいくらか緩まっていた。
周りの様子を見たアシュラフは、治癒魔法が終わったのかアルフ殿下を石の床に横たえたまま、グウェンに何か話しかけた。彼が頷くと、アシュラフは浮かび上がって俺の方へ飛んでくる。
「母上、私は一度バグラードの城壁を見に行ってもいいでしょうか。結界を張り直していないため、もし召喚陣に影響された魔物が凶暴化して街を襲ったら厄介です。バグラードの周りだけでも結界を張ってきます」
「うん。下はグウェンがいればなんとかなる。気をつけて」
そう言った俺に「すぐに戻ります」と告げてアシュラフは転移して消えた。
ベル達と一緒にそろそろと円盤の端に近付いて、もっと下をよく見ようとルシアとおばあちゃん達の様子に目を凝らした。グウェンが結界の外に浮かび、光る通路に飛びつこうとする魔物を剣と魔法を駆使してもの凄い速さで駆逐している。ライネルも彼の反対側に浮かび押し寄せる魔物を撃退していた。リリアンは残り少ない矢で空から接近してきた魔物を弓を引いて射ており、マークスが彼女の側に立って周囲を見回し、魔物の位置をリリアンに伝えている。
召喚陣が効力を失うまでは少し時間がかかるかもしれないが、グウェンとライネル達がいるならもうそれほど心配はいらないようだった。
俺はほっとして皆の様子を眺めていたが、安心して気を緩めた時、唐突にそれに気づいた。
結界の内側で寝ていたアルフ殿下が突然起き上がり、ふらりと片手を伸ばした。しゃがんで召喚陣の解術に集中していたルシアの方へ手を伸ばすと、アルフ殿下はいきなり衝撃波を放った。
不意を突かれたルシアが悲鳴を上げ、衝撃がまともに当たった彼女の身体が結界の中から弾き出される。防御する間も無く、ルシアは円盤の外まで吹き飛ばされた。
「ルシア!」
ライネルの大声が響く。
無言で攻撃を放ったアルフ殿下の両目は赤く染まっていた。彼はルシアが円盤の外に飛んでいくのを見ると、口元にあの見慣れた邪悪な笑みを浮かべた。そしてすぐにその両目がすっと元の空色に戻り、そのまま気を失ってぱたりと床に倒れる。
アシュタルトが一瞬だけアルフ殿下に取り憑いたのだということが、その眼の色を見てわかった。最後に俺たちに一泡ふかせようと出てきたのか。本当に殺したいくらい性格が悪い。
ルシアの悲鳴に気づいたグウェンが、空中に跳ね飛ばされた彼女に顔を向けた。
上からそれを俯瞰して見ていた俺は、アシュタルトの襲撃と同時に、それとは別のことが起こったのに気づいた。
ルシアの方に気を取られたグウェンの背後に、音もなく人影が浮かび上がる。
夜の闇に現れたその緑色の服を見た瞬間、それがノアであることを俺は瞬時に理解した。
薄い笑いを顔に貼り付けたノアが、ルシアの方へ飛ぼうとしたグウェンの背中に持っていた太刀を大きく振りかぶる。
その光景がスローモーションのように俺の目に飛び込んできた。
「グウェン!」
そこからはちょうど正面にルシア達がいる円盤が見えて、下の皆の様子を確認することができた。
召喚陣のせいで夥しい量の魔物が一番下の円盤から上を目指して殺到している。ベルのおばあちゃんの結界のおかげで皆無事だが、ライネルやリリアン達だけでは突進してくる魔物を捌ききれない。後から後から湧いてくる魔物への対処に手間取っているように見えた。アシュラフはアルフ殿下に治癒魔法をかけて背中の傷を応急処置しながら、魔物に魔法を放っている。
翼のある魔物は召喚陣めがけて俺たちにも向かってくるが、グウェンが魔法で全て撃ち落とした。
ーーママー、だいじょうぶ?
突然ベルとウィルがメルとベルパパを連れて俺のいる三つ目の円盤まで飛んできた。魔物の攻撃を上手く掻い潜って近づいてくる。
気づいたグウェンがすぐに立ち上がって魔物に魔法を放ちながらベル達をフォローしていたが、よく見たらベルパパが飛びながら小さな結界を周りに張っていた。
「ベル、あぶないよ」
気持ちでは焦って飛び出したいが、身体がいうことを聞いてくれず座り込んだまま目を見開いてベル達を見守った。
ベルは俺の目の前に降り立つと「きゅーん」と鳴いて頭を擦り寄せてくる。
ーーママ、ないてるの? けがしたの?
まろい鼻先を近づけてくるベルの暖かい体温を頬に感じて、また涙が溢れてきた。ベルの首元にぎゅっと抱きついて柔らかな被毛に顔を埋める。
「大丈夫だよ。ありがとう」
ーーわるものをやっつけたんじゃないの?
