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第二部

閑話 ウィルの出張報告 後

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 その後も何度か兵士の方々が束になって向かってきたが、そのたびにグウェンドルフ様は衝撃波や魔法を放ってことごとく吹き飛ばしていった。剣を抜く素振りも見せない。全く表情を変えず突き進んでいくから、最終的に中の人達は怯えて僕たちを遠巻きにしていた。
 どこからか「あの子連れの男はなんなんだ?!」という悲鳴が聞こえたが、もしかして僕はグウェンドルフ様の子供だと思われているかもしれない。ベルもとことこついて来ているから、多分子供とペット同伴の厳つい男がお城に乗り込んできているように見えている。
 数十人倒したかな、という時に文官のような男性が恐る恐る近づいてきて僕たちを近くの建物に案内してくれた。

「すぐに詳細を確認しますのでお待ちください」

 と言って、グウェンドルフ様から改めて話を聞き取った彼は建物の外に走っていった。
 応接室のような部屋に通され、そこで僕はようやく床に下ろしてもらい、ソファに座ってベルと休憩した。
 
 しばらく待ってからまた別の建物に案内されて、レイナルド様が来るまで待つことになった。途中、すぐに呼ぶのは無理みたいなんですけど、と何度か役人の人が言いに来たが、ものすごく不機嫌な顔になったグウェンドルフ様が「ならば勝手に探す」と答えるとまた慌てて走っていった。
 もしかしたら入れ違いになっているかもしれないと心配していたけれど、レイナルド様はまだ王宮の中にいるらしい。昨晩脱出する予定だったのに、何かトラブルでも起きたんだろうか。
 そう不安に思いながらお茶とお水をもらってベルと飲んでいると、ようやく「じきに来られます」と官服を着た人が言いに来てほっとした。
 グウェンドルフ様の強引なやり方には驚いたものの、それでもスムーズにレイナルド様に会えることになったので僕は感心して、時には強行突破が必要なのだということを学んだ。


 それからレイナルド様が本当に現れて、元気そうな姿を見て僕は心から安心した。ほっとしたら気が抜けてしまい、グウェンドルフ様とレイナルド様が良い雰囲気になっていたところにベルが割って入っていったのを止め逃した。
 レイナルド様に労ってもらい、抱きしめてもらって僕は嬉しくなったが、話はだんだん厄介な方向に転がり始めた。やはりというか、またおかしな事に巻き込まれたレイナルド様が、皇帝陛下の妃候補になっているということを知った瞬間、グウェンドルフ様はキレそうになった。

 それはキレるよ。
 レイナルド様、それはキレます。
 グウェンドルフ様が許すはずないじゃないですか。

 なんでそんな救いのない状況に陥っているんですか? と僕は心の中で思いながらグウェンドルフ
様の顔が怖すぎてベルと一緒に後方に退避した。

 オズ君一号のおかげで応接室は吹き飛ばずに何とかことなきを得たけれど、グウェンドルフ様の機嫌は底辺だった。レイナルド様が慌てて挽回しようとした時、何処からか鐘の音が聞こえてきた。
 澄んだ音を響かせたその音を聞いた瞬間レイナルド様はグウェンドルフ様に抱きついて、早口で捲し立ててからキスをしようとして間に合わず、本当に転移して消えてしまった。

 後に残されてしまった僕とベルは、無言で立っているグウェンドルフ様からまた暗黒のオーラが漂っているのを見て、そろそろと扉の方へ後ずさった。
 レイナルド様を連れてきた役人の人は扉の辺りでずっと空気になっていたが、雰囲気を察して一目散に廊下の奥に消えた。逃げるなんてずるい。

「ベル、僕たちちょっとお外を散歩してこようか」
「くーん」

 そうだね、というようなベルと顔を見合わせてからそそくさと扉に向かった時、廊下から突然人影が飛び込んできてグウェンドルフ様めがけて何か投擲した。

「え?!」

 グウェンドルフ様は無言でそれをシールドを張って跳ね返し、弾かれて床に刺さったのが短刀だったので僕は驚いて声を上げた。

 部屋の中に現れたのはさっきの兵士の人達と同じような軍服を着た、長い白髪を後ろで縛ったお爺さんで、グウェンドルフ様に向かって真っ直ぐに跳躍するとするりと剣を抜いた。
 グウェンドルフ様はお爺さんに向かって衝撃波を放った。けれど異常に身のこなしの良いお爺さんはそれを剣で受け流して躱す。剣に何か魔法がかかっているのかもしれない。衝撃波や軽い雷撃を全て弾いたのを見て、グウェンドルフ様は目を細めて腰から鞘を抜いた。

