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第二部

閑話 ウィルの出張報告 中

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「何か詳細がわかったか」

 と聞かれたので皇太子殿下から伝えられた情報をなるべく正確に説明すると、グウェンドルフ様の顔がさらに険しくなった。

「皇帝に、買われた……?」

 ああ、大変。
 お屋敷が吹き飛んじゃう。

「グウェンドルフ様、落ち着いてください。連絡も取れているようなのでレイナルド様はきっとご無事です。あ、そうだ、これを使ってください」

 僕は出来たばかりのオズ君一号をグウェンドルフ様の前に差し出すと起動させた。
 ふわりと空中に浮かび上がったオズ君一号の顔を見て、グウェンドルフ様は眉を寄せた。

「何だ、これは」
「えっと、道中怒りを発散させるのに必要かなと思いまして、作ってみました。魔道人形です。名前はオズ君一号といいます」

 名前を聞いた瞬間、グウェンドルフ様の顔が物騒になった。
 一応、エルロンド様からオズワルド殿下の見た目を聞いて、こっそり髪と目の色を近いもので再現したのだけれど、グウェンドルフ様は殿下にお会いしたことがあるんだろうか。空中に浮かんだ人形を無表情で見つめている顔はかなり冷たい。

「まだ耐久性はあまりないんですけど、良ければ叩いたり剣で突いたりしてみてください。少しなら魔法でも防御しますから」

 そう僕に言われて、グウェンドルフ様は剣を抜くとオズ君一号を剣先で軽く突いた。
 ふわりと飛んで逃げた人形を見て少し眉を上げ、今度はもう少し勢いよく切りかかる。シールドを張って斬撃を防いだオズ君一号の動きを確認して、グウェンドルフ様は動作を把握したのかそこから容赦なく人形を叩きのめし始めた。
 
 魔力を込めれば元に戻るからいいけど、ここまで完膚なきまでにサンドバッグにしてくれるなら作った甲斐があったな。と謎の達成感を覚えて僕が見守っているうちに、本当に苛ついていたのかグウェンドルフ様は最後にオズ君一号に強めの一撃を当て、ボロボロになった人形の胴体を剣で地面に突き刺した。
 そこで僕を振り返り、彼は我に返ったのか真面目な顔で謝ってきた。

「すまない。ついやり過ぎてしまった」
「大丈夫です。頭が残っていれば、魔力を込めると再生します」

 グウェンドルフ様は僕のその言葉を聞くとオズ君一号を見下ろして、感心したように頷いた。

「君は凄いな。この人形はもう少し耐久性が上がれば、そのうち騎士団にも訓練用に欲しい」

 本気のトーンでそう言われて、僕は嬉しくなり笑顔でグウェンドルフ様を見上げた。

「本当ですか? こういうのは初めて作ったんです。でも騎士団の皆さんに使っていただくなら、後からネーミングは考え直さないといけないですね」
「いや、そのままでいいだろう」

 ……え? いいの?

 真面目な顔で言うグウェンドルフ様の返事が冗談なのか本気なのか判別出来ずに僕は笑顔のまま瞬きした。

 グウェンドルフ様、やっぱり今回の件、相当根に持ってるんですね。

 騎士の皆さんがオズ君一号を叩きのめしている様を頭の中で想像した。それを監督しているグウェンドルフ様の姿まで思い浮かべて、手の込んだ嫌がらせだな、と僕は思った。
 騎士団に提供させてもらうことになったら、せめて名前は変えよう。じゃないと色々問題が起きそうな気がする。
 グウェンドルフ様は名前のことなど全く気にした様子もなく、わざとなのかわからないが「外見もこのままでいいな」と呟いていた。


 ファネル様に問い合わせてもらって、クレイドル王国を通過する際の転移魔法陣の通行証と、ラムル神聖帝国の入国許可証を手に入れることができた。
 速やかに王都から転移して戻って来たグウェンドルフ様は、「この件が片付いたら私もレイナルドも一週間休みになる」とついでのようにさらっと報告してきた。
 休みをもぎ取ってきたらしい。
 もはや帰ってきてからのレイナルド様の方が心配になる僕だった。