「……うん。そうだね。でもママにはね、あの人が悪者だったのかどうか、やっぱりまだわからないんだ」
視線を上げると、気遣うような顔で俺を見ているウィルと目が合った。
青い顔をしているウィルは、下の円盤で魔物に囲まれながらももしかしたらバレンダール公爵が落ちていったのを見てしまったのかもしれない。この数年で彼が訪ねてくる回数は減っていたけれど、公爵はうちの屋敷に何度か来ているからウィルは彼の顔を知っている。
離れていたから俺たちの会話は聞こえていなかったと思うが、俺が彼に助けられたのは見ていたらわかっただろう。
「レイナルド様……」
「大丈夫だよ、ウィル。俺は大丈夫だ」
ベルを抱きしめたままウィルを安心させたくて少し微笑んで頷いた。
まだ気持ちはぐちゃぐちゃだが、皆がいる下の円盤に魔物が蟻のように群がっているのを見ると、この事態に早急に対処しなければならないと思う。
グウェンが少し離れたところに落ちていた召喚陣の羊皮紙を拾ってきた。公爵が俺に風魔法を放った時、幸いにも一緒に円盤に飛んできていたらしい。
「グウェン、ルシアかベルのおばあちゃんの力を借りて、禁術を止めてきて」
俺の声に頷いた彼は、羊皮紙を持って浮かび上がった。俺とウィル達を確認するように見回すと「君たちはここから動くな」と言ってルシア達がいる円盤に滑空していく。
ベルパパが俺たちの周囲に結界を張って守ってくれた。周りに集まっていた翼のある魔物達は、召喚陣を持っているグウェンを追いかけていったので俺たちはひとまず安全だった。
グウェンが羊皮紙を持ってルシアとアシュラフ達に合流し、少し話し合ってからルシアが結界をアシュラフと協力して展開し、ベルのおばあちゃんが禁術の解除のために浄化を始めた。
まだ力が入らずにベルを抱きしめながらその様子を見ていた俺は、遠目に見える羊皮紙がおばあちゃんの銀色に輝く光に包まれて、次第に赤い光を失っていくのを眺めていた。
少し経つと術の解除が成功したのか、押し寄せる魔物の勢いは若干和らいだ。そこでおばあちゃんはまた結界を張り直し、ルシアが残りの浄化を担当することにしたのかすぐさま魔法陣に向かって光魔法を展開する。皆の緊張感のある空気がいくらか緩まっていた。
周りの様子を見たアシュラフは、治癒魔法が終わったのかアルフ殿下を石の床に横たえたまま、グウェンに何か話しかけた。彼が頷くと、アシュラフは浮かび上がって俺の方へ飛んでくる。
「母上、私は一度バグラードの城壁を見に行ってもいいでしょうか。結界を張り直していないため、もし召喚陣に影響された魔物が凶暴化して街を襲ったら厄介です。バグラードの周りだけでも結界を張ってきます」
「うん。下はグウェンがいればなんとかなる。気をつけて」
そう言った俺に「すぐに戻ります」と告げてアシュラフは転移して消えた。
ベル達と一緒にそろそろと円盤の端に近付いて、もっと下をよく見ようとルシアとおばあちゃん達の様子に目を凝らした。グウェンが結界の外に浮かび、光る通路に飛びつこうとする魔物を剣と魔法を駆使してもの凄い速さで駆逐している。ライネルも彼の反対側に浮かび押し寄せる魔物を撃退していた。リリアンは残り少ない矢で空から接近してきた魔物を弓を引いて射ており、マークスが彼女の側に立って周囲を見回し、魔物の位置をリリアンに伝えている。
召喚陣が効力を失うまでは少し時間がかかるかもしれないが、グウェンとライネル達がいるならもうそれほど心配はいらないようだった。
俺はほっとして皆の様子を眺めていたが、安心して気を緩めた時、唐突にそれに気づいた。
結界の内側で寝ていたアルフ殿下が突然起き上がり、ふらりと片手を伸ばした。しゃがんで召喚陣の解術に集中していたルシアの方へ手を伸ばすと、アルフ殿下はいきなり衝撃波を放った。
不意を突かれたルシアが悲鳴を上げ、衝撃がまともに当たった彼女の身体が結界の中から弾き出される。防御する間も無く、ルシアは円盤の外まで吹き飛ばされた。
「ルシア!」
ライネルの大声が響く。
無言で攻撃を放ったアルフ殿下の両目は赤く染まっていた。彼はルシアが円盤の外に飛んでいくのを見ると、口元にあの見慣れた邪悪な笑みを浮かべた。そしてすぐにその両目がすっと元の空色に戻り、そのまま気を失ってぱたりと床に倒れる。
アシュタルトが一瞬だけアルフ殿下に取り憑いたのだということが、その眼の色を見てわかった。最後に俺たちに一泡ふかせようと出てきたのか。本当に殺したいくらい性格が悪い。
ルシアの悲鳴に気づいたグウェンが、空中に跳ね飛ばされた彼女に顔を向けた。
上からそれを俯瞰して見ていた俺は、アシュタルトの襲撃と同時に、それとは別のことが起こったのに気づいた。
ルシアの方に気を取られたグウェンの背後に、音もなく人影が浮かび上がる。
夜の闇に現れたその緑色の服を見た瞬間、それがノアであることを俺は瞬時に理解した。
薄い笑いを顔に貼り付けたノアが、ルシアの方へ飛ぼうとしたグウェンの背中に持っていた太刀を大きく振りかぶる。
その光景がスローモーションのように俺の目に飛び込んできた。
「グウェン!」
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