 ガキン、という音が響きお爺さんの剣がグウェンドルフ様の鞘に弾かれる。
 猛烈な勢いでお爺さんから繰り出させる剣戟けんげきを、グウェンドルフ様は全て鞘で受け流した。反対にお爺さんは放たれる魔法を避けて素早く立ち回っている。

 突然始まった乱闘に僕は呆気に取られた。それから少し怖くなり、しゃがんでベルを抱きしめた。ベルはしっかりと足を踏み締めて僕の前に立ち、じっとその光景を見据えていた。
 
 どうしよう、と思っていると攻撃を受け流したグウェンドルフ様が、隙をついてお爺さんの剣を魔法で弾き飛ばした。そのまま彼が繰り出した鋭い蹴りがお爺さんの胴に入り、当たる直前でそれを腕で受け止めたお爺さんが後方にくるりと飛ぶ。
 僕の側にすたりと着地した軍服のお爺さんは、グウェンドルフ様をしばらく眺めて「ふむ」と頷いた。

「さすが、デルトフィアの近衛騎士団長殿は良い腕をお持ちだ。突然の無礼をお許しいただきたい」

 張り詰めた緊張感が消え、朗らかに笑ったお爺さんはグウェンドルフ様に近づいて行くとお辞儀をして、彼を見上げて手を後ろで組んだ。

「何やら興味深い方が訪問されていると聞きつけ覗きに来たが、やはり面白い。廊下で事情は聞かせてもらった。彼の人を待つ間、騎士団長殿は少々怒りを発散させてみてはどうだろう。我が師団の者達と手合わせしてみては」
 
 そう言って猫のように目を細めたお爺さんを見下ろして、グウェンドルフ様は眉間に皺を寄せたまま少し眉を上げた。


 身のこなしが良すぎるお爺さんは、実はラムル神聖帝国軍の師団長で大佐だったらしい。
 グウェンドルフ様を相手にあれだけ機敏に動いていたから只者ではないと思っていたけれど、本当に軍の偉い人だったから僕は驚いた。
 お爺さんの正体がわかってもグウェンドルフ様はほとんどリアクションしなかったけれど、提案されたことには頷いた。何でもいいから怒りを発散させる必要があると思ったらしい。
 お爺さんに連れられて僕とベルも一緒に王宮の中にある訓練場にやってきた。
 
「今日はあいにく中佐達は手が塞がっておりましてな。王宮にいた大尉以下で手が空いている者は皆集めたので、存分にしごいてくだされ」

 師団長のお爺さんがそう言って、訓練場に集められた兵士の数は多分百人くらいいた。
 兵士の皆さんは、広々とした訓練場の真ん中に立つグウェンドルフ様を興味津々という顔で観察していた。警備兵を薙ぎ倒して乗り込んできたことが既に噂になっているんだろう。
 僕とベルは傍にあるベンチに座って手合わせを観戦しながら、さっき逃げた役人の人が戻ってきて、お詫びに持ってきてくれた朝ごはんを食べることにした。

 お爺さんが訓練用の剣を取りに行く間、兵士の皆さんは黙っていたが、恐らく整列する時に周りから呼ばれていた階級を聞くと大尉さんだと思うが、一番前に立っていた逞しい身体つきの二人が声に出して話し始めた。静まり返った場の空気を温めようとしたのかもしれない。

「噂で聞いてたんだよ。今回の典礼では候補者の中に異国の方が三人おられるとか。そのうちの二人は可憐な容姿の少女だと」
「ああ、そういうことか、なるほど。経緯はわからないが想い人を追いかけてデルトフィアからラムルまで来られるなんて、騎士団長殿は情熱のある方なんだなぁ」

 周りにいた兵士の数人がそれを聞いて感心したようにグウェンドルフ様を眺める。
 グウェンドルフ様は黙っていた。特に何の発言もしないから当然その少女のどちらかを追って来たと思ったのか、三十代くらいの大柄な大尉さんはうんうんと頷いた。