 僕も一緒に行きます、と宣言するとグウェンドルフ様は少し迷ったような顔をされたが、エルロンド様から許可はいただいているということと、レイナルド様を探すならベルがいた方がいいと主張すると納得したのか同行を了承してくれた。

 ベルには予め一緒に行くと確認していたから、すぐにでも出発するというグウェンドルフ様の言葉を聞いて僕は庭の隅にいるベルを呼んだ。
 そこでグウェンドルフ様に屋敷の中にベルの家族が来ていることを説明すると、さすがに彼は少し驚いていた。

「ベル、もう出発するんだけど、いい?」
「きゅん!」

 僕が聞くとベルは尻尾を振って頷いた。
 ベルが少し離れたところに立っているもう一頭のチーリンを振り返り、何度か鳴いた。そうしたら大人のチーリンが僕たちに背を向けて静かに去っていったから、僕は驚いてベルを見た。

「いいの? もしかして帰っちゃった?」
「くふん」

 首を横に振ったベルに首を傾げる。

「じゃあ一緒に来るの?」

 隠れながらついてくるのかな、と思って聞くとベルはまた首を横に振る。
 一緒には来ないけど、帰ったわけではない、というよく分からない状況だ。

「うちで待ってるってことかな?」
「きゅーん」

 もしかして後から合流するとか? と思いながら何か言いたげな目で僕を見てくるベルの頭を撫でた。

「ごめんね、レイナルド様がいれば言ってることがわかるんだけど……。とにかく、一緒には行かないならもう僕たちだけで出発しても大丈夫?」

 そう聞くと、ベルは「きゅう!」と力強く鳴いたので、エルロンド様にご挨拶してから、僕たちは完全に日が沈む前に出発することになった。
 レイナルド様は夜にはラムルの王宮から出てくると聞いていたけれど、「また何かに巻き込まれる前に迎えに行く」とグウェンドルフ様が迷いなく言うので僕は賛同した。


 ラムル神聖帝国までは、グウェンドルフ様の転移魔法と、クレイドル王国内にある転移魔法陣を何箇所か挟んで移動して、そこまで時間をかけずにたどり着くことができた。
 もう夜になる時間だったけれど、皇太子殿下が裏で話を通してくれたのか、クレイドル王国の関所の人達は深く問い詰めたりせずに僕たちを通してくれた。
 初めての外国だったから、僕は周りをキョロキョロ見回してグウェンドルフ様について行くだけだったけど、デルトフィアとは違った雰囲気の街を目にしてこっそり気分が高揚した。本当にいつかお二人が旅に出ることがあるなら、一緒について行って今度はもっとよく観光してみたいな、なんて考えながら馬に擬態したベルと一緒に結構楽しくクレイドルの街を歩いた。

 クレイドルを通過して、夜中にラムル神聖帝国を囲む砂漠に行き当たった。
 もうここからはグウェンドルフ様も未知の国らしく、先に進むために転移魔法は使えない。小さな国だから飛行距離もそこまで長くないだろうと、飛んで砂漠を越えて王都まで行ってしまうことになった。
 ベルは以前のようにグウェンドルフ様に浮かせてもらい空中を駆け抜けていく。だんだんレイナルド様の気配が辿れるようになってきたのか、迷わず空の上を進んで先導してくれた。見渡す限りの砂漠で方向を見失ってしまいそうだったからベルを連れてきて正解だった。
 途中何度か休憩を挟んだが、その度にグウェンドルフ様はオズ君一号でストレスを発散していた。魔物の討伐から帰ってきたばかりにも関わらず、騎士団長の体力がすごすぎる。

 夜の街にたどり着いて休憩を挟んだ後、今度は見咎められないように少し高くまで飛んで王都まで移動した。途中尖塔にいる兵士に何度か見つかりそうになってしまい、飛ぶのをやめて歩いて移動したせいで時間がかかってしまったが、なんとか早朝には王宮の城壁までたどり着いてしまった。
 ラムルの王宮は高い城壁に囲まれていて、上空には何か平たい円盤のような構造物が浮いているように見えた。不思議な光景でもっとよく観察したかったけれど、疲れていてその元気がなかった。