「そうなんだよ。騎士団長殿は男だよなぁ。しかし、それにしてもその三人のうちの残りの一人は若い青年だと聞いたんだが、どういうことなんだろうな」
「え? 男が入っているのか? 鈴園に? それはまた陛下はどうしてそんなことを」
「だろう。最近乱心されてるとはいえ、どうかされたのかと思った」
「その青年が男でも鈴園に入れたくなるほど美しいとか?」
「いや、それはないんじゃないか。そんな男がいるなら見てみたいよ、俺は。それに、いくら見た目がいいとしてもさすがに男は抱けないだろう」
「陛下が気に入るくらいだから、食指が動くほど見目はいいんじゃないか。それなら私も気にはなる」
「確かにそうかもな。やっぱり気になるよな。選ばれたのが俺たちみたいな無骨な野郎だったら笑える。典礼が終わって候補者がイラムから降りて来たら見に行ってみるか。有りか無しか、確認しよう」
「そうだな」
「それでもし仲良くなれたら、一緒に酒飲んで異国のかわいい女の子を紹介してもらいたい」
「お、いいな、それ」

 話がおかしな方向へ進んでいる気がする。

 誰か彼らを止めてあげて欲しい。
 危険なフラグが立ってしまっている。

 大尉さん達の話を聞きながら僕の方が恐ろしい気持ちになり、グウェンドルフ様の方を怖々と見た。二人を見据える彼の黒い瞳が凍りついている。確実に彼らをロックオンしたのが僕にはわかった。

「それでは始めるかな。騎士団長殿、何人ずつ相手をさせてよろしいか」
「何人でも構わない。お任せする」

 訓練用の剣を持ってきた師団長のお爺さんにそう返して、グウェンドルフ様は二人の大尉を見ながら剣を鞘から抜いた。

 
 手合わせが始まって、前にいた十人くらいが最初に相手になったが、まず先ほどの二人が地面に沈められた。グウェンドルフ様がここぞとばかりに怒りを発散させたせいである。なんというか、とても物騒だったので僕はベルの目を塞いだ。
 その後もほとんど魔法を使うことなく、グウェンドルフ様は訓練用の剣だけで数十人を相手に余裕で勝ち進んでしまった。

「なんだ、お前たち情けないなあ。ちょうどいいから負けた者はそのまま騎士団長殿に稽古をつけてもらえ」

 師団長のお爺さんの呆れた声が響く中、その後その場にいた全員がめでたくグウェンドルフ様による地獄の訓練を受けることになったらしい。
 
 僕とベルは手合わせを最後まで見ずに、ごはんを食べた後役人の方に用意してもらった部屋で休ませてもらった。さすがに限界だったので、数時間寝た。
 お昼をすぎてからベルと一緒に訓練場に戻ると、まだ特訓は続いていたけれど、もうすでに立ち上がっているのは多分大尉さん達数人と監督していた師団長のお爺さんだけだった。他の皆さんは地面に死屍累々と横たわっていてピクリともしない。

 こっちはこっちでなんだか大変なことになっちゃったな……。

 そう思いながらベルと一緒にベンチでお茶をしている間に、残った大尉さん達も地面とお友達になっていた。
 僕はベルと葡萄を食べながら回想を終え、レイナルド様は次いつ降りて来るんだろう。兵士さん達のためにも早く降りてきてあげてください、と心の中から声を送った。


「はあ、やれやれ。一人を相手にこの体たらくとは、なんとも情けない。今まで訓練が優しすぎたか。騎士団長殿、ご指導感謝いたす」

 師団長のお爺さんが腰に手を当てながらグウェンドルフ様に軽く一礼した。
 グウェンドルフ様も剣を収めてから会釈する。

「気晴らしになりました。夕方以降も可能なら、彼が降りてくるまでお願いしたい」

 だいぶ冷静になってきたのか、お爺さんに対しては言葉遣いが少し丁寧になっていた。グウェンドルフ様がそう言った瞬間、地面に倒れている何人かがビクッと震えた。

「それはありがたい。実は中佐達にも連絡したところ、ぜひ団長殿と手合わせしたいと言う者が何人かおりましてな。彼らが夕方王宮に来たら再開としましょうかな」
 
 お爺さんの言葉に頷いたグウェンドルフ様はようやく一旦休憩する気になったらしく、しばらく立ち話をしてから僕たちの方に戻ってきた。


 今日二度目の鐘は既に鳴ったから、レイナルド様が言っていた三度目の鐘が鳴るのは明日だろうか。

 その前に出来るなら今夜一度降りて来て、グウェンドルフ様を宥めてもらいたいなと僕は思った。

 じゃないと、ここにいる兵士の皆さんに明日が来ないんじゃないかと思うのだ。
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