「大丈夫か」

 夜通し飛んだり歩いたりしたせいで疲労困憊の僕を見て、グウェンドルフ様が心配して聞いてくれた。

「大丈夫です。レイナルド様の無事を確認したら王都の宿を探して休みます」

 正直すぐにでもベッドに倒れたい気分だったけれど、レイナルド様の顔を見て安心したいという気持ちの方が強い。
 僕がふらつきながらそう言うと、グウェンドルフ様は「よく頑張った」と労ってくれ、突然ひょいと僕を抱き上げた。

「え?!」
「こうして飛んでくればよかったな。気がつかなくてすまない。君はもう休んでいて良い。あとは王宮に入るだけだから」

 疲れている僕に気を遣ってくれたのか、そのまま僕を抱えながら城壁の方に歩いていくグウェンドルフ様に驚きながらも、大きな身体に抱き上げてもらうとなんだか安心した。
 ここまでくれば後は中に入れてもらえるように交渉するだけだしな、と思い僕は大人しく彼の肩に掴まって少し休憩させてもらうことにした。ベルは隣でとことこ歩きながら、仕方ないなという目で僕を見てくる。
 ベルは浮かせてもらってたんだからいいけど、僕は自分で飛んできたんだからね、と心の中で言い返しておいた。

 
 抱えられて気を緩めていた僕は、グウェンドルフ様が城壁の入り口に近づいて門番と交渉を始めたのを少し眠たくなりながら聞いていたが、「事前にお約束がないならお帰りください」と言われた瞬間、門番の人達が吹き飛んでいったのを見て目が覚めた。
 城壁の内側にいたもう一人の門番が慌てて飛び出してきて、グウェンドルフ様と僕を見上げて「何事ですか?!」と顔を引き攣らせる。

「一昨日の夜に不死鳥の卵と一緒に連れて来られたレイナルドという男を連れ戻しに来た。確認して早急に引き渡せ」

 と言いながら足を止めず城壁の門を通過していくグウェンドルフ様を呆然と見送った後、門番は大慌てで僕たちの前に回り込んできた。

「な、何を言っているんだ?! 何事かは知らないが、勝手に王宮内部に入るな! 城壁の外で待て!」
「そちらの皇帝が勝手をして連れて行ったんだろう。こちらも勝手にさせてもらう」

 全く意に返さず突き進んでいく彼に、門番は絶句した後また前に回り込んできて叫んだ。

「あんた何言ってるんだ?! 何者だ! 名を名乗れ!」
「デルトフィア帝国のフォンフリーゼ公爵家から来たグウェンドルフだ。中の者にそう言って早く確認させろ」

 淡々と答えながら足は止めないグウェンドルフ様に、混乱した門番は中に向かって「衛兵! 衛兵! 侵入者だ!」と叫んで王宮の内部に走っていった。

「不死鳥のこと、言ってしまってよかったんですか?」

 一応機密なんじゃないのかな、とこそっと聞いてみると、眉を顰めたままグウェンドルフ様はちらりと僕を見た。

「卵が盗まれたのは皇家の瑕疵だろう。レイナルドの無事を確認する方が優先される」
「……なるほどですね」

 あくまでレイナルド様が最優先事項であるという一貫した態度を貫く彼の姿勢に僕はブレないな、と感心した。
 グウェンドルフ様はベルを後ろに連れて城壁の中を通過し、四角い回廊に囲まれた広々とした石畳の広場に出ると内部に入る次の門に歩いていく。
 
「止まれ!」

 と回廊の方から警備兵なのか数人の兵士が僕たちを囲んだが、グウェンドルフ様が足を止めずに歩き続けるので襲いかかってきた。
 途端に衝撃波が放たれて全員吹き飛んでいった。何事かと様子を見に来ていた役人の人が唖然としている。

 これ、大丈夫なのかな。

 グウェンドルフ様はこの調子で皇帝陛下のところにまで行ってしまうんじゃないかとだんだん怪しい気持ちになってきたが、下ろされる様子もないので僕は彼に抱えられたまま大人しくしていた。
 ベルも飛んでいった兵士の皆さんを見て不思議そうな顔をしながらついて来ていた。
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